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第二部 第二章

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結局、ルーカスにはあと一日だけダンジョンに付き合ってもらうことになり、朝から共に第四坑道へと向かった。

訪れたダンジョンの入口には、以前と同じ石の扉がピタリとはまっている。どうやら、時間によって復活するタイプの扉らしく、初日以降も、ルーカスは毎朝、扉のゴーレムを倒してから中へと入っていた。そのゴーレムを今日は私が起動して、逃げ切らなければならない。

「……アリシア」

呼ばれた名に、扉の前に立つルーカスの側へと近づく。

「ここに手を触れて、魔力を流してみてくれ……」

言われた通り、扉の装飾の一部、丸みのある突起へと手を触れた。魔力を意識してみるけれど、元々があまり魔力のない私ではなかなか流し込むまではいかない。それでも、微弱な魔力で構わないというルーカスの言葉を信じて手を触れ続ければ、漸く、魔力が吸い込まれていく感覚がした。

「……来るぞ」

ルーカスの言葉に、扉から手を離して数歩後ろへと下がる。崩れ落ちた扉が、先日と同じ、巨岩の魔物へと変形していくのを見守った。

(お、大きい……)

これだけ間近で見るのは初めて。三メートルほどという認識だったが、目の前にするとそれ以上に感じられる。私なんて一捻りだろうという恐怖を覚えながら、足元のビーに声を掛けた。

「ビー、お願い。もう一度、シールドを張ってくれる?」

私の願いに「キュイ」と答えたビー。彼から流れる魔力を感じる。

(これで、大丈夫、だよね……?)

魔力は感じるものの、目に見える何かに守られるわけではない。巨体のゴーレムに対して酷く心もとない気はするが、ビーと、それから、昨夜のイロンの言葉を信じる。

『カーバンクルのシールドはすっごく強いんだよー。襲撃イベントだって、ダメージゼロで乗り切れるんだからー』

ゲーム『ステラガーデン』には、聖女の花育成中に定期的な妨害イベントが発生する。嵐のような自然災害から虫系の魔物による襲撃。それらに対し、シールドを張って花を守るか、ダメージを負った後に回復を図るかなのだが、花の育成を怠っていた私は基本スルー。花も自動回復にまかせていたので知らなかったが、カーバンクルをペットにしておけば、そのダメージを防げるのだという。

(うん。嵐に耐えられるんだから、ゴーレムの攻撃だって大丈夫、だよね?)

目の前、ゴゴゴゴと音を立てて迫るゴーレムの動きを微動だにせず見上げる。ゴーレムが、私の身長の半分はありそうな拳を大きく振り上げるのが見えた。ピタリと止まった拳、振り下ろされるそれを受け止める覚悟をして目を見開くが、怖いものは怖い。

(や、やっぱり、無理……!)

拳が振り下ろされたと思った瞬間、目を瞑ってしまった。目を閉じた一瞬のち、ゴンという鈍い音が響く。

(あ、あれ……?)

痛みどころか何の衝撃もなかった。恐る恐る目を開いた私は、目の前の光景に絶句する。

(え、えっと、これって……?)

目の前には、両手を広げたイロンの後姿。いつぞや、私が投げた髪飾りからシェリルを守ろうとした緑の精霊と同じ格好をしていた。そのイロンの先には、ルーカスの大きな背中。こちらを庇うように立つ彼は剣を構えていたが、その剣がゴーレムの拳を止めているわけではなかった。ゴーレムの拳を受け止めていたのは――

「ビー……?」

「キュ」

丸くなったまま宙に浮いたビーが、ゴーレムの拳をその身体で受け止めている。ルーカスの頭上で微動だにしないビー。

「アリシアー、今の内だよ、行こー」

「え、あ!」

振り向いたイロンの笑顔に、漸く状況を理解する。ビーがゴーレムを足止めしてくれている。今の内にダンジョンに入ってしまえばいいのだ。

ジワリジワリ、後退しながらゴーレムと更に距離を取る。魔物がこちらの動きに反応する様子はない。ビーと組み合ったまま動かない巨体を大きく迂回して、ダンジョンの入口へと急いだ。先程まで扉のあった場所、そこを走り抜けようとして――

「イタッ!……くはない。けど……」

見えない何かに阻まれた。思いっきり衝突してしまった壁のようなものをペタペタと触って確かめていると、剣を収めたルーカスが近づいて来る。隣に並んだルーカスが、同じく見えない壁に触れた。

「……魔法壁だな」

「魔法壁?」

「ああ。無理をすれば壊せないこともないが、……アリシアには難しいだろう。あのゴーレムを倒すほうが早い」

背後を振り向いたルーカスにつられて、私も背後を振り向いた。先程と変わらぬ姿勢でビーとせめぎ合っているゴーレム。

「あれが、ダンジョンに入るためのカギ。どうやら、倒して初めて中に入ることが許されるらしいな」

「そう、なんですね……」

ルーカスの言葉に、がっくりと肩を落とす。私に、あれを倒すのは無理だ。まず、どうやってもゴーレムの額に手が届かない。ルーカスのような跳躍力があるわけでなし、武器だって持っていない。代わりになりそうなものと言えばツルハシくらいのものだが、それだって、ルーカスのように素早く振り回せるわけではない。

ゴーレムが寝転がった状態で、私がよじのぼっても動かず、大人しく額をツルハシで掘らせてくれるなら、何とか。つまり――

(無理だ……)

項垂れる私の横でルーカスが動いた。ゴーレムに向かって跳躍し、寸分たがわず、その額に剣を突き立てた。途端、巨体が横倒しに倒れる。そのまま素早く剣先でゴーレムの胸を穿つルーカス。割れた石の塊の間に手を入れ、中から大振りの魔晶石を取り出した。彼の足元にある巨岩が崩れ始める。

(鮮やか……)

体感で十秒もかかっていないのではという早業に見惚れる。魔晶石を取り出したルーカスが近づいて来る。黙って差し出される魔晶石を、反射で受け取ってしまった。

「……きれい」

やはり、私が掘るものより大きさも透明度も勝る魔晶石。ゴーレムは倒せないまでも、私も青ジェムガチャでこれくらいのものを手に入れてみたかった。もう何度目か分からないガックリに、不意に、頭の上に重みを感じた。ルーカスの大きな手に頭を撫でられている。

「……入ってみるか?」

「えっ!?」

「今日だけだ。俺が付き添えば、問題はないだろう」

(や、優しい……!)

ルーカスが優しすぎる。どうやら、落ち込む私を見かねたらしく、ダンジョンに連れて行ってくれるという。だけど、彼には彼の仕事がある。彼の言葉に甘えるべきではない。そう分かっていても、結局――

「お願いします!」

欲に負けた私は、ルーカスに頭を下げた。


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