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第一章 絶望の始まり
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かなりの時間、没頭していたと思う。何度もツルハシを振るう内に、石を掘り出すことよりも、ツルハシが岩に当たる衝撃、手元が震える感覚自体が楽しくてたまらなくなっていた。
(これ……これって何かに似てる。前にも、前世でもこんな感じがあった気がする)
その何かを思い出しかけた瞬間、振り下ろしたツルハシが当たった箇所が突如として眩しすぎるほどの光を放った。
「え!?なに!?……なにコレっ!?」
目を開けていられないほどの光に、ギュッと目を瞑る。閉じた瞼の向こうで、始まった時と同じくらいに突然、光が失われていくのが分かった。恐る恐る目を開いてみると、先ほどまでは何もなかった場所、私がツルハシを振り下ろしたその場所に、小さな光る存在がフワフワと漂っていた。
(うそ…、もしかして……)
震えるような予感を感じながら、その存在を確かめようとしたが――
「アリシアーーーーーー!!!」
「え!?キャアッ!」
弾丸のようなスピードで真っすぐにこちらへ突っ込んで来たそれを受け止めるため、手にしていたツルハシを取り落とす。受け止めるのが間に合わず、胸元まで飛び込んで来たのは小さな男の子。必死にしがみ着いて「アリシア、アリシア」と私の名を呼び続ける。フワフワの亜麻色の髪に、今は見えないその瞳の色を、私は知っていると思った。
「……イロン、なの?」
「っ!アリシア!そうだよ!僕だよ!」
弾かれたように顔を上げた男の子の瞳の色は黒。私と同じ色の瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちている。
「遅いよ、アリシア!僕、僕、ずっと待ってたのに!どうしてもっと早く呼び出してくれなかったの!?僕、ずっと寂しかったんだよ!」
「え、ちょっと、ちょっと待って、イロン」
状況が理解できずに困惑する。こちらの「待って」という言葉に素直に待ってくれているらしいイロンは先ほどまでの涙が嘘のよう。今は嬉しくてたまらないという顔でこちらを見上げている。
「……本当に、イロンなのね?その、……私が育ててた?」
「うん!そうだよ!アリシアがレベルカンストして、最強装備まで揃えてくれたイロンだよ!」
「うそ……」
イロンの口から出て来た言葉の衝撃に、目の前がクラクラする。
「イロン、あの、あのね。おかしなことを言ってると思うかもしれないけれど、私の認識だと、イロンは私が前世、こことは違う世界でやっていたゲームの中に出て来る存在なの」
「うん!そうだね!」
「信じるの?……というか、イロンは前世やゲームの意味が分かってるの?」
半信半疑、そう尋ねれば、イロンは楽しそうにクフフと笑った。
「分かるよー。だって、車にひかれちゃった前のアリシアの魂をこの世界に連れて来たのは僕だもの!」
「え?」
「だって!アリシアが死んじゃったら、もう一緒に遊べないでしょう?僕、それがすごく嫌で、だから頑張ったんだ!」
(死んだ。車にひかれて。…ああ、確かに、そうだったかも)
ぼんやりと自分の過去の死因を思い出していると、イロンがまたギュッと抱き着いてきて、その顔をグリグリと押し付ける。
「頑張って、アリシアをこの世界に喚んだの!だから、僕、アリシアが生まれた時からずっと、アリシアの側に居たんだよ!」
ゲームのキャラだったはずのイロンがプレイヤーであった私を認識し、違う世界から私を喚んだという。不思議で、到底理解が及ばないはずの話に、だけど今はそれを追求する気にはなれなかった。ただ、独りぼっちだと思っていた私が独りではなかったこと。今、目の前にイロンが居てくれること。それが嬉しくて涙が溢れだした。
「……遅いのは、イロンの方だよぉ。ずっと側に居てくれたなら、もっと早く出てきてくれたら良かったのに。そうしたら、きっと……」
きっと、色々違ったはずだ。父や兄はもっと私を大切にしてくれただろう。聖女の花だって咲かせることができたかもしれない。それに何より、私が犯罪奴隷になることはなかった。悲しくて、辛い気持ちまでが抑えきれなくなって、胸元のイロンをギュウギュウに抱きしめながらわんわん泣いた。
「ご、ごめんね?ごめんね、アリシア!」
抱きしめたイロンが一生懸命に手を伸ばして、私の頭をなでようとしてくれる。その仕草が可愛くて、嬉しくて、胸がポカポカと暖かくなる。また別の涙で濡れた頬に、イロンの小さな手が触れた。
「僕も、本当はもっと早く出て来たかったんだよ?でも、アリシアが呼び出してくれないと、アリシアには僕が視えないから」
「……呼び出すって、さっきも言ってたよね?私、イロンのことを呼び出したの?」
「そうだよ!アリシアは忘れちゃったの?」
そう言って困った顔をするイロンに首を傾げる。
「僕は地の精霊だよ?僕を呼び出すには、採掘スキルがレベル1に上がらないといけないでしょう?」
「……え?」
「本当に覚えてないの?チュートリアルで農業スキルが1に上がったら緑の精霊、練成スキルが1で水の精霊、それで、採掘スキルが1で漸く地の精霊、僕の出番だったじゃない!」
イロンの口から飛び出す言葉に絶句した。
(……チュートリアル?レベル?)
