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第二部 第二章
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『一通り、調査は終わった』
ダンジョンから帰ってきたルーカスが、私にそう告げたのは、調査開始から三日目のことだった。行き来がしやすいようにと、ダンジョンへと続く穴を広げ続けていた私は「こんなに早く終わるのか」と驚き、同時に、彼がもうダンジョンに潜る必要がないことにホッとした。
ギルド長に報告へ向かうという彼について向かったギルド、中に入る前に入口付近の街灯にビーを繋ぐ。
(……痛くない、よね?)
お腹にグルっと回した幅広のバンドを背中で止め、そこに街灯に結んだロープを固定する。クロエからもらった所有者登録済の証であるリボンは十センチ程度しかないしっぽの根元に結んである。緩んでいないことをもう一度確かめてから、小声で囁いた。
「いい子で待っててね?暴れずに待っててくれたら、後でご褒美の宝石あげるからね?」
私の言葉をある程度は理解するらしいビーは、「キュイ」と鳴いて返事を返す。ここ二日、こうやって外でお留守番をさせているが不安で仕方がない。後ろ髪を引かれながら、待っていてくれたルーカスとともにギルドに入った。
そのまま向かった二階の執務室、私たちの訪問に、執務机に座るギルド長は開口一番「それで?」と尋ねた。
「届出ないとマズいやつか?」
「ああ。今日、十一階層目を確認した」
私には良く分からなかったギルド長の問い。それに答えたルーカスの言葉の意味も不明だったが、大人しく二人の話に耳を傾ける。
ルーカスの答えに小さく息をついたギルド長が、「よし」と呟いて、こちらに真っすぐな視線を向けた。
「喜べ、アリシア。報奨金が出るぞ」
「報奨金?」
何の話だろうか。首を傾げる私に、ギルド長が「そもそも」と説明を始めた。
「ヘンレン自治区でダンジョンとして扱うのは、階層が十一以上、若しくは広さが、ってこっちは色々細かいからまぁいい。とりあえず、お前の見つけたダンジョンはルーカスの調査で十一階層以上あることが分かった。中央に届け出ればダンジョンとして登録され、発見者のお前には報奨金が出る」
そう言ったギルド長は、太い人差し指を顔の前に立てた。
「一億」
「……え?」
「少なくとも、一億ギールは出る」
提示された額の大きさに固まりそうになったが、慌てて頭の中で計算する。
(一億ギール、そんなにもらってしまったら……)
ルーカスにもらった帳簿替わりのメモ帳。三億ギールの内、あといくら返済が残っていたか。褒賞という降ってわいたような幸運をもっと喜ぶべきなんだろうけど――
「まぁ、それだけダンジョンの発見ってのはでかいってこった。中身によっちゃ、とんでもねぇ利益を生み出すからな。……で、その辺はどうなんだ?」
ギルド長の視線がルーカスを向いた。彼の問いに、少しだけ間をおいてルーカスが話し出す。
「三階層までは古代遺跡の様相が強い。四階層辺りから徐々に洞窟型に移行して、十一階層には人の手が入った形跡がなかった。魔物の出現も、三階層まではゴーレムのみ、それ以降も大型獣は出ない」
「ふーん。遺跡型ってんなら、遺物は?何もなし、か?」
「ああ。後で報告書は出すが、遺跡としての価値はほとんどない」
ルーカスの言葉に「なるほどな」と頷いたギルド長が、黙って話を聞いていた私に視線を向けた。
「ダンジョン化しているかどうかは別にして、遺跡には古代の遺物が残されていることがある。基本は見つけた奴のもんになるから、事前調査ってのは危険だが、それなりの見返りがあんだよ」
言いながら、ギルド長の視線がルーカスに向けられた。
「ルーカス、いつだったか、お前もなんか当たり引いてたよな?真っ黒の魔晶石。あれだけでかけりゃ、相当の額で売れたんじゃねぇか?」
ギルド長の言葉にルーカスが曖昧に頷いて返すのを眺めながら、「へー」と内心で驚く。
(黒い魔晶石なんてあるんだ……)
今まで見たことも聞いたこともなく、『ステラガーデン』のアイテムとしても存在しなかった。どんな輝きなのか見てみたい。そう思う横で、ギルド長の説明が続く。
「で、だ。ダンジョンを開放した後だが、流れの冒険者どもが、ガノークに集まるのは間違いねぇ。冒険者ギルドの新設も申請するつもりだが、はっきり言って、暫くはこっちも忙しい」
ギルド長の榛色の瞳がギロリと睨むようにこちらを見た。
「気をつけろよ。冒険者なんざ、基本が荒くれ者。今、この辺をうろついてる連中は大人しいほうだが、新規ダンジョンで名を上げようなんてのは血気盛んな奴らだ。どうしてもゴタゴタは増えちまうだろうから、お前は巻き込まれないように自衛しろ」
忠告の言葉に何度もコクコクと頷くと、満足したらしいギルド長は「よし」と頷いて、ルーカスを再び見上げた。
「んで?その辺どうなんだ?ゴーレムと小型獣程度じゃそれほど心配する必要ないけどよ、なんか、ヤバそうなの出そうか?」
「いや……」
ギルド長の問いに首を横に振って答えたルーカスだが、こちらをチラリと窺ってから、「だが」と口にした。
「……鉱脈がある」
「お?どれくらいだ?」
「確認できた範囲で、一階層から三階層に三か所ずつ」
二人の会話に「何の鉱脈だろう?」と内心で首をひねっていると、イロンの声が聞こえた。
――良かったねー、アリシア。ダンジョン鉱脈だってさー。
(ダンジョン鉱脈?)
