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第二章
8.
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8.
止める周囲に頭を下げて説得し、それでもダメな場合は、脅し、宥め、なんとかこの場所へ戻ってくることが出来たのは、一度ここを去ってから半年後のこと。季節が二つ移ろいだ後だった。
冗談ではなく、忘れられているのではないか、無かったことにされているのではないかという不安を抑えながらの六ヶ月は、想像以上に長く、つらく、もう何があっても彼女の側を離れないという誓いを新たにするには充分な期間だった。
今、進む回廊の先、あの男の言う通りなら、そこにあるはずの姿。青空の下に立つ背中を視界にとらえて、足を早める。手に持つ花の束が心底邪魔だが、『絶対に持っていけ』という副官の言葉を信じて投げ捨てはしない。彼女が振り返る―
「ヴィアンカ!」
「ラギアス?」
驚いたというのが表情に出ている彼女に満足する。
「結婚してくれ!」
花束を差し出すが、受け取る手は伸びてこない。無理矢理に押し付ければ、何とか受け取っては貰えたが。久しぶりに会えた姿に思わず破顔する。
「…いつ、どうやって来た?」
「先程、転移で、だな。ヘスタトル殿には許可を貰った」
何てこと無いように答えれば、ヴィアンカの顔に不満が浮かぶ。聞いていないと言う彼女に、彼が約束を守ったことを知る。
「驚かせたかったからな。黙っててくれるよう頼んだ」
「何故?」
「驚かせた方が、うっかり求婚に応えてくれるかもしれねえだろ?」
ヴィアンカの目に呆れが浮かぶ。
「そもそも、いきなり何だ?結婚とは?」
「家を出てきた」
「!?」
「と言うより、お前と結婚したいっつったら反対されたからな。上の弟に、跡継ぎの座を譲って、軍もやめてきた」
「馬鹿な!何故そんなことを!」
何故?そんなこと、決まっている。ヴィアンカに、己の女王に跪く。
「以前来たときにわかった。この地で、ここに住んでる人間に囲まれてるお前が一番なんだよ。引き離したら意味がねぇ。だから、俺もここに骨を埋めに来たってだけだ」
「何故そうなる!」
「考えてたんだよ。前にここに来たときからずっとな。お前が欲しくて堪んねえけど、お前を俺のもんにするのは難しそうだって」
それでも、諦めきれねえんだから、しょうがねえだろ?
「だから、勝手にお前のもんになりに来た」
悪いが、お前が諦めてくれ―
「結婚は受け入れらんなくても、側に置いとくくらいはいいだろ?俺の過去に対する贖罪だと思え。家は出てきたが、縁まで切られた訳じゃねえ。ヂアーチの名は使えんだろ?」
手にした花を見つめたまま考え込む顔に、恐怖が募る。諦めるつもりは毛頭ないが、それでも、また彼女に拒絶されてしまえば―
「ラギアス」
「ん?」
「ラギアスが、私のこと、私の気持ちを真剣に考えてくれたことは嬉しい。あなたの言うとおり、私がここを離れることはない」
―それで?ここに、お前に、俺は必要無い、か?
「わかった。結婚しよう」
「は!?」
喜びよりも、驚きが勝った。
「私は子を産みたいんだ」
「え!?は!?え!?」
待て、待て!いきなり過ぎるのはそっちだろう!?何だ、子ども!?何の話だ!?
「リュクに聞いた。私が南で倒れた時、あなたが私のために『命をかける』と言ってくれたと」
ありがとう、続いた言葉に、期待する。
―もしや、届くのか、彼女に?