完全に前世の、しかもゲームの概念を口にするイロンは、そのことに何の違和感も感じていないようだった。
「アリシアは採掘を1に上げた後で僕をパートナーに選んでくれたよね?イロンっていう名前も付けてくれた!」
覚えてないの?と泣きそうな顔で聞いてくるイロンに首を振る。
「覚えてる、それは覚えてるけど……」
それがこの世界でも適用されるとは思わなかった。そもそも、前世を思い出したのはつい最近、ここがゲームの世界なのではないかと疑いはしたけれど、確信はなかったのだ。
「……無理、でしょう……?」
「アリシア?」
胸元で心配そうに見上げて来るイロンには悪いが、判明した事実に、もう笑うしかなかった。精霊が視えないことにあれほど悩み、苦しんでいたのに――
「公爵令嬢が、採掘なんてするはずないじゃない……」
これがまだ、農業や練成のスキル――この世界にスキルという概念はないが――なら分かる。花の水やりや料理でも成長できる才能であれば、私にもチャンスはあった。しかし、どう考えても力作業、ツルハシを振るうなんてことは、かつての私の日常では絶対にありえない。
「あれ?でも……」
ふと浮かんだ疑問に、イロンを見つめる。彼を傷つけるつもりはないが、どうしても気になってしまった問いを口にする。
「私、緑の精霊も水の精霊も視ることができなかったの。それは、単純に彼らに気にいられなかったから?」
彼以外の精霊が良いというわけではない。だけど、あれだけ聖女の花を咲かせるために努力したのに、それが精霊に認められなかったことが少しだけ寂しかった。
私の問いにイロンの羽根がピンと伸び、それから、彼の瞳が落ち着かなげにキョロキョロと辺りを見回す。最後に、気まずげにこちらを上目遣いに見上げて来るイロンがおずおずと口を開く。
「……あのね?アリシアに近づこうとしてた子達は、僕が追っ払ったの」
「え?」
「っ!だってだって!アリシアは僕のこと覚えてないみたいだったし!僕のこと思い出す前に他の子と契約しちゃったら、僕とはもうパートナーになれないでしょう!?」
必死に、涙目で訴えて来るイロンの可愛さに危うく頷いてしまうとことだったが、それはつまり――
「……私が精霊の加護を得られなかったのは、イロンのせい?」
「ウゥ、そうだけど!でもでも!アリシアは僕のものだもの!アリシアだって、僕が一番でしょう?僕と契約したかったよね!」
そう主張するイロンは必死だった。精霊が自身の加護を与えた相手には深い愛情を注ぐというのは聞いていたが、これでは行き過ぎ、ただの我儘ではないかという気もしてくる。
(でも……)
じっとイロンを見つめる。前世、私が給料のほとんどをつぎ込んで育て上げたイロン。私は彼の見た目も話し口調も大好きで、試練の庭そっちのけで、サポートキャラである彼を育て続けた。変則的なプレイに、ストーリーは遅々として進まなかったけれど、イベントの度に登場する「精霊の装備」をとっかえひっかえ彼に着せては、「私のイロンが一番かわいい」などと思っていたのだ。
(うん。確かに、今まで辛かったし、奴隷なんて、この先どうしようって不安しかないけど、でも……)
「私も、イロンがいい。イロンとまたパートナーになりたい」
「っ!アリシアーーーーーー!!!」
そう叫んだイロンが、再び胸元に顔を埋める。おいおいと泣きながら、ギュッとしがみついて離れない彼がどうしようもなく愛しかった。
(これ……これって何かに似てる。前にも、前世でもこんな感じがあった気がする)
その何かを思い出しかけた瞬間、振り下ろしたツルハシが当たった箇所が突如として眩しすぎるほどの光を放った。
「え!?なに!?……なにコレっ!?」
目を開けていられないほどの光に、ギュッと目を瞑る。閉じた瞼の向こうで、始まった時と同じくらいに突然、光が失われていくのが分かった。恐る恐る目を開いてみると、先ほどまでは何もなかった場所、私がツルハシを振り下ろしたその場所に、小さな光る存在がフワフワと漂っていた。
(うそ…、もしかして……)
震えるような予感を感じながら、その存在を確かめようとしたが――
「アリシアーーーーーー!!!」
「え!?キャアッ!」
