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第五章 さようなら
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王宮からの呼び出しは私の名前で為されていたため、私をメインとし、シェリルとルーカスは付き添いとして王宮を訪れた。常なら、貴人との会談が行われる応接室や執務室に通されるか、或いは、私的な会談であれば王宮内にいくつかあるサロンに通されるのだが、その日は端から様子が違った。
私達を案内する王宮の侍従は、その足を止めることなく、王宮の奥深くへと歩を進める。人気の少なくなった宮殿内に、そこが宮殿の奥向き、王族の私的空間であることが窺えた。
隣を歩くシェリルが、前を歩く侍従に声を掛ける。
「王太子殿下のお部屋にお邪魔するの?」
シェリルの問いに振り向き、「はい」と答えた侍従は、それから直ぐに、一つの扉の前で足を止めた。侍従が私達の訪問を告げる声に、部屋の中から「どうぞ」という声が返る。内心の恐れを押し隠して、開かれた扉から部屋の中へと足を踏み入れた。
明るく照らされた室内、執務机に着く男性と目が合う。
「やぁ。アリシア嬢、久しぶりだね」
こちらが挨拶を口にする前にそう気さくに声を掛けてきたのは、王太子ウィラード・デバイン殿下。立ち上がり、こちらへと歩み寄って来る彼はスラリとした長身で、腰まである金糸を背中で一括りに結んでいる。光の当たり具合によっては白金の輝きを見せるその髪は国王陛下と同じ色。澄んだ湖のような静謐さを漂わせる瞳の碧は、水の精霊の加護を持つ王妃殿下譲りのものだった。
「よく来たね。まぁ、堅苦しいのは抜きにして、座って」
着席を進める殿下の言葉に従い、シェリルと二人並んで長椅子に腰を下ろす。何も言わずに壁際まで下がったルーカスの姿を横目で確認して、王太子殿下と向き合った。王太子殿下の視線が私とシェリルを見比べ、その瞳が面白そうに煌めく。
「ふーん、これはまた予想外の組み合わせだね。シェリル、君も来たんだ」
殿下の問いに、何を思ったのか、シェリルはフイと顔を背けてしまった。異母妹の不敬に焦りを覚え、代わりに自身が頭を下げる。
「……ご無沙汰しております、殿下」
「うん、そうだね。君が国を離れているとは知らなかったから、ここに来てもらうまでにこんなに時間が掛かるとは思わなかったよ」
殿下の言葉に、宿屋に届いた召喚状はやはり私宛のもので間違いないことを知る。私が王都に戻ったタイミングで、キャンドラーではなく滞在先の宿屋に使いが訪れたことに違和感はあるが、目の前の殿下に不穏な様子は見当たらない。
穏やかな笑みを浮かべる殿下に、そう言えば、こうして彼と直接語らうことは初めてなのだと気づく。
(こんな風に笑う方だったのね……)
過去、一度だけ、聖女候補として殿下への目通りが叶ったことがある。ただ、それも五人居た候補の一人というだけ。シェリル以外にも、中位や下位の精霊の加護を持つ令嬢達の中にあって、父のごり押しでその場に加わることになった私は浮いた存在だった。殿下に掛けられた声も通り一遍のもの、個人的に殿下を知る機会はなかった。
殿下に恋愛感情を抱いていたわけでは無い。けれど、その存在に憧れ、彼の妃となる名誉を望んでいたあの頃。遠目にしかその姿を拝することができぬ身を嘆いた日々が今は遠い昔のことのようだった、
(不思議……)
或いは、前世を思い出したからなのかもしれない。『ステラガーデン』に登場していた王太子のキャラに興味が持てなかったように、今の私は彼に対して何の感情も抱いていなかった。
「……うーん、これはちょっと困ったかもしれないなぁ」
「殿下……?」
こちらをしげしげと観察していた殿下が、自嘲のような笑いを浮かべる。口元に手を当て思案した殿下が、口を開いた。
「実はね、今日、君をここに呼んだのはほかでもない。アリシア嬢、君には私の妃になって欲しいと思っているんだ」
「なっ!?」
驚きに、はしたなくも声を上げてしまった私に、王太子は「ああ、ごめんごめん」と手を振った。
「話が飛躍し過ぎたな。そうだね、まずは君が精霊の加護を受けたことを祝おうか。おめでとう、アリシア嬢」
屈託なく笑って見せる王太子の言葉に、警戒が生まれる。
「……その話はどこからお聞きになったのですか?」
「シェリルから聞いたよ」
その言葉に隣を向くが、シェリルは不機嫌そうな横顔を見せるだけで、こちらに視線を向けることもしない。「シェリル」と呼んでも返事をしない彼女の態度に諦めて、王太子へと向き直った。
「……確かに加護は得ました。けれど、私の加護は鉱物を掘れるというだけのもの。この国のお役に立てるような力ではありません」
「うん、その話もバーレットから聞いてる。でもね、アリシア嬢。シェリルが言うには、君に加護を与えているのは上位精霊なんだろう?だったら……」
