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第二部 第一章
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「……アリシア、そろそろ出るが、準備はできているか?」
「……」
ダンジョン発見の翌朝、今日から早速ダンジョン調査に向かうというルーカスとは、第四坑道までは一緒に行こうという話をしていた。彼がダンジョンに潜っている間、私は坑道で魔晶石を掘る。だから、今日は二人分のお弁当を用意して朝からソワソワしていた。出かける準備はとっくに終えている。なのに、二階から探索の準備を整えて下りて来たルーカスを前に、返事ができなかった。変な声が漏れそうになる。
(か、恰好いいーっ!)
以前に一度だけ見たルーカスの冒険者スタイル。あの時は夜で、しかも状況が切迫していたから、見惚れはしたがここまでジロジロと観察できなかった。いつものローブを脱ぐと分かる、ルーカスの鍛え抜かれた身体。背も高いから威圧感がすごい。上下黒を基調とした服、腰に巻かれた太いベルトの左右には剣が刺してあり、肩に巻かれたベルトは探索用の道具を背負うためのものらしい。前回は目深にかぶっていた黒のロングコートのフードが今は下ろされていて、金の瞳がよく見える。
その瞳で観察され、ルーカスに「行けるか?」ともう一度尋ねられた。それに頷いて答えると、彼も頷いて玄関へと向かう。
「……おいで、ビー。行こう」
彼の後を追うため、床に丸くなって転がっているビーを呼んだ。コロコロと転がり出した姿を確認して、ルーカスが開け放してくれた玄関へと向かう。こちらを待つルーカスが、玄関の外で革製の黒のグローブを両手にはめている。
(……なんだろう、もう、何て言うか)
それだけで恰好いい。そのままその場に蹲ってしまいたい衝動を抑えて、彼の隣に並んだ。これならば、横を向かない限りはルーカスの姿が視界に入らない。歩き出した後も、隣で揺れるルーカスの大きな手を意識しないようにしながら、鉱山へと向かった。
第四鉱山にたどり着き、中へ入る直前に気が付いた。
「ルーカスも、夜目が使えるんですね?」
「ああ。冒険者時代に身につけた」
灯りを持たずに坑道に入ろうとしたルーカスにそう尋ねれば、ルーカスは「おや?」という顔をしてから、こちらを眺める。
「アリシアも、夜目を使えるようになったのか?」
「えっと、はい。昨日、使えるようになりました」
スキルは繰り返しの作業の中で身に着くと言われている。それで誰しもが獲得できるわけではないが、獲得した人間は必ず獲得までの習練を重ねている。
(それだけ、私が鉱山に籠りっきりっていうことなんだけど……)
何となく恥ずかしい思いで明かせば、ルーカスの口元が緩くカーブを描いた。
「頑張ったな……」
「っ!」
その一言と彼の表情に、顔中に熱が集まる。「恥ずかしい」なんて思っていた自分が馬鹿みたいだ。今更取り繕ったところで、私が採掘ばかりしていることはルーカスが一番承知している。そこで身に着けたスキルなのだから、彼の言う通り、私は「頑張った」と思う。彼の言葉に「ありがとうございます」と返して、歩き出したルーカスの後に続いた。
顔の熱が引かないまま、俯きがちに歩く。足元を転がるビーの姿を眺める内に、目的の場所へは直ぐに到達した。ルーカスも、私が何かを言う前に「ここか」と足を止める。昨日、私が明けた穴。ひと一人が潜れる穴から中をのぞくルーカスを呼び止める。
「あ!ルーカス、ちょっと待ってください!先に、もう少し穴を広げますから!」
四つん這いになった私の身体でもギリギリの大きさ。ルーカスの体格では引っかかってしまいそうだ。
バックパックからツルハシを取り出し、穴の前で構えた。一度、二度。慣れ親しんだ振動を確かめながらツルハシを振るう内に、意識が集中していく。穴を広げるようにその周囲を削り取るが、三回に一度ほどのタイミングで青ジェムがコロンと転がり出るのが見えた。以前のカンテラの灯りでは見逃していた光景。削り取られる魔晶石に併せて青いジェムが生まれることに快感を覚える。
没頭し、気づくと、穴は大人一人が立ったまま潜れるほどの大きさに広がっていた。
(あ!)
