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第五章 さようなら
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それからひと月は何事もなく過ぎていった。採掘に明け暮れる毎日を過ごす内に、兄達の来訪は無かったかのよう、キャンドラーの行く末を気に病む時間も少なくなっていった。
ただ、それは私が何も知らなかっただけ。既に起きていた異変を私が知ったのは、いつものように、朝、ギルドの受付を訪れたその時だった。
「……え?魔晶石の買取が制限、されるんですか?」
受付を訪れた私に、クロエが開口一番伝えて来た内容に驚愕する。思わず、「またケイトの嫌がらせだろうか」と周囲を見回したが、それに気づいたクロエが小さく首を横に振った。
「今回の買取停止はギルド本部の決定です。本ギルドには昨夜の時点で通達が来たのですが、どうやら、少し前から色々あったようで……」
そう言って声を潜めたクロエに、顔を近づけるようにして身を屈める。
「どうやら、デバイン国が魔晶石の輸入制限をかけたようなんです」
「っ!」
クロエが口にした国の名に息をのんだ。デバイン国、自身の出身国でもあるその国が、魔晶石輸入の大部分をヘンレンに頼っていることは周知の事実。国内での魔晶石産出がほとんどないデバインにおいて、ヘンレンとの魔晶石取引は生命線とも言うべきもののはずなのに――
「はぁっ!?どういうことだよ!?」
(っ!)
突如、隣の受付から聞こえた怒声に、思わず身体が反応した。ビクリと震えるほどの大声の持ち主へ視線を向ければ、鉱山労働者らしき体格のいい男性が、ケイトに食って掛かっていた。
「魔晶石が売れねぇなんざ、聞いたことがねぇ!こっちは石の売上げに生活が懸かってんだよ!」
「そうは仰られましても、本部が決定したことですから。それに、完全な買取停止ではなく、あくまで制限です。一人当たりの一日の買取量を一キロ以内に……」
「ふざけんな!そんなんで、家族四人養えると思ってんのかっ!?」
男の怒声に全く怯む様子のないケイトが、冷ややかな口調で言い放つ。
「知らないわ、そんなこと。ああ、でも、そうね。あなたのご家族を憐れだとは思うわよ?あなたみたいな底辺労働者が一家の大黒柱だなんて」
「っ!てめぇ!」
「ギルド内での暴力行為は即刻、出入り禁止よ。今後、ギルドがあなたとの取引に応じることは一切なくなるわ」
無表情にそう告げるケイトの迫力に押されて、男が黙り込んだ。「クソッ」と吐き捨てた男がカウンターを離れるのを見守って、クロエへと向き直る。
「クロエさん、ギルド長はいらっしゃいますか?」
「え?……はい、二階に」
「ありがとうございます!」
礼を言ってカウンターを離れた。背後でクロエがこちらを呼ぶ声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕がない。急かされる思いで二階への階段を駆け上がり、ギルド長の執務室のドアを叩く。待たされることなく聞こえた「入れ」の声に、勢い込んで扉を開いた。
「あん?アリシアじゃねぇか。下でなんかあったか?」
執務机の向こうから片眉を上げてそう尋ねるギルド長に近づいた。机越し、椅子に腰かけたギルド長を見下ろしながら尋ねる。
「デバインの輸入制限ですが、あれって私の件が関係しているんじゃありませんか?私が兄の迎えを断ったせいでは……?」
「あー……」
そう言いながら短く刈り上げた髪をガシガシとかき上げたギルド長は、「いや」と首を振った。
「さすがに、そりゃ関係ねぇだろ。魔晶石の輸入に規制かけてんのは国だ。あんたんとこの家、キャンドラー家だっけ?そこがどんだけ強い発言権を持ってるかしんねぇが、家の都合で国を動かせるほどのもんじゃねぇだろ?」
「それは…、はい、確かに」
ギルド長の言葉に頷いた。デバインでは、代々の聖女が王家に嫁ぐこともあり、王家の力がとても強い。王家に次いで国政に影響力を持つのは宰相だが、現在の宰相を務めるのはキャンドラーとは別の公爵家だった。
「だろ?あんたは心配し過ぎなんだよ。何でもかんでも自分のせいだと思うな」
「……はい」
もう一度頷いたが、一度浮かんだ疑念はなかなか消えてくれない。そんな私に「しょうがねぇな」と呟いたギルド長が苦笑する。
「あのな?魔晶石なんてもんは、どの国だろうと生活にかかせねぇだろ?それの輸入を制限するってのは、てめぇでてめぇの首を絞めてるようなもんだ。だからまぁ、あちらさんが何を考えてんのかは知らねぇが、そんなに長くは続かねぇよ」
私を安心させるためにギルド長が口にした説明に、確かにその通りだと納得した。納得したが、胸騒ぎ、嫌な予感が消えてくれない。
その日からちょうど三日後、キャンドラー家からの手紙がギルドへと届いた。
ただ、それは私が何も知らなかっただけ。既に起きていた異変を私が知ったのは、いつものように、朝、ギルドの受付を訪れたその時だった。
「……え?魔晶石の買取が制限、されるんですか?」
受付を訪れた私に、クロエが開口一番伝えて来た内容に驚愕する。思わず、「またケイトの嫌がらせだろうか」と周囲を見回したが、それに気づいたクロエが小さく首を横に振った。
「今回の買取停止はギルド本部の決定です。本ギルドには昨夜の時点で通達が来たのですが、どうやら、少し前から色々あったようで……」
そう言って声を潜めたクロエに、顔を近づけるようにして身を屈める。
「どうやら、デバイン国が魔晶石の輸入制限をかけたようなんです」
「っ!」
クロエが口にした国の名に息をのんだ。デバイン国、自身の出身国でもあるその国が、魔晶石輸入の大部分をヘンレンに頼っていることは周知の事実。国内での魔晶石産出がほとんどないデバインにおいて、ヘンレンとの魔晶石取引は生命線とも言うべきもののはずなのに――
「はぁっ!?どういうことだよ!?」
(っ!)
