50 / 64
アイデンティティ
逢魔が時
しおりを挟む
出発までの数日、蒼音は準備に余念がなかった。
時バアの電話番号に、もしもの為の酔い止め、絆創膏、携帯ラジオに、長い乗車時間を潰すためのトランプ、腕時計。
三人の中で携帯電話を持っている子はまだいなかった。だから、公衆電話用に十円玉も用意した。
そして一番肝心なこと。両親への簡潔な置き手紙を書いた。
《 お父さんお母さんへ
僕、汽車に乗って時バアのところに行きます。
桜井さんと管沼君も一緒です。
新学期までには戻る予定です。
勝手なことしてごめんなさい。
でも、今どうしても行かなきゃいけない訳があります。
その訳はあとからきちんと説明します。
だから僕のことは心配しないでください。
蒼音 》
白い便箋に清書をして、綺麗に折りたたんで当日に備えた。
その様子を茜音がじっと見詰めていた。
『お母しゃん怒らない?
蒼音のこと怒らない?』
「さあどうかな?
普通なら怒るよね。
だって、子供が黙って汽車に乗って出ていっちゃうなんて、やっぱり怒るよね。
怒られたっていいんだ。
それは構わないよ。
ただ、心配させるのは気が重いかな・・・
茜音はそんなこと心配しなくていいよ。
これは僕が決めたことなんだから。
僕がそうしないと気がすまないから、だから行くんだよ」
『ありがと蒼音、あたちきっと蒼音の親切忘れない』
「や、やだな・・・
茜音ったら、まるでお別れするみたいな言い方して。
お別れするために行くんじゃないよ。
茜音の記憶を取り戻すだけさ。記憶が戻れば、茜音だって不安が消えるだろう?
そうなれば、心配なくこれから一緒に過ごせるだろう?」
自分に言い聞かせるように、蒼音は茜音を優しく諭した。
「あれ?そういえば小町は?
さっきまでそこにいなかった?」
『下で寝てるよ。
最近よく寝るの。眠いみたいなの』
「ふーん、今年の暑さで夏バテでもしたのかな。
最近食欲も落ちたみたいだから」
蒼音はキッチンに降りてゆくと、この家で一番ひんやりと涼しい、ダニングテーブルの下で伸びている小町を撫でてやった。
「おい小町、僕もう三日後には行くんだからね。
留守番の方よろしく頼むよ」
蒼音の声に僅かな反応を見せた小町だが、またすぐに眠ってしまった。
「本当に最近、元気がないなおまえ。
ご飯の時間には起きるくせにな、まあ歳も歳だから仕方ないかな」
そうこうして準備を進めている間にあわただしく数日が過ぎ、とうとう出発当日を迎えた。
蒼音は家を発つ前に、約束どおり、きちんと時バアに電話を入れた。
「時バア、僕今から行くよ。
友達も一緒なんだ。
絶対大丈夫、僕を信じて待っていて」
報告を終えると、自分の机の上にさりげなく置き手紙を残し、両親がまだ仕事から帰らぬ夕方、蒼音と茜音はリュックサックを背負い、意を決して家を出た。
午後五時に約束の公園で落ち合った四人は、意気揚々と駅に向かった。
「さ、行こうかみんな」
『うん!みんないっちょに行こう!』
「うん行こう、もう後戻りはできないぞ、俺なんて妹に手紙託したんだぜ。
変に緊張したよ。
夕飯の時、お母さんが俺を探し始めたら、この手紙を渡すんだぞって、みっちり言い聞かせてきたらから大丈夫だ」
「あたしも、この前のお兄ちゃんのデートを黙っておいてあげたから、お兄ちゃんすんなり協力してくれたわ。
頃合を見て、机の上の手紙を見つけたフリをしてくれるって。
安心だわ」
琴音も涼介も準備は万全。
ぬかりはなかった。
四人は徒党を組むように、大手をふって行進していった。
駅に着くと、早めの帰宅ラッシュが始まっているのか、切符売り場は少しごった返していた。
かえってそのほうがよかった。
あまり人目につかずに改札を抜けることができる。
それぞれのお小遣いを捻出して、当日の乗車券とフリー切符を購入した。
夏休み時期は、この切符で小旅行をする小学生も多少はいるのだ。
だから怪しまれることはなかった。
改札を抜けると、まずは第一関門突破。
四人はもう胸をなでおろし、ひとまず安心できた。
これからあと、半日以上は汽車で過ごさねばならない。
今はまだ旅気分が抜けていないが、ちょっとした過酷な修行のようだった。
ラッシュに揉まれ、まずは主要駅まで向かうと、もう辺りは暗くなっていた。
四人は人気のない駅構内の端っこまでゆき、ベンチに座って持参した夕食をここで摂ることにした。
しかし緊張しているのか、あまり食が進まない。
「茜音食べるか?
僕今はいいや、後で食べる」
『うん!少ち食べたい』
蒼音は茜音に半分おむすびをあげると、自分はお茶を飲んで気分を落ち着けた。
おむすびは、炊飯器に残っていたご飯を自分で握ってきたものだ。
母のようにうまく握れず、いびつな形をしていた。
他の二人もあまり食欲はなかった。
コンビニで買ったおむすびやパンの、味気ない夕食では当然食欲も失せるだろうが、ここに来て急に不安に駆られたのだ。
「今頃、お母さん心配してるかな?
お兄ちゃんもう手紙のこと言ったかな?
お父さん怒ってるかな・・・」
「俺も・・・
妹、ちゃんと手紙渡してるかな?
忘れてたりして、警察にでも連絡されてないかな・・・」
「そうだね、僕も心配だな。
お母さん、あんな手紙読んで、僕のこと呆れるかな。
もう帰ってこなくていいって思われれてるかな」
四人は肩を落とし、ホームの端っこで項垂れていた。
しばらく無言で思いつめていた四人だが、ホームに乗車予定の夜行列車が入構してくると、今度こそ後戻りは出来ない。とばかりに意を決した。
「来た!
“快速スターライト”が来たよ!
僕たちが乗る列車だよ」
時バアの電話番号に、もしもの為の酔い止め、絆創膏、携帯ラジオに、長い乗車時間を潰すためのトランプ、腕時計。
三人の中で携帯電話を持っている子はまだいなかった。だから、公衆電話用に十円玉も用意した。
そして一番肝心なこと。両親への簡潔な置き手紙を書いた。
《 お父さんお母さんへ
僕、汽車に乗って時バアのところに行きます。
桜井さんと管沼君も一緒です。
新学期までには戻る予定です。
勝手なことしてごめんなさい。
でも、今どうしても行かなきゃいけない訳があります。
その訳はあとからきちんと説明します。
だから僕のことは心配しないでください。
蒼音 》
白い便箋に清書をして、綺麗に折りたたんで当日に備えた。
その様子を茜音がじっと見詰めていた。
『お母しゃん怒らない?
蒼音のこと怒らない?』
「さあどうかな?
普通なら怒るよね。
だって、子供が黙って汽車に乗って出ていっちゃうなんて、やっぱり怒るよね。
怒られたっていいんだ。
それは構わないよ。
ただ、心配させるのは気が重いかな・・・
茜音はそんなこと心配しなくていいよ。
これは僕が決めたことなんだから。
僕がそうしないと気がすまないから、だから行くんだよ」
『ありがと蒼音、あたちきっと蒼音の親切忘れない』
「や、やだな・・・
茜音ったら、まるでお別れするみたいな言い方して。
お別れするために行くんじゃないよ。
茜音の記憶を取り戻すだけさ。記憶が戻れば、茜音だって不安が消えるだろう?
そうなれば、心配なくこれから一緒に過ごせるだろう?」
自分に言い聞かせるように、蒼音は茜音を優しく諭した。
「あれ?そういえば小町は?
