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第二章 出会い

2-8 Side L

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「……お邪魔します」

ギルドからの帰り道、ずっと黙り込んでいたアリシアだったが、店舗兼工房の裏手にある自宅に帰り着いたところで、漸く口を開いた。

己の後に続き、恐る恐るといった様子で家の中へと足を踏み入れるアリシア。自身の肩ほどまでしかない彼女の背丈では、隣に並ぶとその表情がほとんど見えなくなってしまう。

(……怯えてはいない、か?)

部屋の中を見回すアリシアに緊張は窺えるが、逃げ出す様子は見当たらない。いま逃げられてしまっては彼女の命が危うくなるため、それだけは避けなければならない。

部屋の奥、暖炉に火を入れてから彼女を招き寄せる。躊躇いもせずに近づいてきたアリシアの目の前に、先ほど入手した彼女の奴隷契約書を掲げた。

「……手を」

「え……?」

契約書に触れるよう促すが、意図が通じていないのか、アリシアは動かない。彼女の手を取って契約書に触れさせる。

「『破棄』」

「え?え?」

解呪の文言に契約書が淡い魔力の光を放った。その光にアリシアが目を見開く。契約の無効化、確かにそれが成ったことを認めて、契約書を火の中へと放り込んだ。アリシアの視線が放り込まれた契約書を追ってから、唖然とこちらを見上げた。

「なんで……?」

「俺に奴隷は必要ない」

「そんなっ!?」

愕然とした表情でこちらを見上げるアリシア、そこに奴隷から解放されたことに対する喜びは見当たらない。知らず漏れてしまったため息に、アリシアの肩が揺れた。

「た、確かに、私は、押しつけがましかったかもしれません。でも、あの、私、三億ジール……!」

今すぐに三億ジールを要求されるとでも思ったのか、青い顔をするアリシアに首を振る。

「心配するな。何もこの場で三億ジール払えと言っているわけではない。これからのお前の、……アリシアの働きに期待している。三億分の働きを見せてくれるんだろう?」

「そ、それは、はい!勿論です!……でも」

何がそれほど彼女を不安にさせるのか、言い淀んだアリシアが動揺に瞳を揺らす。彼女を安心させるため、己の真意を告げた。

「俺は元から奴隷制度が好きではない。他人はともかく、自分が奴隷を持とうとは思わない」

「そう、なんですか?だとしたら、私、ルーカスさんに無茶を……」

「無茶だとは言っていない。あの場ではああするのが手っ取り早かった、俺がそう判断して動いたまでだ。ただ、この先、アリシアを奴隷として扱うつもりはない」

そう告げても未だ瞳に不安を色濃く乗せる彼女に、一つ頷いて見せる。

「そうだな。アリシアとは今後は仕事仲間として付き合っていく」

「仕事仲間……」

茫然と己の言葉を繰り返したアリシアに、もう一度頷く。

「そうだ。地の精霊の加護持ちで、あれほど見事な魔晶石を掘って見せたんだ。アリシアには期待している」

「……私の加護を疑わないんですか?私が嘘をついているかもしれないのに……」

彼女の言葉に大きく首を横に振った。

「それはあり得ない。石が鳴っていたからな」

「え?」

アリシアのその反応に、彼女自身は石の「声」を聞いたことがないのだと知る。

(加護持ちとは言え、石の声が直接聞こえるわけではないのか)

彼女に限らず、今まで自分と同じ力を持つ者に出会ったことはない。加護持ちの彼女ならば或いはと思ったのだが、どうやら、己の力は加護というわけでもないらしい。

(だとすれば、やはりこの力は異能……)

異能持ち、自分が人ならざる生き物である可能性は否めなかった。親を知らず、人の世には在らざる金の瞳を持つ自分は――

「……あの、ルーカスさん?」

思考に没頭してしまっていたらしい。気づけば、窺うようにこちらを見上げてくるアリシアと視線がかち合った。気まずさから視線を外して、先ほどの言葉を続ける。

「……俺には石の声が聞こえる」

「声?」

「ああ。……アリシアが店に来た時、店中の石が歓喜の声を上げた」

そう言ってチラリと彼女の反応を窺うが、彼女は小さく首を傾げただけ。己のおかしな発言を理解はしていないようだが、嘲ることも怯えることもしない。そのことに、思いの外、安堵を覚えた。

「……その青色魔晶石にしてもそうだ」

言いながら、彼女の腰にあるマジックバッグを指さす。自分の腰に目を遣ったアリシアが、慌てたようにマジックバッグを取り外し、袋の中身ごとこちらへ差し出そうとする。それを、片手を上げて制した。

「いや。それはまだ貸しておく。魔晶石も……そうだな、適正の六千万ジールで買取ろう」

「六千万……、五千万じゃなくていいんですか?」

「ああ。それだけの価値はある」

己の言葉に、マジックバッグから魔晶石を取り出したアリシア。彼女の手に乗る魔晶石が高らかに鳴っているのが聞こえる。

(まただ。……これは、歌、か?)

彼女が持ち込んだ当初、魔晶石は包みの中でその気配を完全に絶ち、まるで石自身が身を隠しているかのようだった。だが、彼女が触れた途端、今度は逆に、その存在を主張するかのように鳴りだした。そこには確かな喜びと誇らしさが感じられ、思わず彼女の手ごと掴んでしまったが――

「アリシア、お前は石に好かれている」

「好かれている?え?石に、ですか?」

驚いたように己と手の中の魔晶石を見比べるアリシアを眺めながら思う。少なくとも――それが精霊の加護によるものであるにしろ無いにしろ――、彼女は優秀な採掘士になるだろう。稀有な己の仕事仲間となり得る、そんな予感がしていた。



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