稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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雲の行方

暗鬼

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祭りの後の、どこか物悲しくけだるい翌朝。

昨夜のドキドキした感動の余韻を感じながらも、蒼音は何かをしなければならない。
そんな衝動に駆られていた。


その朝、出勤前の両親は身支度に忙しかったが、夕食に家族三人が揃うことは希なので、せめて朝食だけは家族揃って食べるよう心がけていた。

町内のラジオ体操はお盆前で終わってしまったので、蒼音はパジャマ姿のまま食卓テーブルについて味噌汁をすすっていた。


「昨日はどうだった蒼音?
間近で観た花火は綺麗やったろうね。
お母さんたちはベランダから眺めたんよ」

母は納豆をかき混ぜながら昨夜のことを尋ねてきた。

「うん、綺麗だったよ。
花火も・・・・
桜井さんもね」

「ん?桜井さん?
クラスの女の子か?」

新聞に目を通していた父は、息子の話に耳をそばだてていた。

「あ、違うよ!
桜井さんの浴衣が綺麗だったって、そう言ったの。

そういう意味だよ。
お父さん変に勘ぐらないでよ、もう!」

蒼音はあわてて弁解した。

「へへーん・・・
ま、いっか、そういうことにしておこう」

父はにやにやしながらご飯に納豆をかけた。

「今日生ゴミの日やから、先にゴミ出ししてくるね。
ご飯先に食べてて」

母は忙しそうにゴミをまとめ、収集所へと持って行ってしまった。


母が玄関を出て行くのを確かめると、蒼音は真面目な顔つきになって父に問いかけてみた。

本当は母に聞いてもよかったのだ。
だけれども、やっぱり母には聞きづらい、ということもあった。


「あのさ、お父さん。

朝から変なこと聞くけど、変に思わないでね」

「変なこと聞くのに変に思わないでって言われてもなー」

「ほら、またそうやって、いっつも僕のことからかうんだから。
僕真面目な話をしてるんだよ」

「・・・わかった。
じゃあ聞こう。言いなさい」


「あのね・・・・
あのね・・・
お母さんには内緒だよ。

その・・・・

僕って本当に一人っ子だったの?

他に兄弟はいないの?たとえば妹とかさ」


なるべく軽いノリで聞いたつもりだった。
父と真剣な話などしたことなかったから、あえてさらりと聞いてみた。

すると予想に反して、父の顔が一瞬真顔になったことに気がついた。

しかしすぐに表情を緩め、父はいつもどおりに応えてくれた。

「どうしてそんなこと聞くんだ?
ん?
何かあったか?」

「どうしてって言われても・・・・
その・・・・
ちょっとね。
それより質問に答えてよ」

「蒼音は兄弟がいたほうがよかったか?」

「わかんない。
でもいたら楽しかっただろうなって」

「そうか・・・・
お母さんに何か聞いたのかと思ったからな」

「何かって・・・?何」

「ん・・・
そうだな・・・・

お、それよりもうこんな時間だ。
蒼音早く食べなさい。

今日はどうするんだ。
友達と解放プールに行くのか?」

「うん・・・・まあ」

何か言いたそうでもあり、隠すようでもあり、父ははぐらかすようにご飯をかっこんで会社にいってしまった。


(お母さんから何か聞いた?
ってどういう意味?

どうして質問に答えてくれないの?

兄弟がいないなら、いない!ってはっきり否定してよお父さん。

ねえ、僕には可愛い妹がいたんじゃないの?
ねえそうでしょう?
そうだと言ってよお父さん!

本当のことが話せない理由があるの?
僕にだって知る権利はあるんだよ!)

喉元まで言葉がでかかった。

しかしそれ以上は聞けなかった。
父の口からはっきり聞くのが怖かった。
というべきだろう。

だから蒼音はますます困惑してしまった。
あの様子では、しつこく聞いたところで、父は絶対に教えてくれないだろうし、問い詰めるのはどうしてか悪いような気がした。

しかし、本当に一人っ子だったの?

などという質問を今度は母にぶつけられるわけもなく、彼は途方に暮れてしまった。

両親が出勤してしまった家の中で、蒼音は、茜音と小町と無為に時間をつぶしていた。

日中は照りつける太陽の日差しが暑くて、最近は公園に行く気もおこらない。
解放プールは午後からだし、涼介は体育館の剣道の稽古に行っているし、捻挫の治った琴音も少しずつ稽古に復帰していた。

一人家の中でもやもやとしていた蒼音は、何かを思い立ったように、突然行動を起こし出した。

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