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第二章 出会い
2-1 Side L
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石が鳴っていた。
その女――奴隷の証である隷属の首輪をつけた線の細い少女――が店の扉を開けた途端、店内の石が一斉に鳴り出した。陳列棚に並べた光石やカウンター下の金剛石、果ては店の奥で封をしてある黒色魔晶石まで、日ごろは無口な石たちまでもが等しく女を歓迎していた。
(歓迎……)
そう、確かに。日頃は感情までは感じさせぬ石たちの声、それを読み取るのに苦労するが、今ははっきりと女との邂逅に対する彼らの喜びが伝わって来た。
その声が女自身には聞こえていないらしく、店の中へと足を踏み入れた女は、ただ、興味深そうに店内の石たちを眺めている。その視線がカウンター内の己を認識したところで、女がハッと小さく息をのんだのが分かった。怯えか警戒か。視線を逸らした女は自身の首に触れ、動きを止めた。
商品棚の一点をじっと見つめる彼女をこれ以上警戒させぬよう、ローブのフードを被り直した。己の瞳が人に忌避されることは承知している。瞳が見えぬようフードを深く下ろしたところで、ハタと気がついた。己は、一体何をしているのか。今まで、そんな気遣い――誰かを怯えさせぬようになど――考えたことすらなかったというのに。
(……怯えるくらいなら、近づかねばいい)
それは例え相手が客であろうと同じこと。気にくわないのであれば、さっさと出て行けばいい。そう、思うのに――
(……なぜだ)
女をこれ以上怯えさせたくなかった。彼女がこの場に留まればいいと思っている。彼女に――
「あの、すみません!」
意を決したように口を開いた女がカウンターへと近づいて来る。瞳には怯えを乗せたまま、片手で首輪に触れ、もう一方の手には布の包みを握り締めていた。
「あの、私、今日から鉱山で働いているんですけど……」
言いながら次第に俯いていく彼女の言葉に、もしやと思う。
「……あんたがアリシアか?」
「え!?私の名前、どうして……」
驚いたように顔を上げた女の顔を改めて眺める。
(なるほどな……)
丸みのある頬に、潤んだように見える大きな黒曜石の瞳。実際の年も一回りは下であろうが、顔立ちが幼い。肩口で短く切られた髪も相まってまさに子ども、庇護欲をそそるであろう見た目をしている。
(ボイドが気に掛けるわけだ)
昨夜店を訪れた顔なじみ、鉱山ギルドの長である男の言葉を思い出す。
――まだまだガキなんだよ。なんかあったら、お前も手助けしてやってくれ。
その要請自体には曖昧に頷いておいた。面倒ではあるが、長年親しく付き合ってきた男の言葉を無下にするほどではない。ただ――
――あ!気に入ったなら、お前が囲ってもいいんだからな!その方があの子もなんぼかマシだろ?
続いた言葉にはイラついた。そんな面倒はごめんだと、戯言を吐き続ける男はさっさと叩き出したが、まさか、女みずからがやって来るとは。
(ボイドに言われて、というわけでもないだろうが……)
あの男が女の斡旋のような真似をするとは思えない。ただ、仮にそうであったとしても、今は昨夜抱いたような「面倒だ」という思いはなかった。彼女が何か助けを求めているというのなら手を貸してもいい。
「あんたのことはボイド、ギルド長から聞いてる」
「ギルド長から?」
「ああ。……俺の名前はルーカス。細工師だ」
女、アリシアが、小さく「細工師」と呟くのが聞こえた。細工師が何かを理解していない様子の彼女に補足する。
「魔道具や武具用に鉱石や宝石の加工をしている」
「鉱石、……魔晶石も、ですか?」
確かめる彼女の言葉に頷いて返した。
「ああ。俺の場合、魔晶石は特に、だな」
己の得意客、店に訪れるもののほとんどは、魔物狩りを生業としている冒険者だ。通常武器では歯が立たない高難易度の魔物を相手にする彼らには、魔晶石の武器が欠かせない。
「それじゃあ、あの……」
そう言って、アリシアは躊躇いがちに手にしていた拳大の布の包みを持ち上げた。
(……石、か?)
