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第四章 二人の距離

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結局、ルーカスに言いくるめられてしまった。

食事を終えた後、徹夜仕事で眠気が限界だというルーカスをそれ以上引き止めることもできず、指輪を返すことが出来ないまま家を出た。ギルドで申請を済ませ、昨日、大岩に苦戦した鉱山――クロエの情報から廃棄された第四坑道だと分かった――に向かいながら、意識はずっと左手に集中していた。

坑道に入った後も、岩の前でツルハシを握った時も、指輪が気になって仕方ない。傷つけてしまうのではないかという不安もあり、本当に外れないものかと指輪をクルクル回していると、フヨフヨと近づいてきたイロンがルビーを覗き込んだ。

「アリシアは、この子が好きじゃないのー?」

「っ!まさか!すっごく綺麗だし、すっごく好きだよ!」

高価な指輪であることに戸惑いはあるが、ルビーそのものはとても素敵だと思っている。石のままでも美しかったが、こうして指輪として完成された姿は息をのむほどに美しい。本当はずっと魅入っていたいくらいだと伝えれば、イロンは嬉しそうに笑った。

「うんうん。良かった良かったー。この子も、すっごく喜んでる。張り切ってるみたいだからさー」

「張り切ってる?」

イロンの謎の言葉に首を傾げれば、クフフと笑った彼は「まだ内緒」と小さな指を口元に当てた。

「アリシア、まずは掘ってみてよ。そうすれば分かるから!」

イロンの言葉に背中を押されて、指輪をはめたまま――その存在はもう気にしないようにして――ツルハシを持ち上げた。構えて、岩に振り下ろした瞬間、想定外の事態に思わず目を瞑った。

「っ!」

「うっわー!びっくりした!アリシア、大丈夫?」

「う、うん……」

目を開き、目の前の惨状を理解して唖然とする。昨日、なかなか砕けない石に苦戦した時と同じ強さ、力の限り振り下ろしたツルハシは、見事に大岩の一部にクレーターを開けていた。勢いで飛び散った石片が周囲に飛び散っている。

「ルーカスってすごいねー。こーんなに強力な付与が出来ちゃうなんて」

イロンのノホホンとした言葉にハッとする。自身の左手、薬指にはまる指輪を確かめれば、暗闇の中、薄っすらと魔力光らしきものが確認できた。

「……今のが、ルーカスの言ってた『腕力強化』?」

「だねー。ルビーは身体強化系の魔術と相性いいもんね。アリシアの魔力に魔晶石の魔力を補助にして、最大限まで増幅してる感じ?」

コテンと首を傾げたイロンの言葉に「そうなのか」と頷いて、今度は力を加減しながらツルハシを振るった。ガツンと、衝撃としては以前の光石と変わらない程度の手応えに、だけど、目の前の黒い岩はあっさりと砕けてしまう。

「……すごい」

「ねー?」

思わず、もう一度指輪を確認する。しげしげと眺めれば、指輪の台座部分、ルビーの底に何やら文字らしきものが刻まれているのが見えた。元より魔術式には明るくないが、暗闇の中、ほとんど線のようなそれを肉眼で読み解くことは出来ない。横から、イロンがヒョイと覗き込んで来る。

「うわー、すごいねー。『腕力強化』を石が壊れないギリギリまで『増幅』してー、『落下防止』に、こっちは『追跡』?……なんで?」

首を傾げたイロンが「何だかもう呪いの指輪みたいだね?」と言うのを乾いた笑いで聞きながら、改めて、ルーカスのすごさを思った。

(本当に、こんな指輪を気軽にくれちゃうなんて……)

気前が良いというか、人が良すぎるというか。彼の親切に全力で甘えてしまっている心苦しさは付きまとうけれど、私は自分に出来る形で彼に「お返し」するしかない。

「……よし、掘ろう」

お金に無頓着――何しろ、三億ギールをポンと出してくれるくらいだ――のルーカスに喜んでもらえるもの、そんなのもう、思いつくのはたった一つだった。

「目指せ、魔晶石!」

黒い岩の向こう、埋まっているはずの魔晶石を目指してツルハシを振るう。

背後、イロンの「がんばれー」という掛け声をBGMにツルハシを振り下ろせば、岩は面白いように砕けていく。まさに、サクサクという勢いで崩れ落ちていく岩、途中、何度か手を止めて岩を運び出しながら、ヒト一人通れるだけの穴を掘り進めた。

「あ!アリシア、見て見て!」

イロンの声に手を止める。どれくらいの時間没頭していたのか、気づけば、岩に開けたトンネルの奥行が二メートルを超えていた。イロンの指さす先、たったいま砕いた岩の下にキラリと光るものが見える。

「これって……」

「うんうん、魔晶石だよ!やっと到達したねー!」

嬉しそうなイロンの声に、私も顔がにやける。砕いた岩を避け、露出した鉱石、カンテラの光を反射する透明な石を目掛けて、ツルハシを振り下ろした。




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