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第一章 追放と告白
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メリルは、目の前に立つウィルバートを唖然と見上げた。銀色の肩口までの髪を一つにまとめたウィルバートは、下ろした前髪の奥から宝石のような赤い瞳で真っすぐに見下ろしてくる。その表情はいつもと同じ、ニコリともしないウィルバートの冷めた眼差しに、メリルは必死に頭を働かせた。
(……もしかして、揶揄われた?)
そもそも、聞き間違いだったのではないかと思うのだ。彼がメリルに「付き合おう」だなんて。聞き間違いでなければ、ただの冗談、揶揄われただけかと思ったが、メリルは直ぐに自分の考えを否定する。
(ウィル君はそんなことしないよね)
今やすっかり聞き慣れてしまったウィルバートの声。抑揚が少ないせいで突き放されているように感じることもあるが、彼はメリルを傷つけるようなことは言わない。今も、こんなところでうずくまっていた自分に声をかけてくれるような、優しい子なのだ。
(……でも、それなら、本当に私と付き合うって言ったの?ウィル君が?)
半信半疑。どころか、ほとんど何かの間違いだろうと思いながら、メリルは口を開く。
「……あのね、ウィル君。もしかして今、付き合うって言った?」
「言いました」
ウィルバートに淡々と肯定され、メリルは動揺する。
「な、何で?付き合うって、私とウィル君が?どうして……?」
「どうしてって、理由が要りますか?」
一番重要な部分をはぐらかすウィルバートに、メリルは懸命に言葉を紡ぐ。
「り、理由は要ると思う!付き合うって、だって、その、どこかに行くとかそういうことじゃ……」
「男女交際のことですよ、勿論」
「だんっ!?」
サラリと告げられた言葉に、メリルの顔が瞬時に赤く染まった。
(男女交際って、だって、私とウィル君なのに、そんなの…!)
メリルはウィルバートが好きだ。口数は少なくても、やるべきことはきちんとこなす。こちらが困っていればさりげなく手を貸してくれるウィルバート。年下なのにとても頼りになる彼のことを、メリルは大事な後輩だと思って接してきた。
(好きだよ?ウィル君のことは好き。でも、だけど、男女交際って!?)
考えたこともなかった彼との関係を初めて意識して、メリルの心臓は怖いくらいにバクバクと鳴り出した。
(なんで、急にこんなこと。それに、なんで私なの……?)
メリルには、自分の容姿が普通だという自覚がある。能力にしても、言霊使いとしての誇りはあるが、逆に言うとそれだけ。特に秀でたもののないメリルは今まで誰かに選ばれる、つまり、誰かと付き合うなどしたことがない。年頃の少女らしく、夢の王子様が現れる夢想を繰り広げたことはあるけれど、それはあくまで憧れ。具体的な「誰か」を思い描くには至らず、当然、ウィルバートを相手に選んだこともない。
(だって、そんな、烏滸がましいよ。ウィル君相手だなんて……!)
メリルは逸らしていた視線を、そっとウィルバートへ向けた。背はそれほど高くないが、スラリとした手足に端正な顔立ち。身目がよく、学園一の魔導師であるウィルバートを慕う女生徒は多い。彼が、高位貴族のご令嬢から「婿に」と望まれたことも知っている。
そこまで考えて、メリルはハッとした。ウィルバートは優秀な魔導師だ。優秀過ぎて、彼を取り込もうとする人間がいるという噂があるくらいに。
「ウィル君、もしかして、何かあったの?」
「何かって、何です?」
「その……、女の子に付きまとわれてるとか、無理矢理結婚させられそう、とか?」
メリルは純粋に彼を案じてそう言葉にしたのだが、嫌そうな顔をしたウィルバートの眉間に皺が寄った。
「何でそうなるんですか。思考が飛躍し過ぎじゃないですか?」
「でも、そうでもなきゃ、ウィル君が私と付き合う理由なんて……」
ない――
そう言いかけた言葉をメリルが飲み込んだのは、ウィルバートが浮かべた表情のせいだった。常に無表情、メリルの前では少しだけそれを崩す彼が初めて見せた顔は――
「ウィル君……?」
メリルの声に一瞬で消えてしまった。ウィルバートが泣きそうだと思ったのは、メリルの見間違いだったのか。
いつもの冷めた眼差しに戻ったウィルバートが淡々と告げる。
「理由は、先輩が自分で考えてみて下さい。……いいでしょう?それくらい」
ウィルバートの赤い瞳が僅かに揺れた。
「……僕のことでいっぱい悩んで」
消えそうな声、それでも確かに届いた声に、メリルは黙って頷き返した。
(……もしかして、揶揄われた?)
そもそも、聞き間違いだったのではないかと思うのだ。彼がメリルに「付き合おう」だなんて。聞き間違いでなければ、ただの冗談、揶揄われただけかと思ったが、メリルは直ぐに自分の考えを否定する。
(ウィル君はそんなことしないよね)
今やすっかり聞き慣れてしまったウィルバートの声。抑揚が少ないせいで突き放されているように感じることもあるが、彼はメリルを傷つけるようなことは言わない。今も、こんなところでうずくまっていた自分に声をかけてくれるような、優しい子なのだ。
(……でも、それなら、本当に私と付き合うって言ったの?ウィル君が?)
半信半疑。どころか、ほとんど何かの間違いだろうと思いながら、メリルは口を開く。
「……あのね、ウィル君。もしかして今、付き合うって言った?」
「言いました」
ウィルバートに淡々と肯定され、メリルは動揺する。
「な、何で?付き合うって、私とウィル君が?どうして……?」
「どうしてって、理由が要りますか?」
一番重要な部分をはぐらかすウィルバートに、メリルは懸命に言葉を紡ぐ。
「り、理由は要ると思う!付き合うって、だって、その、どこかに行くとかそういうことじゃ……」
「男女交際のことですよ、勿論」
「だんっ!?」
サラリと告げられた言葉に、メリルの顔が瞬時に赤く染まった。
(男女交際って、だって、私とウィル君なのに、そんなの…!)
メリルはウィルバートが好きだ。口数は少なくても、やるべきことはきちんとこなす。こちらが困っていればさりげなく手を貸してくれるウィルバート。年下なのにとても頼りになる彼のことを、メリルは大事な後輩だと思って接してきた。
(好きだよ?ウィル君のことは好き。でも、だけど、男女交際って!?)
考えたこともなかった彼との関係を初めて意識して、メリルの心臓は怖いくらいにバクバクと鳴り出した。
(なんで、急にこんなこと。それに、なんで私なの……?)
メリルには、自分の容姿が普通だという自覚がある。能力にしても、言霊使いとしての誇りはあるが、逆に言うとそれだけ。特に秀でたもののないメリルは今まで誰かに選ばれる、つまり、誰かと付き合うなどしたことがない。年頃の少女らしく、夢の王子様が現れる夢想を繰り広げたことはあるけれど、それはあくまで憧れ。具体的な「誰か」を思い描くには至らず、当然、ウィルバートを相手に選んだこともない。
(だって、そんな、烏滸がましいよ。ウィル君相手だなんて……!)
メリルは逸らしていた視線を、そっとウィルバートへ向けた。背はそれほど高くないが、スラリとした手足に端正な顔立ち。身目がよく、学園一の魔導師であるウィルバートを慕う女生徒は多い。彼が、高位貴族のご令嬢から「婿に」と望まれたことも知っている。
そこまで考えて、メリルはハッとした。ウィルバートは優秀な魔導師だ。優秀過ぎて、彼を取り込もうとする人間がいるという噂があるくらいに。
「ウィル君、もしかして、何かあったの?」
「何かって、何です?」
「その……、女の子に付きまとわれてるとか、無理矢理結婚させられそう、とか?」
メリルは純粋に彼を案じてそう言葉にしたのだが、嫌そうな顔をしたウィルバートの眉間に皺が寄った。
「何でそうなるんですか。思考が飛躍し過ぎじゃないですか?」
「でも、そうでもなきゃ、ウィル君が私と付き合う理由なんて……」
ない――
そう言いかけた言葉をメリルが飲み込んだのは、ウィルバートが浮かべた表情のせいだった。常に無表情、メリルの前では少しだけそれを崩す彼が初めて見せた顔は――
「ウィル君……?」
メリルの声に一瞬で消えてしまった。ウィルバートが泣きそうだと思ったのは、メリルの見間違いだったのか。
いつもの冷めた眼差しに戻ったウィルバートが淡々と告げる。
「理由は、先輩が自分で考えてみて下さい。……いいでしょう?それくらい」
ウィルバートの赤い瞳が僅かに揺れた。
「……僕のことでいっぱい悩んで」
消えそうな声、それでも確かに届いた声に、メリルは黙って頷き返した。
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