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第四章 卒業
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ウィルバートが実習室を訪れなくなった日から半月、彼と過ごす時間は少なくなったが、その分、メリルがウィルバートのことを考える時間は増えた。
油断すると、作業中であろうと浮かんでしまう彼の姿を頭から振り払って続けた錬金、完成した賢者の石は、ウィルバートが太鼓判を押してくれるほどに完璧な仕上がりとなった。
「……先輩、目が真っ赤ですけど、大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫。最後の追い込みが厳しかったけど、流石に昨日はちゃんと寝たから」
完成した賢者の石を保管用の瓶に入れ、メリルはウィルバートと共にある場所へと向かっていた。
今日は、卒業課題の発表会。卒業を前に、三年生がそれぞれの卒業課題を発表し、教授や各研究室の研究生達からの質疑に応じる日だった。発表会場へ向かいながら、メリルはここ数日の寝不足の一因であるウィルバートの横顔をそっと盗み見る。
(こんな風にウィル君と一緒に並んで歩けるのも、あと少しかもしれない……)
なんやかんやと悩みながらも、結局、メリルは賢者の石を全力で完成させた。手を抜けば、首席に選ばれなければ、王都に残ってウィルバートの傍に居られるかもしれない。何度も浮かんだその選択肢は、ここまで手を貸してくれたウィルバートへの裏切り行為だと分かっているから、メリルは選ばなかった。その代わりに、一つの決意をしていた。
(うん。発表会が終わったら、ウィル君に自分の気持ちを伝えよう!)
彼の気持ちについては未だ悩み続けているメリルだが、自身の気持ちはもう疑いようがない。ウィルバートの反応は怖いが、まずは自身の想いを知ってもらいたい。
(それで振られちゃったら、その時は潔く諦めて賢者の塔に行こう)
首席でなくとも成績優秀者であればまだ、賢者の塔へ進む道は残されている。残りの人生は全て錬金に捧げる覚悟で、メリルは賢者の塔への就職を考えていた。
覚悟を決めたメリルが、発表会場へとたどり着く。開いた扉の向こう、卒業課題を手に集った三年生達が、それぞれのスペースで展示と発表の準備を進めていた。彼らに交じって作業を始めたメリルの頭の中は、直ぐに発表会一色に染まっていく。
「ほぉ?それでは、君の卒業課題にはウィルバート君の助力があったのかね?」
発表会も半ば、次々と訪れる教授達を前に、もう何度目かの錬金過程の説明を繰り返すメリルの前に、学園の重鎮と言われる教授の一人が立ち止まった。白水銀の採取について質問を受けたメリルが、探索にウィルバートの同行があったことを告げた途端、目の前の教授の視線が鋭くなる。
「それは少し、問題があるのではないか?二年とは言え、ウィルバート君の実力はこの学園の誰もが知るところ。その彼が手を貸したととなると……」
それは最早、メリルの卒業課題とは言えない。そう言わんばかりの教授の鋭い眼光に、メリルは一瞬、言葉に詰まった。
深い皺、真っ白の髭に覆われた教授の顔が、メリルの背後で黙って控えるウィルバートへと向けられる。メリルも、思わず背後を振り向いた。
それまで壁に背を預けて傍観者となっていたウィルバートが壁から背を離す。真っすぐと立った彼が、教授へと静かな視線を返した。
「確かに、探索には同行しましたが、錬金はメリル先輩お一人の力です」
「ふむ。君はそう言うがね?」
納得がいかない様子の教授に、ウィルバートが「それならば」と、メリルの目の前に置かれていた賢者の石に近寄り、それを手に取った。
「スミロフ教授、教授自身がお確かめください。教授なら、この石に僕の魔力が一切含まれていないこと、先輩の魔力しか含まれないとご確認いただけるでしょう?」
ウィルバートの言葉に賢者の石を受け取った教授は「ふむ」と頷き、それから両目を閉じた。十秒にも満たない時間、そうしていた教授は不意に目を開き、それからフッと小さく息をついた。
「いや、うむ。すまなかったね。どうやら、ウィルバート君の言う通りのようだ。……君、メリル君と言ったか?」
「は、はい!」
教授に名前を呼ばれて慌てて返事を返したメリルに、教授は鷹揚に頷いて見せる。
「なかなか素晴らしい仕上がりだ。これだけのもの、ウィルバート君の手が入っていてもおかしくないと思ったが、いや、私の邪推だったようだ」
そう言った教授はウィルバートへ視線を向け、困ったように苦笑する。
「ウィルバート君も、そんなに怒らんでくれ。……卒業生が不正をしている、君が卒業課題を代わりに行っているという密告があってな。それで、まぁ、全く無視するというわけにもいかんだろう?」
「密告」という教授の言葉にメリルはドキリとしたが、教授は特にそれ以上を言うこともなく「それでは」と言葉を残してその場を後にした。教授の後姿を黙って見送っていたウィルバートが、不意に動き出した。
「すみません、少し外します」
そう言って教授の後を追ったウィルバートを引き留める間もなく、メリルの前には他の教授陣や研修生たちが集まり出した。彼らに対して次の発表の準備を始めながら、メリルは視界の隅でウィルバートの姿を探す。けれど、広い会場、人波に飲まれてしまったウィルバートの姿を見つけることは出来ない。
諦めたメリルは、再び目の前の課題発表へと意識を集中した。
油断すると、作業中であろうと浮かんでしまう彼の姿を頭から振り払って続けた錬金、完成した賢者の石は、ウィルバートが太鼓判を押してくれるほどに完璧な仕上がりとなった。
「……先輩、目が真っ赤ですけど、大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫。最後の追い込みが厳しかったけど、流石に昨日はちゃんと寝たから」
完成した賢者の石を保管用の瓶に入れ、メリルはウィルバートと共にある場所へと向かっていた。
今日は、卒業課題の発表会。卒業を前に、三年生がそれぞれの卒業課題を発表し、教授や各研究室の研究生達からの質疑に応じる日だった。発表会場へ向かいながら、メリルはここ数日の寝不足の一因であるウィルバートの横顔をそっと盗み見る。
(こんな風にウィル君と一緒に並んで歩けるのも、あと少しかもしれない……)
なんやかんやと悩みながらも、結局、メリルは賢者の石を全力で完成させた。手を抜けば、首席に選ばれなければ、王都に残ってウィルバートの傍に居られるかもしれない。何度も浮かんだその選択肢は、ここまで手を貸してくれたウィルバートへの裏切り行為だと分かっているから、メリルは選ばなかった。その代わりに、一つの決意をしていた。
(うん。発表会が終わったら、ウィル君に自分の気持ちを伝えよう!)