弾丸のようなスピードで真っすぐにこちらへ突っ込んで来たそれを受け止めるため、手にしていたツルハシを取り落とす。受け止めるのが間に合わず、胸元まで飛び込んで来たのは小さな男の子。必死にしがみ着いて「アリシア、アリシア」と私の名を呼び続ける。フワフワの亜麻色の髪に、今は見えないその瞳の色を、私は知っていると思った。
「……イロン、なの?」
「っ!アリシア!そうだよ!僕だよ!」
弾かれたように顔を上げた男の子の瞳の色は黒。私と同じ色の瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちている。
「遅いよ、アリシア!僕、僕、ずっと待ってたのに!どうしてもっと早く呼び出してくれなかったの!?僕、ずっと寂しかったんだよ!」
「え、ちょっと、ちょっと待って、イロン」
状況が理解できずに困惑する。こちらの「待って」という言葉に素直に待ってくれているらしいイロンは先ほどまでの涙が嘘のよう。今は嬉しくてたまらないという顔でこちらを見上げている。
「……本当に、イロンなのね?その、……私が育ててた?」
「うん!そうだよ!アリシアがレベルカンストして、最強装備まで揃えてくれたイロンだよ!」
「うそ……」
イロンの口から出て来た言葉の衝撃に、目の前がクラクラする。
「イロン、あの、あのね。おかしなことを言ってると思うかもしれないけれど、私の認識だと、イロンは私が前世、こことは違う世界でやっていたゲームの中に出て来る存在なの」
「うん!そうだね!」
「信じるの?……というか、イロンは前世やゲームの意味が分かってるの?」
半信半疑、そう尋ねれば、イロンは楽しそうにクフフと笑った。
「分かるよー。だって、車にひかれちゃった前のアリシアの魂をこの世界に連れて来たのは僕だもの!」
「え?」
「だって!アリシアが死んじゃったら、もう一緒に遊べないでしょう?僕、それがすごく嫌で、だから頑張ったんだ!」
(死んだ。車にひかれて。…ああ、確かに、そうだったかも)
ぼんやりと自分の過去の死因を思い出していると、イロンがまたギュッと抱き着いてきて、その顔をグリグリと押し付ける。
「頑張って、アリシアをこの世界に喚んだの!だから、僕、アリシアが生まれた時からずっと、アリシアの側に居たんだよ!」
ゲームのキャラだったはずのイロンがプレイヤーであった私を認識し、違う世界から私を喚んだという。不思議で、到底理解が及ばないはずの話に、だけど今はそれを追求する気にはなれなかった。ただ、独りぼっちだと思っていた私が独りではなかったこと。今、目の前にイロンが居てくれること。それが嬉しくて涙が溢れだした。
「……遅いのは、イロンの方だよぉ。ずっと側に居てくれたなら、もっと早く出てきてくれたら良かったのに。そうしたら、きっと……」
きっと、色々違ったはずだ。父や兄はもっと私を大切にしてくれただろう。聖女の花だって咲かせることができたかもしれない。それに何より、私が犯罪奴隷になることはなかった。悲しくて、辛い気持ちまでが抑えきれなくなって、胸元のイロンをギュウギュウに抱きしめながらわんわん泣いた。
「ご、ごめんね?ごめんね、アリシア!」
抱きしめたイロンが一生懸命に手を伸ばして、私の頭をなでようとしてくれる。その仕草が可愛くて、嬉しくて、胸がポカポカと暖かくなる。また別の涙で濡れた頬に、イロンの小さな手が触れた。
「僕も、本当はもっと早く出て来たかったんだよ?でも、アリシアが呼び出してくれないと、アリシアには僕が視えないから」
「……呼び出すって、さっきも言ってたよね?私、イロンのことを呼び出したの?」
「そうだよ!アリシアは忘れちゃったの?」
そう言って困った顔をするイロンに首を傾げる。
「僕は地の精霊だよ?僕を呼び出すには、採掘スキルがレベル1に上がらないといけないでしょう?」
「……え?」
「本当に覚えてないの?チュートリアルで農業スキルが1に上がったら緑の精霊、練成スキルが1で水の精霊、それで、採掘スキルが1で漸く地の精霊、僕の出番だったじゃない!」
イロンの口から飛び出す言葉に絶句した。
(……チュートリアル?レベル?)
完全に前世の、しかもゲームの概念を口にするイロンは、そのことに何の違和感も感じていないようだった。
「アリシアは採掘を1に上げた後で僕をパートナーに選んでくれたよね?イロンっていう名前も付けてくれた!」
覚えてないの?と泣きそうな顔で聞いてくるイロンに首を振る。
「覚えてる、それは覚えてるけど……」
それがこの世界でも適用されるとは思わなかった。そもそも、前世を思い出したのはつい最近、ここがゲームの世界なのではないかと疑いはしたけれど、確信はなかったのだ。
「……無理、でしょう……?」
「アリシア?」
胸元で心配そうに見上げて来るイロンには悪いが、判明した事実に、もう笑うしかなかった。精霊が視えないことにあれほど悩み、苦しんでいたのに――
「公爵令嬢が、採掘なんてするはずないじゃない……」
これがまだ、農業や練成のスキル――この世界にスキルという概念はないが――なら分かる。花の水やりや料理でも成長できる才能であれば、私にもチャンスはあった。しかし、どう考えても力作業、ツルハシを振るうなんてことは、かつての私の日常では絶対にありえない。
「あれ?でも……」
ふと浮かんだ疑問に、イロンを見つめる。彼を傷つけるつもりはないが、どうしても気になってしまった問いを口にする。
「私、緑の精霊も水の精霊も視ることができなかったの。それは、単純に彼らに気にいられなかったから?」
彼以外の精霊が良いというわけではない。だけど、あれだけ聖女の花を咲かせるために努力したのに、それが精霊に認められなかったことが少しだけ寂しかった。
私の問いにイロンの羽根がピンと伸び、それから、彼の瞳が落ち着かなげにキョロキョロと辺りを見回す。最後に、気まずげにこちらを上目遣いに見上げて来るイロンがおずおずと口を開く。
「……あのね?アリシアに近づこうとしてた子達は、僕が追っ払ったの」
「え?」
「っ!だってだって!アリシアは僕のこと覚えてないみたいだったし!僕のこと思い出す前に他の子と契約しちゃったら、僕とはもうパートナーになれないでしょう!?」
必死に、涙目で訴えて来るイロンの可愛さに危うく頷いてしまうとことだったが、それはつまり――
「……私が精霊の加護を得られなかったのは、イロンのせい?」
「ウゥ、そうだけど!でもでも!アリシアは僕のものだもの!アリシアだって、僕が一番でしょう?僕と契約したかったよね!」
そう主張するイロンは必死だった。精霊が自身の加護を与えた相手には深い愛情を注ぐというのは聞いていたが、これでは行き過ぎ、ただの我儘ではないかという気もしてくる。
(でも……)
じっとイロンを見つめる。前世、私が給料のほとんどをつぎ込んで育て上げたイロン。私は彼の見た目も話し口調も大好きで、試練の庭そっちのけで、サポートキャラである彼を育て続けた。変則的なプレイに、ストーリーは遅々として進まなかったけれど、イベントの度に登場する「精霊の装備」をとっかえひっかえ彼に着せては、「私のイロンが一番かわいい」などと思っていたのだ。
(うん。確かに、今まで辛かったし、奴隷なんて、この先どうしようって不安しかないけど、でも……)
「私も、イロンがいい。イロンとまたパートナーになりたい」
「っ!アリシアーーーーーー!!!」
そう叫んだイロンが、再び胸元に顔を埋める。おいおいと泣きながら、ギュッとしがみついて離れない彼がどうしようもなく愛しかった。
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