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1巻
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「納得がいきません!」
「否」の言葉に、エドワードが眉をひそめる。だが、一度口にした思いは止まらなかった。
「シンシア様が理由ではないとしたら、なぜ、急に離縁などと言い出すのですか? 一体、何が離縁の理由になるというのです」
多少の衝突はあれど、今まで夫婦として無難に過ごしてきた。互いへの尊重も――少なくとも、私にはあった。
険の混じった問いに、エドワードがおざなりに答えを返す。
「……三年だ」
(なっ……!)
彼の言葉に、ザッと血の気が引いた。
そこに潜む牙に、「まさか」という思いと、「それをここで口にするのか」という恐怖を覚える。だが、エドワードはこちらの反応など歯牙にもかけていない。
無神経な夫の態度に身構えるも、無慈悲な言葉は躊躇なく放たれた。
「先月で婚姻から丸三年経った。が、結局、お前は一人の子にも恵まれなかった」
「それは……っ!」
ある程度覚悟していた言葉だが、やはり、胸に突き刺さる。
私とて、この三年で子どもに恵まれなかったことを気にしなかったわけではない。どころか、公爵家継嗣の妻という重圧を少なからず感じていた。
けれど、やはり、根底では「子どもは授かりもの」だと思っていたから――
「……嫁して三年だ。既に、婚姻解消どころか婚姻無効の要件にさえ成り得るだろう?」
追い打ちの言葉に、視線を床に落とす。
「だが、お前のこれまでの働きに免じて、無効ではなく解消、離縁を認めると言っているのだ」
エドワードの「恩情だ」との言葉が、上手く頭に入ってこない。理解しようとして、再び怒りがこみ上げた。
(恩情? そんな馬鹿なこと……っ!)
彼の言葉は、恩情ではなく脅迫だ。寛容さを見せる体で、こちらの譲歩を強いていた。
彼の「離縁を認めてやるうちに出ていけ」というやり口に、怒りが言葉になって溢れ出す。
「そんなの、認められませんっ! 子ができないことを私一人の瑕疵とされるなんて。しかも、それを理由に婚姻解消だなんて!」
「だが、私はそれを許される身だ」
「っ……!」
エドワードの冷淡な一言に、激昂していた頭が冷える。
(そう。法律上は、確かにそうだけど……っ!)
国の根幹たる王家とそれに続く三公爵家は、その尊き血を守るため、様々な特権を持つ。その特権の一つ、この国には三公にのみ許される悪法があった。
嫡子不在の婚姻無効――
この法を用いれば、血を受け継ぐ子がいない場合、婚姻を無効――初めからなかったものにできる。しかも、適用するのに双方の合意は不要で、公爵家の一方的な意思で成立する。
これによって、公爵家では即時に新たな婚姻が可能となり、元の婚姻相手に対して財産分与等の補償も発生しない。公爵家がダメージを負うことのない、公爵家を守るための法律だ。
反面、無効とされた側はなんの権利も与えられず、権利を主張することさえ許されない。
この、どこまでも傲慢で身勝手な法が、「公爵家、ひいては国の存続のため」としてこの国では認められていた。
(それが、国のために必要なんだって言われても……!)
「……納得、できません」
心の内で「だって」と反駁する。
「子はできずとも、今まで、エドワード様が離縁を口にされることはありませんでした。私を責めることなどなかったではありませんか」
事実、先月の結婚三周年の際にも、彼は何も言わなかった。気にしている素振りさえ見せなかったのだ。
「それに、子どもについては、まだこれから先、いくらでも可能性はあります」
言って、一抹の望みを込めて自身の腹部に手を当てる。
それこそ、今、この時だって可能性はある――
その願いも虚しく、エドワードが首を横に振る。
「状況が変わった」
「状況……?」
呟かれた言葉をおうむ返しに問う。
彼が初めて気まずげな表情を見せた。
「私はもう、お前に触れるつもりはない。お前を妻として見ることはない」
「……え?」
言われた言葉をなんとか咀嚼しようとした。
理解したくないまま辿り着いた結論に、気分が悪くなる。呼吸が浅くなり、喉元にせり上がる不快感を必死に呑み下した。
「……つまり、貴方はもう私を抱かない。子を成すつもりはないと?」
