稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

文字の大きさ
上 下
55 / 64
夕焼け小焼け

夕餉

しおりを挟む
「は、はじめまして。おばあちゃん。
俺、菅沼涼介です」

「こんにちはおばあちゃん、あたし桜井琴音です。
よろしくお願いします」

三人は、昨夜から続く緊張の糸がほぐれたのか、不覚にも、時バアの腕の中で涙ぐんでしまった。

「本当にみんないい子やねえ。
よく頑張った。
頑張った。

さあ疲れたやろう、うちにお入り、もうお風呂も沸いてるよ」

時バアはそういうと、皆を家に招き入れてくれた。

「あ、時バアちょっと待って。

実は、電話で話してたとおり、今ここに茜音も来ているんだ。

時バアには視えないかもしれないけど、確かに僕の横にいるんだよ。
なあみんな」

蒼音は時バアに茜音を紹介しようと、なんとか説明を試みた。

「うん、います。
茜音はここにいます。

この景色に感動して茜音も泣いてました」

なんとか茜音の存在を理解してもらおうと涼介も頑張った。

「茜音ちゃん、本当にここに来たがっていたんです。
だから今感動してるんです」

琴音も茜音のために言葉を添えてくれた。


「ごめんごめん、視えへんからすっかり忘れてしまうところやった。
茜音ちゃんやね。
時バアです、こんにちは。それともはじめましてかいな?

自分の家やと思ってゆっくり寛いでや。
みんなもな」

時バアは、視えるはずもない茜音にも声をかけてくれた。

『うん時バアありがと』

「あ、今茜音がありがとうってお礼を言ったよ、時バア。

時バアには聞こえないかもしれないけど、時バアの言葉は茜音には聞こえるんだよ」

「へえそれはすごいな。
通訳を介せば話せるんやね」

時バアは何の違和感も示さず、ごく普通に茜音の存在を信じてくれたようだ。
蒼音にはそれが不思議でならなかった。



「さ、それよりも疲れたやろ、靴下脱いで寛いでや。
汗もぎょうさんかいたやろ、お風呂先入っといで、こんな田舎やけど、ゆっくりしていってや」

皆はすっかり疲れていたので、お言葉に甘えて、順番にお湯をいただくことにした。

「と、その前に・・・
琴音ちゃんと涼介君は、ご両親に着きましたって報告の電話いれようか。

ご両親、そりゃ心配されてたんやで。
着いたら必ず電話させますって約束したからね」

できれば、それは後回しにしたかった。
電話口で怒られるのは目に見えていたし、やっぱり怖かった。

けれど、時バアの言うとおり、二人は自宅に電話を入れた。

案の定、二人は両親に怒られた。
怒られはしたけど、許してくれた。

お世話になる挨拶をきちんとして、そして、気をつけて帰ってくるようにと言われた。

「蒼音は、お母さんお父さんに明日、自分から話をしなさい。
明日ここに来る予定やからね」

時バアの話では、蒼音の両親は明日こちらに向かうという。

「うん、わかった時バア、僕今回のことちゃんと話すよ。
きちんと説明して納得してもらえるよう頑張ってみる」

「さあさ、じゃ、もうこの話はおしまい。
お風呂に入ってご飯食べよか」

時バアは、精一杯の心づくしで、子供達の緊張を解きほぐしてくれた。

時バアの家は綺麗に掃除がされており、居間はきちんと整頓されていた。
仏壇には亡きおじいちゃんの写真が立てられていた。

鴨居にはご先祖様の遺影がきちんと掛けてあったし、その様子から時バアの信心深い人柄が偲ばれた。

家の中心の大黒柱には振り子時計がかけてあって、タンスの上には陶器製の豚の貯金箱や、クリアケースに入ったフランス人形が飾られていた。

物持ちがよいのか、居間には重たそうな古めかしい扇風機が一台回っている。
家の至るところは、今時のおばあちゃん、ではない空間に充ちており、それがかえって落ち着けた。

台所から、蚊取り線香の匂いに混じって、夕餉ゆうげのよい香りが漂ってくる。

今夜の献立は、時バアの畑で採れた野菜を使った料理だ。

採れたて野菜の新鮮な美味しさに、子供達は舌鼓を打って感激していた。


「美味しいーこのトマトすごく甘い!
茄子とかぼちゃの天ぷらもおいしい!
塩だけで十分ね。
おばあちゃんの野菜料理ものすごく美味しいです」

「本当だ、この黒い枝豆もうまいし、とうもろこしも甘いね。
この冬瓜の煮物も最高です!
初めて食べるけど美味しいです」

琴音と涼介は、もぎたて野菜の旨みを素直に噛み締めた。

「えへん、時バアの野菜料理は別格だろう。
僕はこの、胡瓜のぬか漬けが大好きなんだ」

蒼音は、時バア特性のぬか漬けをパリパリ味わった。

「へー美味しそう、あたしも食べてみよっと」

「遠慮せんとぎょうさんお上がり。
さ、ご飯も炊けたよ。

農協で買うたこの地域の新米やで。
我が家の稲刈は来週あたりやけど、もう新米の季節やからな」

炊きたてほかほかの新米のご飯。
一口ほおばれば、誰もが頬を緩ませた。


「美味しいー!」

皆は揃って声をあげた。

勿論、時バアは、茜音のお膳もきちんと準備してくれた。

更に、子供達それぞれに漆塗りのお箸も用意してくれていたのだ。
茜音も美味しそうにご飯を食べているよ、と、蒼音が時バアに教えてあげると、時バアは・・・

「そうかそうか、よかった、よかった」

と何度も言いながら、心なしか瞳を潤ませているように見えた。

時バアは食後には、よく冷えたまくわ瓜を出してくれた。

優しい甘さの、黄色く瑞々しい瓜は、子供達にとっても珍しい果物だった。


「甘さがくどくなくて食べやすいね」

「お店のメロンよりもおいしいよ」

普段、甘味の強い果物の味に慣れる子供たちも、昔ながらの瓜の味は新鮮に感じたらしい。


『美味ちいね。
煎餅も美味ちいけど、瓜も好きだよあたち』

茜音は瓜の味が気に入ったのか、誰よりも多く食べていた。

「ほらね時バア、茜音のお皿、すっかり空になったでしょう?
幽霊なのに、ものすごく食べるんだよ。
時バアが送ってくれるお温泉煎餅もいっつも食べてるんだよ」

蒼音は自慢げに茜音のことを言ってきかせた。

「そうか、ほんなら煎餅も出そうか、いっぱい買ってあるからね」

そういうと煎餅と麦茶をお盆に乗せて、居間のテーブルに運んでくれた。

そして時バア自身も、ようやく卓袱台ちゃぶだいに腰をおろすと、子供達それぞれの顔を見渡した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

泣き虫エリー

梅雨の人
恋愛
幼いころに父に教えてもらったおまじないを口ずさみ続ける泣き虫で寂しがり屋のエリー。 初恋相手のロニーと念願かなって気持ちを通じ合わせたのに、ある日ロニーは突然街を去ることになってしまった。 戻ってくるから待ってて、という言葉を残して。 そして年月が過ぎ、エリーが再び恋に落ちたのは…。 強く逞しくならざるを得なかったエリーを大きな愛が包み込みます。 「懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。」に出てきたエリーの物語をどうぞお楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

実はこれ実話なんですよ

tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...