突如、隣の受付から聞こえた怒声に、思わず身体が反応した。ビクリと震えるほどの大声の持ち主へ視線を向ければ、鉱山労働者らしき体格のいい男性が、ケイトに食って掛かっていた。
「魔晶石が売れねぇなんざ、聞いたことがねぇ!こっちは石の売上げに生活が懸かってんだよ!」
「そうは仰られましても、本部が決定したことですから。それに、完全な買取停止ではなく、あくまで制限です。一人当たりの一日の買取量を一キロ以内に……」
「ふざけんな!そんなんで、家族四人養えると思ってんのかっ!?」
男の怒声に全く怯む様子のないケイトが、冷ややかな口調で言い放つ。
「知らないわ、そんなこと。ああ、でも、そうね。あなたのご家族を憐れだとは思うわよ?あなたみたいな底辺労働者が一家の大黒柱だなんて」
「っ!てめぇ!」
「ギルド内での暴力行為は即刻、出入り禁止よ。今後、ギルドがあなたとの取引に応じることは一切なくなるわ」
無表情にそう告げるケイトの迫力に押されて、男が黙り込んだ。「クソッ」と吐き捨てた男がカウンターを離れるのを見守って、クロエへと向き直る。
「クロエさん、ギルド長はいらっしゃいますか?」
「え?……はい、二階に」
「ありがとうございます!」
礼を言ってカウンターを離れた。背後でクロエがこちらを呼ぶ声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕がない。急かされる思いで二階への階段を駆け上がり、ギルド長の執務室のドアを叩く。待たされることなく聞こえた「入れ」の声に、勢い込んで扉を開いた。
「あん?アリシアじゃねぇか。下でなんかあったか?」
執務机の向こうから片眉を上げてそう尋ねるギルド長に近づいた。机越し、椅子に腰かけたギルド長を見下ろしながら尋ねる。
「デバインの輸入制限ですが、あれって私の件が関係しているんじゃありませんか?私が兄の迎えを断ったせいでは……?」
「あー……」
そう言いながら短く刈り上げた髪をガシガシとかき上げたギルド長は、「いや」と首を振った。
「さすがに、そりゃ関係ねぇだろ。魔晶石の輸入に規制かけてんのは国だ。あんたんとこの家、キャンドラー家だっけ?そこがどんだけ強い発言権を持ってるかしんねぇが、家の都合で国を動かせるほどのもんじゃねぇだろ?」
「それは…、はい、確かに」
ギルド長の言葉に頷いた。デバインでは、代々の聖女が王家に嫁ぐこともあり、王家の力がとても強い。王家に次いで国政に影響力を持つのは宰相だが、現在の宰相を務めるのはキャンドラーとは別の公爵家だった。
「だろ?あんたは心配し過ぎなんだよ。何でもかんでも自分のせいだと思うな」
「……はい」
もう一度頷いたが、一度浮かんだ疑念はなかなか消えてくれない。そんな私に「しょうがねぇな」と呟いたギルド長が苦笑する。
「あのな?魔晶石なんてもんは、どの国だろうと生活にかかせねぇだろ?それの輸入を制限するってのは、てめぇでてめぇの首を絞めてるようなもんだ。だからまぁ、あちらさんが何を考えてんのかは知らねぇが、そんなに長くは続かねぇよ」
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その日からちょうど三日後、キャンドラー家からの手紙がギルドへと届いた。
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