口にするだけで苦しくなる問いに、エドワードは答えを返さない。
その雄弁な沈黙に、乾いた嗤いがこみ上げる。
「アハ! 馬鹿らしい……!」
今日まで――いや、一週間前まで、信じていた伴侶からの容赦ない拒絶。
私の自尊心は、地の底へ叩きつけられた。「私の誇りだったもの」が無残に砕け散り、砕けた欠片まで消えてなくなっていく。
荒んだ感情のままに、言葉を吐き捨てる。
「結局、その『状況』とやらが変わったのもシンシア様のせい、というわけですね」
「なんだと……?」
エドワードの言葉に怒気が混じった。
気付かぬふりで、言い捨てる。
「だって、そうでしょう? 彼女が現れたせいで、貴方の状況、気持ちが変わった。『彼女以外の女を抱くつもりはない』、『彼女以外は認めない』、だから私を切り捨てるのでしょう?」
結局、邪魔な私を追い出したいだけ。子どもの不在はただの後付けでしかない。
事実、肝心の夫に「不要だ」と切り捨てられたが――私は公爵家嫡子の妻を三年間務めた。面倒な社交も政治も、及第点でこなしてきたのだ。
エドワードの最愛にはなれずとも、公爵家継嗣の良き妻ではあった。
「あの人さえ、シンシア様さえ、貴方の前に現れなければ……」
堪らず、怨嗟の言葉が口をついて出る。
エドワードが音を立てて立ち上がった。
「勝手な思い込みでシンシアに妬心を向けるな。万が一、彼女を害するようなことがあれば……」
鋭い視線で射貫かれ、体がビクリと跳ねる。必死で首を横に振った。
「まさか! 私が誰かを故意に傷付けるような真似をするとでもお思いですか!?」
高圧的な彼の態度が恐ろしい。
けれど、それ以上に、彼に信用されていないことが悲しかった。
今更ではあるが、共に過ごした三年間を思うと、割り切れない。口からため息が零れ落ちる。
「シンシア様を傷付けるつもりはありません。そんなつもりは全くなくて、ただ、私が言いたいのは……」
なぜ、彼には分からないのだろう。なぜ、この思いが伝わらない――?
裏切りも、心変わりも、悔しくて辛い。
だけど、それを理由に私を切り捨てるのであれば、ちゃんと認めてほしい。有耶無耶な理由で、「不要」とされては、私の心が行き場を失ってしまう。
「お願いします。離縁の理由がシンシア様であることを認めてください。私は建前の理由で切り捨てられるのは嫌です」
始まった物語を止められなくても、私が主役二人の障害でしかないのだとしても。彼らの愛の前に、私の人生が踏みにじられる謂れはない。
けれど、吐露した願いに、エドワードは嘆息して首を横に振る。
「建前ではない。お前に子ができなかったこと。それが事実で、唯一の理由だ」
「そんなはずありません! 現に、エドワード様はシンシア様と再会されてから――」
「くどい!」
彼が声を荒らげた。
「何度も言わせるな。私たちの離縁に、シンシアはなんの関係もない!」
「嘘よ……!」
今度は、はっきりと声に出して糾弾した。
彼だって、本心では認めているはずだ。だからこそ、これだけ怒っているのではないか。日頃からは考えられぬほど取り乱しておいて、自覚がないなんて言わせない。
「いい加減にしろ! 子を産まなかったお前に全ての責がある!」
「ですがっ!」
「黙れ! 口答えをするなっ!」
激昂したエドワードが拳を執務机に叩きつける。鈍い音が響いて、身が竦んだ。
言葉を呑み込んだ私に、目の前の男は深い深いため息をつく。
「……貴様には温情をかけたつもりだったのだがな」
「エドワード様……」
「それを、こうまで浅ましい発言で踏みにじられるとはっ!」
鋭い眼光で睨まれる。「ですが」と言いかけた言葉は、喉の奥から出てこなかった。
「もういい。無効だ」
「え……?」
吐き捨てるように言われた言葉が信じられない。体が麻痺して動かなくなる。脳内をグルグルと同じ言葉が回っていた。
エドワードの淡々とした声が、その言葉をもう一度繰り返す。
「婚姻は無効だ。解消ではなく、無効とする」
「そんなっ……!」
思わず、悲鳴じみた声を上げた。
頭の中を高速で思考が巡る。正直、彼が婚姻無効を言い出すとは思っていなかった。少なくとも、私の知るエドワード・ソルフェリノという男は、そこまで非情な人間ではない。高位貴族ゆえの傲慢さはあるが、他を顧みない暴君ではなかったはずだ。
(それだけ、シンシアへの想いが大きい。彼女を守ろうとする意思が強いということ?)
