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第二章 出会い

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(ど、ど、ど、どうしよう……!)

突然の奴隷契約の破棄に、最初は驚いたし、申し訳なさで頭がいっぱいいっぱいになってしまった。それも、ルーカスの「石の声が聞こえる」という不思議な話によって何となく流されてしまったが、要するに私はルーカスの仕事仲間として期待されている、これから、彼のために石を掘ることは変わらないのだと納得することができた。が、それも束の間――

「ルーカスさん、あの、私、本当にここに住んでいいんですか?」

「ああ。この辺りの治安は良いとは言えない。奴隷でなくなったとは言え、ちょっかいをかけて来る輩はいるだろう」

だからと言って、彼の所有物でなくなった私を、彼が面倒みる義理なんてないのに。この国では既に成人年齢、本来なら独り立ちすべき私を当然のように受け入れてくれるルーカスに、また申し訳なさでいっぱいになる。

「ルーカスさん!私、家賃払います!それと光熱費、魔晶石もいっぱい掘って来ます!」

こちらの世界の大型魔道具は――コンロや洗濯機といった家電のようなものからシャワーなどの住宅設備に至るまで――、そのほとんどが魔晶石の魔力を動力としている。お世話になるのなら、せめて光熱費、消費魔晶石分は稼ぎたいと拳を握った。

「……そこまでアリシアが気負う必要はない」

握った拳をジッと見下ろしたルーカスが淡々と告げる。

「だが、そうだな。ボイドの台詞ではないが、その内、家事をいくつか担当してもらえると助かる」

「やります!全部、私がやります!」

家事については元よりそのつもり。勢い込んで答えれば、一瞬怯んだルーカスだったが、その口元が僅かにほころぶ。

「気負う必要はないと言っただろう?アリシアに出来ることから始めていけばいい」

「だ、大丈夫です!」

彼の見せた笑みと呼べるものに、今度はこちらが怯んでしまう。

(うわー!うわー!うわー……!)

柔らかな光を放つ金の瞳。恐らく「家事を知らないご令嬢が無茶を言っている」とでも思われているのだろう。小さな子どもを見つめるような彼の眼差しに逃げ出したくなるほどの面映ゆさを感じて、自然と早口になる。

「私、家事は一応できます!料理も洗濯も、本職の方のようにはいきませんが、一通りは出来ます!できると思います!……その、趣味だったので!」

「……趣味?」

いぶかし気なルーカスの呟きにますます顔が赤くなる。自分でも、「家事が趣味ってなに!?」と突っ込みたくなるが、深窓の令嬢であるはずの私が家事ができる理由が他に思い浮かばなかったのだ。

(まさか、前世の記憶があるから家事は任せてくださいとも言えないし……)

未だ訝し気な表情のルーカスをチラリと見上げれば、少し悩んだ様子を見せたルーカスがゆっくりと頷いた。

「分かった。では、こうしよう。一先ず、アリシアにやってもらいたい作業を二人でこなす。道具の使い方も教えなければならないだろうしな。……それで、任せられると判断した作業はアリシアに任せる、というのではどうだ?」

「はい!それで問題ありません!ありがとうございます、ルーカスさん!」

家事を担当させてもらえそうな気配に、ルーカスに向かって大きく頭を下げた。顔を上げれば、静かな瞳にジッと見つめられている。

「……ルーカスで構わない」

「え?」

「呼び名だ。これから共に暮らすのだから、ルーカスで構わない」

「あ!えっと、はい!分かりました、ルーカス……」

そう答えながら、最後に「さん」と付けたくなるのを何とか飲み込んだ。私の言葉に頷いて返したルーカスが、部屋の奥へと歩き出す。

「では、調理から始めるか……」

「はい!」

彼の言葉に元気よく返事を返す。大きな背中を追って向かった台所、大人二人が何とか作業できるそのスペースに立って漸く気が付いた。台所に二人で立つと言うこと。ルーカスとの距離の近さに思わず動きを止めてしまった私を見て、ルーカスが首を傾げる。

「な、なんでもありません!さぁ、お料理を始めましょう!」

この時張った虚勢を、数時間後、私は後悔することになる。

調理の後、二人で囲んだ食事はとても美味しかった。食後に一通りの家事を説明され、その全部をこなす内に気づけば夕暮れ。結局、夕食まで二人で作ることになり、食後はルーカスに進められるままに久しぶりのシャワーを浴びた。ずっと入浴していなかった身に、贅沢に使用することが許される暖かいお湯は格別で、風呂上りに「疲れているだろうから」とそのまま二階に用意された自室での休息を許されたこともまさに天国、本当ならこのまま眠りに落ちてもおかしくないのだが――

(き、緊張したー!)

自身でメイキングしたベッドに仰向けに倒れ込む。抱きしめた枕はこの家の匂いがした。そのことにまた心臓がバクバクと鳴り出すのを、枕をギュウギュウに抱き潰すことで何とか誤魔化す。

(ルーカスって、絶対、人との距離が近いよね!)

それは物理的にも心理的にも。調理を始めとした作業をこなす間、ルーカスは私の横にピタリと張り付いてこちらの様子を観察していた。私が宣言通りに家事ができるのか、失敗しないかを見守ってくれていたのだとは思うが、その近さが余計に私の手元を危うくしていたと思う。それでも、何とかすべての家事において合格点をもらったので、明日からはこの家の家事は私が任されることになった。

(鉱山にも潜りたいから、朝は早めに起きてやれるところまでやって、後は石を売ったお金で買い物にも行きたいから……)

食事中の話し合いで、私の掘る石はルーカスが全て買い取り、その中から一割は私に現金で支払い、残り九割は三億ジールの返済に充てるということで決着がついた。当初、「三億ジールの返済は不要」と言い張ったルーカスを説得するのは骨が折れたが「それでは一生ルーカスに負い目を背負ったままだ」という私の言葉に、最後はルーカスの方が折れてくれた。

(それだけ私の採掘スキルに期待してくれているんだろうけれど、それにしても優しすぎるよ)

それがルーカスという人なのだろうが、無条件に与えられる優しさに慣れていないため、気持ちがずっとフワフワしている。

(この服だって……)

意識しないようにしているが、今来ている服はルーカスが寝巻代わりに貸してくれた彼の服。ルーカスの服を身にまとうことにこちらはそれなりの気恥ずかしさを感じたのだが、彼は躊躇う様子一つ見せなかった。恐らく、彼にとってはごく「自然」な行為なのだろう。

ベッドの上でモダモダしている内に、瞼が重くなってくるのを感じた。ウトウトしかけた意識の中で、そっとイロンの名を呼んでみる。返る返事のないことに寂しさを感じたが、明日には会えることを期待して睡魔に身を任せた。

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