そこで漸く思い出したルーカスの存在。周囲を見回すと、少し離れた場所、左手の土壁に背を預けるようにしていたルーカスと目が合う。合った途端、壁から背を離してこちらへ向かってくる彼の表情が、何だか楽しそうで――?
「アリシアが石を掘る姿を初めて見たが、本当に採掘が好きなんだな」
「えっと、はい。好き、です……」
好きだが、そんな風に微笑ましそうに言われると、居たたまれなくなる。集中していた間、きっと無表情だったから、それを見られていたのも恥ずかしい。
顔を隠すようにする私を気にすることなく、ルーカスは広げた穴へと向かった。「ありがとう。助かった」と言いながら、穴を潜るルーカス。その後を追って穴を通り抜けると、昨日と変わらぬ光景が広がっていた。
「……ダンジョン、だな」
目にした途端、そう判断したルーカスを仰ぎ見る。彼が「ついて来い」と手招いた。彼の後に続くと、見えて来たのは、昨日、どうやって開けるのかと迷った石の扉。ルーカスにその場で止まるようにと言われる。
指示通り、私が足を止めるのを確認したルーカスが、一人、扉の前へと向かう。石の扉の中央に立ち、丸みのある凸部に手を触れた。途端、どこからともなく響きだしたゴゴゴという地響きのような音。微かに、地面が揺れている気がする。緊張しながら見守る中、石の扉に異変が起きた。
一瞬、厚みのある扉が崩れ落ちたのかと思った。けれど、崩壊したかに見えた石の塊は、次の瞬間には意思を持ったかのように動き出す。盛り上がる背中にいくつもの大きな岩を繋ぎ合わせたような両腕が生え、同じく岩を重ね合わせたような両足で立ち上がる、石の巨人。
(ゴーレム……?)
前世の記憶にも、こちらの世界の知識としてもあるが、実際に目にするのは初めて。古代に作られたとされる人造の魔物らしきものの出現に、不安を覚える。
「……ルーカス」
三メートルはある魔物と対峙する彼を見守る。巨体を前に、ルーカスに慌てる様子はない。動き出したゴーレムを見据えた彼が、剣を抜いた。そのまま、短い距離を駆けて跳び上がる。ゴーレムがゆっくりとした動きでルーカスの姿を追うが、その頭上を越えて跳んだ彼はゴーレムの額を目掛けて剣を突き立てた。
その一撃で勝負は決したらしい。動きを止めた巨体が、地響きを立てながら地に沈んでいく。ゴーレムの頭を踏み台に跳んで避けたルーカスが、再びこちらに手招きをした。誘われるまま彼に近づけば、ルーカスが、一抱えはありそうなゴーレムの頭部を蹴飛ばした。
驚く私に、ルーカスが「見てくれ」とその頭部、彼が剣を突き立てた額部分を指さした。
「ゴーレムはこの位置に刻まれた古代語を消せば、動きを止める」
彼の指さす先、茶色のゴーレムに赤字で何かが書かれている。とうに滅んだ文明の文字は読めなかったが、彼の言葉に頷いて返した。
「……遺跡型に多いのだが、ダンジョンの入り口や要所にゴーレムが配置されていることがある。今回のこれもそうだが、ダンジョンでは扉や仕掛けに不用意に触れないように」
ルーカスの言葉にさっと血の気が引いた。昨日はビーの卵に気を取られたせいで、扉に触れることはなかったが、あのまま何もなければ、好奇心から触れていたかもしれない。
「ぜ、絶対に触らないようにします……!」
血の気が引きながらも、何度もコクコクと頷いて返した。
私の返事に満足したらしいルーカスが、「よし」と頷いて、今度はゴーレムの胸の部分、うつ伏せになったその背中の上に立つ。垂直に持ち上げた剣を、そのまま突き立てた。ガッという激しい音と共にゴーレムの上半身に大きなヒビが入り、そこから大きく崩れ落ちる。崩れ落ちた隙間に手を突っ込んだルーカスが、何かを握って取り出した。
「アリシア……」
呼ばれて近づけば、ゴーレムから下りたルーカスに手を差し出される。反射で手を出せば、掌に乗せられたのは、大振りの魔晶石。いつも、私が青ジェムガチャで入手しているものより、一回りは大きい。掌からはみ出す大きさ、透明度も申し分ないそれをシゲシゲと眺めていると、ゴーレムに異変が起きた。
「……え?」
ゴーレムが溶け出している。そう見えたのだが、良く見れば、砕けた石の塊は地面に沈んでいっているようだった。
「ゴーレムは人の手によって造られている。額の文字を消せば稼働しなくなるが、それで完全に壊せるわけではない。今のように、動力源となっている魔晶石を外して初めて、消滅させることができる」
(知らなかった……)
ルーカスの説明に驚きながら、ゴーレムが沈んでいくのを見守った。
暫くして、石の塊が全て消え去ったところで、ルーカスが口を開く。
「では、行ってくる」
そう言って彼は、先程ゴーレムが生まれた場所、今は石の扉が消滅して大きく開いたダンジョンの入口へと視線を向けた。彼の注意を引くため、コートの袖を引く。
「あの、ルーカス。邪魔にならないようだったら、これを持って行ってほしいです……」
言って差し出すのは朝に用意したルーカスのお弁当。簡易ではあるが、持ち運びがしやすいようにとサンドイッチを作った。紙でグルグルに包んだそれを差し出すと、驚いた顔で受け取ったルーカスが僅かに破顔する。
「ありがとう」
「いえ、あの、大したものではないので。……気を付けて行ってきてくださいね」
「ああ、アリシアも気を付けて。……扉の仕掛けが時限式の可能性もある。扉が復活しても、決して触れないように。もし、俺の帰りが遅くなっても、絶対にダンジョンに入っては駄目だ」
ルーカスの忠告に頷いて「坑道のほうで待っている」と伝えれば、彼は安心したように頷き返した。そのまま、軽く手を上げてダンジョンの中へと入っていく彼の背中を見送る。扉の向こう、夜目をもって見えたのは、扉の手前と似たような石造りの遺跡。こちら側より幾分、原形を留めているその場所にあるのは地階に続く階段だけ。未知の場所へと、ルーカスは足を止めることなく進んでいく。
「……」
ダンジョン発見の翌朝、今日から早速ダンジョン調査に向かうというルーカスとは、第四坑道までは一緒に行こうという話をしていた。彼がダンジョンに潜っている間、私は坑道で魔晶石を掘る。だから、今日は二人分のお弁当を用意して朝からソワソワしていた。出かける準備はとっくに終えている。なのに、二階から探索の準備を整えて下りて来たルーカスを前に、返事ができなかった。変な声が漏れそうになる。
(か、恰好いいーっ!)
以前に一度だけ見たルーカスの冒険者スタイル。あの時は夜で、しかも状況が切迫していたから、見惚れはしたがここまでジロジロと観察できなかった。いつものローブを脱ぐと分かる、ルーカスの鍛え抜かれた身体。背も高いから威圧感がすごい。上下黒を基調とした服、腰に巻かれた太いベルトの左右には剣が刺してあり、肩に巻かれたベルトは探索用の道具を背負うためのものらしい。前回は目深にかぶっていた黒のロングコートのフードが今は下ろされていて、金の瞳がよく見える。
その瞳で観察され、ルーカスに「行けるか?」ともう一度尋ねられた。それに頷いて答えると、彼も頷いて玄関へと向かう。
「……おいで、ビー。行こう」
彼の後を追うため、床に丸くなって転がっているビーを呼んだ。コロコロと転がり出した姿を確認して、ルーカスが開け放してくれた玄関へと向かう。こちらを待つルーカスが、玄関の外で革製の黒のグローブを両手にはめている。
(……なんだろう、もう、何て言うか)
それだけで恰好いい。そのままその場に蹲ってしまいたい衝動を抑えて、彼の隣に並んだ。これならば、横を向かない限りはルーカスの姿が視界に入らない。歩き出した後も、隣で揺れるルーカスの大きな手を意識しないようにしながら、鉱山へと向かった。
