辺境の娘 英雄の娘

リコピン

文字の大きさ
上 下
16 / 74
第一章 

7-4.

しおりを挟む
7-4

闇が深まる中、帝都にある侯爵家のタウンハウスへと馬車を急がせる。屋敷に近づくに連れて、窓に灯りが点るのが見えた。その灯りの、常には無い数の多さに招かざる者達の来訪を予期する。

手も借りずに、馬車から飛び降りるようにして玄関のステップに足をかければ、見計らったように内から開く扉。現れた、侯爵家に長年勤める執事の顔を見て、予感が確信に変わる。

「…叔父様が来ているのね?」

「はい、ご一家で見えられています。…ユニファルア様がお帰りになり次第、部屋まで来るようにとのお言付けです」

「わかりました。支度をしてすぐに向かいます。叔父様にそう伝えて」

「畏まりました」

男が戸惑っているのはわかっているが、今は説明している時間がない。自室に戻り、手を借りずに着替えを済ませてしまう。

あと少し。私達の人生をこれ以上好きにはさせない。そのためには、ここで下手をうつわけにはいかないのだ。気を引き締め直し、叔父の部屋の扉を叩く。





「とんでもないことをしでかしてくれたな、ユニファルア」

先代侯爵の弟、自分の叔父である男の顔には、隠しきれない喜色が浮かんでいる。子爵位を持ちながらも、兄無き後の侯爵位を虎視眈々と狙っていた男。

「報告は受けている。私の目が届かぬからと、ずいぶん好きかってしていたようだな」

―あなたが、それを言うのか。女であり、侯爵位を継ぐことのできない姪の後見におさまって、専横を振るおうとしてきた男が。領地経営を私腹を肥やすことだと勘違いした男に、どれだけ煮え湯を飲まされてきたことか。

「何にしろ、貴様の当主代理としての権利は全て剥奪された。今日からは私がレイド侯爵だ」

恐れていた通り、最悪の結末。

シヴェスタが『両家の承認を得ている』と言った時点で、こちらが完全に後手に回ってしまったのがわかった。後見人に―当主代理である私を飛び越えて―侯爵家としての権利は与えられない。つまり、既にあの時には、裁定を行える立場、侯爵位についた者がいるということ。

そして、レイドにとっての不運は、その立場に最も近かったのがこの俗物しかいなかったことだろう。

全く、なんと言う仕事の早さ。侯爵位の継承には、恐れ多くも、皇帝陛下の勅許が必要なのだ。さすが、軍と政治のトップを身内に持つ方達の力は恐い―シヴェスタの援護に立っていた男達を思う。

「セウロン家と貴様との婚約も破棄された。当然だな。貴族令嬢とは思えない醜態をさらしたんだ。まぁ、セウロン家にはカシアナを代わりにやれば問題ない」

何かと突っかかって来ていた同い年の従妹の得意げな顔が浮かぶ。

「お前は、サイジリア侯爵に嫁げ」

皇帝陛下の信任厚い、老獪ろうかいな政治家の顔が浮かぶ。確か、五人目の妻と死別したばかりだったろうか。

「妹の方はまだ10だったか。すぐには難しいが、ただ飯を食わせてやる義理もない。さっさと片付けてしまうか」

「…叔父様、」

「口答えをするな。貴様の意見など聞いておらん。決めるのは当主である私だ。貴様も侯爵家の人間なら家の役に立て」

言葉が胸に突き刺さる。役に立ちたかった。レイドのために生きると決めていた。だけど、たった一つ、譲れないものがあるから―

「…では、私達は侯爵家を出ます」

「ハッ!何を言い出すかと思えば。この家を出て、貴様らに何ができる?どうせ、のたれ死ぬだけだ」

「かまいません」

「っ思い上がった小娘が!いいだろう!ならば今すぐ出ていけ!金輪際、レイドの名を名乗るな!姉妹揃ってどこぞでのたれ死ぬがいい!可哀想にな!お前の我が儘で、妹は死ぬんだ!」

「っ!」




自室で持ち出すものをかき集め、妹の部屋の扉を静かにあける。そろりと部屋に滑り込めば、上半身を寝台の上に起こしたリリアージュと目があった。

「…ねえ様」

聡いこの子のことだ。突然の叔父たちの訪問に思うところがあったのだろう。大体、彼らがこの子をどう扱ったかなど考えなくともわかる。眠ることもできずに私を待っていたのか。もっと早く来てあげれば良かった。寝台に近づき、まろい頭をそっとなでる。

