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第三章 採掘士

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ギルドから一歩踏み出したところで、日差しの眩しさに一瞬目がくらんだ。目を細めて明るさに目を慣らした直後、視界に飛び込んで来た男の姿に背筋を冷たいものが走り抜けた。

男が、ユラリとこちらに近づいてくる。男の視線は私の首元に固定されたまま、薄暗く淀んだ瞳に思わず後ずさった。

「……なんで首輪がとれてんだよ?」

「ち、近づかないで!」

目の前、昨日と同じ距離まで近づいて来ようとした男、ドニに制止の言葉をかける。

「それ以上近づいたら人を呼ぶから!」

「……」

背後、ギルドを背にそう叫べば、ドニは動きを止めた。不快げに顔を歪めてチッと舌打ちをした男が、一歩距離をとる。

「どこのどいつだ?誰がお前の首輪を外した?」

「……あなたに関係ない」

精一杯の虚勢で答えれば、ドニの顔がますます歪んだ。憎悪に燃える赤い瞳を向けられ、足が震えそうになる。隠しきれなかった怯えを見透かした男が口の端を上げて嗤った。

「ったくよ。どこの誰だか知らねぇが、人のモン横取りしやがって。……許せねぇよな?」

「私はあなたのものじゃ、」

「お前もお前だよ。俺以外の男に尻尾振りやがって。どうせ、オンナを使って首輪を外させたんだろ?」

ルーカスはそんな人ではない。下卑た笑いを浮かべる男にそう言ってやりたいが、こんな男に彼の名前を知られたくなかった。沈黙したまま男を睨めつければ、男の顔から表情が消えた。

「……まぁ、いい。盗られたもんは取り返すだけだ」

温度の感じられない声でそう告げられ、ゾクリとまた恐怖に襲われる。

(だ、大丈夫。こんなの口だけ。ただの脅しなんだから)

ドニの首には隷属の首輪がついている。制約がある以上、彼が人を傷つけることはできない。逃げ出したくなる気持ちを必死に抑え込んだ。

「待ってろよ?お前も、お前に手ぇ出した野郎も、ただじゃおかねぇからな」

そう言い捨てて、クルリと背中を向けたドニ。そのまま遠ざかっていく背中、金色の頭が通りの向こうに消えるのを最後まで見送って、漸く安堵の息をついた。





不穏な言葉を残していったドニのことは気にかかるが、この先ずっと家に閉じこもっている訳にもいかない。イロンが居てくれれば、鉱山におけるアドバンテージは私の方にある。そう自身を鼓舞して、他の人の居ない――ルーカス曰く既に廃坑になっている――第一坑道に向かった。

(何はともあれ、まずはツルハシを回収しないと)

昨日、坑道のどこかに捨てて来た採掘道具が回収できればいいが、見つからなくとも、光石を掘った際のツルハシがある。放棄された坑道に打ち捨てられていたのだから、私がもらってしまっても問題はないだろう。

ルーカスに借りたカンテラを掲げ、坑道の暗闇へと足を踏み入れた。昨日の記憶を頼りに、一人でも光石のある場所までたどり着ければいいけれど――

「あーー!生き返るーー!」

「え!?あ、イロン!?」

坑道に突如響いた子どものような高めの声。目の前、何も無かった空間にフワリと明るい光が現れた。

「お待たせ、アリシア!やっと出て来られたー。ずっと一人にしてごめんねー?」

「イロン?もう大丈夫なの?」

「うん!たーっくさん寝たからね!それに、この場所の魔力は僕と相性いいから、僕、すっごく元気になれるんだ」

そう言ってクルリクルリと宙で回転して見せるイロンに無理をしている様子は見られない。楽しそうに坑道内を飛び回る彼の姿に安堵する。

「良かった、イロンが元気になって。無理をさせてごめんね?」

「えーっ!?別に無理はしてないよー!」

私の言葉に、慌ててこちらに飛んで来たイロンが目の前で急停止する。

「ただ眠かっただけ!寝てれば元気になるし、実際、半日で回復したでしょう?」

「うん。それはそうだけど……」

「プレミアムガチャのクールダウンなんて本当は丸一日かかるんだよ?それを考えたら、僕、すっごく早く復活したと思わない?」

「……うん」

ゲーム世界での例えを出されたところで、それがこの世界とどの程度共通するのかが分からないため、曖昧に頷いて返した。ただ、少なくとも、イロンが半日姿を現せられないほどに疲弊してしまったのは事実。今後は、彼に無茶をさせないよう、私が気を付けなければならないと自戒する。

「ねぇねぇ、アリシア。今日は何するの?何を掘るー?」

「……ひとまず、昨日の場所、光石を掘った坑道に入ろうと思ってるの。ツルハシを回収したいから」

「ああ、あの『初心者ツルハシ』ね!うんうん。要るよねー。行こう行こう」

そう言って、先導するように前を飛び始めたイロンの後を追う。カンテラで地面を照らしながら進むが、どこも似たような土の地面と壁が続くばかりで見覚えはない。結局、昨日逃げ惑った道が分からずに、真っすぐに光石の坑道へと進んだ。

暫く進むと、前方に淡い光が見えて来る。狭い側道を抜けた先、広がる空間に足を踏み入れば、昨日と同じ光景が広がっていた。

(……うーん。昨日より少し明るい?)

そんなはずはないのだが、目が慣れて来たせいか、昨日より見渡しやすくなった坑道の中。岩壁に立てかけたままになっていたツルハシを回収し、代わりにバックパックを地面に下ろした。昨日と同じ、まずは光石を採掘することから始める。

「アリシア―。今日は光石を掘るの?」

「うん。今朝、ギルドで聞いてきたんだけど、このツルハシで魔晶石を掘るのはすごく効率が悪いみたいなの」

「効率??」

疑問符を浮かべたイロンの言葉に頷いてから、光石の巨岩へと向かい合う。ツルハシを構えて振り下ろした先、心地よい程度の衝撃とともに岩に亀裂が入った。

(うん。やっぱり、これならいけそう)

確認して、イロンを見上げる。

「……昨日の青色魔晶石は、壁に埋まっていた石を掘り出しただけでしょう?」

実際にツルハシを当てたのは魔晶石の周囲の土壁。それなりの硬さはあったが、所詮は土の塊でしかない。それに対し、今朝クロエから聞き出した情報によると、天然の魔晶石は大きな岩石、塊となっているため、ツルハシで砕いて掘り出す必要があるとのことだった。

「このツルハシだと、魔晶石を砕くのにすごく時間が掛かるらしくて」

言って持ち上げてみせたツルハシは、ギルドが貸し出しているものと同じ鉄製の刃先をしている。この世界では、魔晶石を掘る際には鋼を使ったツルハシを使用するのが一般的だそうだが、値段もそれなりにするため、ギルドでの貸し出しはないとのことだった。

「だから、先ずは光石をギルドに売ってお金にして、ツルハシを買おうかなって思ってて」

「おー。ツルハシの『強化』かー。いいねいいねぇ!」

そう言って、クフクフと笑うイロンはとても楽しそうだった。

(……そう言えば、ゲーム内の演出でも、ツルハシを強化した時のイロンは嬉しそうだったなぁ)

ツルハシの強化だけでなく、レベルやアイテムを使った時、それが採掘関連であれば、イロンは今の様に特別な台詞を言ってくれる。彼のその反応が大好きで、一心不乱に採掘レベルを上げていた時期もあったなと思い出す。

(今の私は、イロンの加護のおかげで採掘しやすくなっているって言っても、スキルレベルで言うとまだまだ……)

おまけに、ツルハシも「初期装備」とあっては、いきなり高難易度の魔晶石採掘に挑むのは難しい。

(光石採掘でレベルも上げていかないと……)

クロエの話を聞いてそう結論づけたため、暫くは光石が私の収入源となる予定だった。

「……よし、やろう」

目の前、見上げるほどの高さのある光石に向かって、再びツルハシを持ち上げた。




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