辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第二章

4-2.

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4-2.

執務室に、三人分の筆の音だけが聞こえる。ここ数日、鬱屈うっくつを溜め込んでいる己を刺激しないためか、黙々と書類に向かう二人に更に―理不尽な―怒りが募る。

「…なんで報告に来ねえ」

「…そりゃあ、報告することが無いからじゃないですか?」

至極当然と言った返事が返る。

「…んなことはわかってる。でも何か、あんだろ?」

「…」

「…四日前の報告で、懸念事項が解消されるまで任務は継続するとおっしゃっていましたから。何かあれば、報告もあるのではないですか?」

処置なし、と言わんばかりのダグストアの代わりに、マイワットが口を挟む。その言葉はその通りで、自分でもわかっている。ただ、わかっていて、どうしようもないのだ、このイラつきは。

「…飯食ってくる」

「え!?どこに?まさか、食堂ですか!?やめてくださいよ、ここで召し上がって下さい!」

「大隊長が食堂を利用すると、兵達に無用の混乱と緊張を招きます。後は保安上の問題も。…なぜまた急にそのようなことを?」

「いいだろ、たまには」

有言実行とばかり、さっさと部屋の扉に手をかける。

「ああ!もう!しょうがない!マイワット、お前も来い!」

慌てる背後は振り向かず、廊下へと足を踏み出した。





「…多いな」

「だから言ってるじゃないっすか!?」

大扉を抜けると、人混みでごった返す食堂。その多さにげんなりしながらも、視線をめぐらす。

―いた。

食堂に並べられたいくつもの長机、それらの中ほどに探していた黒髪を見つける。補佐官二人に挟まれて席につく、その背に歩み寄ろうとして―

「…」

「ダメっすよ?」

掴まれた腕を確認し、掴んだ男をねめつける。

「あんな密集地帯、行かせるわけないでしょ!だいたい、座る席もありませんよ。周りのやつら蹴散らすつもりじゃないですよね?座るならあっちですあっち」

人気の少ない、食堂の端を示される。

「マイワット悪い。なんか適当に取ってきて。俺、この人捕まえとくから」

「仕方ありません」

絶対に離さないと肘を掴まれたまま、グイグイと引きずられていく。己が通過する度に、周囲の男達がギョッとした顔で食事の手を止める。突き刺さる視線は完全に無視した。

連れていかれた席は、成る程、周囲に人がおらず、三人で占有しても問題は無さそうだ。目的の姿も―声は聞こえないまでも―顔は見える距離にあるので、良しとする。

「あー。後で聞かれんだろうなあ。何て答えんだよ?食堂の視察してました?」

ダグストアの愚痴を聞き流しながら、マイワットが運んだ食事を口にする。視線の先、眺める姿はいつもより遠いのに、浮かべる表情は鮮やかで―

「!?」

「…ラギアス様、顔恐いですよ。髪、結び直してもらってるだけでしょ。レイはヴィアンカ様の従者のようなこともしてるみたいですから」

小柄な少年を信頼しきっているのか、穏やかな顔で身を任す女に、おさまりかけていた苛立ちが戻ってくる。

髪をなおして食事を再開した女が、今度は大柄な青年の皿を指して何かを言う。わずかに躊躇した青年はその何かを口に運んだ。女はそれを確認すると、自分の皿から肉の塊を隣へと移して―

「っ!!」

「…仲いいんっすねえ」

自分より大柄な青年の髪を、伸ばした手でくしゃりと撫でる。その口元にうっすらと、しかし見間違いようのなく浮かぶ笑みにー否応なく感じる彼我ひがの距離。

「下の二人がヴィアンカ様慕ってんのは知ってましたけど。ヴィアンカ様も二人を可愛がってんすねえ」

「勧誘も断られました。特務官殿の下でなければ意味がないそうです」

「…あいつら距離がちけぇ」

少年が大柄な青年にくってかかり、立腹した少年の口に女が果物を運んでやる。

「!」

「…やめてくださいよ。座ってて下さい。立つな」

「っち!」

口を開けて果物を受け取った少年が、その頬を染める。ムカつく光景に―見なければいいと思うが―目が離せずにいると、彼らが食事を終えて席を立った。

扉に消える女の姿を見送って、ふと手元を見れば、己の皿が全く減っていないことに気づく。

「もういいでしょ。ナイフとフォーク動かして、さっさとそれ食って下さい」

言われて手を動かす。何を食べているのかもわからないまま、機械的に口へと運ぶ。

「…あいつらのあれはどうなんだ?隊の風紀を乱してんだろ」

「あー。はい、そうっすね」

「一度、厳重注意を、」

「いらないっす。しないっす」

手も止めずに、ぞんざいに返される言葉。

「…」

「…」

「…特務の補佐官や協力者は、特務官の裁量による直接雇用ですからね。通常の軍での上下関係よりも距離が近いのではないですか?」

ピリピリしているダグストアに、珍しく、マイワットの方が話を振る。諦めたのか、ダグストアが渋々と答えた。

「…俺の会ったことある特務は、男だったっすけど、ハーレム作ってましたよ」

「!?ハッ!?」

驚愕に皿から顔を上げるが、食えと食事を指される。

「前に任務で。25くらいだったかな?間諜系の特殊スキル持ってるやつで、そういうのを女にやらせてたんすよ。で、その女達を侍らせて、ベッドにも連れ込んでましたね」

「…」

あの補佐官のどちらか、もしくは両方があの女の愛人?その可能性を考えて、あの距離の近さから、あり得ぬことではない、と思う。

他の男に抱かれる―考えたこともなかった、考えたくもない―女を想像して、血が凍る。

「…ラギアス様?」

「先に戻る」

何故俺があの女を気にしなければならない。苛立つなんて馬鹿らしい。言ったはずだ。お前の好きにはさせないと。もういい、決めた。俺は、俺のやりたいようにやる―




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