知らない言葉を聞き返せば、イロンが楽しげな声を上げた。
――ダンジョンの魔力が鉱石になっちゃってる場所だよー。何が掘れるかはお楽しみ!というか、掘った人間の採掘レベルに応じて掘れるものが違うんだー。
(それは、かなり楽しそう……)
非情に興味がある。浮き立つ思いで隣に立つルーカスを見上げた。
「ルーカス、あの、私もその鉱脈を」
「駄目だ」
「……」
「掘ってみたい」と言う前に、却下されてしまった。
「ダンジョンは危険だ。アリシアが立ち入るような場所ではない」
「そう、ですね……」
ルーカスの言葉は正しい。チラリと「ルーカスについて来てもらえれば」という思いがよぎるが、調査が終わった以上、本業が細工師の彼を付き合わせる訳にもいかない。そもそも、魔物が怖いくせに自力で行けない場所に足を踏み入れようというのが無茶なのだ。
(仕方ない、か……)
久しぶりにワクワクする出来事。期待した分、諦めるのは辛いが、漏れそうになるため息をなんとか飲み込んだ。
ダンジョンから帰ってきたルーカスが、私にそう告げたのは、調査開始から三日目のことだった。行き来がしやすいようにと、ダンジョンへと続く穴を広げ続けていた私は「こんなに早く終わるのか」と驚き、同時に、彼がもうダンジョンに潜る必要がないことにホッとした。
ギルド長に報告へ向かうという彼について向かったギルド、中に入る前に入口付近の街灯にビーを繋ぐ。
(……痛くない、よね?)
お腹にグルっと回した幅広のバンドを背中で止め、そこに街灯に結んだロープを固定する。クロエからもらった所有者登録済の証であるリボンは十センチ程度しかないしっぽの根元に結んである。緩んでいないことをもう一度確かめてから、小声で囁いた。
「いい子で待っててね?暴れずに待っててくれたら、後でご褒美の宝石あげるからね?」
私の言葉をある程度は理解するらしいビーは、「キュイ」と鳴いて返事を返す。ここ二日、こうやって外でお留守番をさせているが不安で仕方がない。後ろ髪を引かれながら、待っていてくれたルーカスとともにギルドに入った。
そのまま向かった二階の執務室、私たちの訪問に、執務机に座るギルド長は開口一番「それで?」と尋ねた。
「届出ないとマズいやつか?」
「ああ。今日、十一階層目を確認した」
私には良く分からなかったギルド長の問い。それに答えたルーカスの言葉の意味も不明だったが、大人しく二人の話に耳を傾ける。
ルーカスの答えに小さく息をついたギルド長が、「よし」と呟いて、こちらに真っすぐな視線を向けた。
「喜べ、アリシア。報奨金が出るぞ」
「報奨金?」
何の話だろうか。首を傾げる私に、ギルド長が「そもそも」と説明を始めた。
「ヘンレン自治区でダンジョンとして扱うのは、階層が十一以上、若しくは広さが、ってこっちは色々細かいからまぁいい。とりあえず、お前の見つけたダンジョンはルーカスの調査で十一階層以上あることが分かった。中央に届け出ればダンジョンとして登録され、発見者のお前には報奨金が出る」
そう言ったギルド長は、太い人差し指を顔の前に立てた。
「一億」
「……え?」
「少なくとも、一億ギールは出る」
提示された額の大きさに固まりそうになったが、慌てて頭の中で計算する。
(一億ギール、そんなにもらってしまったら……)
ルーカスにもらった帳簿替わりのメモ帳。三億ギールの内、あといくら返済が残っていたか。褒賞という降ってわいたような幸運をもっと喜ぶべきなんだろうけど――
「まぁ、それだけダンジョンの発見ってのはでかいってこった。中身によっちゃ、とんでもねぇ利益を生み出すからな。……で、その辺はどうなんだ?」
ギルド長の視線がルーカスを向いた。彼の問いに、少しだけ間をおいてルーカスが話し出す。
「三階層までは古代遺跡の様相が強い。四階層辺りから徐々に洞窟型に移行して、十一階層には人の手が入った形跡がなかった。魔物の出現も、三階層まではゴーレムのみ、それ以降も大型獣は出ない」
「ふーん。遺跡型ってんなら、遺物は?何もなし、か?」
「ああ。後で報告書は出すが、遺跡としての価値はほとんどない」
ルーカスの言葉に「なるほどな」と頷いたギルド長が、黙って話を聞いていた私に視線を向けた。
「ダンジョン化しているかどうかは別にして、遺跡には古代の遺物が残されていることがある。基本は見つけた奴のもんになるから、事前調査ってのは危険だが、それなりの見返りがあんだよ」
言いながら、ギルド長の視線がルーカスに向けられた。
「ルーカス、いつだったか、お前もなんか当たり引いてたよな?真っ黒の魔晶石。あれだけでかけりゃ、相当の額で売れたんじゃねぇか?」
ギルド長の言葉にルーカスが曖昧に頷いて返すのを眺めながら、「へー」と内心で驚く。
(黒い魔晶石なんてあるんだ……)
今まで見たことも聞いたこともなく、『ステラガーデン』のアイテムとしても存在しなかった。どんな輝きなのか見てみたい。そう思う横で、ギルド長の説明が続く。
「で、だ。ダンジョンを開放した後だが、流れの冒険者どもが、ガノークに集まるのは間違いねぇ。冒険者ギルドの新設も申請するつもりだが、はっきり言って、暫くはこっちも忙しい」
ギルド長の榛色の瞳がギロリと睨むようにこちらを見た。
「気をつけろよ。冒険者なんざ、基本が荒くれ者。今、この辺をうろついてる連中は大人しいほうだが、新規ダンジョンで名を上げようなんてのは血気盛んな奴らだ。どうしてもゴタゴタは増えちまうだろうから、お前は巻き込まれないように自衛しろ」
忠告の言葉に何度もコクコクと頷くと、満足したらしいギルド長は「よし」と頷いて、ルーカスを再び見上げた。
「んで?その辺どうなんだ?ゴーレムと小型獣程度じゃそれほど心配する必要ないけどよ、なんか、ヤバそうなの出そうか?」
「いや……」
ギルド長の問いに首を横に振って答えたルーカスだが、こちらをチラリと窺ってから、「だが」と口にした。
「……鉱脈がある」
「お?どれくらいだ?」
「確認できた範囲で、一階層から三階層に三か所ずつ」
二人の会話に「何の鉱脈だろう?」と内心で首をひねっていると、イロンの声が聞こえた。
――良かったねー、アリシア。ダンジョン鉱脈だってさー。
(ダンジョン鉱脈?)
知らない言葉を聞き返せば、イロンが楽しげな声を上げた。
――ダンジョンの魔力が鉱石になっちゃってる場所だよー。何が掘れるかはお楽しみ!というか、掘った人間の採掘レベルに応じて掘れるものが違うんだー。
(それは、かなり楽しそう……)
非情に興味がある。浮き立つ思いで隣に立つルーカスを見上げた。
「ルーカス、あの、私もその鉱脈を」
「駄目だ」
「……」
「掘ってみたい」と言う前に、却下されてしまった。
「ダンジョンは危険だ。アリシアが立ち入るような場所ではない」
「そう、ですね……」
ルーカスの言葉は正しい。チラリと「ルーカスについて来てもらえれば」という思いがよぎるが、調査が終わった以上、本業が細工師の彼を付き合わせる訳にもいかない。そもそも、魔物が怖いくせに自力で行けない場所に足を踏み入れようというのが無茶なのだ。
(仕方ない、か……)
久しぶりにワクワクする出来事。期待した分、諦めるのは辛いが、漏れそうになるため息をなんとか飲み込んだ。
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