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第二部 第二章
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「アリシアー、ダンジョンに潜らないのー?」
ギルドでの報告を終えて家へと帰った後、夕食も入浴も済ませて後は寝るだけ。部屋に引き上げ、ベッドに腰かけてビーとの約束であるご褒美の宝石を吟味していると、イロンが目の前にポンと飛び出してきた。
「そうだねぇ。やっぱり、魔物は怖いから」
答えながら、「今日はこれにしようか」とひと際色の濃いルビーを指で摘まむ。一カラットほどのそれを掌の上にコロンと乗せて差し出せば、鼻をひくつかせたビーが前足を掌に乗せて顔を近づけてきた。途端、消えてしまった真っ赤なルビー。代わりに、ビーの額の石が一瞬だけキラリと光った気がする。
「……うーん。大きくなって、る?」
微妙な成長なのか、ビーの身体にも額の石にもはっきりとした変化は感じられない。しげしげとビーを観察していた視界に、イロンが飛び込んで来た。
「アリシアー、行こうよー。ダンジョン鉱脈、絶対楽しいよー?」
「だーめ。ルーカスにも危ないって言われたでしょう?」
「でもでも!折角、採掘レベルが二十に上がったんだよ?ベテラン採掘士並みだよ?鉱脈から何が掘れるか、アリシアは掘ってみたくないのー?」
イロンの言葉に、グッと詰まる。掘ってみたいかどうかで聞かれると、当然、掘ってみたい。ここ半年は魔晶石しか掘っていないため、新しい場所、新しい鉱石への憧れはある。だけど――
「それにー、ダンジョン内は魔力も濃いから、青ジェムもいっぱい出るんだよー?ガチャだって、今までよりいーっぱい回せるようになるしー、今までより大きな魔晶石も作れるようになるんだよー」
「それは……」
是非、試してみたい。現在まで、ガチャは青ジェム百三十ニ個で回したのが最高記録。夢の百五十台、五十刻みでガチャの結果が変わると予想しているから、より高品質の魔晶石が得られる可能性はある。
(おまけに、百以上で安定して回せるようになれば、宝石類の排出もよくなるんだよね……)
自身の膝の上に視線を落とした。クッキー缶を抱えたままの私に期待しているのか、ビーが膝の上によじのぼり、催促するように鼻先を押し付けてくる。
(そうすれば、ビーのご褒美を心配する必要はなくなる)
ビーの頭を撫でながら、心がグラグラ揺れた。ただ、ギルド長室で見せたルーカスの厳しい表情と、何より、ダンジョンの入口で見たゴーレムの姿を思い出せば、やはり、恐怖がまさる。
「……無理、かな。私にゴーレムは倒せないもの」
弱音を吐けば、ビーを撫でていた手の隙間にイロンがその頭を突っ込んで来た。
「別に、倒す必要はないでしょー?逃げればいいんだからー」
「アハハ。そうなんだけどね?逃げるのだって、私には難しいよ」
簡単に言ってのけるイロンに思わず笑うと、イロンがムッと怒った顔をする。
「できるよ!……癪に障るけど、ビーにシールドを張らせればいいんだよ」
「え?」
「こんな時のためのペットモンスターなんだから、少しぐらいは役に立つはず!」
イロンの言葉に心がコトリと傾いた。ビーのサポート。それがあれば、ダンジョンに潜れる?