夫の恋情を見誤った自身を悔いる。
(どうしよう……)
なんとかして状況を打破したいと願うものの、適切な言葉が浮かんでこなかった。
冷静になるべき場面。分かっていても、消えてなくならない前世からの澱が、彼の慈悲を乞う自分を拒む。
形だけでもいいのに、頭を下げられない。
「イリーゼ。これ以上、シンシアを謗ることは許さん。貴様は、今後一切、彼女に関わるな」
「エドワード様。私は……」
続く言葉が出てこなかった。
夫は、切り捨てようとしている妻よりも、「無関係だ」と言い張る女を案じている。そんな相手に、これ以上、何を言えばいいというのか。
絶望的な状況に、指先が震える。エドワードの嘆息が聞こえた。
「用は済んだ。出ていけ」
彼は犬でも追い払うように手を払う。その視界に既に私は入っていない。
「婚姻無効の手続きはこちらで済ませる。力尽くで追い出されたくなければ、一両日中に屋敷から去れ」
退去を告げる際も、夫は一度もこちらを見ない。彼の態度に、二人の未来が永遠に閉ざされたことを知った。
私は別れを受け入れ、胸を張る。
(私も、エドワードを愛してなんかいない……)
だけど、大切だった。
私を選び、認めてくれた人。彼の隣に立つこと、彼の支えになることが私の誇りだった。
彼によって慰撫されたものが、確かにあったのだ。
崩れ落ちそうになる足を叱咤し、どうにか歩き出す。開いた扉の前、最後に振り向いて頭を下げる。
「……失礼、します」
見慣れた横顔に別れを告げ、扉を閉じた。
◇◇◇
執務室を追い出されてからは、あっという間だった。
部屋に戻るなり、侍女たちによって荷物が纏め上げられる。持ち出しが許されたのは、私個人の所有物のみ、公爵家所縁の品は全て回収された。
そして、小さく纏まった荷物と共に、その日の夕方には屋敷からも追い出された。
押し込まれたのは王都でも最高級の宿泊所、ホテル・マイヤース。
確かに、歴史と名声に見合う最高級のもてなしを提供するホテルではある。しかし、そこは社交界のお歴々の耳目が集まる社交場でもあった。そんな場所で、捨てられた我が身を晒す勇気などない。
私はひたすら部屋に籠り、そして、泣いた。
本来なら、実家であるクレハラド家に連絡を取り、父に迎えに来てもらうべきなのだろう。頭では分かっていても、動く気力が湧かない。一人悶々とベッドの上で涙を流し続ける。
――私の何がいけなかったのか。私は、何を間違ったのか。
一度、思考の沼に陥ると、自身を貶める考えばかりが浮かんでくる。
次々に浮かぶ嫌な「もしも」を、必死で打ち消した。
元より、愛で始まった結婚ではない。完全なる政略結婚。
私に求められたのは、家と家とを結び、赤の領地の宗主であるソルフェリノに繁栄をもたらすことだ。
(その契約はまだ続いていた。それを一方的に破ったのはエドワードのほう。私は悪くない……)
転がったベッドの上、ほどけて広がる自身の髪が視界に映る。
エドワードの紅紫のような鮮やかさはなく、どちらかというと茶に近いくすんだレンガ色。赤色の魔力の証ではあるが、赤の領地での価値はそれほど高くない。
(だから、私が選ばれたのは魔力のおかげじゃない)
今は泣いて腫れ上がった瞼の奥の瞳も、「望まれる色」に近い翠ではあるが、それだけで次期公爵夫人の座は望むべくもない。
学んで鍛えて耐えて、漸く、魑魅魍魎はびこる社交界での評価を得るに至ったのだ。
「……同じことを、あの人ができるっていうの?」
自身の問いに、意地悪な思考が「絶対に無理だ」と答える。
(だって、彼女は最初に選ばれなかったじゃない……)
どれだけ想い合っていようと、エドワードとシンシアは結ばれなかった。
おそらく、当事者以外――公爵家の思惑が働いたのだろう。彼女は「公爵夫人の器ではない」と判断されたのだ。
(だから、今度も絶対に無理よ)
五年の歳月が彼女をどれだけ変えたのかは知らない。だけど、彼女にはきっと無理だと決めつける。
だって、そうでなければ、惨めじゃないか。
私が本気で努力してきたことを、そう容易くこなされては、私の立つ瀬がない。
「……でも、きっと、あの人にはそんなの関係ない」
シンシアなら、「公爵家」に相応しくなくたっていいのだ。
なぜなら、彼女は今度こそ選ばれた。
選んだのはソルフェリノではなく、エドワードだ。
紆余曲折の末、まさに「真実の愛」で結ばれた二人は、これから先も物語のヒーローとヒロインのように困難に打ち勝っていくのだろう。
そして、きっと築くのだ。私がエドワードと築けなかったものを。
「っ……!」
涙が勝手に溢れ出した。
目尻から頬を伝って流れ落ちていく熱。頬に不快な温度を感じつつ、下腹にそっと手を伸ばす。
「……三年」
エドワードと夫婦として過ごした時間。彼が口にするまでもなく、本当はずっとその年数を意識していた。
最初の一年はまだよかったのだ。
愛はなくとも、夫婦として互いに歩み寄ろうという意思があった。直接的な言葉をくれたわけではないけれど、エドワードの態度には私への労りが感じられた。
