稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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アイデンティティ

畔道

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それから何度か乗り換えをして、時バアのうちへと続く幹線に乗り換えた。

少し疲れの色を見せていた子供たちだったが、都会から景色が移ろい、車窓から田畑や山が覗きはじめると、先ほどの不安を捨てて、徐々に元気を取り戻し始めた。


何度もトンネルをくぐり、野を越え、山を越え、谷を越え。

蒼音にとっても久しぶりの懐かしい景色が、目の前に広がり飛び去って行った。
それでもこうして、じっくり時間をかけて時バアの家へ行くのは初めてのことだ。

いつもは、新幹線を利用したり、飛行機に乗ったり、高速道路を走ったり・・・


遠く離れたところに引っ越してからは、そう頻繁に会えなくなっていた。
だから久しぶりに会えるのが、本当に楽しみだった。



「わー見て見て園田君!
すごいね、このあたりは田んぼや畑
が多いね。
絵になる景色が多いね」
あまり遠くまで旅行をしたことがない、と言っていた琴音は、目を輝かせて初めて見る土地の様子に感激していた。

『綺麗ね。お山や畑や谷がたくさんあって綺麗だね』

茜音も懐かしさがこみ上げて来たのか、窓に張り付くように景色を眺めていた。
谷間にひっそり見える、美しい棚田や豊穣の畑。
収穫を迎えた実りの大地。


「いいなーこんなところにおばあちゃんが住んでいて、好きな時に遊びに来れるなんて園田君がうらやましいな」

「本当だな。
おばあちゃんちに来るのが、ちょっとした旅だよな。
園田君は、自分じゃそうでもないって顔してるけど、俺に言わせれば、田舎があるって随分恵まれてると思うよ」

二人があまりにも蒼音の境遇を羨むものだから、蒼音はひどく戸惑ってしまった。
自分が羨ましいって・・・

そんなこと、これまで一度も言われたことがなかった。

自分こそ、生まれ育った地を離れ、幾度も引越した、この境遇を忌み嫌っているというのに、他人からみれば、ないものねだりなのだろうか?恵まれているだなんて心外だった。

だとしても、ここが素晴らしい場所であることには変わりない。自信を持ってそう言えた。



それにしても、今朝早くから列車に乗り通しだ。座り続けてそろそろお尻が痛くなる頃だ。


しかし、それも、もうまもなく終わる。

時バアの駅が近づいてきたのだ。

快速列車は、里山の景色が近づく頃から、各駅停車に変わっていた。
駅ごとに停車して、そしてすぐに出発して・・・


それを何度も繰り返し、とうとう午後を過ぎた時刻、彼等の目的地に到着した。





「さあ降りるよ。僕達はここで降りるんだよ」

蒼音に促されて、四人は駅に降り立った。

周囲を見ると、そこはのどかな無人駅だ。


「あれ?駅員さんがいない。
改札に人がいないよ園田君。
駅舎も随分小さいのね」

琴音はきょろきょろと周囲を見回した。

「琴音、ここは無人駅だよ。
俺が調べたとおりだ。
いやーでも無人駅に降り立つなんて感動だな」

涼介は背伸びをして存分に解放感を味わった。

「ここからはバスに乗って時バアの家まで行くんだよ」

蒼音はうろ覚えな記憶を頼りに、駅舎前のバス停の時刻表を見た。


「あちゃー、俺の下調べ通りだ。
ここ、数時間に一本しかバスが来ないんだ」
涼介の予感は当たったらしい。


「どうしよう。
何時間もここで時間を無駄にするなんて、もったいないな」

蒼音は一刻も早く時バアに会いたかった。
会って話したいこと聞きたいことがたくさんあった。


「じゃあ歩かない?
園田君、おばあちゃんちまで歩くと、どのくらいかかるの?」
琴音がそう提案してくれた。

「うん・・・
普通に歩いて一時間以上かな。
いや一時間半くらい?かな」

「だったら歩こうぜ。
ちょっとでも早く着きたいよな、な茜音?」

『うん!早く行きたい!』


「それに俺たち、足腰は丈夫だろ。
なんたって、あの登山遠足で鍛えたんだからさ」
体力に自信のある涼介に異存はなかった。

「あたしも歩いて行きたいな。
もう捻挫なら治ったし、歩いた方が景色もよく見えて楽しいもの」

『あたちも歩いていきたい。道にはお花や虫もたくさんいるもん』

皆が口を揃えてそういうので、蒼音も勿論賛成だった。
一分でも早く茜音に、あの稲穂を見せてあげたいのだ。



「じゃあ行こう。最後は自分の足で行こう」


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