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第三章 採掘士
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光石をある程度砕いたところで、大きい石からバッグパックに詰めていく。
『魔力の注入量によって容量が変わる』
そうルーカスに説明されたマジックバッグは一見普通のバッグパックで、私が背負えば多少大きめだが、ルーカスにとってはむしろ小型の部類に入るだろう。ただ、平均的な魔力しか持たない私では見た目プラスアルファ程度の容量にしかならないバッグも、ルーカスにかかればダンジョンにひと月籠れるだけの備品を収納することが出来るという。
(それって、バッグもすごいけどルーカスもすごいんじゃ……?)
この世界には「魔術師」と呼ばれる所謂「魔法使い」が存在し、自身の魔力を用いて「魔術」を操る。そんな彼らとは別に、精霊の力を借りて魔法を扱う者もいるが、それはあくまで精霊頼み、彼らがいつも力を貸してくれるとは限らない。加護持ちの願いは比較的聞き入れてくれるというが、それでも、私が「誰かを傷つけたい」と願っても、イロンはそれに応えてくれることはないだろう。私自身、彼にそんなことをさせたいとは思わないが――
「?アリシア、どうかしたの?」
「……ううん。何でもない」
イロンを見つめたまま考え込んでしまっていたらしい。止まっていた手を動かして、石を詰める作業を再開する。
(精霊の力を借りれば容量は増やせるだろうけれど、ルーカスが加護持ちだっていう話はしていなかったし……)
細工師を名乗っていた以上、魔術師というわけでもないのだろう。魔力を「術」として使用するのには修練が必要なため、それ自体は不思議ではないが、それにしても桁違いな魔力量に驚く。
(……今度、ルーカスのお仕事を見せてもらおうかな)
ヘンレン自治区一の腕前だというルーカス。細工師という仕事が実際にどのような仕事なのか想像がつかないが、魔道具や武具への細工に或いは多くの魔力を必要とするのかもしれない。石を詰め込み終わったところで、再び岩を砕く作業を再開する。
途中に昼食を挟みつつ、その日の採掘はまだ日の高い内に切り上げた。午後にいくつかやりたいことがあったため、容量の八割ほど光石を詰め込んだバッグを背負って鉱山を後にする。
「重量軽減」が付与されているというマジックバッグは見た目ほどの重さはないが、中身が全て石のため、ギルドまで運ぶのには骨が折れた。それでも、これが私の稼ぎ。持ち込んだ分がお金になると思えば頑張れる。
(なるべくたくさん稼いで、新しいツルハシを買って、それで、少しでも早く魔晶石を掘れるようにならないと……)
焦る気持ちはあるが、今は一つずつ、自分にこなせる仕事をこなしていくしかない。
たどり着いたギルド、カウンターへと向かうが、運悪くクロエの姿が見当たらなかった。仕方なしに、他の受付、ケイトとよく一緒にいる赤毛の女性の元へと向かう。
(確か、クロエさんが『リンダとエリー』って言っていたから……)
そのどちらかであろう女性の前に立ち、「すみません」と声をかけた。何か書類を作成している様子の女性は、こちらの声に反応することなく下を向いたまま。意図的に無視されていることは分かったが、今度は先ほどより声を張って呼びかけた。
「あの、すみません!光石の買取をお願いします」
そこで漸く顔を上げた女性は、一目で不機嫌だと分かる表情を向ける。
「はー?光石?そんなショボいもの持ち込んだの?」
馬鹿にするようにそう言った女性が、カウンターに置かれた秤を顎で指し示す。
「さっさと出しなさいよ。算定するから」
言われるがまま、バッグから取り出した光石を秤の上に乗せていく。口元に嘲笑を浮かべた女性の前でただ黙々と光石を積み上げていけば、彼女の顔から徐々に笑みが消えていった。
「……ちょっと、あんた、どれだけ持ち込んだの?」
「今のでちょうど半分です」
「半分……」
口元を引きつらせた女性が、背後、ギルドの事務室に向かって誰かを呼んだ。彼女の声に、職員であろう男性が姿を現す。
「ディック、ちょっとこれ運んでよ」