(だから、愛してはいなかったけれど……)
彼に恋をしていたのかもしれない――
婚姻当初から、彼への尊敬はあった。見惚れるほどに整った容姿に、次期公爵としての自信に満ちた態度、そして行動力。
エドワードの何もかもが完璧に思えた。
しかも、相手は自分の夫だ。想いを寄せることになんの障害もない。
だから、私の心の幾分かは彼に傾いていたのだと思う。
(それがきっと、今、流れてる涙の理由……)
完全に心が傾き切らなかったのは、彼に、自分と同じ想いがないことを知っていたから。
一方通行の想いなんて苦しいだけ。
それでも、夫婦として、家族として寄り添い合っていければ、それでいいと思っていた。
けれど、夫婦としての一年が過ぎる頃には、その考えは、私を苦しめるものになった。
週に数度はあった夫婦の交わりが、次第に間遠になり、月に一度あるかないかに。
「これではいけない」とこちらから誘いをかけて、なんとか月に一度は夫をベッドへ誘うような日々。
それが、二年続いた。
気が付くと、キスも触れ合いもなくなり、ただただ、子を成すための作業を積み重ねるだけ。
膠着した夫婦の関係を打破する策も浮かばず、かといって、苦痛の増していく行為を止める勇気もない。
そうやって、なんとか繋いでいた関係だったが、結局、望む結果は得られなかった。
(でも、きっと、彼女なら……)
エドワードに愛され、望まれるシンシア・ヘインズならきっと、エドワードの子を産むのだろう。尊い紅紫を持つ、ソルフェリノの子を。
(そうすれば、今度こそ、公爵家もシンシアを認めるしかなくなる)
なぜなら、エドワードには私という実績がある。
ソルフェリノの次代を望むなら、エドワードの妻は彼に愛される女性でなければ駄目なのだ。
(ああ、もう。なんでこんなに……)
惨めなんだろう――
子どもができなかったことが、ではない。
今はもう認めざるを得ない一方通行の想いや、献身のつもりだった独り善がりの努力。そして、浅ましくも顧みられたかったという願望。
そんなものを必死で隠して傍にいたのに、全部、無価値と打ち捨てられて、存在さえ葬り去られた。エドワードの妻だった私はもうどこにもいない。
自己への憐憫に、再び涙が溢れ出す。
流れるに任せた涙が尽きるまで、私は存分に自分を憐れみ、同時に、恋物語の主役二人への恨み辛みを吐き出し続けた。
妬んで羨んで、泣いて泣いて泣いて――
漸く涙が止まった頃、私の思いは一つに固まる。
――あの二人を絶対に許さない!
グズグズに煮詰まった思考の中心にあるのは、醜く歪んだ自尊感情だ。
再び人生に行き詰まった私だが、自分を「ブスでデブで馬鹿だ」と卑下することは二度としない。
エドワードに叩き潰され、踏みつけられたプライドは、たとえ地中にめり込んだとしても折れなかったのだ。代わりに、既に歪んでいた性根は元の形さえ分からぬほどに捻じ曲がったが、それはもう致し方ない。
(後悔させてやる……!)
溢れた怒りの熱量に突き動かされる。
私はベッドの上で身を起こした。
恨み辛みから思いついた企み。それがどれだけ無謀で愚かであろうと、私はもう、止まれなかった。
激情に突き動かされるまま、ホテルの部屋を飛び出す。周囲の視線も、今は気にならなかった。
「思いついた企み」は、端的に言うと復讐。私を「恋物語の悪役」に押しやった主役二人に対する逆襲だ。
仮に、その逆襲さえ二人の距離を縮めるためのエピソードの一つに終わるとしても、やれるだけのことはやってやる。
意気込むが、「だけど、まぁ……」と冷静な思考も残っていた。
相手は公爵家の嫡男と異国帰りの美女だ。物語の主役を張る二人に、真っ向から勝負を挑むのは無謀だろう。
勝算の低い戦いはしても、勝算のない戦いをするつもりはない。
それに、勝算が低いのであれば、上げればいい。悪役は悪役らしく、厭らしい搦め手で挑めばいいのだから。
(だとしたら、まずは仲間が欲しいな)
何も、馬鹿正直に一人で挑む必要はない。
悪役なんて、裏で手を組み、更なる大規模な悪事を企てるもの。主役のような縛りはなく、好きなだけ仲間を集められる。
(ただ、大勢いてもね……)
暴力に訴えるつもりはないため、人数を集めたとしても、思いつく策がない。
ただし、この国の女性の不自由さを考えると、少なくとも一人、男の協力者が要る。決して裏切らない、信頼できる相手が。
「信頼できる男の協力者」と考えて、一人の顔が浮かぶ。同時に、一つの策を閃いた。
賭けのような策だが、心が高揚する。
(……やってみる価値はある。けど、かなり難しいな)
ホテルの廊下を突き進んでいた足が止まった。
装飾として置かれた姿見に、自身の姿が映る。
(あーあ。すごい、ボロボロ……)
部屋を飛び出す前に、一応の身だしなみは整えたつもりだった。けれど、侍女の手を借りることができなかった姿はどこか不格好。散々泣いた後の瞼は、冷やしていないためパンパンに腫れていた。
佇んだ鏡の前、散々な自分の姿に勇気を得る。
(うん、イケる! これ以上、最悪な状況なんて、そうそうない!)
覚悟と共に、必要な情報を集めるために再び動き出した。
「否」の言葉に、エドワードが眉をひそめる。だが、一度口にした思いは止まらなかった。
「シンシア様が理由ではないとしたら、なぜ、急に離縁などと言い出すのですか? 一体、何が離縁の理由になるというのです」
多少の衝突はあれど、今まで夫婦として無難に過ごしてきた。互いへの尊重も――少なくとも、私にはあった。
険の混じった問いに、エドワードがおざなりに答えを返す。
「……三年だ」
(なっ……!)
彼の言葉に、ザッと血の気が引いた。
そこに潜む牙に、「まさか」という思いと、「それをここで口にするのか」という恐怖を覚える。だが、エドワードはこちらの反応など歯牙にもかけていない。
無神経な夫の態度に身構えるも、無慈悲な言葉は躊躇なく放たれた。
「先月で婚姻から丸三年経った。が、結局、お前は一人の子にも恵まれなかった」
「それは……っ!」
ある程度覚悟していた言葉だが、やはり、胸に突き刺さる。
私とて、この三年で子どもに恵まれなかったことを気にしなかったわけではない。どころか、公爵家継嗣の妻という重圧を少なからず感じていた。
けれど、やはり、根底では「子どもは授かりもの」だと思っていたから――
「……嫁して三年だ。既に、婚姻解消どころか婚姻無効の要件にさえ成り得るだろう?」
追い打ちの言葉に、視線を床に落とす。
「だが、お前のこれまでの働きに免じて、無効ではなく解消、離縁を認めると言っているのだ」
エドワードの「恩情だ」との言葉が、上手く頭に入ってこない。理解しようとして、再び怒りがこみ上げた。
(恩情? そんな馬鹿なこと……っ!)
彼の言葉は、恩情ではなく脅迫だ。寛容さを見せる体で、こちらの譲歩を強いていた。
彼の「離縁を認めてやるうちに出ていけ」というやり口に、怒りが言葉になって溢れ出す。
「そんなの、認められませんっ! 子ができないことを私一人の瑕疵とされるなんて。しかも、それを理由に婚姻解消だなんて!」
「だが、私はそれを許される身だ」
「っ……!」
エドワードの冷淡な一言に、激昂していた頭が冷える。
(そう。法律上は、確かにそうだけど……っ!)
国の根幹たる王家とそれに続く三公爵家は、その尊き血を守るため、様々な特権を持つ。その特権の一つ、この国には三公にのみ許される悪法があった。
嫡子不在の婚姻無効――
この法を用いれば、血を受け継ぐ子がいない場合、婚姻を無効――初めからなかったものにできる。しかも、適用するのに双方の合意は不要で、公爵家の一方的な意思で成立する。
これによって、公爵家では即時に新たな婚姻が可能となり、元の婚姻相手に対して財産分与等の補償も発生しない。公爵家がダメージを負うことのない、公爵家を守るための法律だ。
反面、無効とされた側はなんの権利も与えられず、権利を主張することさえ許されない。
この、どこまでも傲慢で身勝手な法が、「公爵家、ひいては国の存続のため」としてこの国では認められていた。
(それが、国のために必要なんだって言われても……!)
