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第二部 第一章
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家に帰ってからは、慌ただしく夕食の準備を整えてルーカスと二人で夕食を取った。こちらの食事が気になるのか、四つ足でカサコソと床を歩き回るカーバンクルには、今日、採掘した分の魔晶石を与えてみた。どれくらい食べるものなのかと戦々恐々としていたが、拳大の魔晶石を一つ消化しただけで満足したらしく、他の石には手をつけずにコロンと転がってしまったカーバンクルに安堵する。
食事を終え、明日以降の準備があるというルーカスより先にシャワーを浴びた。工房に籠ってしまったルーカスに「おやすみなさい」と伝えて先に部屋に戻ってきたのだが、寝床を求めて落ち着かなげに歩き回るカーバンクルを見て、ふと思いついた。
「……名前、決めなくちゃだよね?」
零した独り言に、不意にイロンの声が聞こえる。
「名前ってー?カーバンクルに名前をつけるのー?」
ポンと宙に現れたイロンは、フワフワとカーバンクルに近寄ってその甲羅を指先でつつく。
「要らないんじゃない?一匹しかいないしー」
「うーん。そうなんだけど、ただ、私がつけたいだけというか……」
カーバンクルを家畜として扱うつもりはなく、まして、テイマーのように魔物と戦わせるつもりもない。そもそも、私に魔物と戦う勇気なんてないから、そうするとどうしても「ペット枠」になってしまうのだ。
「名前があった方が呼びやすいかなーって」
「……」
魔物であることを忘れるつもりはないが、私がペットとして可愛がる分には問題ないはず。何か言いたそうなイロンの視線を感じながらも、カーバンクルを持ち上げてみる。一番に注意を引くのは、やはり、その額にある赤色の石だった。
「おでこのこれは宝石なのかな?ルビー?」
自身の指にはまる指輪についている石と似たような輝き。素人目には全く同じに見える二つを見比べていると、フヨフヨと飛んできたイロンが、カーバンクルの額の石をじっと覗き込む。
「今はルビーみたいだね」
「今は?」
「うん。食べた宝石によって石が変化することもあるんだ。まぁ、大体が赤い石、ルビーとかガーネットが多いかなー」
イロンの説明に「へー」と感心していると、イロンが「エヘン」と胸を張った。
「僕、これでも、石にはちょーっとうるさいから。地系統の魔物についてもそこそこ詳しいんだよー」
得意げなイロンの言葉に「すごい」と笑ってから、カーバンクルをベッドの上に置く。床の上に座り込んで、額の石をじっと見つめた。
「名前、ルビーじゃ安直かな?」
「いいんじゃない?僕の名前だって、そのまんまでしょー?」
「……イロンは、ちょっと違うよ」
イロンの名前は「鉄」から来ている。英語の綴り「iron」を読めなかった私が、「イロン?」と誤読したものをそのままつけたのだ。
「……スマホ、ネット環境があればなー」
色々調べられたのにと呟く私に、イロンが怒ったような声を上げる。
「もー!アリシア、僕の名前決める時には一分もかからなかったでしょ!カーバンクルなんて適当でいいよ、適当で!」
そうは言っても、今後その名前で呼び続けるのだからと悩んでいると、イロンが「分かった、僕が決める」と叫ぶ。
「こいつの名前はルー!ルビーが安直なら、ルーでいいでしょ、もう!」
言われた名前に、顔が自然に赤らんだ。「ルー」はこちらの世界では「ルーカス」の愛称になる。
「……ビーでお願いします」
呟く私に、イロンが「どっちでもいいよー」とプリプリしながら告げる。当のカーバンクル、たった今、「ビー」という名前に決まったその子は、こちらの悩みなど我関さず、いつの間にかベッドから下り、ベッドの下へと潜り込んでいった。
「あっ!」
そこで「マズい」と気が付く。慌ててベッドの下に手を入れ、そこに隠してあった缶を引っ張り出した。元はルーカスにもらったクッキーの缶。それを追いかけるようにしてベッドの下から現れたビーが、こちらの膝に前足を掛け、缶の中身を寄越せとばかりに顔を近づけて来る。
(……うーん。一つだけならいいかな?)
