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第二章 卒業課題

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王立魔法学園の裏手には、「境目の森」と呼ばれる広大な森林地帯が広がっている。一応は学園の管理下にあるその森は、野生の魔物が生息する危険地帯であり、学園の許可なく立ち入ることは禁じられていた。

ただ、人の手があまり入らないぶん資源は豊富で、学園の錬金授業で使用する素材の良い採取地でもあった。三年次ともなれば、要求される化合物の難易度も高く、境目の森での採取は必須。学園の三年生の殆どが探索用のパーティを組み、森での採取を行っていた。

(……私も、そうだったんだけどな)

ウィルバートの爆弾発言から三日、メリルはウィルバートとともに境目の森を歩いていた。思い出すのはかつての仲間達のこと。剣士のキーガンに魔導師のエリアス、治癒の使えるベルタに言霊使いの自分。支援職としては少し特異な立場のメリルは、正直、戦闘面での戦力としては物足らなかっただろう。その分、メインで任されていた錬金には全力で挑んだ。成果も、きちんと上げていたつもり、だったのだが。

(……最近は、調合失敗することもあったし。本当は、ダメダメだったのかも)

思い出して落ち込むメリルに、隣を歩くウィルバートが口を開いた。

「それで?卒業課題に何を作るかは決まったんですか?」

メリルの落ち込みに気づいたのかどうなのか。どちらにしろ、ウィルバートに話題を振ってもらい、メリルは気持ちを切り替えた。少しの覚悟を持って、答えを口にする。

「賢者の石を作ろうと思ってるの……」

「ふーん、賢者の石。だったら、今日は白水銀の採取ですか?」

淡々としたウィルバートの声。何かしらの反応があるだろうと思って告げた「賢者の石」という単語に、ウィルバートは少しの驚きも見せなかった。

「……ウィル君、分かってる?賢者の石だよ?私が作るんだよ?」

「ええ。先輩なら作れると思いますよ」

学園で習う最高難易度の錬金化合物。必要な素材の採取も困難なら、調合は更に過酷。錬金の授業でも、先生によるデモンストレーションが一度行われただけの代物を、ウィルバートはメリルなら作れると言う。

(もう……!ウィル君に、そんな風に言われたら!)

出来る気になってしまうではないか。キーガン達と共に取り組むつもりだった卒業課題ではあるけれど、一人で出来るかはずっと不安だったのに。

「……作れると思う?」

「作れますよ。だいたい……」

言いかけた言葉をウィルバートが途中で飲み込んだ。彼の視線は森の奥、その先へと続く道を見据えている。ウィルバートの右手に赤い光が生まれた。

「……大体、先輩が言ったんじゃないですか」

「え?私が、何を?」

光が、一振りの剣になる。

「僕が手伝うなら、『何でもできる』んでしょう?だったら、作って下さいよ」

言って、ウィルバートが駆け出した。駆け出した先、木々の間から伸びて来たのは太い緑の蔦だった。人の腕の太さを優に超える蔦が束になってウィルバートへと向かう。伸びて来た蔦を跳躍して避けたウィルバートが、大上段に剣を構えた。振り下ろされる剣。その一撃で蔦の悉くが切断され、切断面から燃え上がった炎が蔦を焼き尽くしていく。

「……すごい」

メリルは思わず感嘆のため息をついた。討伐難易度Aクラスのグリーンアイヴィーをたった一人で、それも一瞬で倒してしまうなんて。

(……エリアスが言ってたこと、本当になっちゃいそう)

元パーティ仲間のエリアスの言葉を思い出す。かつて、ウィルバートの戦いを見たエリアスは「彼なら一人で世界征服ができそうだ」と笑っていた。冗談半分の言葉にその時はメリルも笑ったが、今なら全力で頷いてしまう。

呆けるメリルに向かって、ウィルバートの声が飛んで来た。

「先輩、何をボーっとしてるんですか。まだ終わってませんよ」

こちらを向いたウィルバート。その背後から、二体目、三体目のグリーンアイヴィーの蔦が伸びて来た。それを一瞥することもなく避けたウィルバートが、「先輩」とメリルを呼ぶ。

「『声援』は?」

「え?」

「ほら、言霊使いなんですから。ちゃんと『声援』使ってください」

ウィルバートの言葉に、メリルは戸惑う。言霊使いの使う『声援』は確かに戦闘時の支援スキルではある。けれど、メリルは今まで誰かに『声援』を使って欲しいと頼まれたことがなかった。『声援』には気休め程度の効果しかないからだ。

(キーガン達には、私が勝手に使っていたけれど……)

それをこんな風に改まって「使って欲しい」と頼まれ、メリルの中にはどうしようもない気恥ずかしさが生まれた。

(そもそも、ウィル君には必要ないんじゃないかな?)

今も、人の胴ほどある蔦を横薙ぎに一閃した彼に、自分の支援が必要だとは思えなかった。

「先輩?」

切り伏した蔦の上に立ってこちらを見るウィルバート。その有無を言わさぬ雰囲気に、メリルはたじろぐ。

「で、でも、ウィル君、一人で倒しちゃえるから……」

「だから?戦闘は全て僕に任せると?先輩は何もしないんですか?」

「うっ……」

確かに、それは駄目だ。ウィルバートがいくら強いとは言え、これはメリルの卒業課題。ウィルバートにおんぶに抱っこではいられない。

「わ、分かった。やるよ!」

決意を口にしながら、メリルは自分の顔が赤くなるのを感じた。顔に集まる熱、なるべくウィルバートを直視しないようにしながら、メリルは『声援』を使う。

『ウィル君、頑張れー!負けるなー!ウィル君なら絶対勝てる!』

メリルの声が、ひと気の無い森の中に響き渡る。

(は、恥ずかしい……!)

今までは特に意識することもなく使っていたスキル。戦闘中はただ必死にキーガン達を応援していた。それが今日は、ウィルバートの名前を呼ぶだけで心臓がバクバクと鳴っている。

不意に、小さな笑い声が聞こえた気がした。

(え……?)

慌ててウィルバートに視線を向ければ、切断した蔦の上に立った彼が無表情にこちらを見ている。いつも通りのウィルバートの姿に、メリルは内心で首をひねった。

(あれ?気のせいだった?聞き間違い……?)

視線の合ったウィルバートが口を開く。

「……それじゃあ、そろそろ先に進みましょうか?」

「あ、うん。そうだね……?」

「先輩。次はボーっとしないで、最初から仕事してくださいね?」

揶揄うようにそう言われ、「ボーっとはしていない」と言い返そうとしたメリル。けれど、続くウィルバートの「期待しています」という一言に言葉を詰まらせた。メリルの頬がまた熱くなる。

「が、頑張るよ!」

初めて言われた「期待」という言葉に、メリルはむず痒いようなポワポワとした気持ちを味わっていた。



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