「……納得、できません」
心の内で「だって」と反駁する。
「子はできずとも、今まで、エドワード様が離縁を口にされることはありませんでした。私を責めることなどなかったではありませんか」
事実、先月の結婚三周年の際にも、彼は何も言わなかった。気にしている素振りさえ見せなかったのだ。
「それに、子どもについては、まだこれから先、いくらでも可能性はあります」
言って、一抹の望みを込めて自身の腹部に手を当てる。
それこそ、今、この時だって可能性はある――
その願いも虚しく、エドワードが首を横に振る。
「状況が変わった」
「状況……?」
呟かれた言葉をおうむ返しに問う。
彼が初めて気まずげな表情を見せた。
「私はもう、お前に触れるつもりはない。お前を妻として見ることはない」
「……え?」
言われた言葉をなんとか咀嚼しようとした。
理解したくないまま辿り着いた結論に、気分が悪くなる。呼吸が浅くなり、喉元にせり上がる不快感を必死に呑み下した。
「……つまり、貴方はもう私を抱かない。子を成すつもりはないと?」
口にするだけで苦しくなる問いに、エドワードは答えを返さない。
その雄弁な沈黙に、乾いた嗤いがこみ上げる。
「アハ! 馬鹿らしい……!」
今日まで――いや、一週間前まで、信じていた伴侶からの容赦ない拒絶。
私の自尊心は、地の底へ叩きつけられた。「私の誇りだったもの」が無残に砕け散り、砕けた欠片まで消えてなくなっていく。
荒んだ感情のままに、言葉を吐き捨てる。
「結局、その『状況』とやらが変わったのもシンシア様のせい、というわけですね」
「なんだと……?」
エドワードの言葉に怒気が混じった。
気付かぬふりで、言い捨てる。
「だって、そうでしょう? 彼女が現れたせいで、貴方の状況、気持ちが変わった。『彼女以外の女を抱くつもりはない』、『彼女以外は認めない』、だから私を切り捨てるのでしょう?」
結局、邪魔な私を追い出したいだけ。子どもの不在はただの後付けでしかない。
事実、肝心の夫に「不要だ」と切り捨てられたが――私は公爵家嫡子の妻を三年間務めた。面倒な社交も政治も、及第点でこなしてきたのだ。
エドワードの最愛にはなれずとも、公爵家継嗣の良き妻ではあった。
「あの人さえ、シンシア様さえ、貴方の前に現れなければ……」
堪らず、怨嗟の言葉が口をついて出る。
エドワードが音を立てて立ち上がった。
「勝手な思い込みでシンシアに妬心を向けるな。万が一、彼女を害するようなことがあれば……」
鋭い視線で射貫かれ、体がビクリと跳ねる。必死で首を横に振った。
「まさか! 私が誰かを故意に傷付けるような真似をするとでもお思いですか!?」
高圧的な彼の態度が恐ろしい。
けれど、それ以上に、彼に信用されていないことが悲しかった。
今更ではあるが、共に過ごした三年間を思うと、割り切れない。口からため息が零れ落ちる。
「シンシア様を傷付けるつもりはありません。そんなつもりは全くなくて、ただ、私が言いたいのは……」
なぜ、彼には分からないのだろう。なぜ、この思いが伝わらない――?
裏切りも、心変わりも、悔しくて辛い。
だけど、それを理由に私を切り捨てるのであれば、ちゃんと認めてほしい。有耶無耶な理由で、「不要」とされては、私の心が行き場を失ってしまう。
「お願いします。離縁の理由がシンシア様であることを認めてください。私は建前の理由で切り捨てられるのは嫌です」
始まった物語を止められなくても、私が主役二人の障害でしかないのだとしても。彼らの愛の前に、私の人生が踏みにじられる謂れはない。
けれど、吐露した願いに、エドワードは嘆息して首を横に振る。
「建前ではない。お前に子ができなかったこと。それが事実で、唯一の理由だ」
「そんなはずありません! 現に、エドワード様はシンシア様と再会されてから――」
「くどい!」
彼が声を荒らげた。
「何度も言わせるな。私たちの離縁に、シンシアはなんの関係もない!」
「嘘よ……!」
今度は、はっきりと声に出して糾弾した。
彼だって、本心では認めているはずだ。だからこそ、これだけ怒っているのではないか。日頃からは考えられぬほど取り乱しておいて、自覚がないなんて言わせない。
「いい加減にしろ! 子を産まなかったお前に全ての責がある!」
「ですがっ!」
「黙れ! 口答えをするなっ!」
激昂したエドワードが拳を執務机に叩きつける。鈍い音が響いて、身が竦んだ。
言葉を呑み込んだ私に、目の前の男は深い深いため息をつく。
「……貴様には温情をかけたつもりだったのだがな」
「エドワード様……」
「それを、こうまで浅ましい発言で踏みにじられるとはっ!」
鋭い眼光で睨まれる。「ですが」と言いかけた言葉は、喉の奥から出てこなかった。
「もういい。無効だ」
「え……?」
吐き捨てるように言われた言葉が信じられない。体が麻痺して動かなくなる。脳内をグルグルと同じ言葉が回っていた。
エドワードの淡々とした声が、その言葉をもう一度繰り返す。
「婚姻は無効だ。解消ではなく、無効とする」
「そんなっ……!」
思わず、悲鳴じみた声を上げた。
頭の中を高速で思考が巡る。正直、彼が婚姻無効を言い出すとは思っていなかった。少なくとも、私の知るエドワード・ソルフェリノという男は、そこまで非情な人間ではない。高位貴族ゆえの傲慢さはあるが、他を顧みない暴君ではなかったはずだ。
(それだけ、シンシアへの想いが大きい。彼女を守ろうとする意思が強いということ?)
