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第三章 素材採取

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「……え?」

部屋にポツリと零れ落ちた間抜けな声が自分のものだと分かったメリルは、ハッと口を閉じた。閉じたけれど――

「ど、ど、ど、どっちで寝るって!?どういうことっ!?同じベッドで寝るのっ!?」

「ええ。ベッドは一つしかありませんし」

「ソファ!ソファがあるんだから、私がそっちで寝るよ!」

部屋を取った時にベッドが一つだということには気づいていた。けれど、自分であれば余裕をもって寝転がれる大きさのソファもあるからと、メリルは安心していたのだ。まさか、そんな。いくら今は恋人同士とは言え、同じベッドで寝るだなんて――

「うーん。残念ですけど、まぁ、仕方ありません。今回は諦めます。……先輩、お風呂入りに行きますよね?」

「え?あ、うん。そうだね。……入ろう、かな?」

揶揄われただけだったのか。案外あっさり引いてしまったウィルバートに、メリルは肩透かしをくらったような気持ちになる。

二人で向かった「大浴場」と書かれた大きなお風呂、メリルは初めての体験にドキドキしながら、男女別だという入口でウィルバートと別れた。中に入って服を脱ぎ、案内に従ってたどり着いたのは、建物の外に張り出した「露天風呂」というもの。体を清め、他の客と同じように湯の中に身を沈めたメリルはフゥッと息を吐きだした。

(気持ちいい……)

心地よい温かさに包まれながら、メリルが考えるのはウィルバートのこと。どうして、ウィルバートはここまで自分に良くしてくれるのか。なぜ、「付き合おう」などと言い出したのか。

(最初は、私を慰めるためとか、パーティを組むのに気を使わないでいいように言ってくれたんだとか、色々考えたけど……)

でも、それだけじゃ足りない気がするのだ。

実習室で共に過ごす時間。メリルの錬金に付き合って、たまにメリルを揶揄って表情を崩すウィルバート。彼と一緒に居るのは楽しい。温かい気持ちになれる。今日だって、街を回りながらメリルは一日中笑っていた。ウィルバートも、酷く寛いでいたように思う。

そういう二人の間に流れる時間を意識するようになって、メリルは思うようになった。

――ひょっとして、ウィルバートは自分を好きなのでは?

「……」

そこまで考えて、メリルは鼻先までお湯に沈んだ。自惚れが過ぎる自分が恥ずかしい。大体、ウィルバートがメリルのことを本当に好きだとしたら、彼の性格からして、はっきりとそう口にするはずだ。言われないということは、つまりそういうこと。なのに、それでももしかしたら?と期待している自分も居て、メリルは羞恥に叫び出したくなる。

(もう、もう!ウィル君だって悪いんだよ。あんな、思わせぶりな態度ばっかりとるから……!)

先程の発言にしてもそうだ。冗談にしても「同じベッドで寝る」だなんて発言は止めて欲しい。おかげですっかり――

(……あ)

メリルは気が付いた。おかげですっかり、ベルタ達のことを忘れていた。彼女に邪見にされて、「採取方法を見せるのは流石に押しつけがましかったか」と凹んでいたはずなのに。

(……ウィル君ってすごいなー)

こんな風に、落ち込んでいる人間の心を上手に掬い上げてくれる。メリルはいつまでもウジウジと悩む性格だから、ウィルバートの存在に随分と助けられてきた。やはり、彼の「付き合おう」という言葉も、彼なりの慰めだったのだろうなと考えて、メリルは苦笑した。

(うん。少し寂しいけど、でも、ここでこうして居られるのもウィル君のおかげだもんね!)

ウィルバートに感謝して、身も心も温まったメリルは浴場を出た。先に出ていたウィルバートと連れ立って部屋へと帰る。

戻った部屋で就寝の準備を始めたところで、メリルはウィルバートの行動に焦りの声を上げた。

「ウィル君!何してるの?私がソファで寝るよ!」

何も言わず、ベッドの上掛けを一枚ソファへと運んだウィルバートが、そのままソファへと寝ころんだのだ。慌てて止めるメリルを、長い足をソファの肘置きまで伸ばしたウィルバートが見上げる。

「別に、僕はこちらで構いませんから。先輩がベッドを使ってください。野宿にも慣れてますし」

「だ、駄目だよ!折角ベッドがあるんだから、ウィル君が使って!私の方が背が低いんだし」

そう主張するメリルを、ウィルバートの赤い瞳がじっと観察する。それから、ウィルバートの表情が僅かに緩んだ。

「……そうですね。それじゃあ、先輩が僕のお願いを聞いてくれるなら、僕がベッドで寝てもいいですよ?」

「え?」

いつかと似たようなフレーズ。条件ではなくお願いだと言われたが、メリルは嫌な予感がしてたまらない。思わずひるむが、このままではウィルバートがソファで寝ることになってしまう。

「わ、分かった。ウィル君のお願い、聞くから」

「……何でも、ですか?」

ウィルバートの声に、メリルはゾクリとした。言霊使いでもない彼の言葉に魔力が宿るはずはない。けれど、メリルはその声に身の危険を感じてしまう。

「何でも、は無理だけど。でも、あの、私が出来る範囲内なら……」

そう答えたメリルをまたじっと見つめたウィルバートが、今度ははっきりと口角を上げて笑った。

「大丈夫。簡単なお願いですから。先輩は『はい』って答えてくれるだけでいいんです」

その前置きが怖いと思いながらも、メリルは頷いた。笑ったまま、ウィルバートが告げる。

「先輩のこと、メリルって呼んでもいいですか?」

「……え?」

「駄目なら、メリルがベッドで寝てくださいね?」

「え!それは駄目!」

反射でそう答えたメリルに、ウィルバートの笑みが深まる。

「じゃあ、メリルって呼びます」

「っ!」

嬉しそうに、楽しそうに言われて、メリルは強く拒否することが出来なかった。けれど、慣れない呼び名に、どうしても顔は赤くなる。

「メリル?」

「っ!あの、ちょっと、待って。やっぱり、少し、照れるというか……!」

羞恥に悶えるメリルに、ウィルバートの「仕方ないですね」というため息が聞こえて来た。

「……仕方無い、ですけど、早く慣れて下さいね?」

そう言ったウィルバートが立ち上がり、ソファをメリルへと明け渡す。ベッドに向かうウィルバートが、すれ違い様、メリルの耳元に囁いた。

「……これからは、、メリルって呼ぶんですから」

「ずっと……、なの?」

「ええ、ずっとです」

呆けたメリルを置いて、ウィルバートはベッドの中へと潜り込んでしまった。それを確かめたメリルは、自分もソファへと寝転がる。頭の中では、ウィルバートの言った言葉がグルグルと回り続けていた。

(ずっと……)

そのずっとは、どのくらい続く「ずっと」なのだろう。なかなか睡魔の訪れない中、メリルの思考はウィルバートでいっぱいになっていた。



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