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第二章
10.
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10.
どこまでも続く青空の下、今日ばかりは魔物の憂いも忘れ、誰も彼もの顔に笑顔が溢れる。
広い庭園の一角、用意されたいくつもの円卓には白い布が掛けられ、その上には色鮮やかな料理がところ狭しと並べられている。
円卓の側、給仕されたグラスを持って立つ男が、側に控える男二人の顔を交互に見る。
「お前ら本当に良かったのか?俺についてこなくても、あっちでそれなりのポストに着けてやるくらいは出来んだぞ?」
本日の主役の一人、赤髪の男の言葉に、グラスを掲げた男が応える。
「言ったじゃないですか、『どこまでもついていきます』って。北だろうが南だろうが、当然、お供いたしますよ」
おどけて見せる男とは反対に、至極真面目な表情でもう一人の男も口を開く。
「私が上に行きたいのは、この国を魔物どもから守りたいからです。以前こちらに来た時にわかりました。帝都で上に行くよりも、ここに居る方がよほどその目的に近づける」
手段が替わっただけだと言い切る男に、赤髪の男が破顔する。
「付き合い良い奴らだ」
グラスを合わせて中身を煽る男たちの背後から、声がかかる。
「ラギアス君、紹介したい人がいる」
名を呼ばれた男が振り返り、視線の先の人物を認めて表情を険しくする。
「久しぶりだな、ラギアス・ヂアーチ」
「…フーバー、教授」
両者が睨み合う中、間に立つ男が、気にした様子もなく言葉を続ける。
「士官学校で見知ってるとは思うけど、改めて。サイラス・フーバー。今は帝都で先生してるけど、うちの軍事顧問みたいなものかな。帝都でのヴィーの保護者でもある」
最後の言葉が気にくわなかったのか、紹介を受けた男の表情がますます険しくなる。相手の男はそれを歯牙にもかけず、鼻で笑った。
「ヘスタトル様、何でこんな奴との結婚なんか許したんです?」
侮蔑の言葉にますます憤り、声を荒げようとした男を制して、穏やかな声が答えた。
「いいでしょ?」
「どこがですか?」
「ヴィーを守る盾として、ヴィーの夢を叶えるための種馬として。文句無いんじゃない?」
ふざけた言葉に、馬扱いされた本人は何故か誇らしげに胸を張っている。
「え?」
質問した男は、思わぬ答えとそれに胸を張る男に、睨み合っていたことを忘れ、訝しげな視線を送る。
「えー。お前それでいいの?」
鼻息は荒いが、何とも言えない気分にさせられる男に戸惑っていると、庭園の入口から歓声が上がった。
つられた男たちが視線をやれば、そこには、本日のもう一人の主役、純白のドレスに身を包んだ花嫁の姿があった。
「!」
その姿を認めた瞬間、赤髪の巨体が硬直した。花嫁に固定された目は大きく見開かれ、瞬きを忘れて魅いられている。
「へー。大したもんだ」
「ユニ達が頑張ってくれたからね。時間が足りないって散々叱られたけど、なんとか間に合って良かった」
横で交わされる会話にも、ピクリとも反応しない。
「ヴィーもあんな格好してると、まあ、それらしくは見えるな」
美しく着飾った花嫁の首には、大粒の宝石を使った豪奢な首飾りが輝いている。
「あの首飾りはラギアス君?」
「…母が、花嫁にと」
一心に見つめたまま、心ここに在らずの声が返る。
「ああ。今日はご家族を呼べなくて申し訳なかったね。国軍の要人を不用意に辺境にはよべなくてね」
「…気にしていない」
「今、帝都の方で『辺境の平民に骨抜きにされたヂアーチのバカ息子は継承権を奪われ、辺境に逐われた』っていう噂を絶賛流してるところなんだけど、三ヶ月じゃ、さすがに間に合わなくて」
「は!?ヘスタトル様!何をしてるんですか!?」
主筋の暴挙に、男が驚きの声を上げた。
「もう少ししたら、周囲の警戒の目も弱まると思うから、ご挨拶に伺うといいよ」
「…問題ない」
「いやいや!問題はあるだろうが!?」
ふと、花嫁の視線がこちらを向く。
「ほら、迎えに行っといでよ」
「!」
背中を押す言葉に、己の役目をようやく思い出した男が大股の一歩を踏み出す。残された男達は、足早に花嫁へと近づいていく背中を見送った。
「…根っから嫌なやつじゃないんだろうな、とは思うんですよ」
遠ざかる、かつての教え子の背を見ながら、男が呟く。
「ヴィーが退学したあと、俺への個人攻撃もなく、きちんと敬意も払ってましたからね」
「まあ、結局は彼ら自身の決断だからね。私達に出来ることなんて、彼らの行く末を見守ること、あとは祈るくらいかな?」
言った男は、上官に従い辺境を選んだ男たちに視線を送る。
「はい、君達も」