夫の恋情を見誤った自身を悔いる。
(どうしよう……)
なんとかして状況を打破したいと願うものの、適切な言葉が浮かんでこなかった。
冷静になるべき場面。分かっていても、消えてなくならない前世からの澱が、彼の慈悲を乞う自分を拒む。
形だけでもいいのに、頭を下げられない。
「イリーゼ。これ以上、シンシアを謗ることは許さん。貴様は、今後一切、彼女に関わるな」
「エドワード様。私は……」
続く言葉が出てこなかった。
夫は、切り捨てようとしている妻よりも、「無関係だ」と言い張る女を案じている。そんな相手に、これ以上、何を言えばいいというのか。
絶望的な状況に、指先が震える。エドワードの嘆息が聞こえた。
「用は済んだ。出ていけ」
彼は犬でも追い払うように手を払う。その視界に既に私は入っていない。
「婚姻無効の手続きはこちらで済ませる。力尽くで追い出されたくなければ、一両日中に屋敷から去れ」
退去を告げる際も、夫は一度もこちらを見ない。彼の態度に、二人の未来が永遠に閉ざされたことを知った。
私は別れを受け入れ、胸を張る。
(私も、エドワードを愛してなんかいない……)
だけど、大切だった。
私を選び、認めてくれた人。彼の隣に立つこと、彼の支えになることが私の誇りだった。
彼によって慰撫されたものが、確かにあったのだ。
崩れ落ちそうになる足を叱咤し、どうにか歩き出す。開いた扉の前、最後に振り向いて頭を下げる。
「……失礼、します」
見慣れた横顔に別れを告げ、扉を閉じた。
◇◇◇
執務室を追い出されてからは、あっという間だった。
部屋に戻るなり、侍女たちによって荷物が纏め上げられる。持ち出しが許されたのは、私個人の所有物のみ、公爵家所縁の品は全て回収された。
そして、小さく纏まった荷物と共に、その日の夕方には屋敷からも追い出された。
押し込まれたのは王都でも最高級の宿泊所、ホテル・マイヤース。
確かに、歴史と名声に見合う最高級のもてなしを提供するホテルではある。しかし、そこは社交界のお歴々の耳目が集まる社交場でもあった。そんな場所で、捨てられた我が身を晒す勇気などない。
私はひたすら部屋に籠り、そして、泣いた。
本来なら、実家であるクレハラド家に連絡を取り、父に迎えに来てもらうべきなのだろう。頭では分かっていても、動く気力が湧かない。一人悶々とベッドの上で涙を流し続ける。
――私の何がいけなかったのか。私は、何を間違ったのか。
一度、思考の沼に陥ると、自身を貶める考えばかりが浮かんでくる。
次々に浮かぶ嫌な「もしも」を、必死で打ち消した。
元より、愛で始まった結婚ではない。完全なる政略結婚。
私に求められたのは、家と家とを結び、赤の領地の宗主であるソルフェリノに繁栄をもたらすことだ。
(その契約はまだ続いていた。それを一方的に破ったのはエドワードのほう。私は悪くない……)
転がったベッドの上、ほどけて広がる自身の髪が視界に映る。
エドワードの紅紫のような鮮やかさはなく、どちらかというと茶に近いくすんだレンガ色。赤色の魔力の証ではあるが、赤の領地での価値はそれほど高くない。
(だから、私が選ばれたのは魔力のおかげじゃない)
今は泣いて腫れ上がった瞼の奥の瞳も、「望まれる色」に近い翠ではあるが、それだけで次期公爵夫人の座は望むべくもない。
学んで鍛えて耐えて、漸く、魑魅魍魎はびこる社交界での評価を得るに至ったのだ。
「……同じことを、あの人ができるっていうの?」
自身の問いに、意地悪な思考が「絶対に無理だ」と答える。
(だって、彼女は最初に選ばれなかったじゃない……)
どれだけ想い合っていようと、エドワードとシンシアは結ばれなかった。
おそらく、当事者以外――公爵家の思惑が働いたのだろう。彼女は「公爵夫人の器ではない」と判断されたのだ。
(だから、今度も絶対に無理よ)
五年の歳月が彼女をどれだけ変えたのかは知らない。だけど、彼女にはきっと無理だと決めつける。
だって、そうでなければ、惨めじゃないか。
私が本気で努力してきたことを、そう容易くこなされては、私の立つ瀬がない。
「……でも、きっと、あの人にはそんなの関係ない」
シンシアなら、「公爵家」に相応しくなくたっていいのだ。
なぜなら、彼女は今度こそ選ばれた。
選んだのはソルフェリノではなく、エドワードだ。
紆余曲折の末、まさに「真実の愛」で結ばれた二人は、これから先も物語のヒーローとヒロインのように困難に打ち勝っていくのだろう。
そして、きっと築くのだ。私がエドワードと築けなかったものを。
「っ……!」
涙が勝手に溢れ出した。
目尻から頬を伝って流れ落ちていく熱。頬に不快な温度を感じつつ、下腹にそっと手を伸ばす。
「……三年」
エドワードと夫婦として過ごした時間。彼が口にするまでもなく、本当はずっとその年数を意識していた。
最初の一年はまだよかったのだ。
愛はなくとも、夫婦として互いに歩み寄ろうという意思があった。直接的な言葉をくれたわけではないけれど、エドワードの態度には私への労りが感じられた。