彼の気持ちについては未だ悩み続けているメリルだが、自身の気持ちはもう疑いようがない。ウィルバートの反応は怖いが、まずは自身の想いを知ってもらいたい。
(それで振られちゃったら、その時は潔く諦めて賢者の塔に行こう)
首席でなくとも成績優秀者であればまだ、賢者の塔へ進む道は残されている。残りの人生は全て錬金に捧げる覚悟で、メリルは賢者の塔への就職を考えていた。
覚悟を決めたメリルが、発表会場へとたどり着く。開いた扉の向こう、卒業課題を手に集った三年生達が、それぞれのスペースで展示と発表の準備を進めていた。彼らに交じって作業を始めたメリルの頭の中は、直ぐに発表会一色に染まっていく。
「ほぉ?それでは、君の卒業課題にはウィルバート君の助力があったのかね?」
発表会も半ば、次々と訪れる教授達を前に、もう何度目かの錬金過程の説明を繰り返すメリルの前に、学園の重鎮と言われる教授の一人が立ち止まった。白水銀の採取について質問を受けたメリルが、探索にウィルバートの同行があったことを告げた途端、目の前の教授の視線が鋭くなる。
「それは少し、問題があるのではないか?二年とは言え、ウィルバート君の実力はこの学園の誰もが知るところ。その彼が手を貸したととなると……」
それは最早、メリルの卒業課題とは言えない。そう言わんばかりの教授の鋭い眼光に、メリルは一瞬、言葉に詰まった。
深い皺、真っ白の髭に覆われた教授の顔が、メリルの背後で黙って控えるウィルバートへと向けられる。メリルも、思わず背後を振り向いた。
それまで壁に背を預けて傍観者となっていたウィルバートが壁から背を離す。真っすぐと立った彼が、教授へと静かな視線を返した。
「確かに、探索には同行しましたが、錬金はメリル先輩お一人の力です」
「ふむ。君はそう言うがね?」
納得がいかない様子の教授に、ウィルバートが「それならば」と、メリルの目の前に置かれていた賢者の石に近寄り、それを手に取った。
「スミロフ教授、教授自身がお確かめください。教授なら、この石に僕の魔力が一切含まれていないこと、先輩の魔力しか含まれないとご確認いただけるでしょう?」
ウィルバートの言葉に賢者の石を受け取った教授は「ふむ」と頷き、それから両目を閉じた。十秒にも満たない時間、そうしていた教授は不意に目を開き、それからフッと小さく息をついた。
「いや、うむ。すまなかったね。どうやら、ウィルバート君の言う通りのようだ。……君、メリル君と言ったか?」
「は、はい!」
教授に名前を呼ばれて慌てて返事を返したメリルに、教授は鷹揚に頷いて見せる。
「なかなか素晴らしい仕上がりだ。これだけのもの、ウィルバート君の手が入っていてもおかしくないと思ったが、いや、私の邪推だったようだ」
そう言った教授はウィルバートへ視線を向け、困ったように苦笑する。
「ウィルバート君も、そんなに怒らんでくれ。……卒業生が不正をしている、君が卒業課題を代わりに行っているという密告があってな。それで、まぁ、全く無視するというわけにもいかんだろう?」
「密告」という教授の言葉にメリルはドキリとしたが、教授は特にそれ以上を言うこともなく「それでは」と言葉を残してその場を後にした。教授の後姿を黙って見送っていたウィルバートが、不意に動き出した。
「すみません、少し外します」
そう言って教授の後を追ったウィルバートを引き留める間もなく、メリルの前には他の教授陣や研修生たちが集まり出した。彼らに対して次の発表の準備を始めながら、メリルは視界の隅でウィルバートの姿を探す。けれど、広い会場、人波に飲まれてしまったウィルバートの姿を見つけることは出来ない。
諦めたメリルは、再び目の前の課題発表へと意識を集中した。
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