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第四章 二人の距離

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(『頑張ります!』なんて、啖呵を切ったはいいものの……)

初めてルーカスに魔晶石を納品できた翌日、昨日までに貯めたお金、十一万ギールをポーチに入れて、ガノークの繁華街、町の中央通りを歩いていた。周囲を警戒しながら、クロエに聞いた「頑固だが腕のいい職人がいる」という鍛冶屋を目指す。

(やっぱり青ジェムだけじゃあ、限界があるからなぁ)

昨日の検証の結果、青ジェムは生成からおよそ六時間で消滅してしまうことが分かった。採掘レベル五の今の私では、六時間に入手できる青ジェムの数は六十個前後。昨日、ルーカスに買い取ってもらった魔晶石は青ジェム五十個で入手したものだから、どれだけ頑張っても――それもガチャの結果によるが――同程度の魔晶石は一日一個しか生成できない。

(……うん。やっぱり、なるべく早く魔晶石の採掘もできるようにならないと)

そのための道具、鋼のツルハシを手に入れようと町で唯一の鍛冶屋へ向かっていたのだが、漸くそれらしき看板が見えて来た。金床とハンマーが描かれた看板が下げられた建物、中から金属音が響いてくる店の入口から中を覗き込む。

「あ……」

「……」

覗き込んだところで、ヒョロリと背の高い男性と目があった。

「……いらっしゃいませ」

「あ!はい、お邪魔します!」

革のエプロンを下げた店番らしき同年代のその人に出迎えられ、店の中へと足を踏み入れた。商品棚に整然と並べられているのは、抜き身の剣やナイフ、それから鎧のような防具。その中をツルハシを求めて進めば、店の片隅にまとめて立てかけてあるのを見つける。

近寄り、一本を手に取って眺めてみたが、そもそも「鋼」というものが良く分からない。恐らく、今手にした銀色の刃先がそれだろうとは思うのだが、値札がついているわけでもない中からどうやって選べばいいのか。悩んでいたところで、背後に人の気配を感じた。

「……ツルハシ買うの?」

「っ!?」

真上から聞こえた声に咄嗟に振り返れば、目の前には黒のエプロン。後ずさり、出来るだけ距離を取ってから上を見上げる。癖のある少し長めの茶色の前髪の下、温度の低そうな水色の瞳に見下ろされていた。

「……ソレ、買うの?」

「え?あ、えっと……」

距離の近さには戸惑うが、接客をしてくれているらしい男性に、手にしたツルハシについて聞いてみる。

「鋼のツルハシが欲しいんですが、これで合っていますか?」

「合ってる。……あとは、コレと、コッチもそう」

そう言って、他に二つのツルハシを指し示してくれた男性にお勧めを聞けば、三つを見比べた彼が、私が手にしていたツルハシを指して「ソレ」と答えた。

「あんたには全部ちょっと長いけど、ソレが一番マシ」

「長い……?」

「あんまり長いと振れないから。……切る?」

端的な彼の物言いが良く分からずに首を傾げれば、「貸して」と伸びて来た手に、手にしていたツルハシをとられてしまった。

「コレ買うなら、柄を詰めるくらいはしてあげる。……買う?」

「買いたいです、けど、おいくらですか?」

「十三万」

告げられた金額にグッと詰まる。後二万ギール、足りない金額に首を振って、男性に頭を下げた。

「すみません、お金が足りませんでした。……他の二本も値段は同じですか?」

より安価なものはないかと尋ねた言葉に、目の前の男性は何も答えず、ただじっとこちらを見つめて来る。感情の見えない瞳に居心地の悪さを感じていると、不意に男性が口を開いた。

「……いくら持ってるの?」

「十一万ギールなら……」

私の答えに満足したのか、男性は一つ頷いてから、「なら、その値段で売ってあげる」と告げると、そのままカウンターへ向かって歩き出した。その後を慌てて追う。

「あの、ありがとうございます!でも、いいんですか?そんなに安くしてもらって」

おまけに柄の長さまで調節してくれようとする男性にそう尋ねれば、振り向いた彼が、小さく肩を竦めた。

「クロエに頼まれてるから」

「え?クロエさん?」

「そう。……あんた、アリシアでしょ?」

親切にしてくれるギルド嬢の名前だけでなく、自身の名も出されて驚くが、そう言われてよく見れば、彼の表情の薄い端正な顔立ちには見覚えがあった。

「あの、もしかして、クロエさんの……?」

「弟」

「弟さん!あ、じゃあ、クロエさんの言ってた頑固だけど腕のいい職人さんって言うのは……?」

私の言葉に首を横に振った男性は、顎でカウンターの向こう、店の奥を指し示した。

「それはうちのじいさん。今も、奥で叩いてる」

彼の言葉通り、店の奥からは絶えず金属の鳴る音が響いていた。

「お身内の方だったんですね。……あの、お名前を伺ってもいいですか?」

「アダン」

カウンターの中に入って行きながら短く一言答えた彼の名前を確かめる。

「アダンさん……」

「……」

「私、クロエさんにこのお店のことを聞いて来たんです」

「知ってる。……いつか、アリシアってが訪ねて来るからよろしくって、クロエに言われてた」

(お嬢様……)

嫌味な言い方ではなかったが、クロエにまで未だ「お嬢様」だと思われているという事実に軽くへこむ。自身の姿を見下ろしてみるが、服装はこの地に馴染んだもの。労働者用の短いパンツにレギンスというスタイルにお嬢様らしさは皆無のはずなのに、やはり、手足の細さが原因だろうかと自身の手足を観察していると、ボソリと呟くようなアダンの声が聞こえた。

「……あんたみたいなのはここじゃ目立つ。言われなくても直ぐに分かった」

その「あんたみたい」なのが具体的にどういったところを指しているのか、詳しく聞きたかったが――

「大体、商品を値切りもしないで言い値で買うのが信じられない」

続いたアダンの言葉にさらにへこまされる。

「何で出てかないの?」

「え?」

「ここって鉱山以外には何にもないし、別に住みやすいって訳でもないでしょ?」

カウンターの中、ツルハシの柄を一旦外して長さを調整してくれるアダンの視線は、彼の手元に向けられたまま。淡々と尋ねられて、何と答えるべきか迷う。以前なら、「ルーカスに石を掘るためだ」と素直に答えられたのだが、今はそこにもっと個人的な感情が混じってしまっている。

ルーカスと一緒に居たいから――

心に浮かんだ本音を口に出来ず、返事に窮していると、顔を上げたアダンがこちらを向いた。

「まぁ、別に、答えたくないなら答えなくていいんだけど。……はい、出来たよ」

そう言ってツルハシを差し出してくるアダンに礼を言い、代金を支払った。代金を受け取ったアダンが、またじっとこちらを見つめてくる。

「……あの?」

「……また来なよ。使ってみて、気になるところがあったら調整するから」

「あ!ありがとうございます」

アダンの言葉に頭を下げた。

姉弟きょうだいそろって親切、というか、面倒見がいい……)

一見冷たそうに見えるアダンに向けられた優しさが嬉しくて、自然と顔が笑う。緊張もとけ、最後には笑って「また来ます」と告げて店を後にした。




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