「リリィ、聞いて。私達はこの家を出ていくことになったの」

「領地に帰るの?」

「…違うわ。ごめんなさい。詳しい話をしてあげたいんだけれど、今は時間が無いの。あとでちゃんと話をするわ」

今は頭に血がのぼっているが、冷静になったあの男の気が変わらないとも限らない。駒としての私達にはまだ利用価値がある。監禁でもされてしまう前に逃げ出さなければ。

「直ぐに出なければならないの。歩けるような服に着替えてくれる?出来るだけ、目立たない服ね」

「…わかったわ、ねえ様」

日も落ちた、こんな時間に家を出ることに不安はあるだろうに。こちらの意を酌んで動いてくれる妹のいじましさ。

思えば、両親を幼くして失い、姉である私は自分のことに精一杯で傍にいてやることもままならず。この子が子どもでいられた時間は
あまりにも短かった。

彼女の荷物をまとめながら、目頭が熱くなり、張りつめていたものが切れそうになる。

「ねえ様、これでいい?」

「っ!」

未だダメだ。あの男の手が届かないところまで。この子を守るためにも。

「いいわ。荷物もまとまったし。…行きましょう」

「うん」

大人しく従う妹の手を引いて、降り始めた雨の中、屋敷を後にする。門を抜けたところで、振り返った。結局守りきれなかった家、支えてくれた人達。

―ごめんなさい。私はこの手にある温もりだけは失いたくない。力を持たない私には、この子を守ることが精一杯だから。後は全部ここに捨てて行く。

万が一のための少量の現金は持ち出せたが、これからのことを考えると切り詰めなければ。馬車は使えない。雨に体温を奪われながらも歩く。

「ねえ様、どこに行くの?」

「そうね。今は夜だから、取り敢えずどこかに宿をとりましょう?あれこれするのは、明るくなってからね。まずは、二人で住む家を見つけないといけないかしら?」

「…大丈夫なの?」

「ふふ。心配しないで。少しだけどお金があるし、宝石もいくつか持ち出せたから。それに私は字も書けるし、計算もできる。商家にでも雇ってもらえれば、二人でも生きて生けるわ」

意識して口角を上げて微笑めば、妹の頬もわずかに緩む。思い描く生活は、果たして夢物語に近く。

それでも、この子だけは幸せにすると決めている。例えこの身を売ることになるうとも―何の力も持たない女があがなう手段など限られている―この子を守るのに手段を選んでなどいられない。

「ああ、でもそうだ。リリィ、その前にちょっとだけ寄りたいところがあるんだけど、いいかしら?」

「?うん」

恐らく無駄足になるだろう。雨の中、リリィを連れてこんなことをしている場合ではない。それでもどうか、最後にあなたに一目会いたい。そしてどうか許して欲しい、弱い私の最後の甘えを―




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。

木山楽斗
恋愛
両親が亡くなってすぐに兄が失踪した。 不幸が重なると思っていた私に、さらにさらなる不幸が降りかかってきた。兄が失踪したのは子爵家の財産のほとんどを手放さなければならい程の借金を抱えていたからだったのだ。 当然のことながら、使用人達は解雇しなければならなくなった。 多くの使用人が、私のことを罵倒してきた。子爵家の勝手のせいで、職を失うことになったからである。 しかし、中には私のことを心配してくれる者もいた。 その中の一人、フェリオスは私の元から決して離れようとしなかった。彼は、私のためにその人生を捧げる覚悟を決めていたのだ。 私は、そんな彼とともにとあるものを見つけた。 それは、先祖が密かに残していた遺産である。 驚くべきことに、それは子爵家の財産をも上回る程のものだった。おかげで、子爵家は存続することができたのである。 そんな中、私の元に帰ってくる者達がいた。 それは、かつて私を罵倒してきた使用人達である。 彼らは、私に媚を売ってきた。もう一度雇って欲しいとそう言ってきたのである。 しかし、流石に私もそんな彼らのことは受け入れられない。 「今更、掌を返しても遅い」 それが、私の素直な気持ちだった。 ※2021/12/25 改題しました。(旧題:没落貴族一歩手前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更掌を返してももう遅いのです。)

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...