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第二部 第一章
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自分の叫び声が閉ざされた空間の中で響く。その余韻が消えたかどうかというところで卵に大きな穴が開いた。そこから転がり出て来たのは薄茶色の塊。恐怖と期待を込めて見守る中、その塊、ボールのように丸まっていた何かは四つの足を伸ばして、「うーん」と背筋を伸ばす。その姿には、どこか見覚えがあった。
「えっと……、アルマジロ?」
背中は固そうな甲羅に覆われていて、四つの足はちんまりとしている。ネズミに似た細長い顔に、つぶらな目はどこか眠そうに見えた。ただ、記憶にあるアルマジロと決定的に違うのは、その生き物の額には赤い宝石がはめ込まれているということ。額を覆う甲羅の一部が、宝石に変わっているようだった。
「カーバンクルだね」
イロンが告げた言葉を、「カーバンクル?」と繰り返して、目の前の生き物をじっと見つめる。フワフワと近づいて来たイロンが「落ち込まないで、アリシア」と口にした。
「一応、これでも竜種なんだよ?ドラゴンほどは強くないけれど、防御力はかなり高いから、きっとアリシアの助けになるよ」
「……」
「それに、ほら、何といってもSSRだもん!だから、ね?思っていたのとは違うかもだけど……」
そう説明してくれるイロンの後ろから、カーバンクルがこちらへと近づいて来る。その、歩き方が――
「か、可愛いーっ!!」
「え?アリシアッ!?」
チマチマとつま先立ちをしながら歩いて来る姿が愛らしくて、思わず手を伸ばしてカーバンクルを抱き上げる。瞬間、驚きの声を上げてしまった。
「うわぁ、びっくり!イロン、この子、あったかいよ!」
抱き上げたカーバンクルはその見た目に反して、甲羅までもが温かい。私の声が大きかったせいか、カーバンクルが「キュッ」と声を発して丸まってしまった。
「あ!ご、ごめんね?びっくりさせちゃった?」
言いながら腕の中を覗き込むと、丸まった身体が少しだけ開く。つぶらな瞳に見上げられて、興奮が抑えきれなくなった。
「か、可愛い―!」
再びギュッと抱きしめたカーバンクルの側に、イロンがフワフワと飛んでくる。こちらを見上げる彼の瞳が、何だか怒っているように見えるが――
「……カーバンクルが可愛いの?」
「え?可愛い、よね?」
私の返事に、イロンの表情がますます憮然としたものになる。
「前から思ってたけど、アリシアの可愛いの基準はちょっとおかしいよね?」
「え?え?」
「カーバンクルなんて、地味だし、茶色だし、こんなののどこがいいの?ドラゴンじゃないなら、モフモフとかフサフサとかの方が絶対可愛いでしょう?」
イロンの言葉に、再び腕の中のカーバンクルを見下ろす。大人しく抱かれたままのカーバンクルは緊張を解いたのか、丸まっていた身体を今は開ききっていた。
「……えっと、でも、ほら、イロン。この子もお腹がフワフワですごく気持ちいいよ?イロンも触ってみる?」
「触らない!」
そう言ったイロンが、腕の中に飛び込んで来た。カーバンクルを押しのけるようにしながら、グリグリとその頭を押し付けて来る。
「ずるいよ!カーバンクルばっかり、可愛い可愛いって!」
「え、そんな、勿論、イロンだってすごく可愛いよ?」
「だめ!僕だけ!僕が一番可愛いの!アリシアの可愛いはぜんぶ僕のものなんだから!」
そう言ってしがみついて離れないイロンを抱き上げるため、カーバンクルをそっと地面に下ろした。
「大体、アリシアは酷いよ。僕と再会した時は可愛いなんて言ってくれなかったのに……」
「あの時は……」
正直、そんな余裕がなかった。イロンを見て、可愛いというよりホッとしたという気持ちの方が大きかったから。
「ごめんね?でも、イロンと再会できてすごく嬉しかったし、イロンのこと、とても頼りにしてる」
「…本当に?」
「うん」
頷けば、イロンがニヘラと笑った。ご機嫌は一瞬で治ったらしく、そのままこちらの腕の中に納まるイロン。その視線がカーバンクルを向いた。イロンを抱いたまま、同じくカーバンクルの姿を観察すれば、チョコチョコと動き出したカーバンクルが、自身の出て来た卵の殻へと向かう。
カーバンクルが、その鼻先で卵の赤い殻に触れた。途端、赤い殻の欠片が消える。
「え!消えちゃった?」
「うん。食べてるんだよ。カーバンクルは宝石が大好物だから」
「食べる……。それって、一日にどれくらい食べるのかな?」
齧るわけでも飲み込むわけでもなく、ただ、鼻先を触れるだけ。それだけで次々と消えていく赤い欠片を眺めながら不安になった。食事量によっては、今後、この子を飼うのは難しいかもしれない。そんな私の不安を感じ取ったのか、イロンが「大丈夫だよー」と笑って答える。
「魔物だからね?魔力があれば生きていけるんだー。本当は魔晶石で十分。宝石は、うーん、おやつみたいなもの?」
そう言ってコテンと首を傾げたイロンの言葉に、余計に不安になってしまった。
「魔物。そうだよね、魔物なんだよね。……このまま連れて帰っていいのかな?」
しかも、宝石を食べるのであれば害獣。場合によっては討伐対象なのではないかという不安を口にすると、今度はイロンも「うーん」と困った顔をする。