そう考えて、箱を床の上に置いた。二十センチ四方の四角い箱の蓋を開ければ、中には色とりどりのルースが三十個ほど無造作に転がっている。一応、傷防止用の敷布を入れてはあるけれど、前世では考えられないような雑な扱いだった。
(今のところ使い道もないしなー……)
ギルドに持ち込めば、原石を基準とした最低価格で買い取られる。いつか、大きな街で買い取りをしてもらおうと溜めている内に、これだけの数になってしまった。このまま増え続けるのも不安だったため、一つだけならと、一番小さな一カラットほどのダイヤモンドをつまんでビーに差し出してみる。ビーがピタリと鼻先を近づけた途端、手にしていたはずの硬い石は跡形もなく消えた。
(すごい。面白い、けど……)
一つでは満足しなかったのか、他の宝石にも鼻先をヒクつかせるビーに「今日はおしまい」と告げて、缶の蓋を閉じる。ベッドの上へ避難させてから、今後について考えた。
「こんなに一瞬で食べられちゃうと、宝石、あっという間になくなっちゃうね」
イロンによれば、宝石は生命維持に必須なわけではない。けれど、これだけ食いつきがよかったのだ。カーバンクルにとって、宝石はやはり特別なのだろう。時々でも食べさせてあげたいなと考えていると、目の前でビーが宙に浮いた。
「えっ!?」
驚く私の目の前で、ビーはベッドの上に降り立ち、そこに置いた宝石の缶に鼻先を近づける。よほど好きなのだろう、前足でカリカリと箱を開けようとしているのを唖然と眺めていると、イロンの「ふーん?」という声が聞こえた。
「レビテーション使えるんだー。カーバンクルのくせにナマイキー」
「レビテーション?」
聞きなれない言葉を問えば、イロンが「うん」と頷いた。
「空中浮揚の魔法だよー。普通、カーバンクルが使えるのってシールドくらいなんだけどなー」
言って、イロンはカーバンクルに近づき、額の宝石をじっと見つめる。
「アリシアがあげたダイヤモンドのおかげかな?カーバンクルは宝石で成長するって言われてるから。ほら、石がちょっとだけ大きくなってる」
言われてビーの額の石を確認するが、その大きさが変わったようには見えない。首をひねる私の横で、イロンがニッコリ笑った。
「ドラゴンまではいかなくても、象くらいに大きくなったら、もう家では飼えないねー?」
「……」
イロンの言葉に、宝石は容量を守って。一日一個を限度にしようと決めた。
食事を終え、明日以降の準備があるというルーカスより先にシャワーを浴びた。工房に籠ってしまったルーカスに「おやすみなさい」と伝えて先に部屋に戻ってきたのだが、寝床を求めて落ち着かなげに歩き回るカーバンクルを見て、ふと思いついた。
「……名前、決めなくちゃだよね?」
零した独り言に、不意にイロンの声が聞こえる。
「名前ってー?カーバンクルに名前をつけるのー?」
ポンと宙に現れたイロンは、フワフワとカーバンクルに近寄ってその甲羅を指先でつつく。
「要らないんじゃない?一匹しかいないしー」
「うーん。そうなんだけど、ただ、私がつけたいだけというか……」
カーバンクルを家畜として扱うつもりはなく、まして、テイマーのように魔物と戦わせるつもりもない。そもそも、私に魔物と戦う勇気なんてないから、そうするとどうしても「ペット枠」になってしまうのだ。
「名前があった方が呼びやすいかなーって」
「……」
魔物であることを忘れるつもりはないが、私がペットとして可愛がる分には問題ないはず。何か言いたそうなイロンの視線を感じながらも、カーバンクルを持ち上げてみる。一番に注意を引くのは、やはり、その額にある赤色の石だった。
「おでこのこれは宝石なのかな?ルビー?」
自身の指にはまる指輪についている石と似たような輝き。素人目には全く同じに見える二つを見比べていると、フヨフヨと飛んできたイロンが、カーバンクルの額の石をじっと覗き込む。
「今はルビーみたいだね」
「今は?」
「うん。食べた宝石によって石が変化することもあるんだ。まぁ、大体が赤い石、ルビーとかガーネットが多いかなー」
イロンの説明に「へー」と感心していると、イロンが「エヘン」と胸を張った。