「え?これって、この光石?」
ディックと呼ばれた男性がカウンターの上の光石と女性、それから私を見比べて、ハァとため息をついた。
「光石の買取なんだろう?だったら、リンダが自分で運びなよ」
「嫌。なんで私がこんな重いもの運ばなきゃなんないわけ。力仕事は男の仕事でしょ」
「……重たくてどうしても運べないって言うなら手伝うくらいはするよ。けど、これくらいなら何回かに分けて運べば、」
「しつこい!いいからさっさと運んで!まだ買取が残ってるんだから!」
リンダという名前が判明した女性は、男性に向かってシッシッと追い払うように手を振る。彼女の失礼な態度に、男性は一瞬グッと詰まったが、結局、黙って光石を運搬用の袋に詰め出した。
人の好さそうな男性のその姿にこちらが申し訳ない気持ちになる。目の合った彼に目線で謝罪をすれば、小さな苦笑が返って来た。それを遮るように、横から鋭い声が割り込んでくる。
「ちょっと。なに男に媚び売ってんのよ。そんなことしてる暇があるなら、さっさと残りを出しなさいよ。……これだから奴隷上がりは」
明らかな侮辱、蔑むような視線にグッと唇を噛んで、再びバックバッグに手を入れる。残り半分の重さになったバッグから石を一つ一つ取り出して、先ほどとは別の秤に同じように積み上げていく。そうこうする内に、先に石を運搬袋に詰め終わったらしい男性が、こちらに感心したような視線を向けた。
「へぇ、大したものだね。これだけの質の光石をこんなに大量に。君、ここで働き始めたばかりだよね?何かコツとかあるの?」
「コツは、いえ、特には……」
ただの世間話。場を和ませようとしてくれている男性の言葉に曖昧に笑って返せば、リンダが大きく舌打ちをした。
「この女が自分で掘るわけないじゃない。どうせ、その辺の男に身体でも売って手に入れたに決まってる」
「っ!私はそんなことはしません。これは、私が自分で掘ったものです」
あまりの言い草にそう言い返すが、リンダは「どうだか」と言ってせせら笑うだけ。屈辱に頭に血が上った。それでも、光石はギルドで買取ってもらわなければどうしようもない。震える手で、バッグの中、最初に詰め込んだ一番大きな石を取り出せば――
『魔力の注入量によって容量が変わる』
そうルーカスに説明されたマジックバッグは一見普通のバッグパックで、私が背負えば多少大きめだが、ルーカスにとってはむしろ小型の部類に入るだろう。ただ、平均的な魔力しか持たない私では見た目プラスアルファ程度の容量にしかならないバッグも、ルーカスにかかればダンジョンにひと月籠れるだけの備品を収納することが出来るという。
(それって、バッグもすごいけどルーカスもすごいんじゃ……?)
この世界には「魔術師」と呼ばれる所謂「魔法使い」が存在し、自身の魔力を用いて「魔術」を操る。そんな彼らとは別に、精霊の力を借りて魔法を扱う者もいるが、それはあくまで精霊頼み、彼らがいつも力を貸してくれるとは限らない。加護持ちの願いは比較的聞き入れてくれるというが、それでも、私が「誰かを傷つけたい」と願っても、イロンはそれに応えてくれることはないだろう。私自身、彼にそんなことをさせたいとは思わないが――
「?アリシア、どうかしたの?」
「……ううん。何でもない」
イロンを見つめたまま考え込んでしまっていたらしい。止まっていた手を動かして、石を詰める作業を再開する。
(精霊の力を借りれば容量は増やせるだろうけれど、ルーカスが加護持ちだっていう話はしていなかったし……)
細工師を名乗っていた以上、魔術師というわけでもないのだろう。魔力を「術」として使用するのには修練が必要なため、それ自体は不思議ではないが、それにしても桁違いな魔力量に驚く。
(……今度、ルーカスのお仕事を見せてもらおうかな)
ヘンレン自治区一の腕前だというルーカス。細工師という仕事が実際にどのような仕事なのか想像がつかないが、魔道具や武具への細工に或いは多くの魔力を必要とするのかもしれない。石を詰め込み終わったところで、再び岩を砕く作業を再開する。
途中に昼食を挟みつつ、その日の採掘はまだ日の高い内に切り上げた。午後にいくつかやりたいことがあったため、容量の八割ほど光石を詰め込んだバッグを背負って鉱山を後にする。
