35 / 74
第二章
7-1.
しおりを挟む
7-1.
討伐遠征を無事に成功させ、何とかもぎとった一月の休暇。『北の魔物対策を知りたい』と言う―帰還後も己の秘書官を続けている―マイワットを連れて、北の辺境領を訪れた。
南での次期辺境伯夫人への失態にもかかわらず、転移の間までわざわざ足を運んでくれた夫妻には、思いもかけず丁寧な歓待を受けることとなった。
久しぶりに―実際には一月程だが―再会したヴィアンカも、態度を硬化させることもなく、最後に別れを告げた頃の気安さで接してくれた。
これで、砦での再会時のような態度をとられていたら、かなりの打撃を受けていたのは間違いない。
―だから、期待してしまったのだ。彼女との新しい関係を
北に来てから、2週間が経つ頃には、己の知るヴィアンカが、如何に一方的なものであったかを思い知った。多くの仲間や部下に囲まれて鍛練に励む姿、辺境伯やその息子夫婦と親しく語り合う時の穏やかな表情。
そうした姿に、己の視野の狭さを猛省しながら、同時に焦りと嫉妬を感じていた。彼女を取り囲む多くの視線。そこに込められた想いが、様々であるとはわかっていても。返す彼女の視線に、彼らへの深い想いを知って。
鬱屈とした想いを抱える中、偶然に見つけた一人きりの姿。鍛練に臨むヴィアンカを見たときには、抑えきれない想いのまま彼女に近づいた。
「ラギアス?」
「…」
―酷い顔をしているだろうに、見下げたはてた、獣のような
拒絶も、逃げる気配も見せない彼女に手を伸ばす。
「!」
引き寄せ、硬くした身を構わず抱き締める。腕の中、深く抱き込んで、黒髪に顔を埋めた。己に捕らえた一瞬の充足と、それを軽々と抜け出していくと知るが故の、焦燥。
「お前が好きだ」
「…」
大人しく囚われたまま、しかし返る返事はない。
「くそっ!何でだよ!?こんなに欲しくて欲しくて!頭おかしくなりそうなくれえなのに!」
抱き締める腕に力が籠る。
「何で、こんなに欲しいのに、お前は俺のもんじゃねえんだよ。お前だけは、誰にも譲らねえ。絶対に、欲しい。なのに…」
抱き込んだヴィアンカが身動いて、伸ばされた手が己の腕を軽く叩く。
「落ち着け、ラギアス。とりあえず腕の力を抜け。顔が見えん」
言われるまま、ゆるゆると力を抜けば、見上げてくる赤眼に縫い止められる。その瞳が、己の瞳に何かを探して、フッと伏せられた。
「あなたの気持ちはわかった」
言って、ヴィアンカが身を引く。逃げていった温もり。その寒さに身が震える。
「だが私の気持ちは、あなたにはやれない」
「っ!」
拒絶の言葉に、心臓を握りつぶされる。
「そもそも、ラギアス、あなたは私を信じられないだろう?」
「!?俺は、」
「聞け」
否定しようとする言葉を遮られる。
「あなたは、かつてサリアリアを襲ったのが私だと思っている。そのような罪を犯すと思われている相手。私の有り様を心から信じてもらえぬ相手に、自分の心を明け渡せるほど、私は強くない」
「っ!」
「ラギアス、私達の間にあった過去を無かったことには出来ない」
―何も、言えなかった。
押し黙る己に苦笑して、ヴィアンカが去っていく。俺は、あいつの背中を見送ってばかりで、立ちたいのはあいつの隣、その場所なのに。どうすれば、そこに行けるというのか―
討伐遠征を無事に成功させ、何とかもぎとった一月の休暇。『北の魔物対策を知りたい』と言う―帰還後も己の秘書官を続けている―マイワットを連れて、北の辺境領を訪れた。
南での次期辺境伯夫人への失態にもかかわらず、転移の間までわざわざ足を運んでくれた夫妻には、思いもかけず丁寧な歓待を受けることとなった。
久しぶりに―実際には一月程だが―再会したヴィアンカも、態度を硬化させることもなく、最後に別れを告げた頃の気安さで接してくれた。
これで、砦での再会時のような態度をとられていたら、かなりの打撃を受けていたのは間違いない。
―だから、期待してしまったのだ。彼女との新しい関係を
北に来てから、2週間が経つ頃には、己の知るヴィアンカが、如何に一方的なものであったかを思い知った。多くの仲間や部下に囲まれて鍛練に励む姿、辺境伯やその息子夫婦と親しく語り合う時の穏やかな表情。
そうした姿に、己の視野の狭さを猛省しながら、同時に焦りと嫉妬を感じていた。彼女を取り囲む多くの視線。そこに込められた想いが、様々であるとはわかっていても。返す彼女の視線に、彼らへの深い想いを知って。
鬱屈とした想いを抱える中、偶然に見つけた一人きりの姿。鍛練に臨むヴィアンカを見たときには、抑えきれない想いのまま彼女に近づいた。
「ラギアス?」
「…」
―酷い顔をしているだろうに、見下げたはてた、獣のような
拒絶も、逃げる気配も見せない彼女に手を伸ばす。
「!」
引き寄せ、硬くした身を構わず抱き締める。腕の中、深く抱き込んで、黒髪に顔を埋めた。己に捕らえた一瞬の充足と、それを軽々と抜け出していくと知るが故の、焦燥。
「お前が好きだ」
「…」
大人しく囚われたまま、しかし返る返事はない。
「くそっ!何でだよ!?こんなに欲しくて欲しくて!頭おかしくなりそうなくれえなのに!」
抱き締める腕に力が籠る。
「何で、こんなに欲しいのに、お前は俺のもんじゃねえんだよ。お前だけは、誰にも譲らねえ。絶対に、欲しい。なのに…」
抱き込んだヴィアンカが身動いて、伸ばされた手が己の腕を軽く叩く。
「落ち着け、ラギアス。とりあえず腕の力を抜け。顔が見えん」
言われるまま、ゆるゆると力を抜けば、見上げてくる赤眼に縫い止められる。その瞳が、己の瞳に何かを探して、フッと伏せられた。
「あなたの気持ちはわかった」
言って、ヴィアンカが身を引く。逃げていった温もり。その寒さに身が震える。
「だが私の気持ちは、あなたにはやれない」
「っ!」
拒絶の言葉に、心臓を握りつぶされる。
「そもそも、ラギアス、あなたは私を信じられないだろう?」
「!?俺は、」
「聞け」
否定しようとする言葉を遮られる。
「あなたは、かつてサリアリアを襲ったのが私だと思っている。そのような罪を犯すと思われている相手。私の有り様を心から信じてもらえぬ相手に、自分の心を明け渡せるほど、私は強くない」
「っ!」
「ラギアス、私達の間にあった過去を無かったことには出来ない」
―何も、言えなかった。
押し黙る己に苦笑して、ヴィアンカが去っていく。俺は、あいつの背中を見送ってばかりで、立ちたいのはあいつの隣、その場所なのに。どうすれば、そこに行けるというのか―
89
お気に入りに追加
1,910
あなたにおすすめの小説
【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。
実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。
それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。
ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。
目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。
すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。
抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……?
傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに
たっぷり愛され甘やかされるお話。
このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。
修正をしながら順次更新していきます。
また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。
もし御覧頂けた際にはご注意ください。
※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。
継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。
しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。
彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。
2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる