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第四章 二人の距離
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店を出た後、一旦、家に帰り、ルーカスと昼食をとった。新しいツルハシを入手したことに心が浮き立ち、昼食の片づけを終えて早々、ギルドへと向かった。早く、鋼のツルハシの性能を確かめたくて仕方ない。ギルドを出た後は、ガノーク山の麓を開いて作られた町から、山の東側、現在の主採掘場だという第七坑道へ向かった。
――アリシア―、今日はいつものところじゃないの?
突如聞こえたイロンの声に、小さく頷く。
(うん。今日は魔晶石を掘ってみようと思って。今から行く場所で魔晶石が採れるらしいの)
――魔晶石かー。うんうん。あるねー、こっちの方に大きいのが。
(……イロンは魔晶石がどこにあるかまで分かるんだね)
彼の言う「石と仲が良い」という言葉には、そんな意味まで含まれているのかと感心する。私の言葉に、クフフというイロンの嬉しそうな笑い声が返って来た。
イロンとおしゃべりをしながら暫く山道を進めば、山肌に大きく掘られた横穴が見えて来た。入口が木材で補強されていることから、あれが目当ての第七坑道だろうと予想して近づく。入口付近に立っていた警備らしき男性がこちらの存在に気づき、訝しげな視線を向けて来た。
「なんだ、あんた?こんなとこに何のようだ?」
「採掘のお仕事で来ました。……入山許可証もあります」
威圧的な態度の男に、ギルドで発行される許可証を掲げて見せた。第一坑道は完全な無人、こんな風に入山をチェックされるのは初めてで緊張する。許可証を確認した男は、それでも、顔に渋面を浮かべたままだった。
「……確かに、許可証は本物みたいだが、あんたみたいなのが本気で入る気か?」
「はい……」
敵意まではいかないが、明らかに「厄介だ」と告げて来る男の言動に怯みそうになる。上から下まで、全身をジロジロと観察されて、それでも「入っていい」とは言われないまま立ち尽くしていると、穴の奥から複数の人の声が聞こえて来た。
徐々に近づいてくる話し声と、ガラガラと何かを引く音。視線を向ければ、やがて、穴の中から体格のいい三人の男達が出て来た。笑い声を上げながら何かを話す彼らが押しているのは魔晶石が山のように積まれたトロッコ。トロッコの後について、最後に現れた男の姿に身が竦んだ。こちらに気づいた男と視線が合う。男の瞳が弧を描いた。
「へぇ?こんなとこまで俺を追っかけて来たのか?何だよ、男に捨てられたか?」
「……違います」
声が震えないよう、否定を口にするのが精一杯だった。
「まぁ、殊勝な態度に免じて俺の女にしてやってもいいが、生憎、今は忙しい」
そう言った男、ドニが手を振って他の男達に指示を出す。トロッコを押す手を止めていた男達が、ドニの指示に従って再びトロッコを押し始めた。
「ギルドでの買取が終わったらまた戻って来る。お前、ここで待ってるか?」
「嫌です」
「ふーん?まぁ、いいけどよ?……直ぐにそんな態度も取れなくしてやる」
最後にニヤリと笑ってトロッコの後を追っていくドニの姿を見送った。
「……お前、ドニの知り合いか?」
不意に背後から掛けられた声に振り返る。警備の男の探るような視線に「違う」と首を横に振った。
「そうか。だったら、余計に中に入るのは止めておけ。今の鉱山奴隷どもの頭はあの男だ。首輪付きとは言え、中じゃあ、何が起こるか分からん」
男の言葉に、流石に心が折れた。イロンがいればドニ達から逃げることは出来るだろう。だけど、彼らが幅を利かせている場所で採掘が出来るとは思えない。黙って男に頭を下げ、その場を後にした。
重い足取り、ここまで上がって来た時とは正反対の気持ちで山を下りながら、これからどうするかを考える。このまま諦めるのは論外として、第一坑道に戻るという選択肢も取りたくなかった。
――アリシア―、もう帰るのー?
悩む中、聞こえて来たイロンの声に思いついた可能性。もしかしたら――
(ねぇ、イロン!さっき、魔晶石がどこにあるか分かるって言ってたよね?)
――うん、分かるよー。
(この近く、どこか別の場所に魔晶石が採れそうなところはない?大きくなくてもいいの!)
頼みの綱、イロンに勢い込んで尋ねれば、彼の得意げな声が返って来た。
――もちろん、分かるよー!
その言葉と共に、フワリと姿を現したイロン。「こっちこっち」と指さす彼に導かれるまま、山道を外れる。急かされる思いで藪の中を進めば、辛うじて道だと認識できる獣道のような道に出た。その道を更に奥へと進めば、やがて見えて来たのは、先程の第七坑道に近い作りの横穴だった。
「これって……?」
「うーん、誰かが掘ってた穴かなぁ?今はだーれもいないみたいだけど」
イロンの言葉に頷く。恐らく、第一坑道と同じく既に廃棄された坑道なのだろう。周囲を見回してみても、警備どころか人の気配が全くしない。それに構うことなく坑道へと入っていくイロンを追って、慌ててカンテラを取り出した。カンテラの灯りを手に、イロンの光に先導されて坑道に足を踏み入れる。
進む先、第一坑道よりもしっかりと補強のされた通路を通りながら、右手の脇道を五本数えたところで、イロンがピタリと動きを止めた。
「イロン?」
「うーん。あったよー、魔晶石。あったにはあったんだけどー……」
そう言ったイロンが、眉根と、おまけに背中の羽根をヘチョリと下げてこちらを見上げる。
「この奥みたい」
「奥……?」
イロンの指が示す先。つられて視線を向けるが、そこに道はなく、ただ、大きな岩壁が立ちはだかっていた。
――アリシア―、今日はいつものところじゃないの?