さっきまでそこにいなかった?」
『下で寝てるよ。
最近よく寝るの。眠いみたいなの』
「ふーん、今年の暑さで夏バテでもしたのかな。
最近食欲も落ちたみたいだから」
蒼音はキッチンに降りてゆくと、この家で一番ひんやりと涼しい、ダニングテーブルの下で伸びている小町を撫でてやった。
「おい小町、僕もう三日後には行くんだからね。
留守番の方よろしく頼むよ」
蒼音の声に僅かな反応を見せた小町だが、またすぐに眠ってしまった。
「本当に最近、元気がないなおまえ。
ご飯の時間には起きるくせにな、まあ歳も歳だから仕方ないかな」
そうこうして準備を進めている間にあわただしく数日が過ぎ、とうとう出発当日を迎えた。
蒼音は家を発つ前に、約束どおり、きちんと時バアに電話を入れた。
「時バア、僕今から行くよ。
友達も一緒なんだ。
絶対大丈夫、僕を信じて待っていて」
報告を終えると、自分の机の上にさりげなく置き手紙を残し、両親がまだ仕事から帰らぬ夕方、蒼音と茜音はリュックサックを背負い、意を決して家を出た。
午後五時に約束の公園で落ち合った四人は、意気揚々と駅に向かった。
「さ、行こうかみんな」
『うん!みんないっちょに行こう!』
「うん行こう、もう後戻りはできないぞ、俺なんて妹に手紙託したんだぜ。
変に緊張したよ。
夕飯の時、お母さんが俺を探し始めたら、この手紙を渡すんだぞって、みっちり言い聞かせてきたらから大丈夫だ」
「あたしも、この前のお兄ちゃんのデートを黙っておいてあげたから、お兄ちゃんすんなり協力してくれたわ。
頃合を見て、机の上の手紙を見つけたフリをしてくれるって。
安心だわ」
琴音も涼介も準備は万全。
ぬかりはなかった。
四人は徒党を組むように、大手をふって行進していった。
駅に着くと、早めの帰宅ラッシュが始まっているのか、切符売り場は少しごった返していた。
かえってそのほうがよかった。
あまり人目につかずに改札を抜けることができる。
それぞれのお小遣いを捻出して、当日の乗車券とフリー切符を購入した。
夏休み時期は、この切符で小旅行をする小学生も多少はいるのだ。
だから怪しまれることはなかった。
改札を抜けると、まずは第一関門突破。
四人はもう胸をなでおろし、ひとまず安心できた。
これからあと、半日以上は汽車で過ごさねばならない。
今はまだ旅気分が抜けていないが、ちょっとした過酷な修行のようだった。
ラッシュに揉まれ、まずは主要駅まで向かうと、もう辺りは暗くなっていた。
四人は人気のない駅構内の端っこまでゆき、ベンチに座って持参した夕食をここで摂ることにした。
しかし緊張しているのか、あまり食が進まない。
「茜音食べるか?
僕今はいいや、後で食べる」
『うん!少ち食べたい』
蒼音は茜音に半分おむすびをあげると、自分はお茶を飲んで気分を落ち着けた。
おむすびは、炊飯器に残っていたご飯を自分で握ってきたものだ。
母のようにうまく握れず、いびつな形をしていた。
他の二人もあまり食欲はなかった。
コンビニで買ったおむすびやパンの、味気ない夕食では当然食欲も失せるだろうが、ここに来て急に不安に駆られたのだ。
「今頃、お母さん心配してるかな?
お兄ちゃんもう手紙のこと言ったかな?
お父さん怒ってるかな・・・」
「俺も・・・
妹、ちゃんと手紙渡してるかな?
忘れてたりして、警察にでも連絡されてないかな・・・」
「そうだね、僕も心配だな。
お母さん、あんな手紙読んで、僕のこと呆れるかな。
もう帰ってこなくていいって思われれてるかな」
四人は肩を落とし、ホームの端っこで項垂れていた。
しばらく無言で思いつめていた四人だが、ホームに乗車予定の夜行列車が入構してくると、今度こそ後戻りは出来ない。とばかりに意を決した。
「来た!
“快速スターライト”が来たよ!
僕たちが乗る列車だよ」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

泣き虫エリー
梅雨の人
恋愛
幼いころに父に教えてもらったおまじないを口ずさみ続ける泣き虫で寂しがり屋のエリー。
初恋相手のロニーと念願かなって気持ちを通じ合わせたのに、ある日ロニーは突然街を去ることになってしまった。
戻ってくるから待ってて、という言葉を残して。
そして年月が過ぎ、エリーが再び恋に落ちたのは…。
強く逞しくならざるを得なかったエリーを大きな愛が包み込みます。
「懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。」に出てきたエリーの物語をどうぞお楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる