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第三章 採掘士
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「えっ?」
「っ!?キャアッ!なに!?なんなのっ!?」
取り出した最後の石が、突如、目を開けていられないほどの明るさで光り出した。正午を過ぎたとは言え、まだ夕暮れには早い。そんな時間帯のギルドが、何かが爆発したかのような光に包まれる。
(目が……!)
ギュッと閉じた瞳、リンダの慌てふためく声が聞こえていた。パニックに陥っているらしい彼女の様子に、だけど、石を手にしている私自身は不思議と恐怖を感じていなかった。
(……イロン、聞こえてる?そこに居る?)
心の中での呼びかけに、直ぐに「なーにー?」という呑気な返事が返って来る。
(イロン、これ、あなたがやったの?)
私が腹を立てたから。そのお返しにイロンが何かしたのかとそう尋ねれば、イロンはクフフと楽しそうに笑った。
――違うよー。やったのはその子。アリシアが持ってる光石だよー。
(え?石が……?)
――うん、そう。アリシアに酷いこと言うなーって怒ってくれてるの。
そう言ってまた楽しそうに笑うイロンの笑い声を聞く内に、瞼の向こうの眩しさが段々収まっていくのを感じる。そっと薄目を開けて確かめれば、石の光は直視できるほどに弱まっていた。
(……光石が怒ってくれた?)
イロンの不思議な言葉に握り締めた石をじっと見つめると、最後に二度、パッパッと明滅した石はそのまま通常の明るさへと戻っていった。カウンターの向こうから、リンダの金切声が聞こえる。
「何なのっ!?今の何なのよっ!?あんた!一体、何を持ち込んだわけっ!?」
「おい、リンダ止めろ。この子が何かした訳じゃないだろ。今のは光石の、」
「うるっさい、あんたは黙ってて!ちょっと、その石、貸しなさいよ!」
髪を振り乱したリンダにズイッと手を差し出され、思わず光石を抱き込むように隠す。彼女の顔が怒りに歪んだ。
「はー!?なに?あんた、私に逆らうつもり!?あんたなんて、所詮、」
「おい。一体、なに騒いでやがる」
リンダの言いかけた言葉は、ギルドの奥、階段から聞こえて来た野太い声に阻まれた。
「あん?アリシアじゃねぇか。あー、じゃあ、さっきの光はもしかして……」
「ギルド長!そいつを捕まえてください!その女がギルドに危険物を!」
「危険物ぅ?」
訝しげに眉をしかめてそう口にしたギルド長の視線がこちらを向く。首を横に振って応えれば、ギルド長は片眉を上げ、やれやれとばかりにため息をついた。
「チッ。もういい。お前ら、仕事だ仕事。自分の仕事に戻れ」
「なんでっ!?どうして、そいつを捕まえないんですか!?そんな危険な女!」
「あー、うっせぇうっせぇ。リンダ、お前はもういい、引っ込んでろ。ディック、アリシアの買取してやれ。」
「なっ!?」
ギルド長の一言に、リンダの形相が怒りから憎悪に変わる。ギルド長を、次いで、こちらを睨んだ彼女は、思いっきりカウンター内の椅子を蹴り上げた。ガンと鳴り響いた音に、静まり返っていたギルド内の視線が彼女に集中する。
「何よ!見てんじゃないわよ!」
そう言い捨てて足音荒くカウンターの奥の部屋へと消えていくリンダ。その後ろ姿を見送って、ギルド長に視線を移した。やれやれと肩を竦めたギルド長が私の首元を見て「おめでとさん」と告げる。
「あー、まぁ、あんたとルーカスがどうなってんのか、深くは突っ込まねぇけどよ。今あったことは、ルーカスにちゃんと報告しとけよ?」
「は、はい!」
彼の忠告にコクコクと頷けば、それで満足したのか、ギルド長は「じゃあな」と一言を残して二階へと戻っていった。
残されたギルド内の微妙な雰囲気の中、ディックと呼ばれていた男性に促されて、手にしていた光石を秤の上へと置く。秤の目盛りを確かめたディックが、先ほどとと同じように石を運搬袋に詰めながら口を開いた。
「気にすることないよ。光石の暴発、ああいう風に蓄積魔力が一気に噴出しちゃうことは稀にあるんだ。きみのせいじゃない」
「……そう、なんですか?」
イロンの言葉とは異なる説明に首を傾げれば、ディックは「うん」と笑って答える。
「あれだけ強烈なのは僕も初めてだけど、別に誰かが怪我したわけでもなんでもない。……あんなに大騒ぎするようなことじゃないってのに、まったく」
「……」
リンダに対する皮肉だろうか。最後、口元を歪めて辛辣に呟いたディックは次の瞬間にはまたニッコリと笑って、カウンターから掌サイズの革袋を取り出した。
「はい。買取は光石が合計で二十キロだったから、一万ギールね」
(二十キロで一万ギール……)
差し出された革袋に手を伸ばしながら、頭の中で計算する。クロエの説明では、光石は需要により価格が変動しやすく、一キロあたり三百から八百ギールで取引されるとのことだった。だとしたら、一キロあたり五百ギールだった今日の買取金額はまずまずのもの。自分でお金を稼ぐことが出来たという嬉しさに、沸々と喜びが込み上げて来る。
緩む頬を抑えきれないまま、ディックにお礼を言ってギルドを後にした。
(一日で一万ギールか。今日はせめて寝巻を買いたいから、買った残りをルーカスに渡すとして、貯金は明日から始めれば……)
安価なものであれば十万ギールからあるという鋼のツルハシ。コンスタントに今日と同じ額が稼げれば、半分をルーカスに渡すとしても、二十日で手が届く計算になる。仮に光石の買取価格が下がっても、その分、多く納品すればいい。今日は採掘を早めに切り上げてしまったが、粘ればもう少し掘れるはずだ。
(うん、良かった。出来そう……)
何とか今月中には魔晶石を掘り出せそうだという見通しに、ずっと焦りを感じていた心に少しだけ余裕が生まれた。途中見かけた雑貨屋で日用品を買いそろえ、市場で夕飯の食材を買い込む。家への帰り道、通りを歩く足取りも自然と軽くなった。
「っ!?キャアッ!なに!?なんなのっ!?」
取り出した最後の石が、突如、目を開けていられないほどの明るさで光り出した。正午を過ぎたとは言え、まだ夕暮れには早い。そんな時間帯のギルドが、何かが爆発したかのような光に包まれる。
(目が……!)
ギュッと閉じた瞳、リンダの慌てふためく声が聞こえていた。パニックに陥っているらしい彼女の様子に、だけど、石を手にしている私自身は不思議と恐怖を感じていなかった。
(……イロン、聞こえてる?そこに居る?)
心の中での呼びかけに、直ぐに「なーにー?」という呑気な返事が返って来る。
(イロン、これ、あなたがやったの?)
私が腹を立てたから。そのお返しにイロンが何かしたのかとそう尋ねれば、イロンはクフフと楽しそうに笑った。
――違うよー。やったのはその子。アリシアが持ってる光石だよー。
(え?石が……?)
――うん、そう。アリシアに酷いこと言うなーって怒ってくれてるの。
そう言ってまた楽しそうに笑うイロンの笑い声を聞く内に、瞼の向こうの眩しさが段々収まっていくのを感じる。そっと薄目を開けて確かめれば、石の光は直視できるほどに弱まっていた。
(……光石が怒ってくれた?)
イロンの不思議な言葉に握り締めた石をじっと見つめると、最後に二度、パッパッと明滅した石はそのまま通常の明るさへと戻っていった。カウンターの向こうから、リンダの金切声が聞こえる。
「何なのっ!?今の何なのよっ!?あんた!一体、何を持ち込んだわけっ!?」
「おい、リンダ止めろ。この子が何かした訳じゃないだろ。今のは光石の、」
「うるっさい、あんたは黙ってて!ちょっと、その石、貸しなさいよ!」
髪を振り乱したリンダにズイッと手を差し出され、思わず光石を抱き込むように隠す。彼女の顔が怒りに歪んだ。
「はー!?なに?あんた、私に逆らうつもり!?あんたなんて、所詮、」
「おい。一体、なに騒いでやがる」
リンダの言いかけた言葉は、ギルドの奥、階段から聞こえて来た野太い声に阻まれた。
「あん?アリシアじゃねぇか。あー、じゃあ、さっきの光はもしかして……」
「ギルド長!そいつを捕まえてください!その女がギルドに危険物を!」
「危険物ぅ?」
訝しげに眉をしかめてそう口にしたギルド長の視線がこちらを向く。首を横に振って応えれば、ギルド長は片眉を上げ、やれやれとばかりにため息をついた。
「チッ。もういい。お前ら、仕事だ仕事。自分の仕事に戻れ」
「なんでっ!?どうして、そいつを捕まえないんですか!?そんな危険な女!」
「あー、うっせぇうっせぇ。リンダ、お前はもういい、引っ込んでろ。ディック、アリシアの買取してやれ。」
「なっ!?」
ギルド長の一言に、リンダの形相が怒りから憎悪に変わる。ギルド長を、次いで、こちらを睨んだ彼女は、思いっきりカウンター内の椅子を蹴り上げた。ガンと鳴り響いた音に、静まり返っていたギルド内の視線が彼女に集中する。
「何よ!見てんじゃないわよ!」
そう言い捨てて足音荒くカウンターの奥の部屋へと消えていくリンダ。その後ろ姿を見送って、ギルド長に視線を移した。やれやれと肩を竦めたギルド長が私の首元を見て「おめでとさん」と告げる。
「あー、まぁ、あんたとルーカスがどうなってんのか、深くは突っ込まねぇけどよ。今あったことは、ルーカスにちゃんと報告しとけよ?」
「は、はい!」
彼の忠告にコクコクと頷けば、それで満足したのか、ギルド長は「じゃあな」と一言を残して二階へと戻っていった。
残されたギルド内の微妙な雰囲気の中、ディックと呼ばれていた男性に促されて、手にしていた光石を秤の上へと置く。秤の目盛りを確かめたディックが、先ほどとと同じように石を運搬袋に詰めながら口を開いた。
「気にすることないよ。光石の暴発、ああいう風に蓄積魔力が一気に噴出しちゃうことは稀にあるんだ。きみのせいじゃない」
「……そう、なんですか?」
イロンの言葉とは異なる説明に首を傾げれば、ディックは「うん」と笑って答える。
「あれだけ強烈なのは僕も初めてだけど、別に誰かが怪我したわけでもなんでもない。……あんなに大騒ぎするようなことじゃないってのに、まったく」
「……」
リンダに対する皮肉だろうか。最後、口元を歪めて辛辣に呟いたディックは次の瞬間にはまたニッコリと笑って、カウンターから掌サイズの革袋を取り出した。
「はい。買取は光石が合計で二十キロだったから、一万ギールね」
(二十キロで一万ギール……)
差し出された革袋に手を伸ばしながら、頭の中で計算する。クロエの説明では、光石は需要により価格が変動しやすく、一キロあたり三百から八百ギールで取引されるとのことだった。だとしたら、一キロあたり五百ギールだった今日の買取金額はまずまずのもの。自分でお金を稼ぐことが出来たという嬉しさに、沸々と喜びが込み上げて来る。
緩む頬を抑えきれないまま、ディックにお礼を言ってギルドを後にした。
(一日で一万ギールか。今日はせめて寝巻を買いたいから、買った残りをルーカスに渡すとして、貯金は明日から始めれば……)
安価なものであれば十万ギールからあるという鋼のツルハシ。コンスタントに今日と同じ額が稼げれば、半分をルーカスに渡すとしても、二十日で手が届く計算になる。仮に光石の買取価格が下がっても、その分、多く納品すればいい。今日は採掘を早めに切り上げてしまったが、粘ればもう少し掘れるはずだ。
(うん、良かった。出来そう……)
何とか今月中には魔晶石を掘り出せそうだという見通しに、ずっと焦りを感じていた心に少しだけ余裕が生まれた。途中見かけた雑貨屋で日用品を買いそろえ、市場で夕飯の食材を買い込む。家への帰り道、通りを歩く足取りも自然と軽くなった。
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