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第三章 素材採取

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翌朝、目を覚ましたメリルはギョッとした。昨夜は「眠れない」などと思っていたのに、気づけば熟睡していたらしく、朝まで全く目覚めることはなかった。そんな自分が、ソファではなくベッドで寝ていたのだ。部屋を見回せば、既に朝の支度を済ませたウィルバートがソファに座り、優雅にコーヒーを飲んでいる。

「っ!ご、ごめん!ごめんね、ウィル君!」

「あ。メリル、起きたんですか?」

「っ!?」

そうだった。昨夜、ウィルバートにお願いされて、自分の呼び名が先輩ではなくなっていたのだと思い出したメリルは、それだけで顔を赤くする。けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。

「ベッド!ウィル君が譲ってくれたんでしょう?寝てる間に運んでくれたの?重かったよね?」

「……いえ、役得でした」

「え?」

ボソリと呟かれた「役得」という言葉の意味を深く考える前に、メリルはウィルバートの体調を窺う。

「ウィル君、ソファでちゃんと寝られた?身体、痛めてない?」

「……」

メリルの問いかけに黙り込んでしまったウィルバートに、メリルはベッドを抜け出して近づいていく。

「やっぱり、どこか痛めたんでしょう?ウィル君には狭すぎるもの。寝違えたのかな?ちょっと、見せてくれる?私、薬局に行って……」

「大丈夫ですよ……」

焦るメリルの言葉を遮ったウィルバートがソファから立ち上がる。上から下まで、メリルの恰好をざっと見下ろしたウィルバートが、またボソリと呟いた。

「……痛んでるのは僕の良心なので」

「え?」

どういう意味かとメリルが問う前に、ウィルバートはいつもの無表情で淡々と告げる。

「メリル。早く着替えたらどうです?明るい中でその恰好は、ちょっと刺激が強すぎます」

「えっ!?」

言われて、自分がまだ寝間着姿のままだということに気付いたメリルは、思わず逃げ場を探して周囲を見回した。そんなメリルの姿を見たウィルバートがクスリと笑う。

「いくら一夜を共にした仲とは言え、油断しすぎですよ」

「なっ!?ウィル君、言い方っ!」

「下で食事をもらってきます。メリルも、その間に着替えておいてくださいね?」

そう告げると、ウィルバートは颯爽と部屋を後にしてしまい、顔を真っ赤に染めたメリルだけがその場に残された。





(ウィル君って、ひょっとして、私が思ってたよりずっと『大人』……?)

ペシオからの帰途、王都へ向かう寄り合い馬車を待つ停車場で、メリルは隣に立つウィルバートの横顔をそっと見上げる。何を見ているのか、少し遠くに視線を向ける彼の横顔は、メリルの知る彼とは違うものに見えた。

(……別に、何かがあったわけじゃないけど、一応は女の私と部屋が同じでも慌ててなかったし……)

宿の取り方も、ペシオの街のエスコートもスマートなものだった。今、二人が待っている学園行きの馬車も、ウィルバートがさっさとチケットを手に入れてくれている。

(世慣れてる……)

学園の中では先輩後輩という括りにあった二人だが、一歩、学園の外に出れば、ウィルバートと自分では明らかに経験値が違った。魔術師としての将来を嘱望されている彼が、あちこちの学会や研究所に顔を出していることは知っていたが。

(私、学園でウィル君に先輩面ばっかりしてたかも……)

彼の一面しか知らずに調子に乗っていた自分を反省したメリルは、羞恥から俯いてしまう。そんなメリルの背後から、声を掛けて来る男性がいた。

「……メリル?」

聞きなじみのある声にメリルが背後を振り向けば、そこには思った通りの人物、元パーティ仲間だったエリアスが一人、立っていた。

「エリアス?……他のみんなは?」

「ああ、うん。ちょっと、私が君に話があったんだ。学園に帰る前につかまえられて良かった」

そう言ったエリアスが、チラリとウィルバートに視線を向ける。

「どこかで、二人で話ができないかな?」

「それは……」

エリアスの言葉に、メリルは嫌だと思ってしまった。あの日、エリアスに向けられた言葉の痛み。彼と二人になることに怯えたメリルを守るように、ウィルバートがメリルの前に立った。

「話があるならここでどうぞ。今、メリルと組んでいるのは僕ですから」

「いや、だが、私が用があるのはメリルだけで……」

「僕に聞かせられない話だって言うなら、お断りします。行きましょう、メリル」

そう言って本当にメリルの手を引いたウィルバートを、エリアスが慌てて引き留める。

「わ、分かった!ここで話す!だから、待ってくれ。少しだけ、私の話を聞いてほしい!」

「……メリル、どうしますか?」

エリアスの頼みに、ウィルバートがメリルを振り向いた。ウィルバートは、まず、メリルの意見を聞いてくれる。そして、ここでメリルが「嫌だ」と言えば、彼はきっとメリルを連れ出してくれるのだろう。

(うん。ウィル君が居てくれるなら大丈夫……!)

また傷つくことになろうと、今度は俯くことはない。メリルは、エリアスの視線を真っすぐに受け止めた。

「分かった。話があるなら聞くよ」

メリルの答えにエリアスはあからさまにホッとした表情を見せる。それから、一度だけウィルバートの様子を伺ってから、口を開いた。

「メリル、パーティに戻って来てくれないか?」

「え?」

「いや。今更こんなこと、虫のいい話だというのは分かっている。だが、このままでは、私たちは……」

そう言ってエリアスが語ったのは、メリルが抜けた後のパーティの現状だった。まず、探索が上手くいかない。卒業課題だけでなく、授業で出される課題レベルのものでも怪我人が出てしまう。それを、ベルタの治癒で騙し騙しなんとかやっているが、治癒で疲弊したベルタでは錬金も上手くいかない。ロッテがサポートに回っているが、やはり、「知識」という面ではどうしても足りない部分が出て来るのだそうだ。

「……おかげで、今、第三研究室の雰囲気はよくない。皆がギスギスしていて、それが余計に戦闘時の連携を乱している」

「知らなかった……」

卒業を前に授業数が減ったとは言え、メリルとベルタは同じクラスだ。だが、思い出してみても、ベルタに今までとは変わった様子は見受けられなかった。苦労しているのだとしても、それを、メリルに知られたくはなかったのか。それに少し寂しい思いを感じたメリルに、エリアスがため息をついた。

「ハァッ。……大体、私は最初からメリルをパーティから外すのには反対だったんだ」

「え?……でも、あの時……」

「ああ。私もあの時はああ言うしかなかったんだよ。キーガンとベルタが、メリルが抜けないのであれば、自分たちが抜けると騒いでいたからな……」

あくまで自分の本意ではなかったと言うエリアスが、メリルに向かって頭を下げた。

「すまなかった、メリル。君を追い出すような真似をしたこと、心から反省している。どうか、私たちの元に戻って来てほしい」

「でも、それは、キーガンとベルタが嫌がるんじゃ……」

メリルの言葉にエリアスは顔を上げ、懇願の眼差しを向けた。

「あの二人は私が説得する。彼らとて、今の自分たちの状況が危ういのは分かっているんだ。ただ、素直に頭を下げることが出来ないだけで、君の帰りを待ってる。だから、どうか、頼む……!」

メリルは戸惑った。いつも、皆のまとめ役であるエリアス。リーダーであるキーガンを立てながらいつも泰然とパーティ全体を見ていた彼が、こんな風にメリルに頭を下げるなんて。

(それだけ、本気で困ってるってことなんだよね?)

メリルは昨夜のベルタの姿を思い出した。確かに、昨日のような採取をしていては、賢者の石の錬金は難しいかもしれない。黄龍晶は採取のみならす、その後の保管にも非情に気を使うものだから。

「……あの、ケスティング教授に相談してみたら?」

「したさ!したが、教授は『卒業課題に手は貸せない』の一点張り!どうやら、学園側から何か言われたらしいが、それにしても……!」

どうやら第三研究室事態が上手く回っていない様子に、メリルの心は痛んだ。それから、迷う。

(どうしよう……)

パーティを追い出されたことは辛くて悲しかった。けれど、彼らとの思い出はそれだけではない。共に探索に出かけ、錬金の成果に一喜一憂し合った頃もあった。

(けど、今の私のパートナーはウィル君だから……)

メリルは、未だ手を繋いだままのウィルバートを見上げる。こちらを見下ろす赤い瞳と目が合った。

「戻っていいですよ?」

「え?」

ウィルバートの言葉に、メリルは一瞬だけ怯んだ。彼の突き放したようなその言葉に、メリルはまた、自分が捨てられたような気持ちになったのだ。けれど――

「メリルがそうしたいのなら、戻っても構いません。だけど、僕はこのままメリルと最後まで課題を完成させたい。……そう思っています」

「ウィル君……」

ウィルバートの言葉に、メリルは少しでもエリアス達の元へ戻ることを考えた自分を恥じた。

(ウィル君がそんな風に思ってくれてたなんて……)

まだ二年生のウィルバートに卒業課題は必須ではない。メリルの課題に最後まで付き合えば、成績に加点されることは確かだが、元から優秀なウィルバートにそんなものは必要なかった。

(だから、ウィル君は私に付き合ってくれてるだけ。私が戻るって言っても気にしないって、私、勝手に思ってた……)

メリルは顔を上げ、エリアスと向き合う。

「ごめんね、エリアス。私、戻れない。ううん、戻りたくない。私、ウィル君と課題を完成させたいから」

「ま、待ってくれ!どうしてもと言うのなら、ウィルバートを連れてきてもいい!教授の許可もとる、だから!」

引き留めようとするエリアスを、ウィルバートが鼻で笑った。

「ハッ!嫌ですよ。なんで僕が先輩方とパーティ組まなきゃならないんですか。絶対にお断りです」

「なっ!」

「行きましょう、メリル。話も終わりみたいですし、馬車もそろそろ着きそうですから」

そう言ったウィルバートの言葉に視線を向ければ、遠目に、こちらへと向かってくる馬車の姿が見える。ここに来る時に乗ったのと同じ、王都行きの馬車を目にして、メリルはエリアスに告げた。

「エリアス、困ったことがあったら相談には乗れると思う。だから、いつでも声を掛けて?……ベルタにも、そう伝えてくれる?」

メリルの言葉に、エリアスはただ苦い顔をするだけ。そのまま、何も言うことなくクルリと背を向けた彼が去っていく姿を、メリルは静かに見送った。




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