恐らく中身は鉱石、その気配はするものの、それ以上のことは分からなかった。
(珍しいな……)
無口な石というのはそこまで珍しいものではない。だが、これほど存在が希薄、己が何の石かも分からぬほどに気配を絶っている石というのは珍しかった。
アリシアが、包みをカウンターの上へ置いた。
「今日、初めて採掘したものなんです。それで、価値とかは全く分からないんですけど……」
そう言って、彼女がほどいた包みの中から現れたものに息をのむ。
「……あの、これ、こちらで買い取ってもらえますか?」
彼女が手にした石。至上の青と呼ばれる最高品質の魔力を持つ魔晶石の輝きに目を奪われた。
その女――奴隷の証である隷属の首輪をつけた線の細い少女――が店の扉を開けた途端、店内の石が一斉に鳴り出した。陳列棚に並べた光石やカウンター下の金剛石、果ては店の奥で封をしてある黒色魔晶石まで、日ごろは無口な石たちまでもが等しく女を歓迎していた。
(歓迎……)
そう、確かに。日頃は感情までは感じさせぬ石たちの声、それを読み取るのに苦労するが、今ははっきりと女との邂逅に対する彼らの喜びが伝わって来た。
その声が女自身には聞こえていないらしく、店の中へと足を踏み入れた女は、ただ、興味深そうに店内の石たちを眺めている。その視線がカウンター内の己を認識したところで、女がハッと小さく息をのんだのが分かった。怯えか警戒か。視線を逸らした女は自身の首に触れ、動きを止めた。
商品棚の一点をじっと見つめる彼女をこれ以上警戒させぬよう、ローブのフードを被り直した。己の瞳が人に忌避されることは承知している。瞳が見えぬようフードを深く下ろしたところで、ハタと気がついた。己は、一体何をしているのか。今まで、そんな気遣い――誰かを怯えさせぬようになど――考えたことすらなかったというのに。
(……怯えるくらいなら、近づかねばいい)
それは例え相手が客であろうと同じこと。気にくわないのであれば、さっさと出て行けばいい。そう、思うのに――
(……なぜだ)
女をこれ以上怯えさせたくなかった。彼女がこの場に留まればいいと思っている。彼女に――
「あの、すみません!」
意を決したように口を開いた女がカウンターへと近づいて来る。瞳には怯えを乗せたまま、片手で首輪に触れ、もう一方の手には布の包みを握り締めていた。
「あの、私、今日から鉱山で働いているんですけど……」
言いながら次第に俯いていく彼女の言葉に、もしやと思う。
「……あんたがアリシアか?」
「え!?私の名前、どうして……」
驚いたように顔を上げた女の顔を改めて眺める。
(なるほどな……)
丸みのある頬に、潤んだように見える大きな黒曜石の瞳。実際の年も一回りは下であろうが、顔立ちが幼い。肩口で短く切られた髪も相まってまさに子ども、庇護欲をそそるであろう見た目をしている。
(ボイドが気に掛けるわけだ)
昨夜店を訪れた顔なじみ、鉱山ギルドの長である男の言葉を思い出す。
――まだまだガキなんだよ。なんかあったら、お前も手助けしてやってくれ。
その要請自体には曖昧に頷いておいた。面倒ではあるが、長年親しく付き合ってきた男の言葉を無下にするほどではない。ただ――
――あ!気に入ったなら、お前が囲ってもいいんだからな!その方があの子もなんぼかマシだろ?
続いた言葉にはイラついた。そんな面倒はごめんだと、戯言を吐き続ける男はさっさと叩き出したが、まさか、女みずからがやって来るとは。
(ボイドに言われて、というわけでもないだろうが……)
あの男が女の斡旋のような真似をするとは思えない。ただ、仮にそうであったとしても、今は昨夜抱いたような「面倒だ」という思いはなかった。彼女が何か助けを求めているというのなら手を貸してもいい。
「あんたのことはボイド、ギルド長から聞いてる」
「ギルド長から?」
「ああ。……俺の名前はルーカス。細工師だ」
女、アリシアが、小さく「細工師」と呟くのが聞こえた。細工師が何かを理解していない様子の彼女に補足する。
「魔道具や武具用に鉱石や宝石の加工をしている」
「鉱石、……魔晶石も、ですか?」
確かめる彼女の言葉に頷いて返した。
「ああ。俺の場合、魔晶石は特に、だな」
己の得意客、店に訪れるもののほとんどは、魔物狩りを生業としている冒険者だ。通常武器では歯が立たない高難易度の魔物を相手にする彼らには、魔晶石の武器が欠かせない。
「それじゃあ、あの……」
そう言って、アリシアは躊躇いがちに手にしていた拳大の布の包みを持ち上げた。
(……石、か?)
恐らく中身は鉱石、その気配はするものの、それ以上のことは分からなかった。
(珍しいな……)
無口な石というのはそこまで珍しいものではない。だが、これほど存在が希薄、己が何の石かも分からぬほどに気配を絶っている石というのは珍しかった。
アリシアが、包みをカウンターの上へ置いた。
「今日、初めて採掘したものなんです。それで、価値とかは全く分からないんですけど……」
そう言って、彼女がほどいた包みの中から現れたものに息をのむ。
「……あの、これ、こちらで買い取ってもらえますか?」
彼女が手にした石。至上の青と呼ばれる最高品質の魔力を持つ魔晶石の輝きに目を奪われた。
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