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第三章 採掘士
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やがて光が終息した後も、どこか心ここにあらず。不思議な体験に心を奪われたまま坑道を後にした。まだ慣れないマジックバッグの重さを両肩に感じ、いつかルーカスにもあの光景を見せてあげたいと思いながらギルドへと向かう。
たどり着いたギルドの入口、足を踏み入れた瞬間に感じた違和感に周囲を見回した。
(……なんだろう?)
一見、いつもと変わらないギルドの風景。カウンターに並ぶ人はまばらで、置かれたテーブルで談笑する人や指定依頼の書かれた納品物の掲示板を確認する人もいつも通り。なのに、何か空気が変だ。
不穏を感じたまま受付カウンターへと向かう。朝、受付で見かけなかったクロエの姿はが今も見当たらない。恐らく今日は休みなのだろうと諦めて、空いていた受付、ケイトの元へと向かった。警戒しながら、「買取をお願いします」と伝えると、ケイトはニコリと愛想のいい笑みを浮かべた。
「買取ね。なんの買取かしら?」
「光石をお願いします」
ここ五日間、ずっと納品し続けている石の名を告げたところで、ケイトの目がすっと細められた。
「あら、ごめんなさい。朝、伝え忘れていたみたいね?」
「え?」
楽し気に笑うケイトの言葉に、嫌な予感がする。
「光石は当分の間、買取中止よ。どこかの誰かが馬鹿みたいに持ち込むものだから、需要が追いつかないのよ」
「そんなはずは……」
確かに、ここ二、三日、光石の買取額は落ちてきていた。けれど、最低取引価格だという三百ギールに至ってはいなかったし、昨日の買取の際には何も言われなかった。彼女の言葉は疑わしいが、ギルド側に拒否されてしまっては、どうすることもできない。今日のところは諦めるしかないと判断して、ケイトに尋ねる。
「買取が再開されるのはいつですか?」
「しないわ」
「え?」
「あなたが持ち込む限り、光石の買取はしないわ」
あまりの言いように助けを求めて周囲を見回すが、カウンターの中にはケイトとリンダ、エリーの三人の姿しか見当たらない。背後を振り返ってギルド内を見回しても、疎ましそうな視線を向けられるだけ。誰も、助けに入ってくれそうにはない。
味方の居ない状況で思わず階段へと視線を向けたが、直ぐにケイトに見とがめられてしまった。
「残念ね。ギルド長は今日からヘンレンの首都へ出かけてるわ。半月は帰らない予定よ」
(半月……)
「その間のギルドの決裁は私に委ねられてるの。その私が言ってるのよ。あなたのせいで光石の買取は停止だって」
そう言ったケイトの赤い唇が、ニッと歪んだ笑いを浮かべる。隣の受付、他の冒険者の相手をしているリンダが噴き出すのが聞こえた。
「ケイト、大丈夫なの?その女、またルーカスに頼るんじゃない?助けてルーカス―って。彼、乗り込んでくるかもよ?」
リンダの揶揄にケイトは薄っすらと笑ったまま。
「あら、例えルーカスでもギルドの取引に口を出す権利はないわ。……どうする?それでも、彼に頼ってみる?」
最後の言葉は私に向けられたもの。何も言えずに睨み返せば、ケイトが声を上げて嗤った。
「怖い顔。そんな顔しないで。……でも、そうね?ルーカスが私のお願いを聞いてくれるなら、私も彼のお願いを聞いてあげてもいいわ」
そう言ったケイトの瞳は、先程までとは違う熱を帯びていた。それ以上、彼女の言葉を聞いていられずにカウンターを離れる。
「ルーカスに、待ってるって伝えてね」
「……」
背後から聞こえたアリシアの声。その声を振り切るようにして、ギルドの出口へと向かう。彼女がルーカスに何を望むのかなんて知りたくもなかった。
ギルドの扉をくぐる直前、扉付近にたむろしていた男達の一人に大きく舌打ちされ、ビクリと足が止まった。
「……ったく、いい迷惑だぜ」
独り言のように呟かれた言葉を拾い、男へと視線を向ければ、暗く陰鬱な目がこちらを見下ろしていた。
「あんたのせいで、光石がさばけねぇ。ギルドと揉めるのは勝手だが、こっちゃ、とんだとばっちりだぜ」
「……それはギルドに言ってください。無茶を言われているのは私も同じです」
つい「ごめんなさい」と言いかけて、だけど、自分が謝ることなど何一つないのだと思い直し、男の言葉を跳ねつけた。こちらの態度が気にくわなかったのだろう、「チッ」と再び舌打ちをした男は、けれど、それ以上は何も言わずにギルドを出て行く。去って行く男の首に隷属の首輪が嵌められているのが見えた。
(もし、あの人が奴隷じゃなかったら……)
怒りに任せて暴力を振るわれる可能性もあったのだと思い至り、身体がフルリと震えた。
(ギルドじゃなくて私が恨まれるているの?他の人も同じ?)
確かめたかったが、視線が怖くて背後を振り返ることが出来ない。そのまま、逃げるようにしてギルドを後にした。急ぎ足、背負ったバッグパックの重さに肩が痛んだ。目の奥が熱くなる。溢れてきそうになるものをグッと堪えた。
(明日……、明日、クロエさんに相談しよう)
ギルドとの不和を何とかしなければ。彼女なら味方になってくれるかもしれない。ルーカスに頼るのだけは、どうしても避けたかった。脳裏に、ケイトの赤い唇がちらついていた。
たどり着いたギルドの入口、足を踏み入れた瞬間に感じた違和感に周囲を見回した。
(……なんだろう?)
