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第五章 さようなら

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その報せが届いたのは、ちょうど夕飯の支度を終えた時だった。知らせてくれたのはギルド職員の一人、いつぞや光石の買取を手助けしてくれたディックで、「自分はただの伝令だから」と、用件を告げるだけ告げると帰ってしまった。玄関の前、彼の去った扉を眺め、呆然とする。

ディックの来訪に気づいていたのだろう。工房から姿を現したルーカスがこちらへと近づき、開口一番、「何があった?」と尋ねて来た。

「それが…」

自分でもよく分からない。ディックが告げたのは短い伝言だったが、頭が、それを理解するのを拒んでいた。

「あの、『家から迎えが来ている。ギルドに出向け』と……」

私の言葉に、ルーカスが盛大に顔をしかめた。その表情に、漸く、それが本当に言葉通りの迎えなのだと理解して不安に襲われる。

「あの、ルーカス……」

「帰るのか?」

「え?」

迎えが来た以上、ここを出て行かねばならないのではという不安。それを私が口にする前にルーカスから向けられた問いに、彼の瞳を見上げる。ルーカスの質問の意図、そこに「帰って欲しい」という彼の本音があるのではないかと探るが、凪いだままの彼の瞳からその感情を読み取ることは出来なかった。

「……ルーカスは、帰った方がいいと思いますか?」

結局、卑怯な問いかけになった私の質問に、ルーカスの眉間に皺が寄る。

「いや。帰る必要はない。アリシアの窮状を放っておいた者達の元へ、なぜ帰る必要がある?」

「……帰らなくてもいいんですか?」

「当たり前だ」

そう言って、最後に「アリシアが帰りたいのであれば別だが」と付け足したルーカスに、首を横に振った。

「私は、帰りたくありません」

「なら、帰らねばいい。……ギルドへは、俺が言って来よう」

言いながら、本当にギルドへ向かおうとするルーカスを慌てて止める。

「ルーカス!あの、自分で行けます!ギルドへは自分で行きますから!」

どれだけ私は頼りないと思われているのか。ドニの一件は、どうやらルーカスの庇護欲を大いに刺激してしまったらしく、最近の彼は、下手をすると私を子どものように扱おうとする。それが嬉しくないかと言われると、正直、非常に嬉しかったりするのだが、それに慣れ切ってしまうと、何も出来ない自分になりそうで怖い。

「すみません、夕食の用意は出来ていますので、先に食べていてください」

言いながら、着けていたエプロンを外して外へ出る支度をする。玄関の扉を開けようとしたところで、背後に感じる気配に後ろを振り返った。

「あの?ルーカス……?」

真後ろに立つルーカスを見上げて問えば、無表情のままに返される。

「俺も行こう」

「え!?あの、でも、本当に大丈夫ですよ?行って、一言伝えてくるだけですから」

「……ついでだ」

そう答えたルーカスは、自分もギルド長に用があるのだと言う。それならばと二人で向かったギルド、とうに閉庁時間を超えて灯りの落とされた建物の前には豪奢な馬車が横付けされていた。それを横目に建物の中へ足を踏み入れると、出迎えてくれたのは深刻な顔をしたクロエだった。

「……アリシアさん、二階です。ギルド長がお相手をしています」

「ありがとうございます……」

彼女の表情、潜められた声に嫌な予感がした。「家からの迎え」と言われた時点では、恐らく公爵家の家人、父の仕事の補佐をしている侍従の誰かが迎えに来たのだろうと考えていた。けれど、表の馬車やクロエの反応を見ると――

「……入れ」

思考に沈む内、執務室の前にたどり着いたルーカスが部屋の扉を叩いた。間髪入れずに返って来た返事にルーカスが扉を開く。「先に」と促されて踏み入れた室内、そこに居る人物の姿に、悪い予感が的中したことを知る。

(でも、そんな、まさか……)

あり得ないと思った。だって、なぜ、彼らがここに――?

「あー、来たか、アリシア。って、なんだ、ルーカス付きか。……んじゃあ、お前らはこっちだな」

言いながら長椅子から立ち上がったギルド長が、空いた場所に座れと指し示す。彼らの対面、そこに座ることを一瞬ためらったが、ルーカスに背中を押され、一歩、二歩、前へと進む。その動きを、三対の目が追っていた。無関心と好奇心、それから、忘れようもない憎悪の眼差し。途端、胸の中に渦巻いた感情を押し殺し、彼らの前へと座る。

気づかれないよう、小さく息を吐いてから前を見た。大丈夫。顔を上げていられる。隣に居てくれるルーカスの存在に勇気を得て、口を開いた。

「……お久しぶりです、お兄様」




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