「テイマーっていう職業があるくらいだから、魔物を飼うこと自体は問題ないと思うんだけど……、どうだろう?」
二人で顔を見合わせてみても答えは出ないまま。結局、まずは報告をということで、カーバンクルをバックパックに隠し、ルーカスの待つ家へと帰ることにした。
「えっと……、アルマジロ?」
背中は固そうな甲羅に覆われていて、四つの足はちんまりとしている。ネズミに似た細長い顔に、つぶらな目はどこか眠そうに見えた。ただ、記憶にあるアルマジロと決定的に違うのは、その生き物の額には赤い宝石がはめ込まれているということ。額を覆う甲羅の一部が、宝石に変わっているようだった。
「カーバンクルだね」
イロンが告げた言葉を、「カーバンクル?」と繰り返して、目の前の生き物をじっと見つめる。フワフワと近づいて来たイロンが「落ち込まないで、アリシア」と口にした。
「一応、これでも竜種なんだよ?ドラゴンほどは強くないけれど、防御力はかなり高いから、きっとアリシアの助けになるよ」
「……」
「それに、ほら、何といってもSSRだもん!だから、ね?思っていたのとは違うかもだけど……」
そう説明してくれるイロンの後ろから、カーバンクルがこちらへと近づいて来る。その、歩き方が――
「か、可愛いーっ!!」
「え?アリシアッ!?」
チマチマとつま先立ちをしながら歩いて来る姿が愛らしくて、思わず手を伸ばしてカーバンクルを抱き上げる。瞬間、驚きの声を上げてしまった。
「うわぁ、びっくり!イロン、この子、あったかいよ!」
抱き上げたカーバンクルはその見た目に反して、甲羅までもが温かい。私の声が大きかったせいか、カーバンクルが「キュッ」と声を発して丸まってしまった。
「あ!ご、ごめんね?びっくりさせちゃった?」
言いながら腕の中を覗き込むと、丸まった身体が少しだけ開く。つぶらな瞳に見上げられて、興奮が抑えきれなくなった。
「か、可愛い―!」
再びギュッと抱きしめたカーバンクルの側に、イロンがフワフワと飛んでくる。こちらを見上げる彼の瞳が、何だか怒っているように見えるが――
「……カーバンクルが可愛いの?」
「え?可愛い、よね?」
私の返事に、イロンの表情がますます憮然としたものになる。
「前から思ってたけど、アリシアの可愛いの基準はちょっとおかしいよね?」
「え?え?」
「カーバンクルなんて、地味だし、茶色だし、こんなののどこがいいの?ドラゴンじゃないなら、モフモフとかフサフサとかの方が絶対可愛いでしょう?」
イロンの言葉に、再び腕の中のカーバンクルを見下ろす。大人しく抱かれたままのカーバンクルは緊張を解いたのか、丸まっていた身体を今は開ききっていた。
「……えっと、でも、ほら、イロン。この子もお腹がフワフワですごく気持ちいいよ?イロンも触ってみる?」
「触らない!」
そう言ったイロンが、腕の中に飛び込んで来た。カーバンクルを押しのけるようにしながら、グリグリとその頭を押し付けて来る。
「ずるいよ!カーバンクルばっかり、可愛い可愛いって!」
「え、そんな、勿論、イロンだってすごく可愛いよ?」
「だめ!僕だけ!僕が一番可愛いの!アリシアの可愛いはぜんぶ僕のものなんだから!」
そう言ってしがみついて離れないイロンを抱き上げるため、カーバンクルをそっと地面に下ろした。
「大体、アリシアは酷いよ。僕と再会した時は可愛いなんて言ってくれなかったのに……」
「あの時は……」
正直、そんな余裕がなかった。イロンを見て、可愛いというよりホッとしたという気持ちの方が大きかったから。
「ごめんね?でも、イロンと再会できてすごく嬉しかったし、イロンのこと、とても頼りにしてる」
「…本当に?」
「うん」
頷けば、イロンがニヘラと笑った。ご機嫌は一瞬で治ったらしく、そのままこちらの腕の中に納まるイロン。その視線がカーバンクルを向いた。イロンを抱いたまま、同じくカーバンクルの姿を観察すれば、チョコチョコと動き出したカーバンクルが、自身の出て来た卵の殻へと向かう。
カーバンクルが、その鼻先で卵の赤い殻に触れた。途端、赤い殻の欠片が消える。
「え!消えちゃった?」
「うん。食べてるんだよ。カーバンクルは宝石が大好物だから」
「食べる……。それって、一日にどれくらい食べるのかな?」
齧るわけでも飲み込むわけでもなく、ただ、鼻先を触れるだけ。それだけで次々と消えていく赤い欠片を眺めながら不安になった。食事量によっては、今後、この子を飼うのは難しいかもしれない。そんな私の不安を感じ取ったのか、イロンが「大丈夫だよー」と笑って答える。
「魔物だからね?魔力があれば生きていけるんだー。本当は魔晶石で十分。宝石は、うーん、おやつみたいなもの?」
そう言ってコテンと首を傾げたイロンの言葉に、余計に不安になってしまった。
「魔物。そうだよね、魔物なんだよね。……このまま連れて帰っていいのかな?」
しかも、宝石を食べるのであれば害獣。場合によっては討伐対象なのではないかという不安を口にすると、今度はイロンも「うーん」と困った顔をする。
「テイマーっていう職業があるくらいだから、魔物を飼うこと自体は問題ないと思うんだけど……、どうだろう?」
二人で顔を見合わせてみても答えは出ないまま。結局、まずは報告をということで、カーバンクルをバックパックに隠し、ルーカスの待つ家へと帰ることにした。
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