第四鉱山にたどり着き、中へ入る直前に気が付いた。
「ルーカスも、夜目が使えるんですね?」
「ああ。冒険者時代に身につけた」
灯りを持たずに坑道に入ろうとしたルーカスにそう尋ねれば、ルーカスは「おや?」という顔をしてから、こちらを眺める。
「アリシアも、夜目を使えるようになったのか?」
「えっと、はい。昨日、使えるようになりました」
スキルは繰り返しの作業の中で身に着くと言われている。それで誰しもが獲得できるわけではないが、獲得した人間は必ず獲得までの習練を重ねている。
(それだけ、私が鉱山に籠りっきりっていうことなんだけど……)
何となく恥ずかしい思いで明かせば、ルーカスの口元が緩くカーブを描いた。
「頑張ったな……」
「っ!」
その一言と彼の表情に、顔中に熱が集まる。「恥ずかしい」なんて思っていた自分が馬鹿みたいだ。今更取り繕ったところで、私が採掘ばかりしていることはルーカスが一番承知している。そこで身に着けたスキルなのだから、彼の言う通り、私は「頑張った」と思う。彼の言葉に「ありがとうございます」と返して、歩き出したルーカスの後に続いた。
顔の熱が引かないまま、俯きがちに歩く。足元を転がるビーの姿を眺める内に、目的の場所へは直ぐに到達した。ルーカスも、私が何かを言う前に「ここか」と足を止める。昨日、私が明けた穴。ひと一人が潜れる穴から中をのぞくルーカスを呼び止める。
「あ!ルーカス、ちょっと待ってください!先に、もう少し穴を広げますから!」
四つん這いになった私の身体でもギリギリの大きさ。ルーカスの体格では引っかかってしまいそうだ。
バックパックからツルハシを取り出し、穴の前で構えた。一度、二度。慣れ親しんだ振動を確かめながらツルハシを振るう内に、意識が集中していく。穴を広げるようにその周囲を削り取るが、三回に一度ほどのタイミングで青ジェムがコロンと転がり出るのが見えた。以前のカンテラの灯りでは見逃していた光景。削り取られる魔晶石に併せて青いジェムが生まれることに快感を覚える。
没頭し、気づくと、穴は大人一人が立ったまま潜れるほどの大きさに広がっていた。
(あ!)
そこで漸く思い出したルーカスの存在。周囲を見回すと、少し離れた場所、左手の土壁に背を預けるようにしていたルーカスと目が合う。合った途端、壁から背を離してこちらへ向かってくる彼の表情が、何だか楽しそうで――?
「アリシアが石を掘る姿を初めて見たが、本当に採掘が好きなんだな」
「えっと、はい。好き、です……」
好きだが、そんな風に微笑ましそうに言われると、居たたまれなくなる。集中していた間、きっと無表情だったから、それを見られていたのも恥ずかしい。
顔を隠すようにする私を気にすることなく、ルーカスは広げた穴へと向かった。「ありがとう。助かった」と言いながら、穴を潜るルーカス。その後を追って穴を通り抜けると、昨日と変わらぬ光景が広がっていた。
「……ダンジョン、だな」
目にした途端、そう判断したルーカスを仰ぎ見る。彼が「ついて来い」と手招いた。彼の後に続くと、見えて来たのは、昨日、どうやって開けるのかと迷った石の扉。ルーカスにその場で止まるようにと言われる。
指示通り、私が足を止めるのを確認したルーカスが、一人、扉の前へと向かう。石の扉の中央に立ち、丸みのある凸部に手を触れた。途端、どこからともなく響きだしたゴゴゴという地響きのような音。微かに、地面が揺れている気がする。緊張しながら見守る中、石の扉に異変が起きた。
一瞬、厚みのある扉が崩れ落ちたのかと思った。けれど、崩壊したかに見えた石の塊は、次の瞬間には意思を持ったかのように動き出す。盛り上がる背中にいくつもの大きな岩を繋ぎ合わせたような両腕が生え、同じく岩を重ね合わせたような両足で立ち上がる、石の巨人。
(ゴーレム……?)
