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第四章 二人の距離

4-11 Side L

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気持ちが急いていた。店に一人残してきたアリシアを思うと、さっさと討伐を終えて家に帰らねばと思う。なのに――

「ごめんなさいね、ルーカス?ヒュドラの目撃者が一人しか居なくて、場所の特定が出来ていないのよ」

救助隊の指揮をとる女、ボイド不在の今はギルドの責任者でもある女が「その目撃者もヒュドラの毒を受け、今は意識不明なのだ」と告げる。鉱山に取り残された者との連絡もつかず、ヒュドラの捜索は虱潰し、第七坑道の側道を一つ一つ確認して回ることになった。

(面倒な……)

他の魔物であれば、己一人で討伐に向かうことも出来る。その方がよほど早く済むのだが、多頭の魔物であるヒュドラは頭を一つ潰すだけでは倒せない。その自己再生能力の高さから、討伐は複数人で、全ての頭を一度に刈り取る必要があった。流石に、成体であれば百近くになる頭部を己一人で狩り取ることは難しい。

「ねぇ、ルーカス。少し速いわ。ほら、後ろが遅れてるもの。もう少し、速度を落としてもらえないかしら?」

「……」

何のためについて来るのか。鉱山の外で指揮を執るだけで済むものを、「多少は魔術を使えるから」と言って、自ら救助隊に加わった女が足を止める。振り向き、後ろを確かめる女に危機感はない。

「……ケイトと言ったか?」

「あら、なぁに、ルーカス?」

「先に行く。後ろの連中と来い」

「えっ!?あっ、ちょっと!ちょっと待って、ルーカス!」

何かを言う女に背を向け、走り出す。暗闇の中、冒険者時代に身に着けたスキルのいくつかが役に立った。『速度強化』に『暗視』。ダンジョンと違い、会敵の可能性が低い分、躊躇なく前に進むことが出来る。

一定の間隔で左右に伸びた側道を一つ一つ潰していく。そうして、五度目、坑道の最奥が見えたところで右に入った側道で目当てのものを見つけた。

(チッ……!)

目にしたものに内心で舌打ちする。側道の最奥、採掘で大きくくりぬかれたその空間には、報告の通り、確かにヒュドラが存在した。だが、その体高はおよそ二メートル、未だ幼体から脱したばかりの未熟な個体。こちらの存在に気づきもせず背を向けたままの魔物は、五つの頭部しか持ち合わせていなかった。

この程度であれば、ガノークに滞在する冒険者連中で何とかなったものを。ギルドの不手際、置いてきた男達の初動の遅さにイラつきながら剣を抜く。腹立ち紛れ、ヒュドラの首を一掃しようとしたところで気が付いた。

「……おい」

掛けた声に、漸くヒュドラがこちらを認識した。鎌首を持ち上げこちらを向いた魔物の向こうに、人の姿が見える。意識がないのか死んでいるのか、地に伏した男が二人。一人だけ、ツルハシを手に膝立ちでヒュドラに相対していた男が、己を認めて声を上げる。

「た、助けてくれ!動けないんだ!」

言われて男を見れば、男の膝から下が妙な方向に曲がっている。その足でこちらへ這って来ようとした男の動きにヒュドラが反応した。

「おい、動くな」

「う、うわぁっ!」

四つの首をこちらに向けたまま、残り一つで男に嚙みつこうとした魔物の牙を、男が何とか避ける。ヒュドラを男達から引き離したかったが仕方ない。一気に距離を詰め、こちらに向かってきた首を四つ切り落とした。

「ヒッ、ヒィイッ!」

地に転がった後もグネグネと地で蠢く頭部に男が悲鳴を上げる。その一つ一つに剣を突き刺し動きを止めれば、残り一つの頭が漸く男から離れ、こちらに狙いを定めた。そのまま、真っすぐに噛みついてきた頭を切り落とす。地に落ちた最後の一つに止めを刺し終えたところで、ヒュドラの身体がどっと崩れ落ちた。再生しかけていた四つの首を含め、その切断面がピクリとも動かなくなったことを確かめてから、男へと向き直る。

「……そっちの二人は?息はあるのか?」

「あ、ああ、まだ、生きてる、はずだ。……ヒュドラの毒を食らっちまったが……」

怯え切った様子。ブルブルと身体を震わせる男の足は膝から折れてぶらんと垂れさがっていた。相当な痛みがあるはず。なのに、興奮のためか、男は痛がる様子を見せず、ただ唖然と他の二人を見つめている。

地に伏した二人に近寄って確かめれば、男の言う通り、微かだがまだ息があった。さて、三人をどうやって運ぶかと思案したところで異常に気がついた。

「……これは、どういうことだ?」

意識の無い男達二人の足もまた、同様に膝から下が折れていた。

震える男に視線を向けて尋ねれば、男がぶるりと大きく身体を震わせた。男の怪我は、ヒュドラから逃げる際のものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。頭を抱えた男が必死に首を横に振る。

「まともなじゃない!あいつは狂ってる!」

「あいつ……?」

「ドニだ!あいつ、俺らを囮にしやがった!ヒュドラが逃げ出さないよう、俺らを餌に置いていきやがったんだ!」

男の言葉に首筋がヒヤリとした。ドニという男の名に嫌な予感が膨らむ。

「ヒュドラもあいつが持ち込んだ!俺らは関係ねぇ!あいつが全部一人で……!」

そこまで聞いたところで、男に背を向けた。地を蹴り、側道の出口を目指す。

「なっ!?おい、あんた!待ってくれ!俺たちを……!」

背後、追いすがる男の声が聞こえたが、それに構っている暇はない。横穴を抜けて本道に入って直ぐ、後続隊と行き会った。狭い通路を後続の者たちを押しのけるようにして進めば、見知った顔の女が現れる。

「ルーカス!どうしたの?ヒュドラは?」

「この先の側道だ。ヒュドラは討った。生存者が居る」

救助隊の指揮を執る女に短く報告をして、そのまま横を通り抜ける。通り抜け様、女に腕を取られた。

「ルーカス、どこに行くつもり?……倒したヒュドラは一体だけなの?増殖している可能性もあるんじゃない?」

「……」

「鉱山の安全を確認できるまで討伐は終わりではないわ。生存者が居るなら、彼らを安全な場所へ運ぶ必要も……」

まだ何かを言う女の腕を振り払った。

「ルーカス!?」

「後のことは知らん。ギルドで何とかしろ」

言って、目の前に立ち塞がる冒険者連中を押しのける。再び走り出そうとした背中に、女の「無責任だ」と詰る声が聞こえたが、そのまま振り返らずに元来た道を走り出す。言い様のない不安に急き立てられながら坑道を抜け、街を目指して山道を走った。




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