辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第二章

2-3.

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2-3.

思い出した女との過去を、適当にかい摘まんで話せば、真剣に話を聞いていたはずの副官が、何とも言えない表情を浮かべている。

「…んだよ?」

「あー、イヤ、え?それだけ?…なんですよね?」

「どういう意味だよ」

歯切れの悪い副官に、こちらは無表情なままのマイワットを振り返る。

「特務官殿との間に確執があるのは理解しました。しかしそれが先ほどのラギアス様のお怒りに繋がるかというと」

「何でだよ!クソむかつく女だろうが」

「私には『ラスタードという下級生がラギアス様の提案を断った』という話にしか聞こえませんでした。確かに態度そのものは褒められたものではなかったのもしれませんが、そこまでお怒りになることですか?」

己の狭量を責めるような言葉に憤然とする。割って入ったのは、いつも以上に気の抜けたダグストアの声。

「あー、でもそうなのかも。仕方ないって言えば仕方ない、のかな?」

「仕方ない、とはどういう意味でしょうか?」

「ダグ!お前はさっきから何なんだよ。言いたいことあんなら、さっさと言え!」

よく分からない言葉で一人納得しているダグストアに苛つきをぶつける。こちらを見やる男は、その顔に呆れとも憐憫ともいえない表情を浮かべている。

「いやー、ラギアス様ってこう見えていいとこのボンボンじゃないですか?顔もまあいいですし?筋肉の塊だから貴族のご令嬢には避けられてますけど、軍や街では凄い人気なんですよね」

「…何の話してんだよ」

「しかも、候補生時代はそこまで筋肉ゴリゴリじゃなかったそうなんで、今より人気あったんじゃないですか?」

褒められているはずの言葉には、しかしどこか棘があり、言っている男からも投げやりな雰囲気が感じられる。とうとう、面倒くささを隠さずに投げられた言葉―

「だから面白くなかっただけなんじゃないですか?もしかして初めてだったんですかね?『この俺の誘いを断りやがって』ってやつ」

「はぁ!?んだ、ソレ!?」

「なるほど」

予想だにしなかった―しかもそれを認めると、己は非常に情けない男になってしまう―言葉に、二の句が告げない。

「確かに、ラギアス様のお立場をそう捉えれば、ある程度は納得がいきます」

「納得してんじゃねえ!」

己は全く納得のいかない言葉に得心する部下を、怒鳴り付ける。

「ちょっとうるさいですよ、ラギアス様。声がでかいです。あと、また魔力漏れそうになってます」

「っ!」

先ほどから続く、己にとって激しく不本意な流れに、決意を持って副官へと近づく。

「!?」

「おい、ダグ。何逃げてんだ」

こういう時の反応はピカ一の男は、慌てて己から距離をとると、執務机の向こうへと逃げていく。

「いやいやいや!そんな殺気みなぎらせといて何言ってんすか!?今、絶対蹴り入れるつもりだったっすよね!?逃げますよ!あれ滅茶苦茶痛いんすから!」

「ちっ!わかってんじゃねえか。動くなよ。上官命令だ」

「っバッカじゃないんすか!?何こんなことに上官命令とか言っちゃってるんすか!」

「あ゛~!?」

飛び越える、と決めて机に手をかけたところで、冷静な声に引き止められる。

「…ラギアス様」

「…んだよ?」

馬鹿なことをしているという負い目に、声がとがった。

「先ほど、特務官殿は士官学校を退学しているとおっしゃっていましたが、理由をご存知なんですか?」

「!それだ!そこんとこちゃんと説明してなかったんじゃねえか!」

失念していたのが不思議だが、あの女の悪辣さを理解させるには、退学理由は重要な要素だ。

「なんですか?急にテンションあがって。…全開の笑顔とか気持ち悪い」

「ってめ!」

意識すらしていなかった指摘に、わずかに羞恥が生まれ―

「うっせえ。もう、お前は黙って聞いてろ」

力業で黙らせる。

「犯罪、まぁ中身は言えねえんだけど、普通に司法に掛けられてりゃ、懲役間違いなしなことをやらかしたんだよ、あのクソ女は」

「『クソ女』って。ドン引きなんですけど」

「黙ってろ、つったろが。…今は、てか他の女にんなこと言ったことはねえよ」

先ほど蹴り損ねたことをまだ恨んでいるのか、存外しつこく食い下がる男をねめつける。

己の言葉が、貴族として帝国軍人として叩き込まれた女性の扱いに反していることは百も承知で。出てきた言い訳は愚にもつかない。

「実際に逮捕、起訴はされなかったんですね?」

「ああ。ほんとに詳しいことは言えねんだが、まあ、女性の名誉に関わるってやつだ。表には出せねえかわり、学校としては関わったやつら何人かを処分した。そん中の一人、てか、あの女が主犯だったんだよ」

思い出すだけで胸くそ悪くなる事件。己が奪うことになった命、被害にあったサリアリアのことを考えれば、やはりあの女は最悪だと断じることに抵抗はない。

「んー。そういうことなら、ラギアス様の反応も、まあ、当然ですね」

「…随分あっさり認めるじゃねえか」

「敬愛する上司が、嘘でこんなことを口にするような人間でないってことくらいはわかってますよ」

軽口で本気の信頼を示す男に、睨みで返す。

「特務官殿の情報が欲しいですね。特務の任務内容については機密性が高いですから今回は難しいとして、候補生時代のものだけでも。…ラギアス様、士官学校に何か伝はありますか?」

「…確か、当時、手を貸してくれた男が校長になってるはずだ。」

「わかりました。そこから手に入れましょう」

手配しておくと言うマイワットに、男の名を告げる。

「あと、どうしますかね?『大隊長執務室での魔力発動』について」

「…バレてるか?」

「近くにいたやつとか鋭いやつは気づいてるんじゃないですか?。大したことなかったし、警報が続かなかったせいで騒ぎにはなってないですけど」

面倒くさいが討伐任務中でもある。放置して、下手に不安を煽るわけにもいかない。

「…『ヂアーチ大隊長がお化けに驚いた』とでもしておけばいいでしょう」

「!?待て、マイワット!何だそのバカみてぇな理由は!」

冷静沈着なはずの男がふざけたことを言い出す。

「『過去の亡霊に逆上した』のですから、似たようなものでしょう?」

「!?」

「ブフッ!マイワット、お前言うねぇ!」

それで処理しておきます、と言う嘘か本気かわからない言葉をはくと、マイワットはさっさと自分の机に戻って行く。

持って行き場のない苛立ちに、まだ笑いのおさまらない男の足に蹴りを入れる。散々笑って気がすんだのか、今度は大人しく蹴られたダグラスは仕事に戻った。

「はー、笑った。にしても凄い偶然ですよね。士官学校時代の因縁の相手。卒業後に、しかも任務先で再会とか、どんな確率だって話ですよ」

「…知るか。こっちは一生会いたくなかったに決まってんだろ」

元は自分のやらかしたこととは言え、なんとも言えない疲労感。深く嘆息がこぼれた。




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