男が杯を掲げた。四つのグラスの音が重なる。
「二人の、未来に―」
どこまでも続く青空の下、今日ばかりは魔物の憂いも忘れ、誰も彼もの顔に笑顔が溢れる。
広い庭園の一角、用意されたいくつもの円卓には白い布が掛けられ、その上には色鮮やかな料理がところ狭しと並べられている。
円卓の側、給仕されたグラスを持って立つ男が、側に控える男二人の顔を交互に見る。
「お前ら本当に良かったのか?俺についてこなくても、あっちでそれなりのポストに着けてやるくらいは出来んだぞ?」
本日の主役の一人、赤髪の男の言葉に、グラスを掲げた男が応える。
「言ったじゃないですか、『どこまでもついていきます』って。北だろうが南だろうが、当然、お供いたしますよ」
おどけて見せる男とは反対に、至極真面目な表情でもう一人の男も口を開く。
「私が上に行きたいのは、この国を魔物どもから守りたいからです。以前こちらに来た時にわかりました。帝都で上に行くよりも、ここに居る方がよほどその目的に近づける」
手段が替わっただけだと言い切る男に、赤髪の男が破顔する。
「付き合い良い奴らだ」
グラスを合わせて中身を煽る男たちの背後から、声がかかる。
「ラギアス君、紹介したい人がいる」
名を呼ばれた男が振り返り、視線の先の人物を認めて表情を険しくする。
「久しぶりだな、ラギアス・ヂアーチ」
「…フーバー、教授」
両者が睨み合う中、間に立つ男が、気にした様子もなく言葉を続ける。
「士官学校で見知ってるとは思うけど、改めて。サイラス・フーバー。今は帝都で先生してるけど、うちの軍事顧問みたいなものかな。帝都でのヴィーの保護者でもある」
最後の言葉が気にくわなかったのか、紹介を受けた男の表情がますます険しくなる。相手の男はそれを歯牙にもかけず、鼻で笑った。
「ヘスタトル様、何でこんな奴との結婚なんか許したんです?」
侮蔑の言葉にますます憤り、声を荒げようとした男を制して、穏やかな声が答えた。
「いいでしょ?」
「どこがですか?」
「ヴィーを守る盾として、ヴィーの夢を叶えるための種馬として。文句無いんじゃない?」
ふざけた言葉に、馬扱いされた本人は何故か誇らしげに胸を張っている。
「え?」
質問した男は、思わぬ答えとそれに胸を張る男に、睨み合っていたことを忘れ、訝しげな視線を送る。
「えー。お前それでいいの?」
鼻息は荒いが、何とも言えない気分にさせられる男に戸惑っていると、庭園の入口から歓声が上がった。
つられた男たちが視線をやれば、そこには、本日のもう一人の主役、純白のドレスに身を包んだ花嫁の姿があった。
「!」
その姿を認めた瞬間、赤髪の巨体が硬直した。花嫁に固定された目は大きく見開かれ、瞬きを忘れて魅いられている。
「へー。大したもんだ」
「ユニ達が頑張ってくれたからね。時間が足りないって散々叱られたけど、なんとか間に合って良かった」
横で交わされる会話にも、ピクリとも反応しない。
「ヴィーもあんな格好してると、まあ、それらしくは見えるな」
美しく着飾った花嫁の首には、大粒の宝石を使った豪奢な首飾りが輝いている。
「あの首飾りはラギアス君?」
「…母が、花嫁にと」
一心に見つめたまま、心ここに在らずの声が返る。
「ああ。今日はご家族を呼べなくて申し訳なかったね。国軍の要人を不用意に辺境にはよべなくてね」
「…気にしていない」
「今、帝都の方で『辺境の平民に骨抜きにされたヂアーチのバカ息子は継承権を奪われ、辺境に逐われた』っていう噂を絶賛流してるところなんだけど、三ヶ月じゃ、さすがに間に合わなくて」
「は!?ヘスタトル様!何をしてるんですか!?」
主筋の暴挙に、男が驚きの声を上げた。
「もう少ししたら、周囲の警戒の目も弱まると思うから、ご挨拶に伺うといいよ」
「…問題ない」
「いやいや!問題はあるだろうが!?」
ふと、花嫁の視線がこちらを向く。
「ほら、迎えに行っといでよ」
「!」
背中を押す言葉に、己の役目をようやく思い出した男が大股の一歩を踏み出す。残された男達は、足早に花嫁へと近づいていく背中を見送った。
「…根っから嫌なやつじゃないんだろうな、とは思うんですよ」
遠ざかる、かつての教え子の背を見ながら、男が呟く。
「ヴィーが退学したあと、俺への個人攻撃もなく、きちんと敬意も払ってましたからね」
「まあ、結局は彼ら自身の決断だからね。私達に出来ることなんて、彼らの行く末を見守ること、あとは祈るくらいかな?」
言った男は、上官に従い辺境を選んだ男たちに視線を送る。
「はい、君達も」
男が杯を掲げた。四つのグラスの音が重なる。
「二人の、未来に―」
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