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凪
ありがとう
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「一度も会ったことのない娘やったけど、お母さんのお腹の中で育てたんやもん。
誰よりも近い場所にいたんやから。
ほらこれ見てみて」
母はそういってバッグから大事そうに二冊の母子手帳を取り出した。
一つは蒼音の母子手帳。もう一つは茜音の母子手帳。
黄色のカバーに可愛いイラストの描かれた母子手帳は母の宝物であった。
「これな、赤ちゃんがお腹にいる時に役所でもらえるんやで。
蒼音と茜音がお母さんのお腹にいたっていう証やね。
茜音がお腹の中にいたっていう証は、母子手帳以外どこにもなかったから、お母さん、毎月一八日には、これをお供えしてたんよ。
位牌もなんも、敢えて用意せんかった。
茜音の思い出は、お母さんの心の中にあるから。
近くにあるお地蔵様に、手帳とお菓子を供えて、茜音のことお願いしますって託してたんよ。
引越してからは、家の中に供えてご供養してたんよ。
ほら、エコー写真もあるよ。
画像が粗いけど、二人が寄り添ってるやろう?」
「わ、本当だ!
まるで赤ちゃんが二人、手を繋いでいるように見えるね」
それは、妊娠中に病院で写してくれるお腹の中の赤ちゃん画像だ。
「本当だ、ちょっとわかりにくいけど、お腹の中の赤ちゃんだ」
琴音と涼介も身を乗り出してエコー画像を見た。
蒼音もはじめて見せてもらった。
本当に自分達は二人でお母さんのお腹にいたのだ。
「双子の一方が、お腹の中で死んでしまうっていう悲しい話は、そんなに珍しくはないんよ。
でもね、だからってお母さんが辛くなかったわけやないのよ。
辛かったよ。
茜音の小さい身体は、羊水の中で日に日に小さくなって、いつの
間にか消えてしまった。
病院の先生の話では、お腹の中と・・・・
もう一方の胎児・・・
蒼音に吸収されてしまったかもって、説明してくれたけどな。
大分周期も経っていたから、そんなことになるのは、珍しいって・・・
それでもありがたいことに、蒼音は健康に産まれてきてくれた。
不思議な話やね。
人間の身体って不思議やね。
蒼音が生きたいって、強く望んだから、蒼音は茜音の分まで頑張って生まれてくれたんやね」
自分が茜音の亡骸を取り込んで、この世に生まれた・・・
そんなこと、とても信じられなかった。
けれど、だからこそ、茜音はずっと蒼音の心の中にいて、お互いを認識できたのだろうか?
茜音は自分の姿を具現化してまで、蒼音と通じ合おうとしたのだろうか?
「僕と茜音は二人で一つになって生まれてきたんだね。
それが真実なんだね、お母さん。
だからなの?だから茜音は天に還ることも出来ず、僕が生まれた時から、人知れずそばにいたの?」
「蒼音、ごめんな、それはお母さんにもようわからへん。
けどな、お母さんは信じてるよ、願ってるよ。
蒼音のそばに茜音がいてくれたこと、よかったと思ってるよ。
みんなの心の中に茜音がいてる。
茜音はみんなの思い出の中で生き続けられる。
せやけど・・・
今は、ここにおるんやろう?
茜音はおるんやろう?」
母は蒼音の周囲を見渡し、生んでやることのできなかった娘の気配を感じようとした。
「いるよ、お父さんお母さんの方をじっと見つめて、黙って話を聞いているよ。
茜音は僕にそっくりなんだ。
茜色の服を着ているよ。
お母さんが昔、僕達に買ってくれた赤ん坊用の産着だろう?
