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第一章 絶望の始まり

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「おい、居たか?」

「いや、居ねぇ。てか、こんな灯り一つでまともに探せるわけねぇだろ」

「うっせぇ。文句ばっか言ってねぇで、もっと真剣に探せよ!」

男達の会話、自分が身を隠す岩陰の向こうから聞こえて来る声に、悲鳴が漏れそうになる。ハッハッと浅い呼吸を繰り返し、叫びだしたくなる恐怖を必死にやり過ごした。

「お前こそうるせぇよ。こんな狭い場所で叫ぶな。……たく、なんで俺らがこんなこと」

「しょうがねぇだろが。ディックの兄ぃの命令なんだからよ」

「……その命令だけど、いいのか?ギルドからは女に手出し禁止って言われてんだろ?」

そう言った男が蹴ったのか、岩陰のそばまで転がって来た石に身体が硬直する。

「さぁな?ただの通達程度じゃいくらでも言い逃れできると思ってんじゃねぇのか?……とにかく、ディックの兄ぃも、ホイスんとこの連中も、女を見つけて連れて来いって言われてるらしい」

「……兄ぃが言われてる?誰に?」

「ドニって男だ」

男の一人が口にした名前に、また悲鳴が漏れそうになった。

「あ?なにソイツ?何で兄ぃが従ってんだよ?」

「お前、昨日、バッソの酒場に居なかったのか?」

そう口にした男が声を潜めた。

「昨日、入って来た新人だよ。それが、いきなり兄ぃとホイスに喧嘩ふっかけてきやがって、しかも、あっさり勝ちやがった」

「はぁあ?んだ、そりゃ!」

「なんでも元A級冒険者らしい。俺らとホイスんとこの連中で加勢したが、束になっても敵わねぇんだよ」

辛うじて聞こえたボソボソとしゃべる男の声に、もう一人の男が黙り込む。

「まぁ、だからよ。そのドニって奴にゃあ、逆らわねぇ方がいいってのが、奴隷連中の考えだ。兄ぃ達も、逆らう気はねぇみたいだしな」

そう言った男が、手にしていたカンテラを高く掲げた気配がする。高くなった光源に、見つからないようぎゅっと身体を縮めた。

「とにかく、俺らは命令通り女を探すしかねぇんだよ。……あっちの側道、行って見るか」

「面倒くせぇなぁ。どうせ、俺らにゃ回ってこねぇ女追っかけて何になんだよ」

「うっせぇ。さっさと行くぞ」

遠ざかっていく男達の会話、灯りも遠ざかり、周囲に完全な闇が訪れた。ホッとすると同時に、暗闇に一人きりという状況に別の恐怖が生まれる。

(灯り……)

ギルドで借りた採掘道具の中には、カンテラも入っていた。光石ひかりいしと呼ばれる含有魔力によって発光する石を使ったそれは汎用の魔道具で、魔法の使えない私でも使用できる。ただ、男達から逃げる際に、採掘道具は全て捨ててきてしまった。灯りを諦め、ソロソロと立ち上がる。右手で土壁に触れて、壁伝いに歩き出した。

(……早く、ここから逃げ出さないと)

初めての場所、しかも、暗闇の中をやみくもに逃げたために、自分がどこに居るのかも分からない。最悪、この場から抜け出せないかもしれないという不安を感じながら、逃げて来たと思われる方へ向かって進んでいく。

(本当に何にも見えない……)

いい加減、目が慣れているはずなのに、周囲が全く見えてこない。完全な暗闇の中、壁を頼りに足元を探りながら進み続けるしかなかった。不意に、足音が聞こえた気がした。

(え……?)

聞こえたのは進行方向、先ほどの男達が居るのとは逆の方向だった。背後を振り返る。そこに何かが見えることはなかったが、このままでは男達に挟まれてしまうのではないかという恐怖が膨れ上がった。咄嗟に、もう一つの逃げ道、坑道に一定間隔で開けられている側道の一つへと逃げ込む。

(あまり、奥まで行かないようにしないと……)

道に迷う危険を冒しながら、それでも、目の前の恐怖から逃げ出すために、手探りで側道を進んでいく。先ほどまでより道が細く起伏が激しい分、慎重に進まなければならない。そうやってどれくらい進んだだろうか、不意に、前方に灯りが見えた。

(誰か居るの……?)

恐怖に身体が強張る。立ち止まった姿勢のまま微動だにできずにいたが、灯りがこちらに近づいてくる気配はない。少しも動く様子のない灯りに緊張を緩め、ゆっくりと近づいて行く。いくつかの大きな岩を避けて進んだ先、漸く灯りの正体が見えて来た。

「……これって?」

側道の行きついた先の開けた空間、土壁の一部が淡く発光していた。淡いながらも空間全体をぼんやりと浮かび上がらせるほどに大きな光の塊。近づいて触れてみる。

「光石?」

壁の一部に、大きな光る岩がはまっていた。光に浮かび上がる自分の手が見える。漸く得られた安心をもたらす光にホッとして、周囲を見回す。どうやら採掘の途中、もしくは既に廃棄されたらしい空間には人の手が入った痕跡があり、雑多に置かれた木箱や採掘道具が転がっていた。

「アレって……?」

ぼんやりとした視界に映ったもの。地面に無造作に投げ出されたそれは、先ほど自分が失った麻袋に入っていたのと同じ採掘道具、ツルハシだった。近寄って、一メートルほどの長さの柄を握り、持ち上げてみる。不思議と手にしっくり来るそれを持ち、光石の側へと戻った。

(……灯り代わりにはなるだろうから)

初めての作業、光石の欠片を取り出すためにツルハシを持ち上げる。そのまま、一番明るく光っている場所を目掛けて振り下ろした。

「え……?」

ガンと、確かに重い音が響いた。なのに、手元で感じた衝撃は驚くほど軽く、妙に心地よくさえあった。違和感は感じたものの、これなら掘り続けられるという安堵の方が大きかった。もう一度ツルハシを持ち上げ、振り下ろす。それを五回繰り返したところで、拳大の光石の欠片がゴロリと転がり落ちた。拾って確かめてみれば、十分な灯りになりそうな光を放っている。

「うん。これなら……」

達成感を感じて、光石を灯りに側道から出ようとしたが、ふと足が止まった。手にはまだツルハシを握り締めたまま。振り返り、光石の岩を眺める。なんだか、その場を離れるのが妙に名残惜しかった。

(……もう少しだけ。持って帰れるだけ掘って、それで、ギルドで換金してもらえば)

誰かへの言い訳のようにそう考えながら、手にした光石を地面に置く。岩に近づき、両手で構えなおしたツルハシを振り上下ろした。ガンという衝突音、手元に伝わる振動。繰り返す内に、追われていた恐怖や暗闇への恐怖が遠ざかって行った。




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