一見、いつもと変わらないギルドの風景。カウンターに並ぶ人はまばらで、置かれたテーブルで談笑する人や指定依頼の書かれた納品物の掲示板を確認する人もいつも通り。なのに、何か空気が変だ。
不穏を感じたまま受付カウンターへと向かう。朝、受付で見かけなかったクロエの姿はが今も見当たらない。恐らく今日は休みなのだろうと諦めて、空いていた受付、ケイトの元へと向かった。警戒しながら、「買取をお願いします」と伝えると、ケイトはニコリと愛想のいい笑みを浮かべた。
「買取ね。なんの買取かしら?」
「光石をお願いします」
ここ五日間、ずっと納品し続けている石の名を告げたところで、ケイトの目がすっと細められた。
「あら、ごめんなさい。朝、伝え忘れていたみたいね?」
「え?」
楽し気に笑うケイトの言葉に、嫌な予感がする。
「光石は当分の間、買取中止よ。どこかの誰かが馬鹿みたいに持ち込むものだから、需要が追いつかないのよ」
「そんなはずは……」
確かに、ここ二、三日、光石の買取額は落ちてきていた。けれど、最低取引価格だという三百ギールに至ってはいなかったし、昨日の買取の際には何も言われなかった。彼女の言葉は疑わしいが、ギルド側に拒否されてしまっては、どうすることもできない。今日のところは諦めるしかないと判断して、ケイトに尋ねる。
「買取が再開されるのはいつですか?」
「しないわ」
「え?」
「あなたが持ち込む限り、光石の買取はしないわ」
あまりの言いように助けを求めて周囲を見回すが、カウンターの中にはケイトとリンダ、エリーの三人の姿しか見当たらない。背後を振り返ってギルド内を見回しても、疎ましそうな視線を向けられるだけ。誰も、助けに入ってくれそうにはない。
味方の居ない状況で思わず階段へと視線を向けたが、直ぐにケイトに見とがめられてしまった。
「残念ね。ギルド長は今日からヘンレンの首都へ出かけてるわ。半月は帰らない予定よ」
(半月……)
「その間のギルドの決裁は私に委ねられてるの。その私が言ってるのよ。あなたのせいで光石の買取は停止だって」
そう言ったケイトの赤い唇が、ニッと歪んだ笑いを浮かべる。隣の受付、他の冒険者の相手をしているリンダが噴き出すのが聞こえた。
「ケイト、大丈夫なの?その女、またルーカスに頼るんじゃない?助けてルーカス―って。彼、乗り込んでくるかもよ?」
リンダの揶揄にケイトは薄っすらと笑ったまま。
「あら、例えルーカスでもギルドの取引に口を出す権利はないわ。……どうする?それでも、彼に頼ってみる?」
最後の言葉は私に向けられたもの。何も言えずに睨み返せば、ケイトが声を上げて嗤った。
「怖い顔。そんな顔しないで。……でも、そうね?ルーカスが私のお願いを聞いてくれるなら、私も彼のお願いを聞いてあげてもいいわ」
そう言ったケイトの瞳は、先程までとは違う熱を帯びていた。それ以上、彼女の言葉を聞いていられずにカウンターを離れる。
「ルーカスに、待ってるって伝えてね」
「……」
背後から聞こえたアリシアの声。その声を振り切るようにして、ギルドの出口へと向かう。彼女がルーカスに何を望むのかなんて知りたくもなかった。
ギルドの扉をくぐる直前、扉付近にたむろしていた男達の一人に大きく舌打ちされ、ビクリと足が止まった。
「……ったく、いい迷惑だぜ」
独り言のように呟かれた言葉を拾い、男へと視線を向ければ、暗く陰鬱な目がこちらを見下ろしていた。
「あんたのせいで、光石がさばけねぇ。ギルドと揉めるのは勝手だが、こっちゃ、とんだとばっちりだぜ」
「……それはギルドに言ってください。無茶を言われているのは私も同じです」
つい「ごめんなさい」と言いかけて、だけど、自分が謝ることなど何一つないのだと思い直し、男の言葉を跳ねつけた。こちらの態度が気にくわなかったのだろう、「チッ」と再び舌打ちをした男は、けれど、それ以上は何も言わずにギルドを出て行く。去って行く男の首に隷属の首輪が嵌められているのが見えた。
(もし、あの人が奴隷じゃなかったら……)
怒りに任せて暴力を振るわれる可能性もあったのだと思い至り、身体がフルリと震えた。
(ギルドじゃなくて私が恨まれるているの?他の人も同じ?)
確かめたかったが、視線が怖くて背後を振り返ることが出来ない。そのまま、逃げるようにしてギルドを後にした。急ぎ足、背負ったバッグパックの重さに肩が痛んだ。目の奥が熱くなる。溢れてきそうになるものをグッと堪えた。
(明日……、明日、クロエさんに相談しよう)
ギルドとの不和を何とかしなければ。彼女なら味方になってくれるかもしれない。ルーカスに頼るのだけは、どうしても避けたかった。脳裏に、ケイトの赤い唇がちらついていた。
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