稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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夕焼け小焼け

入り日

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のどかな田舎道を子供達は元気に歩き出した。

途中、屋根付きのバス停留所のベンチに座って、今朝買ったパンを食べてお茶を飲んだ。
そして、休憩を済ませるとまた歩きだした。


ふと脇道に目をやると、お地蔵様が祀られている。
皆で一緒に手を合わせ、それぞれの思うことをお祈りした。

道すがら、野花を摘み、歌を歌い、しりとりに興じ、皆で仲良く時バアの家を目指した。



歩きだした時は眩しかった太陽の光が斜光に変わり、人影が長くなる時刻・・・


蒼茫たる空は次第に朱色に移り変わり、茜色に変幻しはじめた。

その様子は、昔話に出てくるような、人の心に郷愁を抱かせるものだった。

「あ、とんぼだ」

涼介が指差す空を見上げると、赤とんぼが散り散りに飛び交っている。

前方を見渡すと、ふっくら実った稲穂が頭をもたげ、こちらに向かってお辞儀をしている。
まるで自分達を歓迎するように。


黄金色の稲穂が整列して、吹き抜ける風に従い、波のようにさざめき一斉に薙いでいる。
遥かにそびえるこんもりした里山に、夕陽が反射して真っ赤に燃えていた。

とうとう来たんだ。茜音を連れて辿りついたんだ。

蒼音はこの景色の中を、思う存分に駆け出したくなった。





『稲穂が揺れている・・・



お山が真っ赤に染まっている。
とんぼがお空に翔んでいる。
カラスがお山に向かって鳴いている。

蒼音、あたち想い出ちたよ。

あたちこの景色覚えてるよ。

いっつも一緒だったね。ずっと一緒だったね』


茜音の瞳に、燃える里山が映っていた。

懐かしい景色に触発されて、茜音は記憶を覚醒した。
その大きな瞳からは、温かい涙がこぼれ落ちていた。



「茜音・・・・

思い出したの?
過去を思い出したの?」

立ち尽くしたまま涙を流す茜音の姿は、茜色の夕焼け空に溶け込んで、今にも消えてしまいそうだった。



「茜音!

時バアに会いに行こう!
一緒に行こう」


蒼音は茜音の手をひくと、みんなを伴って、あぜ道のなかを駆け抜けた。


行く手に時バアの家が見える。

田んぼのあぜ道の先に建つ、ひなびた平屋の一軒家。
蒼音は叫んだ。




「時バアー!


僕来たよ。

茜音と仲間と一緒にやってきたよー」

声が山に木霊して、一斉に反響した。

その響きに気がついて、時バアが家から出てきてくれるのが見えた。
時バアはこっちを向いてニコニコ笑っていた。

蒼音は走り寄って時バアの温かい懐に飛び込んだ。

「時バア!
僕本当に来たよ」


「よく来たねえ、偉かったね。
みんなもほんまによく来たね、頑張ったね」


時バアは両手を広げて、他の二人も暖かく迎え入れてくれた。
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