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第四章 二人の距離

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ヒュドラの騒動があった三日後、ギルド長のボイドが漸くガノークへと帰還した。諸々の後処理を終えたギルド長から「話がある」と呼び出されて向かったギルドの二階、ギルド長の執務室に通された私とルーカスを出迎える彼の表情は厳しかった。

「……まぁ、とりあえず、座れや」

言われるがまま、ギルド長と向かい合う形で、ルーカスと二人並んで長椅子に腰を下ろす。

「あー、今回の一件だが……」

そうギルド長が切り出し、語ったのは、既にルーカスから「恐らくこうであろう」と説明されていた内容とほぼ変わらぬものだった。実際、私とルーカスを引き離すためにドニが行ったことを考えれば、その異常性に吐き気を覚えたが、幸い、ヒュドラによる死者は出なかったという報告にホッとした。自分のせいで、とまでは言わないが、きっかけが私であることは疑いようもない。誰かが命を落としでもしていたら、きっと、ずっと気に病み続けていただろう。

「……アリシアも災難だったな。たく、ヒュドラの頭部を切り刻んで持ち込むなんざ、とんでもねぇ野郎だぜ」

そう嘆息しながら告げたギルド長の顔には、疲労が色濃く滲んでいる。

「あのドニって奴は、冒険者としての腕は確かなんだが、中身がひでぇ野郎でな。犯罪奴隷に落ちたのも、パーティ組んでた奴らを『気に入らねぇ』って理由でボコボコにして、挙句、一人を殺しちまってる」

ギルド長の言葉に、そんな理由で人を殺すのかとゾッとして、けれど、「あの男ならあり得るだろう」と納得もしてしまった。

「まぁ、今回の件に関しちゃ、上も厳しい処分を科すつもりだからな。あの男がガノークに現れることは二度とねぇよ。アリシアも、その辺は安心していい」

「はい」

告げられた言葉に頷いて返せば、ギルド長は満足そうに頷いた。それから、表情を改めた彼は、ルーカスへと視線を向ける。

「で、だ。ルーカス、その上からのお達しがある。ヒュドラの討伐についてなんだが……」

「ボイド、待て」

ギルド長の言いかけた言葉を、ルーカスが遮った。彼の視線がこちらを見下ろし、静かな声で告げる。

「すまん、アリシア。ここからは俺の仕事の話になる。少し、席を外してくれるか?」

「え……?」

何だろう。ルーカスの言葉に、疎外感ではないが、少しの違和感を感じて、ギルド長に視線を向ければ、ギルド長は仕方ないとばかりにまた嘆息した。

「そうだな。まぁ、あんたに聞かせる話じゃねぇな。アリシア、悪いが席をはずしてくれ」

ギルド長にまでそう言われ、違和感は残るものの、立ち上がり、軽く頭を下げて執務室を後にした。手持ち無沙汰な時間、ルーカスをどこで待とうかと考えて、取りあえずは一階へ降りようと階段へ向かう。

階段を降り切ったところで、階段へ向かって来る人とかち合った。

「あ……」

「あら?」

その人、ケイトに道を譲るため階段の端へと避ければ、彼女は私の目の前で立ち止まった。

「ギルド長のお話はもう済んだのかしら?」

「はい。……今は、ギルド長とルーカスの二人で話をしています」

そう告げれば、ケイトは訝し気に眉を持ち上げ、それから「ああ」と納得したとばかりに声を上げた。

「その様子じゃあ、ルーカスのこと、あなたは聞かされていないのね?」

「ルーカスのこと……?」

聞き返したこちらの言葉に、ケイトの真っ赤な唇、その口角が上がった。

「彼、ヒュドラの討伐を途中で放棄したのよ。……あなたのせいで」

「っ!」

「アハッ!その様子じゃあ、本当に知らなかったのね?自分がどれだけルーカスや周りに迷惑をかけたのか!」

持ち上がった口角のまま、楽し気に告げるケイトの言葉に気圧される。

「坑道にはヒュドラが二体いたの。なのに、ルーカスが討伐したヒュドラは一体だけ。救助隊だけで何とか討伐は出来たけれど、おかげで重傷者が出たわ」

そう言ったケイトの顔が不意に真顔に戻る。

「ねぇ、分かる?ルーカスが居れば、何の問題もなく行えた討伐だったの。それはルーカスも分かっていたはず。なのに、彼はそれを途中で放棄した。……あなたが彼の足を引っ張ったからよ」

「それはっ……!」

違うと言いたかった。ヒュドラを持ち込んだのはドニで、その討伐にルーカスが参加したのも完全なる善意。既に冒険者を引退したルーカスに、本来、討伐への参加の義務はないのだと、クロエやルーカスに聞いて知っている。

だけど、確かに彼女の言う通り、私が居なければルーカスはきっと――

「ねぇ、これを見て?」

そう言ったケイトが、自身の長袖をめくって見せる。服の下から現れた細く真っ白な腕、そこには、痛々しい包帯が巻かれていた。

「ヒュドラに噛まれたの」

「っ!」

彼女の言葉に息をのむ。

「幸い、私にも魔術の心得があったから、『解毒』で毒を消すことは出来たわ。ヒュドラに襲われた人たちの毒も、私が治療したの。……だけど、怪我を治すことは出来なかった。傷跡が残るかもしれないわね」

そう告げた彼女は服の袖を戻し、ジッとこちらを見つめる。

「……ねぇ、アリシア。あなたって、何かルーカスの役に立っている?ルーカスの側に居て、彼に迷惑をかける以外のことが出来ているのかしら?」

「わた、私は、自分に出来ることをしています。ルーカスに、魔晶石を掘って……」

「ああ。そう言えば、そうだったわね?ねぇ、でもそれって、彼の側に居なければできないことかしら?」

ケイトの言葉に反論しようとして、咄嗟に言葉が出て来なかった。自覚しているから。魔晶石を掘ることが、もう、彼の側に居るための言い訳になり始めていることを――

「あなたの周りは優しい人ばかりよね?誰も、あなたに何も言わない。ねぇ、だから、代わりに私が教えてあげるわ」

そう言ったケイトが、ニコリと綺麗な笑みを浮かべた。

「ルーカスはね、ギルド長に頼まれたから、仕方なくあなたの面倒を見ているの。本当は、あなたなんてただのお荷物、ルーカスに迷惑をかけるだけの厄介者よ。彼の側に居る資格なんてないのだから、そろそろ彼を解放してあげてはどう?」

「っ!」

言うだけ言って満足したのか、二階へは上がらずに引き返していくケイトの後ろ姿を見送る。

――……アリシア

聞こえた小さな声。姿は見えないイロンの不安げな声は、私を案じてのものだろう。

(……大丈夫だよ、イロン)

ケイトの言葉を鵜呑みにするつもりはない。例えそこに真実が含まれていようと、私を憎む相手の言葉を素直に受け入れることは出来なかった。

(ただ、ね……?)

――アリシア?

思わず自嘲してしまう。彼女の言葉に傷ついて、これほど動揺してしまったのは、彼女の言葉の一部を自分自身が認めてしまっているから。私がルーカスに迷惑をかけていることなんて百も承知。

(分かってる。分かってるんだけど……)

改めて人から指摘されると、余計に心が重くなる。ルーカス本人が何も言わないのは、それこそ彼の優しさ。その優しさに甘えている自分が情けなかった。

胸の内は沈んだまま、いつまでも消えてくれない彼女の言葉が、グルグルと頭の中を巡っていた。




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