前世の記憶にも、こちらの世界の知識としてもあるが、実際に目にするのは初めて。古代に作られたとされる人造の魔物らしきものの出現に、不安を覚える。
「……ルーカス」
三メートルはある魔物と対峙する彼を見守る。巨体を前に、ルーカスに慌てる様子はない。動き出したゴーレムを見据えた彼が、剣を抜いた。そのまま、短い距離を駆けて跳び上がる。ゴーレムがゆっくりとした動きでルーカスの姿を追うが、その頭上を越えて跳んだ彼はゴーレムの額を目掛けて剣を突き立てた。
その一撃で勝負は決したらしい。動きを止めた巨体が、地響きを立てながら地に沈んでいく。ゴーレムの頭を踏み台に跳んで避けたルーカスが、再びこちらに手招きをした。誘われるまま彼に近づけば、ルーカスが、一抱えはありそうなゴーレムの頭部を蹴飛ばした。
驚く私に、ルーカスが「見てくれ」とその頭部、彼が剣を突き立てた額部分を指さした。
「ゴーレムはこの位置に刻まれた古代語を消せば、動きを止める」
彼の指さす先、茶色のゴーレムに赤字で何かが書かれている。とうに滅んだ文明の文字は読めなかったが、彼の言葉に頷いて返した。
「……遺跡型に多いのだが、ダンジョンの入り口や要所にゴーレムが配置されていることがある。今回のこれもそうだが、ダンジョンでは扉や仕掛けに不用意に触れないように」
ルーカスの言葉にさっと血の気が引いた。昨日はビーの卵に気を取られたせいで、扉に触れることはなかったが、あのまま何もなければ、好奇心から触れていたかもしれない。
「ぜ、絶対に触らないようにします……!」
血の気が引きながらも、何度もコクコクと頷いて返した。
私の返事に満足したらしいルーカスが、「よし」と頷いて、今度はゴーレムの胸の部分、うつ伏せになったその背中の上に立つ。垂直に持ち上げた剣を、そのまま突き立てた。ガッという激しい音と共にゴーレムの上半身に大きなヒビが入り、そこから大きく崩れ落ちる。崩れ落ちた隙間に手を突っ込んだルーカスが、何かを握って取り出した。
「アリシア……」
呼ばれて近づけば、ゴーレムから下りたルーカスに手を差し出される。反射で手を出せば、掌に乗せられたのは、大振りの魔晶石。いつも、私が青ジェムガチャで入手しているものより、一回りは大きい。掌からはみ出す大きさ、透明度も申し分ないそれをシゲシゲと眺めていると、ゴーレムに異変が起きた。
「……え?」
ゴーレムが溶け出している。そう見えたのだが、良く見れば、砕けた石の塊は地面に沈んでいっているようだった。
「ゴーレムは人の手によって造られている。額の文字を消せば稼働しなくなるが、それで完全に壊せるわけではない。今のように、動力源となっている魔晶石を外して初めて、消滅させることができる」
(知らなかった……)
ルーカスの説明に驚きながら、ゴーレムが沈んでいくのを見守った。
暫くして、石の塊が全て消え去ったところで、ルーカスが口を開く。
「では、行ってくる」
そう言って彼は、先程ゴーレムが生まれた場所、今は石の扉が消滅して大きく開いたダンジョンの入口へと視線を向けた。彼の注意を引くため、コートの袖を引く。
「あの、ルーカス。邪魔にならないようだったら、これを持って行ってほしいです……」
言って差し出すのは朝に用意したルーカスのお弁当。簡易ではあるが、持ち運びがしやすいようにとサンドイッチを作った。紙でグルグルに包んだそれを差し出すと、驚いた顔で受け取ったルーカスが僅かに破顔する。
「ありがとう」
「いえ、あの、大したものではないので。……気を付けて行ってきてくださいね」
「ああ、アリシアも気を付けて。……扉の仕掛けが時限式の可能性もある。扉が復活しても、決して触れないように。もし、俺の帰りが遅くなっても、絶対にダンジョンに入っては駄目だ」
ルーカスの忠告に頷いて「坑道のほうで待っている」と伝えれば、彼は安心したように頷き返した。そのまま、軽く手を上げてダンジョンの中へと入っていく彼の背中を見送る。扉の向こう、夜目をもって見えたのは、扉の手前と似たような石造りの遺跡。こちら側より幾分、原形を留めているその場所にあるのは地階に続く階段だけ。未知の場所へと、ルーカスは足を止めることなく進んでいく。
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