茜音はそれを、自分でイメージして、着てくれてるんだよ、茜音の産着は無駄にならなかったんだよ、お母さん。
茜音はここにきて、全てを思い出したんだ。
忘れかけていた記憶を取り戻したんだよ」
「いるんやね、やっぱりいるんやね・・・
よかった。
よかった。
視えへんけど、わかるよ、いてるのがようわかるよ、お母さんには」
「お母さん、茜音が笑ってるよ。嬉しそうに笑ってるよ」
蒼音の隣で微笑む茜音は、充たされたような、安心しきったような、お地蔵様のような優しい微笑みを浮かべていた。
「茜音、茜音ちゃん・・・
ありがとう、そしてごめんね。
でもやっぱりありがとう」
父と母は、茜音がいるであろう場所に向かって、両手を差し出して泣いていた。
『お父しゃん、お母しゃんありがとう。
あたちもう行かなきゃ・・・・』
茜音の声が両親の耳に届いたのか?それは知るすべもなかった。
だけども、両親は全てを受け入れるように優しく頷いていた。
もちろん、その声は子供たちの耳にはしっかりと響いていた。
誰よりも近い場所にいたんやから。
ほらこれ見てみて」
母はそういってバッグから大事そうに二冊の母子手帳を取り出した。
一つは蒼音の母子手帳。もう一つは茜音の母子手帳。
黄色のカバーに可愛いイラストの描かれた母子手帳は母の宝物であった。
「これな、赤ちゃんがお腹にいる時に役所でもらえるんやで。
蒼音と茜音がお母さんのお腹にいたっていう証やね。
茜音がお腹の中にいたっていう証は、母子手帳以外どこにもなかったから、お母さん、毎月一八日には、これをお供えしてたんよ。
位牌もなんも、敢えて用意せんかった。
茜音の思い出は、お母さんの心の中にあるから。
近くにあるお地蔵様に、手帳とお菓子を供えて、茜音のことお願いしますって託してたんよ。
引越してからは、家の中に供えてご供養してたんよ。
ほら、エコー写真もあるよ。
画像が粗いけど、二人が寄り添ってるやろう?」
「わ、本当だ!
まるで赤ちゃんが二人、手を繋いでいるように見えるね」
それは、妊娠中に病院で写してくれるお腹の中の赤ちゃん画像だ。
「本当だ、ちょっとわかりにくいけど、お腹の中の赤ちゃんだ」
琴音と涼介も身を乗り出してエコー画像を見た。
蒼音もはじめて見せてもらった。
本当に自分達は二人でお母さんのお腹にいたのだ。
「双子の一方が、お腹の中で死んでしまうっていう悲しい話は、そんなに珍しくはないんよ。
でもね、だからってお母さんが辛くなかったわけやないのよ。
辛かったよ。
茜音の小さい身体は、羊水の中で日に日に小さくなって、いつの
間にか消えてしまった。
病院の先生の話では、お腹の中と・・・・
もう一方の胎児・・・
蒼音に吸収されてしまったかもって、説明してくれたけどな。
大分周期も経っていたから、そんなことになるのは、珍しいって・・・
それでもありがたいことに、蒼音は健康に産まれてきてくれた。
不思議な話やね。
人間の身体って不思議やね。
蒼音が生きたいって、強く望んだから、蒼音は茜音の分まで頑張って生まれてくれたんやね」
自分が茜音の亡骸を取り込んで、この世に生まれた・・・
そんなこと、とても信じられなかった。
けれど、だからこそ、茜音はずっと蒼音の心の中にいて、お互いを認識できたのだろうか?
茜音は自分の姿を具現化してまで、蒼音と通じ合おうとしたのだろうか?
「僕と茜音は二人で一つになって生まれてきたんだね。
それが真実なんだね、お母さん。
だからなの?だから茜音は天に還ることも出来ず、僕が生まれた時から、人知れずそばにいたの?」
「蒼音、ごめんな、それはお母さんにもようわからへん。
けどな、お母さんは信じてるよ、願ってるよ。
蒼音のそばに茜音がいてくれたこと、よかったと思ってるよ。
みんなの心の中に茜音がいてる。
茜音はみんなの思い出の中で生き続けられる。
せやけど・・・
今は、ここにおるんやろう?
茜音はおるんやろう?」
母は蒼音の周囲を見渡し、生んでやることのできなかった娘の気配を感じようとした。
「いるよ、お父さんお母さんの方をじっと見つめて、黙って話を聞いているよ。
茜音は僕にそっくりなんだ。
茜色の服を着ているよ。
お母さんが昔、僕達に買ってくれた赤ん坊用の産着だろう?
茜音はそれを、自分でイメージして、着てくれてるんだよ、茜音の産着は無駄にならなかったんだよ、お母さん。
茜音はここにきて、全てを思い出したんだ。
忘れかけていた記憶を取り戻したんだよ」
「いるんやね、やっぱりいるんやね・・・
よかった。
よかった。
視えへんけど、わかるよ、いてるのがようわかるよ、お母さんには」
「お母さん、茜音が笑ってるよ。嬉しそうに笑ってるよ」
蒼音の隣で微笑む茜音は、充たされたような、安心しきったような、お地蔵様のような優しい微笑みを浮かべていた。
「茜音、茜音ちゃん・・・
ありがとう、そしてごめんね。
でもやっぱりありがとう」
父と母は、茜音がいるであろう場所に向かって、両手を差し出して泣いていた。
『お父しゃん、お母しゃんありがとう。
あたちもう行かなきゃ・・・・』
茜音の声が両親の耳に届いたのか?それは知るすべもなかった。
だけども、両親は全てを受け入れるように優しく頷いていた。
もちろん、その声は子供たちの耳にはしっかりと響いていた。
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