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第一章 絶望の始まり

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奴隷――

自分の首に巻かれた金属製の黒い首輪に触れた。不思議と重さは感じないが、これが自身の自由と命を縛っているのだと思うと、自然、足取りが重くなる。ガノークに連れて来られると同時に付けられた「奴隷の証」は、私から人としての尊厳を奪っていた。

さっさと自分を売っちまえ――

先ほど、鉱山のギルド長に告げられた言葉を思い出す。酷い言葉ではあるけれど、熊のような風体の――厳つい身体に、硬そうな短いこげ茶のくせ毛、ハシバミ色の瞳をした――男から悪意を感じることはなかった。ただの事実、それが、ここでの現実だと告げる彼の言葉にその場では頷いたが、心はまだ納得しきれていない。

(…嫌、だけど、怖い)

彼の言う通り、この地で私が一人で生きていくことはきっと出来ない。けれど、そのために自分の身を誰かに明け渡すことはしたくなかった。歩きながら、震えそうになる唇を噛む。

(なんで、どうしてこんなことに……)

家を出てからずっと、前世を思い出してからは特に、「なぜ、自分がこんな目に合うのか」という思いでいっぱいだった。答えなんて見つからない、考えるだけ無駄だと分かっていても、自分の境遇を呪わずにはいられない。

その思いに捕らわれたままギルドの裏手にあるという宿舎に向かっていると、不意に前方に人影が現れた。人影がじっとこちらを見つめていることに気づき、足を止める。逃げるべきか迷ったが、こちらが動く前に、人影が大股にこちらへと歩み寄って来た。

「おい、お前。俺と同じ馬車に乗ってた奴だよな?」

「っ!?」

近寄って来た男の正体が分かり、余計に身が竦む。王都からこの地へ連れて来られるまでの間に乗せられていた馬車の荷台。男女関係なく放り込まれていたその場所でずっと粘着質な視線を向けてきていた男が、目の前に立っていた。

「お前、名前は?」

そう尋ねてくる男は、恐らく、私よりも二つ、三つ上。金の髪を短く刈り上げ、耳には大きな飾りをいくつもぶら下げていた。馬車の中で向けられていたのと同じ、燃える炎のような赤い瞳で見下ろされている。

「何だよ、名前も言えねぇのか?……まぁ、いいや。俺はドニ」

そう名乗った男がニヤリと笑った。

「お前、俺のものになれよ」

「っ!」

男の視線が、こちらの全身を嘗め回すように動く。

「馬車に乗って来た時から気に入ってたんだ。あんた、どこぞの貴族のご令嬢だろ?……あんたみたいな上玉、見逃す手はねぇよな」

不快な視線と不躾な言葉が怖くて、一歩後退する。男の目に楽しげな色が浮かんだ。

「あ?なんだよ、怯えてんのか?別に悪いようにはしねーって」

口の端を上げた男が間を詰めて来る。

「俺はこう見えても元A級冒険者だ。まぁ、ちょっとヘマして奴隷落ちなんてしちまったが、力ならここの奴らにゃ絶対負けねぇ。……まぁ、だからさ」

触れそうな距離まで近づいた男が、グイと顔を寄せて来た。鼻先が触れそうな距離で男が笑う。

「俺にしとけって。どうせ、こんな場所で女が一人で生きてける訳ねぇんだよ。ボロボロにされちまう前に、俺のもんになっとけ、な?」

そう言った男の手が、下ろしたままの髪先に触れた。宥めるような動きに、だけど、震えるほどの恐怖と怖気を感じてその場から飛びのく。

「さ、触らないで!」

「ハッ!お高く止まってんじゃねぇ!いつまでお貴族様のつもりだ?あ?お前だって所詮は罪人、同じ穴の狢じゃねぇか!」

「違うっ!犯罪者じゃない!私は何もやってない!」

男の嘲笑に堪らず無実を主張したが、男は笑みを深くしただけだった。

「別にお前が何をやってようがやってなかろうが、そんなこたぁどうでもいいんだよ。大事なのは、お前みたいな女が俺の手の届く場所に居るってことだ」

そう言った男が、トンと軽く一歩後ろへ下がった。

「まぁいいや。少しくらいなら待ってやる。お前も、そのうち現実を理解するだろうからな。お前の方から助けてくれって泣きついて来んのを待つのも悪くねぇ」

ニヤニヤと獲物を甚振る肉食獣の目をした男は、言うだけ言うとクルリと身を翻した。そのまま大股で去って行く男を、唖然と見送る。ふと、視線を感じて周囲を見回す。今のやり取りを見られていたのか、街角に立つ男達の視線がこちらを向いていた。そのねばつくような視線に、先ほどドニと名乗った男と同じものを感じてゾッとする。

(逃げなきゃ……)

この街を抜け出すことは出来ない。だけど、せめて、男達の視線の届かない場所へ逃げたかった。背後に感じる視線を振り切るようにして、その場から駆け出した。




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