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第一章 絶望の始まり
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(嘘、嘘、嘘、どうしよう……)
ローグに腕を掴まれたまま連れていかれたのは、奴隷商の男が乗り付けていた馬車だった。無造作に押し込まれた車内、ふらついて座席に座り込む。頭を巡るのは先ほど目にした精霊の姿、既視感のあるあの姿を、私は間違いなく目にしたことがある。
ただし、それは前世、この世界とは異なる世界で生きていた「私」の記憶として――
「……ステラガーデン」
口をついて出て来たのは、前世、私が私生活のほとんどをつぎ込んでプレイしていた育成アプリゲームの名前だった。女性向けと銘打ち、サブストーリーとして攻略対象者達との恋愛ストーリーも盛り込まれたそのゲームのメインストーリーは、「王家の庭に聖女の花を咲かせる」という箱庭育成もの。ゲームでは、お助けキャラとして三種類の精霊が登場し、プレイヤーは自身のプレイスタイルに合った精霊を選ぶことが出来るのだが、その内の一体、緑の精霊がまさに、先ほど目にしたシェリルの精霊と同じ姿をしていた。
(でも、ゲームには同じ庭で花を育てるライバルキャラなんて登場しなかった。聖女の花だって、プレイヤーの数だけ咲いていたわけだし……)
だが、ゲームとは違い、この世界で聖女として花を咲かせることが出来るのはただ一人、恐らく異母妹のシェリルだけ。私は脱落者、花を咲かせることの出来なかった敗者ということになる。そのことに、先ほどまでは血が沸騰しそうなほどの怒りと嫉妬を覚えていたが、今は不思議なほどに心が落ち着いていた。
(……もう未練なんてないからかな)
あれほど執着していた家族、父や兄への思いは、前世を思い出すと同時に消え失せた。そんなことよりも、今は、これから先、自分がどうなるかの方がよほど不安だった。
(ゲームのメインストーリーはあって無いようなものだったから、花を咲かせられなかった場合どうなるかは分からない。……そもそも、アリシア・キャンドラーなんてキャラが居たかどうか)
私がプレイしていたのはメインストーリーである花壇の育成、それも、少し特殊なプレイをしていたために、攻略対象者達との恋愛ストーリーはほとんど手つかずのままだった。攻略キャラにウィラード殿下や兄が含まれていることは朧気ながら思い出したが、恋愛イベントに関する知識は全くと言っていいほど残っていない。
前世の記憶、ゲーム以外にも何か今の自分に役に立ちそうな記憶を思い出そうとするが、恐らく社会人で『ステラガーデン』にはまっていたという以外には、はっきりとしたことが思い出せない。
先行きの見えない状況が心細くて堪らず、祈るような気持ちで小さく口を開いた。
「……イロン」
開いた口から、この場でたった一人、味方になってくれそうな存在の名が零れ落ちた。けれど、前世の記憶にあったその名を口にしても何も起こらない。彼が私の前に姿を現すことはなかった。
(やっぱり、違うのかな。前世やゲームなんてただの妄想なのかも)
あやふやな記憶に自身が持てなくなり、そう結論付けようとして不意に気づいた。
(……違う。やっぱり、ここってゲームの世界と同じだ)
思い出したのは、これから連れていかれるガノーク鉱山の存在だった。ゲームでは魔結晶と呼ばれるアイテムを採掘するためのエリアで、私が一番はまっていたゲーム要素でもある。今、はっきりと思い出すことができたその地は、この世界においても魔結晶の採掘地として知られている。
(……だとしたら、ここはゲームと似たような異世界。だけど、ゲームのストーリーは関係ないってこと?)
いくつかの推察は出来るものの、結局、結論が出ない内に、気づけば馬車の揺れが止まっていた。
「……降りろ」
開いた扉の向こうから低い声で命じられ、恐る恐る馬車から降り立った。
「……来い」
そう命じられ、また腕を取られる。引きずられるままに向かった先は、また別の馬車、今度は大きな幌のついた荷馬車だった。その馬車の前で、抵抗することもできない内に手かせを嵌められ、他の「荷」、つまり「奴隷」達の乗せられた荷台に無造作に放り込まれた。途端、走りだした荷馬車の揺れに耐え切れず床に転がってしまう。
ソロリと視線を上げて周囲の様子を窺えば、幌がかけられた薄暗い空間に、男女関係なく十人ほどの人間が詰め込まれていた。身体を起こし、何とか座ることは出来たものの、隣に座る男との距離が近い。肩の触れ合う距離、男のすえた匂いが漂ってきた。
(……怖い、嫌だ)
向けられるいくつかの視線、そのどれもが暗く熟んだ男達のもの。彼らの視線から逃れたくて、出来るだけ縮こまる。抱え込んだ両膝の間に顔を埋めた。
ローグに腕を掴まれたまま連れていかれたのは、奴隷商の男が乗り付けていた馬車だった。無造作に押し込まれた車内、ふらついて座席に座り込む。頭を巡るのは先ほど目にした精霊の姿、既視感のあるあの姿を、私は間違いなく目にしたことがある。
ただし、それは前世、この世界とは異なる世界で生きていた「私」の記憶として――
「……ステラガーデン」
口をついて出て来たのは、前世、私が私生活のほとんどをつぎ込んでプレイしていた育成アプリゲームの名前だった。女性向けと銘打ち、サブストーリーとして攻略対象者達との恋愛ストーリーも盛り込まれたそのゲームのメインストーリーは、「王家の庭に聖女の花を咲かせる」という箱庭育成もの。ゲームでは、お助けキャラとして三種類の精霊が登場し、プレイヤーは自身のプレイスタイルに合った精霊を選ぶことが出来るのだが、その内の一体、緑の精霊がまさに、先ほど目にしたシェリルの精霊と同じ姿をしていた。
(でも、ゲームには同じ庭で花を育てるライバルキャラなんて登場しなかった。聖女の花だって、プレイヤーの数だけ咲いていたわけだし……)
だが、ゲームとは違い、この世界で聖女として花を咲かせることが出来るのはただ一人、恐らく異母妹のシェリルだけ。私は脱落者、花を咲かせることの出来なかった敗者ということになる。そのことに、先ほどまでは血が沸騰しそうなほどの怒りと嫉妬を覚えていたが、今は不思議なほどに心が落ち着いていた。
(……もう未練なんてないからかな)
あれほど執着していた家族、父や兄への思いは、前世を思い出すと同時に消え失せた。そんなことよりも、今は、これから先、自分がどうなるかの方がよほど不安だった。
(ゲームのメインストーリーはあって無いようなものだったから、花を咲かせられなかった場合どうなるかは分からない。……そもそも、アリシア・キャンドラーなんてキャラが居たかどうか)
私がプレイしていたのはメインストーリーである花壇の育成、それも、少し特殊なプレイをしていたために、攻略対象者達との恋愛ストーリーはほとんど手つかずのままだった。攻略キャラにウィラード殿下や兄が含まれていることは朧気ながら思い出したが、恋愛イベントに関する知識は全くと言っていいほど残っていない。
前世の記憶、ゲーム以外にも何か今の自分に役に立ちそうな記憶を思い出そうとするが、恐らく社会人で『ステラガーデン』にはまっていたという以外には、はっきりとしたことが思い出せない。
先行きの見えない状況が心細くて堪らず、祈るような気持ちで小さく口を開いた。
「……イロン」
開いた口から、この場でたった一人、味方になってくれそうな存在の名が零れ落ちた。けれど、前世の記憶にあったその名を口にしても何も起こらない。彼が私の前に姿を現すことはなかった。
(やっぱり、違うのかな。前世やゲームなんてただの妄想なのかも)
あやふやな記憶に自身が持てなくなり、そう結論付けようとして不意に気づいた。
(……違う。やっぱり、ここってゲームの世界と同じだ)
思い出したのは、これから連れていかれるガノーク鉱山の存在だった。ゲームでは魔結晶と呼ばれるアイテムを採掘するためのエリアで、私が一番はまっていたゲーム要素でもある。今、はっきりと思い出すことができたその地は、この世界においても魔結晶の採掘地として知られている。
(……だとしたら、ここはゲームと似たような異世界。だけど、ゲームのストーリーは関係ないってこと?)
いくつかの推察は出来るものの、結局、結論が出ない内に、気づけば馬車の揺れが止まっていた。
「……降りろ」
開いた扉の向こうから低い声で命じられ、恐る恐る馬車から降り立った。
「……来い」
そう命じられ、また腕を取られる。引きずられるままに向かった先は、また別の馬車、今度は大きな幌のついた荷馬車だった。その馬車の前で、抵抗することもできない内に手かせを嵌められ、他の「荷」、つまり「奴隷」達の乗せられた荷台に無造作に放り込まれた。途端、走りだした荷馬車の揺れに耐え切れず床に転がってしまう。
ソロリと視線を上げて周囲の様子を窺えば、幌がかけられた薄暗い空間に、男女関係なく十人ほどの人間が詰め込まれていた。身体を起こし、何とか座ることは出来たものの、隣に座る男との距離が近い。肩の触れ合う距離、男のすえた匂いが漂ってきた。
(……怖い、嫌だ)
向けられるいくつかの視線、そのどれもが暗く熟んだ男達のもの。彼らの視線から逃れたくて、出来るだけ縮こまる。抱え込んだ両膝の間に顔を埋めた。
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