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第五章 さようなら

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ドニの騒動があってから一週間、漸く、ギルドに元の活気が戻り始めた。ギルド長が戻って来たことで光石の買取も再開され、当初懸念していたような「お前のせいで」という逆恨みは――ケイトの牽制を除けば――、誰からも向けられることなく、私は、これまで通りの採掘を続けることが出来た。

「……アリシアさん、今日はまた一段と……」

「はい!たくさん掘れました!」

鉱山からの帰り、持ち込んだ魔晶石の山に、クロエが呆れたような視線を向ける。毎日毎日、馬鹿の一つ覚えのように魔晶石を持ち込む私に、彼女は閉口しながらも付き合ってくれている。今日もまた、重さにして約五キロの魔晶石を積み上げた私に、彼女はため息をついた。

「はぁ。まぁ、ギルドとしては大助かり。この調子で続けて頂きたいとは思いますが……。少し、張り切りすぎではありませんか?」

そう言った彼女の瞳が心配そうにこちらを見上げる。その眼差しに笑ってしまった。鉱山でも、同じような目をしたイロンに同じことを言われたから。

それに返す言葉は決まっている。

「大丈夫です!」

私の返事に、ますます案じるような顔になってしまったクロエに笑う。

「確かに、ちょっと無理をしているというか、自分で言うのもあれですが、結構、頑張ってはいます。でも、今はそうしなきゃいけないというか……」

言いながら、何と説明すればいいのか分からずに言葉を探す。

結局、ルーカスは、ギルド長との間で交わした会話、「上からのお達し」が何だったのかを教えてくれることはなかった。ヒュドラの討伐に関して、ルーカスが何かペナルティを受けたのだとしても、彼は決してそれを口にしない。

そんなルーカスに対して、私の中で出した結論。ルーカスの側に居ることに私自身が納得するためには、やはり「何か」が必要だと思った。外野は関係ない。それでも、ルーカスに「側に居て欲しい」と思えるだけの何かが出来るようになりたい。

(……『側に居て欲しい』はちょっと贅沢かもしれないけど)

せめて、「側に居て便利だな」くらいには思って欲しいと願うのだ。そのために、家事は勿論、採掘だって頑張ろうと決め、この一週間はがむしゃらにツルハシを振るった。おかげで採掘のスキルはレベル十にまで上がり、今では六時間の内に百近い青ジェムを生成することが出来る。

「あ!そうでした。……クロエさん、ちょっとコレを見てもらえますか?」

言って、カウンターの上に青ジェムガチャで入手した宝石を二つ並べる。青い輝きを放つサファイアが一つと、もう一つは、魔晶石によく似た、けれど魔力を持たないただの石。五カラットはありそうなダイヤモンドを「ただの石」と評するのは語弊があるかもしれないが――

「アリシアさん!」

「え?」

「しまってください!今すぐ!」

囁くような小さな声、けれど、鋭い調子でそう言われ、慌てて二つの宝石をポーチへと戻した。

「……何てものを持ち込むんですか、全く」

そう呟いて嘆息するクロエに、慌てて首を横に振る。

「あ、違うんです!ギルドで買取って欲しいという意味じゃなくて、ただ、買取価格を知りたくて……」

「そういう問題ではありません。……とにかく、ここで不用意にそういうものを出さないでください」

クロエの言葉に困惑する。採掘物は基本、ギルドでの買取が可能。魔晶石以外の鉱物や宝石に関してもギルドで買取をしてくれると聞いていたため、クロエの拒絶に戸惑った。そんなこちらの反応に焦れたのか、クロエが「いいですか?」と説明を始める。

「ギルドでは確かに宝石の買取も行います。ですが、それはあくまで採掘中に取れた原石、扱いも、魔晶石のおまけのようなものです」

「あ!」

「ですから、アリシアさんが持ち込んだようなカット済みの裸石も、ここでは原石と同じ扱い、一律の価格で買取られることになります」

そこまで言ったクロエが、更に声を潜めて言葉を続けた。

「……今の石、一体、いくらすると思ってるんですか?ここでの買取価格なんて参考にもなりませんよ」

「そう、なんですね。すみません……」

クロエに頭を下げ、内心で盛大に落ち込んだ。魔晶石の買取価格がそうであったように、宝石類の買取もある程度は買い叩かれることを覚悟していたが、そもそも、原石しか取り扱っていなかったとは。少し考えればわかりそうなものだが、ではやはり、以前ルーカスが「適正価格だ」と言って買い上げてくれたルビーはあくまでルーカスの仕入れ価格。かなりの高額で買取ってもらっていたのだなと、指に嵌ったままの石を見て項垂れる。

そんなこちらの落ち込みを勘違いしたらしいクロエが、少し柔らかくなった声で、「ここでなければ」とアドバイスをくれた。

「バイスまで行けば宝石専門店がありますので、買取を希望するのならそちらに持ち込むのがいいと思います。後は、魔道具店などで取り扱うところもありますが……」

そこまで言ったクロエが、「ああ」と思い出したように告げる。

「それこそ、ルーカスさんであれば、細工に宝石を使うこともあるのではありませんか?彼に持ち込んでみてはどうです?」

クロエのその言葉に曖昧に頷いて返した。私もそうしたいところだが、ルーカスにはルビーの前科がある。買い取った宝石をちゃんと商品として扱ってくれるのであれば問題ない――それでも、今後は彼の言い値では売らないと決めた――が、売ったはずの宝石が戻ってきてしまっては困る。当分は、宝石類の換金は無理だなと諦めて、クロエに礼を言ってからカウンターを離れた。

ギルドを出て、家への道を歩きながら考える。

(うーん、だとすると、青ジェム百個でガチャを回すより、五十個で二回、回す方がいいのかな?)

今回入手したダイヤモンドは、初めて青ジェム百個に挑戦したもの。青ジェム五十個で入手したルビーやサファイアよりも価値はありそうだが、換金できない以上、使い道があまりない。イロンと二人で鑑賞用としては楽しめるが、高額な宝石を手元に置いておくのも不安だった。

(……やっぱり、魔晶石狙いで五十個ガチャが正解、かな?)

そう結論づけて、あとは如何に効率よく青ジェムを入手できるかに思いを馳せる。

そんな風に考え込んでいたせいだろう。この時、真横を通り過ぎた馬車の存在を私は気にも留めなかった。ガノークでは珍しい、四頭立ての大型四輪馬車。意識することもなく通り過ぎていったそれを、もっと注意深く見ていれば気づけたのかもしれない。

馬車の背面、そこに描かれたキャンドラー家の紋章に――




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