「イロン!お願い、その話もう少し詳しく教えて!」
「……そういうわけで、あの、ルーカス、私を叩いてみてください!」
「……」
翌朝、朝食を取り終えた後、イロンから教えてもらったビーのシールドスキルを試してもらうよう、ルーカスにお願いした。魔術師が使うシールド魔法と似たような効果を持つそれは、対象者の周囲に薄い魔力の膜を張る。シールド魔法が固定型、地面などにドーム状の膜を設置するのに対し、ビーのスキルは私の周囲を覆うように魔力が展開されるらしい。昨夜、自身で試した分には、「叩いても痛くない」程度の認識しかなかったため、今度は外からの刺激、ルーカスに叩いてもらおうとしたのだが――
「……あの、ルーカス?」
ルーカスが何とも言えない微妙な顔をしている。困っているのか怒っているのか。眉間に僅かに寄るしわに、彼の機嫌を損ねたことを理解する。
「ご、ごめんなさ、ルーカス。今のはなしで、なしでお願いします!」
慌てて自分の発言を取り消した。
そうだ。ルーカスが、この優しい人が、「試し」とは言え、むやみに人に手を上げるはずがないのに。失敗したと悟ると同時、ルーカスの右手がスッと伸びて来た。
「え?え?」
「……」
乱暴をされるような気配は感じない。ただ、黙ったまま、私の右頬に触れるルーカス。その手の温もりに心臓がドキドキし始めた。彼の手が、輪郭をなぞるように頬から首筋、肩へと触れていく。
「あ、あ、あ、あの、ルーカス!?」
彼の意図が読めずに混乱する私に、彼は「確認だ」と告げた。
「アリシアに痛い思いをさせるつもりはない。だが、本気でダンジョンに潜りたいというのなら、シールドの効果を確かめる必要がある」
「っ!」
ダンジョン行きを許してくれそうなルーカスの言葉にハッとして、頷いた。大人しく、彼の手を受け入れると、肩に置かれた手がもう一度、首筋、それから頬に戻って来る。シールドを張っていても、感触が全くなくなるわけではない。頬に触れるかさついた指先、ルーカスの熱に耐えきれず、ギュッと目を瞑った。
(は、恥ずかしい……!)
早く終わって欲しいと胸中で念じてみるも、彼の手はなかなか頬から離れて行かない。
「……無防備すぎる」
「っ!」
ボソリと呟かれたルーカスの言葉に、慌てて目を開いた。私の頬から手を離したルーカスは、その手で口元を覆い、難しい顔をしている。
(また失敗した……!)
本当にダンジョンに潜るつもりなら、魔物を前に目を瞑るなんてあり得ない。ビーのサポートがあろうと、私にできることは身を守って逃げるだけ。自分の間抜け具合が恥ずかしかった。
「ルーカス、ごめんなさい!あの、もう一回、もう一回だけ、試してもらえますか!」
「……いや」
言って、ルーカスは深く息を吸った。
「これ以上は無理だ」
「?」
「……後は、実地で確認してみなければ分からない。一度、一緒にダンジョンに潜って、ゴーレムから逃げ切れるかどうかを確かる」
ルーカスの言葉に、胸が高鳴った。ダンジョンに入れるかもしれない。新しい鉱脈を思うと、ドキドキとワクワクが止まらなくなった。
ギルドでの報告を終えて家へと帰った後、夕食も入浴も済ませて後は寝るだけ。部屋に引き上げ、ベッドに腰かけてビーとの約束であるご褒美の宝石を吟味していると、イロンが目の前にポンと飛び出してきた。
「そうだねぇ。やっぱり、魔物は怖いから」
答えながら、「今日はこれにしようか」とひと際色の濃いルビーを指で摘まむ。一カラットほどのそれを掌の上にコロンと乗せて差し出せば、鼻をひくつかせたビーが前足を掌に乗せて顔を近づけてきた。途端、消えてしまった真っ赤なルビー。代わりに、ビーの額の石が一瞬だけキラリと光った気がする。
「……うーん。大きくなって、る?」
微妙な成長なのか、ビーの身体にも額の石にもはっきりとした変化は感じられない。しげしげとビーを観察していた視界に、イロンが飛び込んで来た。
「アリシアー、行こうよー。ダンジョン鉱脈、絶対楽しいよー?」
「だーめ。ルーカスにも危ないって言われたでしょう?」
「でもでも!折角、採掘レベルが二十に上がったんだよ?ベテラン採掘士並みだよ?鉱脈から何が掘れるか、アリシアは掘ってみたくないのー?」
イロンの言葉に、グッと詰まる。掘ってみたいかどうかで聞かれると、当然、掘ってみたい。ここ半年は魔晶石しか掘っていないため、新しい場所、新しい鉱石への憧れはある。だけど――
「それにー、ダンジョン内は魔力も濃いから、青ジェムもいっぱい出るんだよー?ガチャだって、今までよりいーっぱい回せるようになるしー、今までより大きな魔晶石も作れるようになるんだよー」
「それは……」
是非、試してみたい。現在まで、ガチャは青ジェム百三十ニ個で回したのが最高記録。夢の百五十台、五十刻みでガチャの結果が変わると予想しているから、より高品質の魔晶石が得られる可能性はある。
(おまけに、百以上で安定して回せるようになれば、宝石類の排出もよくなるんだよね……)
自身の膝の上に視線を落とした。クッキー缶を抱えたままの私に期待しているのか、ビーが膝の上によじのぼり、催促するように鼻先を押し付けてくる。
(そうすれば、ビーのご褒美を心配する必要はなくなる)
ビーの頭を撫でながら、心がグラグラ揺れた。ただ、ギルド長室で見せたルーカスの厳しい表情と、何より、ダンジョンの入口で見たゴーレムの姿を思い出せば、やはり、恐怖がまさる。
「……無理、かな。私にゴーレムは倒せないもの」
弱音を吐けば、ビーを撫でていた手の隙間にイロンがその頭を突っ込んで来た。
「別に、倒す必要はないでしょー?逃げればいいんだからー」
「アハハ。そうなんだけどね?逃げるのだって、私には難しいよ」
簡単に言ってのけるイロンに思わず笑うと、イロンがムッと怒った顔をする。
「できるよ!……癪に障るけど、ビーにシールドを張らせればいいんだよ」
「え?」
「こんな時のためのペットモンスターなんだから、少しぐらいは役に立つはず!」
イロンの言葉に心がコトリと傾いた。ビーのサポート。それがあれば、ダンジョンに潜れる?
「イロン!お願い、その話もう少し詳しく教えて!」
「……そういうわけで、あの、ルーカス、私を叩いてみてください!」
「……」
翌朝、朝食を取り終えた後、イロンから教えてもらったビーのシールドスキルを試してもらうよう、ルーカスにお願いした。魔術師が使うシールド魔法と似たような効果を持つそれは、対象者の周囲に薄い魔力の膜を張る。シールド魔法が固定型、地面などにドーム状の膜を設置するのに対し、ビーのスキルは私の周囲を覆うように魔力が展開されるらしい。昨夜、自身で試した分には、「叩いても痛くない」程度の認識しかなかったため、今度は外からの刺激、ルーカスに叩いてもらおうとしたのだが――
「……あの、ルーカス?」
ルーカスが何とも言えない微妙な顔をしている。困っているのか怒っているのか。眉間に僅かに寄るしわに、彼の機嫌を損ねたことを理解する。
「ご、ごめんなさ、ルーカス。今のはなしで、なしでお願いします!」
慌てて自分の発言を取り消した。
そうだ。ルーカスが、この優しい人が、「試し」とは言え、むやみに人に手を上げるはずがないのに。失敗したと悟ると同時、ルーカスの右手がスッと伸びて来た。
「え?え?」
「……」
乱暴をされるような気配は感じない。ただ、黙ったまま、私の右頬に触れるルーカス。その手の温もりに心臓がドキドキし始めた。彼の手が、輪郭をなぞるように頬から首筋、肩へと触れていく。
「あ、あ、あ、あの、ルーカス!?」
彼の意図が読めずに混乱する私に、彼は「確認だ」と告げた。
「アリシアに痛い思いをさせるつもりはない。だが、本気でダンジョンに潜りたいというのなら、シールドの効果を確かめる必要がある」
「っ!」
ダンジョン行きを許してくれそうなルーカスの言葉にハッとして、頷いた。大人しく、彼の手を受け入れると、肩に置かれた手がもう一度、首筋、それから頬に戻って来る。シールドを張っていても、感触が全くなくなるわけではない。頬に触れるかさついた指先、ルーカスの熱に耐えきれず、ギュッと目を瞑った。
(は、恥ずかしい……!)
早く終わって欲しいと胸中で念じてみるも、彼の手はなかなか頬から離れて行かない。
「……無防備すぎる」
「っ!」
ボソリと呟かれたルーカスの言葉に、慌てて目を開いた。私の頬から手を離したルーカスは、その手で口元を覆い、難しい顔をしている。
(また失敗した……!)
本当にダンジョンに潜るつもりなら、魔物を前に目を瞑るなんてあり得ない。ビーのサポートがあろうと、私にできることは身を守って逃げるだけ。自分の間抜け具合が恥ずかしかった。
「ルーカス、ごめんなさい!あの、もう一回、もう一回だけ、試してもらえますか!」
「……いや」
言って、ルーカスは深く息を吸った。
「これ以上は無理だ」
「?」
「……後は、実地で確認してみなければ分からない。一度、一緒にダンジョンに潜って、ゴーレムから逃げ切れるかどうかを確かる」
ルーカスの言葉に、胸が高鳴った。ダンジョンに入れるかもしれない。新しい鉱脈を思うと、ドキドキとワクワクが止まらなくなった。
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