(だから、愛してはいなかったけれど……)
彼に恋をしていたのかもしれない――
婚姻当初から、彼への尊敬はあった。見惚れるほどに整った容姿に、次期公爵としての自信に満ちた態度、そして行動力。
エドワードの何もかもが完璧に思えた。
しかも、相手は自分の夫だ。想いを寄せることになんの障害もない。
だから、私の心の幾分かは彼に傾いていたのだと思う。
(それがきっと、今、流れてる涙の理由……)
完全に心が傾き切らなかったのは、彼に、自分と同じ想いがないことを知っていたから。
一方通行の想いなんて苦しいだけ。
それでも、夫婦として、家族として寄り添い合っていければ、それでいいと思っていた。
けれど、夫婦としての一年が過ぎる頃には、その考えは、私を苦しめるものになった。
週に数度はあった夫婦の交わりが、次第に間遠になり、月に一度あるかないかに。
「これではいけない」とこちらから誘いをかけて、なんとか月に一度は夫をベッドへ誘うような日々。
それが、二年続いた。
気が付くと、キスも触れ合いもなくなり、ただただ、子を成すための作業を積み重ねるだけ。
膠着した夫婦の関係を打破する策も浮かばず、かといって、苦痛の増していく行為を止める勇気もない。
そうやって、なんとか繋いでいた関係だったが、結局、望む結果は得られなかった。
(でも、きっと、彼女なら……)
エドワードに愛され、望まれるシンシア・ヘインズならきっと、エドワードの子を産むのだろう。尊い紅紫を持つ、ソルフェリノの子を。
(そうすれば、今度こそ、公爵家もシンシアを認めるしかなくなる)
なぜなら、エドワードには私という実績がある。
ソルフェリノの次代を望むなら、エドワードの妻は彼に愛される女性でなければ駄目なのだ。
(ああ、もう。なんでこんなに……)
惨めなんだろう――
子どもができなかったことが、ではない。
今はもう認めざるを得ない一方通行の想いや、献身のつもりだった独り善がりの努力。そして、浅ましくも顧みられたかったという願望。
そんなものを必死で隠して傍にいたのに、全部、無価値と打ち捨てられて、存在さえ葬り去られた。エドワードの妻だった私はもうどこにもいない。
自己への憐憫に、再び涙が溢れ出す。
流れるに任せた涙が尽きるまで、私は存分に自分を憐れみ、同時に、恋物語の主役二人への恨み辛みを吐き出し続けた。
妬んで羨んで、泣いて泣いて泣いて――
漸く涙が止まった頃、私の思いは一つに固まる。
――あの二人を絶対に許さない!
グズグズに煮詰まった思考の中心にあるのは、醜く歪んだ自尊感情だ。
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エドワードに叩き潰され、踏みつけられたプライドは、たとえ地中にめり込んだとしても折れなかったのだ。代わりに、既に歪んでいた性根は元の形さえ分からぬほどに捻じ曲がったが、それはもう致し方ない。
(後悔させてやる……!)
溢れた怒りの熱量に突き動かされる。
私はベッドの上で身を起こした。
恨み辛みから思いついた企み。それがどれだけ無謀で愚かであろうと、私はもう、止まれなかった。
激情に突き動かされるまま、ホテルの部屋を飛び出す。周囲の視線も、今は気にならなかった。
「思いついた企み」は、端的に言うと復讐。私を「恋物語の悪役」に押しやった主役二人に対する逆襲だ。
仮に、その逆襲さえ二人の距離を縮めるためのエピソードの一つに終わるとしても、やれるだけのことはやってやる。
意気込むが、「だけど、まぁ……」と冷静な思考も残っていた。
相手は公爵家の嫡男と異国帰りの美女だ。物語の主役を張る二人に、真っ向から勝負を挑むのは無謀だろう。
勝算の低い戦いはしても、勝算のない戦いをするつもりはない。
それに、勝算が低いのであれば、上げればいい。悪役は悪役らしく、厭らしい搦め手で挑めばいいのだから。
(だとしたら、まずは仲間が欲しいな)
何も、馬鹿正直に一人で挑む必要はない。
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(ただ、大勢いてもね……)
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「信頼できる男の協力者」と考えて、一人の顔が浮かぶ。同時に、一つの策を閃いた。
賭けのような策だが、心が高揚する。
(……やってみる価値はある。けど、かなり難しいな)
ホテルの廊下を突き進んでいた足が止まった。
装飾として置かれた姿見に、自身の姿が映る。
(あーあ。すごい、ボロボロ……)
部屋を飛び出す前に、一応の身だしなみは整えたつもりだった。けれど、侍女の手を借りることができなかった姿はどこか不格好。散々泣いた後の瞼は、冷やしていないためパンパンに腫れていた。
佇んだ鏡の前、散々な自分の姿に勇気を得る。
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