「私は子を安全に守り育てたい。あなたは私の最大の味方になってくれるのだろう?なら、私はラギアス、あなたがいい」
「!」
歓喜を、身から噴き出す喜びを表す言葉が出てこず、彼女が抱える花ごと、ヴィアンカを抱き締めた。
「ラギアス、花が散る」
そんなことはどうでもいい。腕の中におさまる現実が、決して逃げて行かないように。
「直ぐに結婚するぞ。明日、いや今から、」
「できるわけないでしょ?」
無粋な声が、邪魔をする。いつの間に現れたのか、ヘスタトルがあきれたようにこちらを見ていた。
「ちょっと睨まないでくれる?ここ、うちの庭園だからね。それと結婚については、ラギアス君は伯爵家。ヴィーだってうちから嫁に出すの。今日明日で結婚式をどうこうできるわけないでしょ」
普段はふざけた存在の男の吐く正論に、睨むことで不満を示す。
「普通なら、婚約期間は一年くらいとるもんなんだよ?」
「…一ヶ月」
「無理だよ。半年は、」
「三ヶ月だ。それ以上は譲れねえ」
「はあ。ユニに怒られるだろうなぁ。…ヴィーは?それでいいの?」
「構わない」
囲った腕から脱け出したヴィアンカが答える。
「わかった。じゃあそれで行くよ。時間が無いな。とりあえず、今から動けるものから動くか。ほら、二人とも、さっさとする」
言われるままにヘスタトルに続こうとするヴィアンカの手を、握りしめた。手の内の幸運を確かめる。何度でも。
止める周囲に頭を下げて説得し、それでもダメな場合は、脅し、宥め、なんとかこの場所へ戻ってくることが出来たのは、一度ここを去ってから半年後のこと。季節が二つ移ろいだ後だった。
冗談ではなく、忘れられているのではないか、無かったことにされているのではないかという不安を抑えながらの六ヶ月は、想像以上に長く、つらく、もう何があっても彼女の側を離れないという誓いを新たにするには充分な期間だった。
今、進む回廊の先、あの男の言う通りなら、そこにあるはずの姿。青空の下に立つ背中を視界にとらえて、足を早める。手に持つ花の束が心底邪魔だが、『絶対に持っていけ』という副官の言葉を信じて投げ捨てはしない。彼女が振り返る―
「ヴィアンカ!」
「ラギアス?」
驚いたというのが表情に出ている彼女に満足する。
「結婚してくれ!」
花束を差し出すが、受け取る手は伸びてこない。無理矢理に押し付ければ、何とか受け取っては貰えたが。久しぶりに会えた姿に思わず破顔する。
「…いつ、どうやって来た?」
「先程、転移で、だな。ヘスタトル殿には許可を貰った」
何てこと無いように答えれば、ヴィアンカの顔に不満が浮かぶ。聞いていないと言う彼女に、彼が約束を守ったことを知る。
「驚かせたかったからな。黙っててくれるよう頼んだ」
「何故?」
「驚かせた方が、うっかり求婚に応えてくれるかもしれねえだろ?」
ヴィアンカの目に呆れが浮かぶ。
「そもそも、いきなり何だ?結婚とは?」
「家を出てきた」
「!?」
「と言うより、お前と結婚したいっつったら反対されたからな。上の弟に、跡継ぎの座を譲って、軍もやめてきた」
「馬鹿な!何故そんなことを!」
何故?そんなこと、決まっている。ヴィアンカに、己の女王に跪く。
「以前来たときにわかった。この地で、ここに住んでる人間に囲まれてるお前が一番なんだよ。引き離したら意味がねぇ。だから、俺もここに骨を埋めに来たってだけだ」
「何故そうなる!」
「考えてたんだよ。前にここに来たときからずっとな。お前が欲しくて堪んねえけど、お前を俺のもんにするのは難しそうだって」
それでも、諦めきれねえんだから、しょうがねえだろ?
「だから、勝手にお前のもんになりに来た」
悪いが、お前が諦めてくれ―
「結婚は受け入れらんなくても、側に置いとくくらいはいいだろ?俺の過去に対する贖罪だと思え。家は出てきたが、縁まで切られた訳じゃねえ。ヂアーチの名は使えんだろ?」
手にした花を見つめたまま考え込む顔に、恐怖が募る。諦めるつもりは毛頭ないが、それでも、また彼女に拒絶されてしまえば―
「ラギアス」
「ん?」
「ラギアスが、私のこと、私の気持ちを真剣に考えてくれたことは嬉しい。あなたの言うとおり、私がここを離れることはない」
―それで?ここに、お前に、俺は必要無い、か?
「わかった。結婚しよう」
「は!?」
喜びよりも、驚きが勝った。
「私は子を産みたいんだ」
「え!?は!?え!?」
待て、待て!いきなり過ぎるのはそっちだろう!?何だ、子ども!?何の話だ!?
「リュクに聞いた。私が南で倒れた時、あなたが私のために『命をかける』と言ってくれたと」
ありがとう、続いた言葉に、期待する。
―もしや、届くのか、彼女に?
「私は子を安全に守り育てたい。あなたは私の最大の味方になってくれるのだろう?なら、私はラギアス、あなたがいい」
「!」
歓喜を、身から噴き出す喜びを表す言葉が出てこず、彼女が抱える花ごと、ヴィアンカを抱き締めた。
「ラギアス、花が散る」
そんなことはどうでもいい。腕の中におさまる現実が、決して逃げて行かないように。
「直ぐに結婚するぞ。明日、いや今から、」
「できるわけないでしょ?」
無粋な声が、邪魔をする。いつの間に現れたのか、ヘスタトルがあきれたようにこちらを見ていた。
「ちょっと睨まないでくれる?ここ、うちの庭園だからね。それと結婚については、ラギアス君は伯爵家。ヴィーだってうちから嫁に出すの。今日明日で結婚式をどうこうできるわけないでしょ」
普段はふざけた存在の男の吐く正論に、睨むことで不満を示す。
「普通なら、婚約期間は一年くらいとるもんなんだよ?」
「…一ヶ月」
「無理だよ。半年は、」
「三ヶ月だ。それ以上は譲れねえ」
「はあ。ユニに怒られるだろうなぁ。…ヴィーは?それでいいの?」
「構わない」
囲った腕から脱け出したヴィアンカが答える。
「わかった。じゃあそれで行くよ。時間が無いな。とりあえず、今から動けるものから動くか。ほら、二人とも、さっさとする」
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