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第四章 卒業

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境目の森での探索、遺跡で見つけた岩ゴーレムを無事に倒し、魔岩塩を採取出来たメリルとウィルバートは実習室へと戻って来た。

「ありがとう、ウィル君!これで何とか、賢者の石錬成に取り掛かれるよ!」

言いながら、早速、魔岩塩を砕きにかかるメリルだったが、背後でウィルバートがポツリと呟いた。

「この調子でいくと、メリルが首席卒業でしょうね」

「え?流石にそれは……」

そう言いかけたメリルはハタと気づく。

(あれ?でも、確かに……)

メリルは、目の前に並ぶ賢者の石の素材を改めて眺めてみた。どれも、ウィルバートが手助けしてくれただけあって、素材の質が恐ろしく良い。そもそもが賢者の石という難課題、それをこれだけの質のもので錬成することが出来れば首席卒業も夢ではない。それに気づいたメリルの、魔岩塩を持つ手が震える。

「……楽しみですね。どんな賢者の石が出来るのか」

静かにそう口にしたウィルバートの声にメリルが彼を振り向けば、ウィルバートは酷く優しい眼差しでメリルを見ていた。それが妙に気恥ずかしかったメリルが、誤魔化すように口にする。

「うん!私、頑張るよ!折角、ウィル君がここまで付き合ってくれたんだもの」

首席卒業とはいかなくても、胸を張って「三年間の集大成だ」と言えるものを錬成したい。

気合も新たに魔岩塩を握り締めるメリルに、ウィルバートがフッと微かな笑みを浮かべた。その笑顔にメリルは心奪われたが、それもほんの一瞬のこと、まるで何も無かったかのように無表情に戻ったウィルバートが「ああ、でも」と口にする。

「首席卒業ともなれば、賢者の塔入りは確実ですね」

「え……?」

メリルは、ウィルバートの言葉に愕然とした。「賢者の塔」は、王都より馬車で一週間は掛かる広大な魔の森にある国の研究施設だ。遥か昔は本当に「塔」しかなかったその場所は、今では王都に次ぐ第二の都市、学園都市として発展している。毎年、学園の成績優秀者が――特に首席卒業者は間違いなく――呼ばれるだろうその場所へ自分が行くことなど、メリルは考えたこともなかった。

(このまま錬金が続けられたら嬉しいとは思っていたけれど)

研究室に残る見込みもなくなった今、学園の卒業資格を持って街の薬屋にでも就職できれば万々歳だと思っていたのだ。

(それが、賢者の塔だなんて……)

突如開けた未来、けれど、自身の身の丈に合っていない大きすぎる展望に、メリルは怖気づいた。そんなメリルの様子に気付いていないのか、ウィルバートは淡々と言葉を続ける。

「そうなると、流石に王都から通いで、と言う訳にはいきませんよね」

「そう、だね……」

言われて、メリルは考える。ウィルバートの言う通り、もしも本当に賢者の塔へ入ることが出来たなら、メリルは親元を離れることになる。新しい土地、見知らぬ人ばかりの場所には、勿論、ウィルバートも居ないわけで――

「すみません、メリル。僕、暫く、ここに来られません」

「え?」

ウィルバートの突然の言葉に、メリルの中に焦りと心細さが生まれた。メリルの表情が曇るのを見たウィルバートが、「心配しないでください」と続ける。

「用があればいつでも呼んでください。いくらでも手伝いはしますから」

ウィルバートはそう言うが、忙しいと分かっている相手をそう簡単に呼び出すことなど出来ない。特にここから先はメリルがこなさなければならない作業ばかり。だから、メリルは「大丈夫だ」と頷いた。

「ありがとう、ウィル君。私のことは気にしないで。あ!でも、どうしても困ることがあったら、お手伝いをお願いするね!」

そう宣言したメリルに、ウィルバートは頷いて返す。

「それじゃあ、僕はそろそろ行きますけど。メリルはまだ……?」

「うん!少しだけ、魔岩塩を砕くところまで終わらせてから帰るよ!」

「……それじゃあ、作業が終わる頃にもう一度顔を出します」

一緒に帰りましょうと言うウィルバートにメリルは頷いて、実習室を出ていく彼を「また後で」と見送った。

(また後で、か……)

そう言えるのは、メリルとウィルバートがどちらも学園の生徒だから。例え今日このままここで別れても、また明日には会うことが出来る。メリルが卒業しても、メリルが王都に居る限りはウィルバートに会うことは出来るだろう。

メリルは、一人きりになった部屋を見回す。ウィルバートがそこに居ないことに、どうしようもない違和感と寂しさを感じて、もしも、と思う。

もしも、首席卒業なんかせず、賢者の塔にも入らなければ――

そこまで考えて、メリルは漸く自身の想いを自覚する。

(私、ウィル君のこと、好きなんだ……)

友情の延長かもしれない。先輩後輩の居心地良い関係が惜しいだけかも。それでもメリルは、ウィルバートが側に居ない未来を描くのが怖かった。いつの間に、こんなに彼のことを想うようになっていたのか。自覚すれば、想いが後から後から溢れて来る。

ウィルバートとずっと一緒にいたい。遠く離れてしまうのは嫌だ。そのためにも、今の仮初のような恋人関係ではなく、ちゃんと彼に想いを伝えなければ。ああ、だけど、ウィルバートはどんな思いでメリルに「付き合おう」と言ったんだろうか。嫌われてはいないと思う。ただ、それが、同情や慰めではないと、メリルは言い切ることが出来なかった。

(私、ダメダメだな……)

ウィルバートの優しさに甘え、流されるようにここまで来た。居心地の良さに浸るだけで、結局、二人が付き合う「理由」についても曖昧なままにしている。

(理由……、ウィル君が私と付き合う理由……)

あの時は誤魔化してしまった「もしかして」の可能性を、メリルはもう一度考えてみる。あの時とは違う、ウィルバートと過ごしたここ三か月のことを思い出しながら。



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