そう言って殿下が浮かべた柔らかな笑みに背筋が寒くなる。彼から、視線が外せなくなった――
「だったら、君にも聖女の花は咲かせられるよね?」
私達を案内する王宮の侍従は、その足を止めることなく、王宮の奥深くへと歩を進める。人気の少なくなった宮殿内に、そこが宮殿の奥向き、王族の私的空間であることが窺えた。
隣を歩くシェリルが、前を歩く侍従に声を掛ける。
「王太子殿下のお部屋にお邪魔するの?」
シェリルの問いに振り向き、「はい」と答えた侍従は、それから直ぐに、一つの扉の前で足を止めた。侍従が私達の訪問を告げる声に、部屋の中から「どうぞ」という声が返る。内心の恐れを押し隠して、開かれた扉から部屋の中へと足を踏み入れた。
明るく照らされた室内、執務机に着く男性と目が合う。
「やぁ。アリシア嬢、久しぶりだね」
こちらが挨拶を口にする前にそう気さくに声を掛けてきたのは、王太子ウィラード・デバイン殿下。立ち上がり、こちらへと歩み寄って来る彼はスラリとした長身で、腰まである金糸を背中で一括りに結んでいる。光の当たり具合によっては白金の輝きを見せるその髪は国王陛下と同じ色。澄んだ湖のような静謐さを漂わせる瞳の碧は、水の精霊の加護を持つ王妃殿下譲りのものだった。
「よく来たね。まぁ、堅苦しいのは抜きにして、座って」
着席を進める殿下の言葉に従い、シェリルと二人並んで長椅子に腰を下ろす。何も言わずに壁際まで下がったルーカスの姿を横目で確認して、王太子殿下と向き合った。王太子殿下の視線が私とシェリルを見比べ、その瞳が面白そうに煌めく。
「ふーん、これはまた予想外の組み合わせだね。シェリル、君も来たんだ」
殿下の問いに、何を思ったのか、シェリルはフイと顔を背けてしまった。異母妹の不敬に焦りを覚え、代わりに自身が頭を下げる。
「……ご無沙汰しております、殿下」
「うん、そうだね。君が国を離れているとは知らなかったから、ここに来てもらうまでにこんなに時間が掛かるとは思わなかったよ」
殿下の言葉に、宿屋に届いた召喚状はやはり私宛のもので間違いないことを知る。私が王都に戻ったタイミングで、キャンドラーではなく滞在先の宿屋に使いが訪れたことに違和感はあるが、目の前の殿下に不穏な様子は見当たらない。
穏やかな笑みを浮かべる殿下に、そう言えば、こうして彼と直接語らうことは初めてなのだと気づく。
(こんな風に笑う方だったのね……)
過去、一度だけ、聖女候補として殿下への目通りが叶ったことがある。ただ、それも五人居た候補の一人というだけ。シェリル以外にも、中位や下位の精霊の加護を持つ令嬢達の中にあって、父のごり押しでその場に加わることになった私は浮いた存在だった。殿下に掛けられた声も通り一遍のもの、個人的に殿下を知る機会はなかった。
殿下に恋愛感情を抱いていたわけでは無い。けれど、その存在に憧れ、彼の妃となる名誉を望んでいたあの頃。遠目にしかその姿を拝することができぬ身を嘆いた日々が今は遠い昔のことのようだった、
(不思議……)
或いは、前世を思い出したからなのかもしれない。『ステラガーデン』に登場していた王太子のキャラに興味が持てなかったように、今の私は彼に対して何の感情も抱いていなかった。
「……うーん、これはちょっと困ったかもしれないなぁ」
「殿下……?」
こちらをしげしげと観察していた殿下が、自嘲のような笑いを浮かべる。口元に手を当て思案した殿下が、口を開いた。
「実はね、今日、君をここに呼んだのはほかでもない。アリシア嬢、君には私の妃になって欲しいと思っているんだ」
「なっ!?」
驚きに、はしたなくも声を上げてしまった私に、王太子は「ああ、ごめんごめん」と手を振った。
「話が飛躍し過ぎたな。そうだね、まずは君が精霊の加護を受けたことを祝おうか。おめでとう、アリシア嬢」
屈託なく笑って見せる王太子の言葉に、警戒が生まれる。
「……その話はどこからお聞きになったのですか?」
「シェリルから聞いたよ」
その言葉に隣を向くが、シェリルは不機嫌そうな横顔を見せるだけで、こちらに視線を向けることもしない。「シェリル」と呼んでも返事をしない彼女の態度に諦めて、王太子へと向き直った。
「……確かに加護は得ました。けれど、私の加護は鉱物を掘れるというだけのもの。この国のお役に立てるような力ではありません」
「うん、その話もバーレットから聞いてる。でもね、アリシア嬢。シェリルが言うには、君に加護を与えているのは上位精霊なんだろう?だったら……」
そう言って殿下が浮かべた柔らかな笑みに背筋が寒くなる。彼から、視線が外せなくなった――
「だったら、君にも聖女の花は咲かせられるよね?」
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