「僕、これでも、石にはちょーっとうるさいから。地系統の魔物についてもそこそこ詳しいんだよー」
得意げなイロンの言葉に「すごい」と笑ってから、カーバンクルをベッドの上に置く。床の上に座り込んで、額の石をじっと見つめた。
「名前、ルビーじゃ安直かな?」
「いいんじゃない?僕の名前だって、そのまんまでしょー?」
「……イロンは、ちょっと違うよ」
イロンの名前は「鉄」から来ている。英語の綴り「iron」を読めなかった私が、「イロン?」と誤読したものをそのままつけたのだ。
「……スマホ、ネット環境があればなー」
色々調べられたのにと呟く私に、イロンが怒ったような声を上げる。
「もー!アリシア、僕の名前決める時には一分もかからなかったでしょ!カーバンクルなんて適当でいいよ、適当で!」
そうは言っても、今後その名前で呼び続けるのだからと悩んでいると、イロンが「分かった、僕が決める」と叫ぶ。
「こいつの名前はルー!ルビーが安直なら、ルーでいいでしょ、もう!」
言われた名前に、顔が自然に赤らんだ。「ルー」はこちらの世界では「ルーカス」の愛称になる。
「……ビーでお願いします」
呟く私に、イロンが「どっちでもいいよー」とプリプリしながら告げる。当のカーバンクル、たった今、「ビー」という名前に決まったその子は、こちらの悩みなど我関さず、いつの間にかベッドから下り、ベッドの下へと潜り込んでいった。
「あっ!」
そこで「マズい」と気が付く。慌ててベッドの下に手を入れ、そこに隠してあった缶を引っ張り出した。元はルーカスにもらったクッキーの缶。それを追いかけるようにしてベッドの下から現れたビーが、こちらの膝に前足を掛け、缶の中身を寄越せとばかりに顔を近づけて来る。
(……うーん。一つだけならいいかな?)
そう考えて、箱を床の上に置いた。二十センチ四方の四角い箱の蓋を開ければ、中には色とりどりのルースが三十個ほど無造作に転がっている。一応、傷防止用の敷布を入れてはあるけれど、前世では考えられないような雑な扱いだった。
(今のところ使い道もないしなー……)
ギルドに持ち込めば、原石を基準とした最低価格で買い取られる。いつか、大きな街で買い取りをしてもらおうと溜めている内に、これだけの数になってしまった。このまま増え続けるのも不安だったため、一つだけならと、一番小さな一カラットほどのダイヤモンドをつまんでビーに差し出してみる。ビーがピタリと鼻先を近づけた途端、手にしていたはずの硬い石は跡形もなく消えた。
(すごい。面白い、けど……)
一つでは満足しなかったのか、他の宝石にも鼻先をヒクつかせるビーに「今日はおしまい」と告げて、缶の蓋を閉じる。ベッドの上へ避難させてから、今後について考えた。
「こんなに一瞬で食べられちゃうと、宝石、あっという間になくなっちゃうね」
イロンによれば、宝石は生命維持に必須なわけではない。けれど、これだけ食いつきがよかったのだ。カーバンクルにとって、宝石はやはり特別なのだろう。時々でも食べさせてあげたいなと考えていると、目の前でビーが宙に浮いた。
「えっ!?」
驚く私の目の前で、ビーはベッドの上に降り立ち、そこに置いた宝石の缶に鼻先を近づける。よほど好きなのだろう、前足でカリカリと箱を開けようとしているのを唖然と眺めていると、イロンの「ふーん?」という声が聞こえた。
「レビテーション使えるんだー。カーバンクルのくせにナマイキー」
「レビテーション?」
聞きなれない言葉を問えば、イロンが「うん」と頷いた。
「空中浮揚の魔法だよー。普通、カーバンクルが使えるのってシールドくらいなんだけどなー」
言って、イロンはカーバンクルに近づき、額の宝石をじっと見つめる。
「アリシアがあげたダイヤモンドのおかげかな?カーバンクルは宝石で成長するって言われてるから。ほら、石がちょっとだけ大きくなってる」
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「ドラゴンまではいかなくても、象くらいに大きくなったら、もう家では飼えないねー?」
「……」
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