「重量軽減」が付与されているというマジックバッグは見た目ほどの重さはないが、中身が全て石のため、ギルドまで運ぶのには骨が折れた。それでも、これが私の稼ぎ。持ち込んだ分がお金になると思えば頑張れる。
(なるべくたくさん稼いで、新しいツルハシを買って、それで、少しでも早く魔晶石を掘れるようにならないと……)
焦る気持ちはあるが、今は一つずつ、自分にこなせる仕事をこなしていくしかない。
たどり着いたギルド、カウンターへと向かうが、運悪くクロエの姿が見当たらなかった。仕方なしに、他の受付、ケイトとよく一緒にいる赤毛の女性の元へと向かう。
(確か、クロエさんが『リンダとエリー』って言っていたから……)
そのどちらかであろう女性の前に立ち、「すみません」と声をかけた。何か書類を作成している様子の女性は、こちらの声に反応することなく下を向いたまま。意図的に無視されていることは分かったが、今度は先ほどより声を張って呼びかけた。
「あの、すみません!光石の買取をお願いします」
そこで漸く顔を上げた女性は、一目で不機嫌だと分かる表情を向ける。
「はー?光石?そんなショボいもの持ち込んだの?」
馬鹿にするようにそう言った女性が、カウンターに置かれた秤を顎で指し示す。
「さっさと出しなさいよ。算定するから」
言われるがまま、バッグから取り出した光石を秤の上に乗せていく。口元に嘲笑を浮かべた女性の前でただ黙々と光石を積み上げていけば、彼女の顔から徐々に笑みが消えていった。
「……ちょっと、あんた、どれだけ持ち込んだの?」
「今のでちょうど半分です」
「半分……」
口元を引きつらせた女性が、背後、ギルドの事務室に向かって誰かを呼んだ。彼女の声に、職員であろう男性が姿を現す。
「ディック、ちょっとこれ運んでよ」
「え?これって、この光石?」
ディックと呼ばれた男性がカウンターの上の光石と女性、それから私を見比べて、ハァとため息をついた。
「光石の買取なんだろう?だったら、リンダが自分で運びなよ」
「嫌。なんで私がこんな重いもの運ばなきゃなんないわけ。力仕事は男の仕事でしょ」
「……重たくてどうしても運べないって言うなら手伝うくらいはするよ。けど、これくらいなら何回かに分けて運べば、」
「しつこい!いいからさっさと運んで!まだ買取が残ってるんだから!」
リンダという名前が判明した女性は、男性に向かってシッシッと追い払うように手を振る。彼女の失礼な態度に、男性は一瞬グッと詰まったが、結局、黙って光石を運搬用の袋に詰め出した。
人の好さそうな男性のその姿にこちらが申し訳ない気持ちになる。目の合った彼に目線で謝罪をすれば、小さな苦笑が返って来た。それを遮るように、横から鋭い声が割り込んでくる。
「ちょっと。なに男に媚び売ってんのよ。そんなことしてる暇があるなら、さっさと残りを出しなさいよ。……これだから奴隷上がりは」
明らかな侮辱、蔑むような視線にグッと唇を噛んで、再びバックバッグに手を入れる。残り半分の重さになったバッグから石を一つ一つ取り出して、先ほどとは別の秤に同じように積み上げていく。そうこうする内に、先に石を運搬袋に詰め終わったらしい男性が、こちらに感心したような視線を向けた。
「へぇ、大したものだね。これだけの質の光石をこんなに大量に。君、ここで働き始めたばかりだよね?何かコツとかあるの?」
「コツは、いえ、特には……」
ただの世間話。場を和ませようとしてくれている男性の言葉に曖昧に笑って返せば、リンダが大きく舌打ちをした。
「この女が自分で掘るわけないじゃない。どうせ、その辺の男に身体でも売って手に入れたに決まってる」
「っ!私はそんなことはしません。これは、私が自分で掘ったものです」
あまりの言い草にそう言い返すが、リンダは「どうだか」と言ってせせら笑うだけ。屈辱に頭に血が上った。それでも、光石はギルドで買取ってもらわなければどうしようもない。震える手で、バッグの中、最初に詰め込んだ一番大きな石を取り出せば――
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