突如聞こえたイロンの声に、小さく頷く。
(うん。今日は魔晶石を掘ってみようと思って。今から行く場所で魔晶石が採れるらしいの)
――魔晶石かー。うんうん。あるねー、こっちの方に大きいのが。
(……イロンは魔晶石がどこにあるかまで分かるんだね)
彼の言う「石と仲が良い」という言葉には、そんな意味まで含まれているのかと感心する。私の言葉に、クフフというイロンの嬉しそうな笑い声が返って来た。
イロンとおしゃべりをしながら暫く山道を進めば、山肌に大きく掘られた横穴が見えて来た。入口が木材で補強されていることから、あれが目当ての第七坑道だろうと予想して近づく。入口付近に立っていた警備らしき男性がこちらの存在に気づき、訝しげな視線を向けて来た。
「なんだ、あんた?こんなとこに何のようだ?」
「採掘のお仕事で来ました。……入山許可証もあります」
威圧的な態度の男に、ギルドで発行される許可証を掲げて見せた。第一坑道は完全な無人、こんな風に入山をチェックされるのは初めてで緊張する。許可証を確認した男は、それでも、顔に渋面を浮かべたままだった。
「……確かに、許可証は本物みたいだが、あんたみたいなのが本気で入る気か?」
「はい……」
敵意まではいかないが、明らかに「厄介だ」と告げて来る男の言動に怯みそうになる。上から下まで、全身をジロジロと観察されて、それでも「入っていい」とは言われないまま立ち尽くしていると、穴の奥から複数の人の声が聞こえて来た。
徐々に近づいてくる話し声と、ガラガラと何かを引く音。視線を向ければ、やがて、穴の中から体格のいい三人の男達が出て来た。笑い声を上げながら何かを話す彼らが押しているのは魔晶石が山のように積まれたトロッコ。トロッコの後について、最後に現れた男の姿に身が竦んだ。こちらに気づいた男と視線が合う。男の瞳が弧を描いた。
「へぇ?こんなとこまで俺を追っかけて来たのか?何だよ、男に捨てられたか?」
「……違います」
声が震えないよう、否定を口にするのが精一杯だった。
「まぁ、殊勝な態度に免じて俺の女にしてやってもいいが、生憎、今は忙しい」
そう言った男、ドニが手を振って他の男達に指示を出す。トロッコを押す手を止めていた男達が、ドニの指示に従って再びトロッコを押し始めた。
「ギルドでの買取が終わったらまた戻って来る。お前、ここで待ってるか?」
「嫌です」
「ふーん?まぁ、いいけどよ?……直ぐにそんな態度も取れなくしてやる」
最後にニヤリと笑ってトロッコの後を追っていくドニの姿を見送った。
「……お前、ドニの知り合いか?」
不意に背後から掛けられた声に振り返る。警備の男の探るような視線に「違う」と首を横に振った。
「そうか。だったら、余計に中に入るのは止めておけ。今の鉱山奴隷どもの頭はあの男だ。首輪付きとは言え、中じゃあ、何が起こるか分からん」
男の言葉に、流石に心が折れた。イロンがいればドニ達から逃げることは出来るだろう。だけど、彼らが幅を利かせている場所で採掘が出来るとは思えない。黙って男に頭を下げ、その場を後にした。
重い足取り、ここまで上がって来た時とは正反対の気持ちで山を下りながら、これからどうするかを考える。このまま諦めるのは論外として、第一坑道に戻るという選択肢も取りたくなかった。
――アリシア―、もう帰るのー?
悩む中、聞こえて来たイロンの声に思いついた可能性。もしかしたら――
(ねぇ、イロン!さっき、魔晶石がどこにあるか分かるって言ってたよね?)
――うん、分かるよー。
(この近く、どこか別の場所に魔晶石が採れそうなところはない?大きくなくてもいいの!)
頼みの綱、イロンに勢い込んで尋ねれば、彼の得意げな声が返って来た。
――もちろん、分かるよー!
その言葉と共に、フワリと姿を現したイロン。「こっちこっち」と指さす彼に導かれるまま、山道を外れる。急かされる思いで藪の中を進めば、辛うじて道だと認識できる獣道のような道に出た。その道を更に奥へと進めば、やがて見えて来たのは、先程の第七坑道に近い作りの横穴だった。
「これって……?」
「うーん、誰かが掘ってた穴かなぁ?今はだーれもいないみたいだけど」
イロンの言葉に頷く。恐らく、第一坑道と同じく既に廃棄された坑道なのだろう。周囲を見回してみても、警備どころか人の気配が全くしない。それに構うことなく坑道へと入っていくイロンを追って、慌ててカンテラを取り出した。カンテラの灯りを手に、イロンの光に先導されて坑道に足を踏み入れる。
進む先、第一坑道よりもしっかりと補強のされた通路を通りながら、右手の脇道を五本数えたところで、イロンがピタリと動きを止めた。
「イロン?」
「うーん。あったよー、魔晶石。あったにはあったんだけどー……」
そう言ったイロンが、眉根と、おまけに背中の羽根をヘチョリと下げてこちらを見上げる。
「この奥みたい」
「奥……?」
イロンの指が示す先。つられて視線を向けるが、そこに道はなく、ただ、大きな岩壁が立ちはだかっていた。
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