62 / 85
第五章 さようなら
5-14
しおりを挟む
王宮からの呼び出しは私の名前で為されていたため、私をメインとし、シェリルとルーカスは付き添いとして王宮を訪れた。常なら、貴人との会談が行われる応接室や執務室に通されるか、或いは、私的な会談であれば王宮内にいくつかあるサロンに通されるのだが、その日は端から様子が違った。
私達を案内する王宮の侍従は、その足を止めることなく、王宮の奥深くへと歩を進める。人気の少なくなった宮殿内に、そこが宮殿の奥向き、王族の私的空間であることが窺えた。
隣を歩くシェリルが、前を歩く侍従に声を掛ける。
「王太子殿下のお部屋にお邪魔するの?」
シェリルの問いに振り向き、「はい」と答えた侍従は、それから直ぐに、一つの扉の前で足を止めた。侍従が私達の訪問を告げる声に、部屋の中から「どうぞ」という声が返る。内心の恐れを押し隠して、開かれた扉から部屋の中へと足を踏み入れた。
明るく照らされた室内、執務机に着く男性と目が合う。
「やぁ。アリシア嬢、久しぶりだね」
こちらが挨拶を口にする前にそう気さくに声を掛けてきたのは、王太子ウィラード・デバイン殿下。立ち上がり、こちらへと歩み寄って来る彼はスラリとした長身で、腰まである金糸を背中で一括りに結んでいる。光の当たり具合によっては白金の輝きを見せるその髪は国王陛下と同じ色。澄んだ湖のような静謐さを漂わせる瞳の碧は、水の精霊の加護を持つ王妃殿下譲りのものだった。
「よく来たね。まぁ、堅苦しいのは抜きにして、座って」
着席を進める殿下の言葉に従い、シェリルと二人並んで長椅子に腰を下ろす。何も言わずに壁際まで下がったルーカスの姿を横目で確認して、王太子殿下と向き合った。王太子殿下の視線が私とシェリルを見比べ、その瞳が面白そうに煌めく。
「ふーん、これはまた予想外の組み合わせだね。シェリル、君も来たんだ」
殿下の問いに、何を思ったのか、シェリルはフイと顔を背けてしまった。異母妹の不敬に焦りを覚え、代わりに自身が頭を下げる。
「……ご無沙汰しております、殿下」
「うん、そうだね。君が国を離れているとは知らなかったから、ここに来てもらうまでにこんなに時間が掛かるとは思わなかったよ」
殿下の言葉に、宿屋に届いた召喚状はやはり私宛のもので間違いないことを知る。私が王都に戻ったタイミングで、キャンドラーではなく滞在先の宿屋に使いが訪れたことに違和感はあるが、目の前の殿下に不穏な様子は見当たらない。
穏やかな笑みを浮かべる殿下に、そう言えば、こうして彼と直接語らうことは初めてなのだと気づく。
(こんな風に笑う方だったのね……)
過去、一度だけ、聖女候補として殿下への目通りが叶ったことがある。ただ、それも五人居た候補の一人というだけ。シェリル以外にも、中位や下位の精霊の加護を持つ令嬢達の中にあって、父のごり押しでその場に加わることになった私は浮いた存在だった。殿下に掛けられた声も通り一遍のもの、個人的に殿下を知る機会はなかった。
殿下に恋愛感情を抱いていたわけでは無い。けれど、その存在に憧れ、彼の妃となる名誉を望んでいたあの頃。遠目にしかその姿を拝することができぬ身を嘆いた日々が今は遠い昔のことのようだった、
(不思議……)
或いは、前世を思い出したからなのかもしれない。『ステラガーデン』に登場していた王太子のキャラに興味が持てなかったように、今の私は彼に対して何の感情も抱いていなかった。
「……うーん、これはちょっと困ったかもしれないなぁ」
「殿下……?」
こちらをしげしげと観察していた殿下が、自嘲のような笑いを浮かべる。口元に手を当て思案した殿下が、口を開いた。
「実はね、今日、君をここに呼んだのはほかでもない。アリシア嬢、君には私の妃になって欲しいと思っているんだ」
「なっ!?」
驚きに、はしたなくも声を上げてしまった私に、王太子は「ああ、ごめんごめん」と手を振った。
「話が飛躍し過ぎたな。そうだね、まずは君が精霊の加護を受けたことを祝おうか。おめでとう、アリシア嬢」
屈託なく笑って見せる王太子の言葉に、警戒が生まれる。
「……その話はどこからお聞きになったのですか?」
「シェリルから聞いたよ」
その言葉に隣を向くが、シェリルは不機嫌そうな横顔を見せるだけで、こちらに視線を向けることもしない。「シェリル」と呼んでも返事をしない彼女の態度に諦めて、王太子へと向き直った。
「……確かに加護は得ました。けれど、私の加護は鉱物を掘れるというだけのもの。この国のお役に立てるような力ではありません」
「うん、その話もバーレットから聞いてる。でもね、アリシア嬢。シェリルが言うには、君に加護を与えているのは上位精霊なんだろう?だったら……」
そう言って殿下が浮かべた柔らかな笑みに背筋が寒くなる。彼から、視線が外せなくなった――
「だったら、君にも聖女の花は咲かせられるよね?」
私達を案内する王宮の侍従は、その足を止めることなく、王宮の奥深くへと歩を進める。人気の少なくなった宮殿内に、そこが宮殿の奥向き、王族の私的空間であることが窺えた。
隣を歩くシェリルが、前を歩く侍従に声を掛ける。
「王太子殿下のお部屋にお邪魔するの?」
シェリルの問いに振り向き、「はい」と答えた侍従は、それから直ぐに、一つの扉の前で足を止めた。侍従が私達の訪問を告げる声に、部屋の中から「どうぞ」という声が返る。内心の恐れを押し隠して、開かれた扉から部屋の中へと足を踏み入れた。
明るく照らされた室内、執務机に着く男性と目が合う。
「やぁ。アリシア嬢、久しぶりだね」
こちらが挨拶を口にする前にそう気さくに声を掛けてきたのは、王太子ウィラード・デバイン殿下。立ち上がり、こちらへと歩み寄って来る彼はスラリとした長身で、腰まである金糸を背中で一括りに結んでいる。光の当たり具合によっては白金の輝きを見せるその髪は国王陛下と同じ色。澄んだ湖のような静謐さを漂わせる瞳の碧は、水の精霊の加護を持つ王妃殿下譲りのものだった。
「よく来たね。まぁ、堅苦しいのは抜きにして、座って」
着席を進める殿下の言葉に従い、シェリルと二人並んで長椅子に腰を下ろす。何も言わずに壁際まで下がったルーカスの姿を横目で確認して、王太子殿下と向き合った。王太子殿下の視線が私とシェリルを見比べ、その瞳が面白そうに煌めく。
「ふーん、これはまた予想外の組み合わせだね。シェリル、君も来たんだ」
殿下の問いに、何を思ったのか、シェリルはフイと顔を背けてしまった。異母妹の不敬に焦りを覚え、代わりに自身が頭を下げる。
「……ご無沙汰しております、殿下」
「うん、そうだね。君が国を離れているとは知らなかったから、ここに来てもらうまでにこんなに時間が掛かるとは思わなかったよ」
殿下の言葉に、宿屋に届いた召喚状はやはり私宛のもので間違いないことを知る。私が王都に戻ったタイミングで、キャンドラーではなく滞在先の宿屋に使いが訪れたことに違和感はあるが、目の前の殿下に不穏な様子は見当たらない。
穏やかな笑みを浮かべる殿下に、そう言えば、こうして彼と直接語らうことは初めてなのだと気づく。
(こんな風に笑う方だったのね……)
過去、一度だけ、聖女候補として殿下への目通りが叶ったことがある。ただ、それも五人居た候補の一人というだけ。シェリル以外にも、中位や下位の精霊の加護を持つ令嬢達の中にあって、父のごり押しでその場に加わることになった私は浮いた存在だった。殿下に掛けられた声も通り一遍のもの、個人的に殿下を知る機会はなかった。
殿下に恋愛感情を抱いていたわけでは無い。けれど、その存在に憧れ、彼の妃となる名誉を望んでいたあの頃。遠目にしかその姿を拝することができぬ身を嘆いた日々が今は遠い昔のことのようだった、
(不思議……)
或いは、前世を思い出したからなのかもしれない。『ステラガーデン』に登場していた王太子のキャラに興味が持てなかったように、今の私は彼に対して何の感情も抱いていなかった。
「……うーん、これはちょっと困ったかもしれないなぁ」
「殿下……?」
こちらをしげしげと観察していた殿下が、自嘲のような笑いを浮かべる。口元に手を当て思案した殿下が、口を開いた。
「実はね、今日、君をここに呼んだのはほかでもない。アリシア嬢、君には私の妃になって欲しいと思っているんだ」
「なっ!?」
驚きに、はしたなくも声を上げてしまった私に、王太子は「ああ、ごめんごめん」と手を振った。
「話が飛躍し過ぎたな。そうだね、まずは君が精霊の加護を受けたことを祝おうか。おめでとう、アリシア嬢」
屈託なく笑って見せる王太子の言葉に、警戒が生まれる。
「……その話はどこからお聞きになったのですか?」
「シェリルから聞いたよ」
その言葉に隣を向くが、シェリルは不機嫌そうな横顔を見せるだけで、こちらに視線を向けることもしない。「シェリル」と呼んでも返事をしない彼女の態度に諦めて、王太子へと向き直った。
「……確かに加護は得ました。けれど、私の加護は鉱物を掘れるというだけのもの。この国のお役に立てるような力ではありません」
「うん、その話もバーレットから聞いてる。でもね、アリシア嬢。シェリルが言うには、君に加護を与えているのは上位精霊なんだろう?だったら……」
そう言って殿下が浮かべた柔らかな笑みに背筋が寒くなる。彼から、視線が外せなくなった――
「だったら、君にも聖女の花は咲かせられるよね?」
12
お気に入りに追加
1,770
あなたにおすすめの小説
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です
あなはにす
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?
お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた
リオール
恋愛
だから?
それは最強の言葉
~~~~~~~~~
※全6話。短いです
※ダークです!ダークな終わりしてます!
筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。
スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。
※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;
ある公爵令嬢の生涯
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。
妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。
婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。
そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが…
気づくとエステルに転生していた。
再び前世繰り返すことになると思いきや。
エステルは家族を見限り自立を決意するのだが…
***
タイトルを変更しました!
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。
愛せないですか。それなら別れましょう
黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」
婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。
バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。
そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。
王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。
「愛せないですか。それなら別れましょう」
この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる