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真夏の夜の夢
浴衣の君
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それでも蒼音の願いに反して、時間は過ぎた。
念願の夜が来てしまった!
母に甚平を着せてもらい、一瞬にしてお祭り気分に転換した。
現金なもので、蒼音は草履を履くと、茜音と一緒に元気いっぱい出かけていった。
「行ってきまーす」
「終わったらすぐに帰るねんでー」
茜音を連れて、蒼音は約束の河原へと急いだ。
堤防には、もうすでに琴音と涼介が待つ姿があった。
「ごめん待った?」
「ううん今きたところ。
園田君も甚平着たのね。
よく似合ってるね」
「俺も今夜は甚平出してもらったんだ。
本当は妹も花火見たがってたけど、熱出しちゃってさ」
琴音と涼介も、皆申し合わせたように和服の出で立ちだった。
「菅沼君の妹か、会いたかったな。
あ、桜井さんも浴衣姿がすごく似合ってるね」
「うふ、ありがとう。
それより聞いてよ園田君も。
お兄ちゃんたら今日ここで、彼女と待ち合わせてたんだよ~
あたしたちの子守・・・っていうのは、お母さんに向けての体の良い口実で、本当は花火大会で彼女とデートしたかっただけなんだよ。
ほら、あの人同じ中学の彼女だよ。
綺麗な人でしょ」
琴音が言うとおり、後ろを見ると、お兄ちゃんはガールフレンドと堤防を歩いていた。
「へええ・・・
受験生って、デートの口実見つけるのも大変なんだね」
蒼音にはまだまだ遠い話だが、花火大会でデートするお兄ちゃん達がかっこよく見えた。
「そ、お兄ちゃん達は、あたし達から少し離れて歩くらしいよ。
今夜のことお母さんに黙っていたら、後でジュース奢ってくれるんだって。
だからあたし達は、気にしないで花火大会楽しもうね。
本当、デートするのに小学生をダシに使うなんて大人気ないわよね、お兄ちゃんも」
琴音はそんなこともさらっと言ってのけた。
なんだかその瞬間、琴音が随分大人にみえた。
それに何よりも、浴衣を着こなした今夜の彼女は、昼間とは全然違って見えた。
改めて眺めてみると、本当によく似合っている。
濃紺の浴衣地に、朝顔が鮮やかに描かれた古風なデザインが、琴音の和風な顔立ちにとてもしっくりと調和していた。
剣道の袴姿といい浴衣といい、和服を着こなせるなんて素敵だな。蒼音は素直に見とれてしまった。
「おい園田君、どうしたんだよ、ぼーっとして。
いつも七時にはもう眠くなるのかよ?」
涼介がいつものように冗談混じりで話しかけたので、蒼音ははっと我にかえった。
「え?
あ・・・違うんだ。
あの、楽しみだね花火。
楽しみで落ち着かないんだ」
咄嗟にごまかしたけど、顔は真っ赤だった。
暗がりの夜で本当によかった。
それにしても本当に、今夜の琴音は随分大人びてみえた。
長い髪を頭の上で結い上げて、朝顔模様のかんざしを差していた。
よく見ると、爪には控えめにマニキュアが塗られており、仄かにリンスの香りが立ち上っている。
そばにいた茜音も思わず、小声で蒼音にささやきかけたくらいだ。
『琴音きれいだね』
大人になんかなりたくない。
さっきはそんなことを考えていた。
大人になれなかったら、自分はみんなに置いてけぼりにされるのかな?
子供のまま気楽に楽しく毎日を過ごすのと、責任があって大変そうだけど自由でドキドキできる大人、どっちがいいのだろう?
琴音の後ろ姿を追いかけ、蒼音はとぼとぼと、うつむき加減で堤防を歩いた。
前を見ると、クラスでも背の高い涼介と、浴衣姿の凛とした琴音が並ぶさまが絵になっている。
後ろを向くと、お兄ちゃんの中学生カップルが仲良く話しをしながら歩いている。
そして、甚平姿の蒼音には小さな茜音が一緒だった。
なんだか、自分だけが取り残されたような気分がした。
(自分一人置いていかれるって、こういう気分をいうのだろうか?
いつかそのうちに、僕は大人になって、茜音を置いていくのだろうか?)
『蒼音・・・どうちたの?
花火楽ちみだね』
「あ・・・うん、そうだね。
本当に楽しみだね」
茜音は何をどう考えているのだろう。
蒼音は考えていた。
子供姿の幽霊なのだから、きっと幼くして亡くなった経緯があるのだろう。
だから、まだまだ中身も子供なのだ。
いつまでたっても子供のままなのだ。
自分の今後についてなど、深く考えたりはしていまい。
(茜音は桜井さんを見て、あんなふうにお姉さんになってみたい・・・
なんて考えるんだろうか?
子供のままでこの世にいることを理解してるんだろうか?)
大人になりたくない。
のと、大人になれない。
は全く意味が違った。
なりたくなくても、いつかは大人になるのだ。
だとしても、それは自然の法則であって、人はみな順応してそれを楽しむことが出来る。
(もう死んでしまった茜音には、それが許されないんだ。
だったらせめて、安らかに成仏させてあげるのが一番の方法なのだろうか?)
念願の夜が来てしまった!
母に甚平を着せてもらい、一瞬にしてお祭り気分に転換した。
現金なもので、蒼音は草履を履くと、茜音と一緒に元気いっぱい出かけていった。
「行ってきまーす」
「終わったらすぐに帰るねんでー」
茜音を連れて、蒼音は約束の河原へと急いだ。
堤防には、もうすでに琴音と涼介が待つ姿があった。
「ごめん待った?」
「ううん今きたところ。
園田君も甚平着たのね。
よく似合ってるね」
「俺も今夜は甚平出してもらったんだ。
本当は妹も花火見たがってたけど、熱出しちゃってさ」
琴音と涼介も、皆申し合わせたように和服の出で立ちだった。
「菅沼君の妹か、会いたかったな。
あ、桜井さんも浴衣姿がすごく似合ってるね」
「うふ、ありがとう。
それより聞いてよ園田君も。
お兄ちゃんたら今日ここで、彼女と待ち合わせてたんだよ~
あたしたちの子守・・・っていうのは、お母さんに向けての体の良い口実で、本当は花火大会で彼女とデートしたかっただけなんだよ。
ほら、あの人同じ中学の彼女だよ。
綺麗な人でしょ」
琴音が言うとおり、後ろを見ると、お兄ちゃんはガールフレンドと堤防を歩いていた。
「へええ・・・
受験生って、デートの口実見つけるのも大変なんだね」
蒼音にはまだまだ遠い話だが、花火大会でデートするお兄ちゃん達がかっこよく見えた。
「そ、お兄ちゃん達は、あたし達から少し離れて歩くらしいよ。
今夜のことお母さんに黙っていたら、後でジュース奢ってくれるんだって。
だからあたし達は、気にしないで花火大会楽しもうね。
本当、デートするのに小学生をダシに使うなんて大人気ないわよね、お兄ちゃんも」
琴音はそんなこともさらっと言ってのけた。
なんだかその瞬間、琴音が随分大人にみえた。
それに何よりも、浴衣を着こなした今夜の彼女は、昼間とは全然違って見えた。
改めて眺めてみると、本当によく似合っている。
濃紺の浴衣地に、朝顔が鮮やかに描かれた古風なデザインが、琴音の和風な顔立ちにとてもしっくりと調和していた。
剣道の袴姿といい浴衣といい、和服を着こなせるなんて素敵だな。蒼音は素直に見とれてしまった。
「おい園田君、どうしたんだよ、ぼーっとして。
いつも七時にはもう眠くなるのかよ?」
涼介がいつものように冗談混じりで話しかけたので、蒼音ははっと我にかえった。
「え?
あ・・・違うんだ。
あの、楽しみだね花火。
楽しみで落ち着かないんだ」
咄嗟にごまかしたけど、顔は真っ赤だった。
暗がりの夜で本当によかった。
それにしても本当に、今夜の琴音は随分大人びてみえた。
長い髪を頭の上で結い上げて、朝顔模様のかんざしを差していた。
よく見ると、爪には控えめにマニキュアが塗られており、仄かにリンスの香りが立ち上っている。
そばにいた茜音も思わず、小声で蒼音にささやきかけたくらいだ。
『琴音きれいだね』
大人になんかなりたくない。
さっきはそんなことを考えていた。
大人になれなかったら、自分はみんなに置いてけぼりにされるのかな?
子供のまま気楽に楽しく毎日を過ごすのと、責任があって大変そうだけど自由でドキドキできる大人、どっちがいいのだろう?
琴音の後ろ姿を追いかけ、蒼音はとぼとぼと、うつむき加減で堤防を歩いた。
前を見ると、クラスでも背の高い涼介と、浴衣姿の凛とした琴音が並ぶさまが絵になっている。
後ろを向くと、お兄ちゃんの中学生カップルが仲良く話しをしながら歩いている。
そして、甚平姿の蒼音には小さな茜音が一緒だった。
なんだか、自分だけが取り残されたような気分がした。
(自分一人置いていかれるって、こういう気分をいうのだろうか?
いつかそのうちに、僕は大人になって、茜音を置いていくのだろうか?)
『蒼音・・・どうちたの?
花火楽ちみだね』
「あ・・・うん、そうだね。
本当に楽しみだね」
茜音は何をどう考えているのだろう。
蒼音は考えていた。
子供姿の幽霊なのだから、きっと幼くして亡くなった経緯があるのだろう。
だから、まだまだ中身も子供なのだ。
いつまでたっても子供のままなのだ。
自分の今後についてなど、深く考えたりはしていまい。
(茜音は桜井さんを見て、あんなふうにお姉さんになってみたい・・・
なんて考えるんだろうか?
子供のままでこの世にいることを理解してるんだろうか?)
大人になりたくない。
のと、大人になれない。
は全く意味が違った。
なりたくなくても、いつかは大人になるのだ。
だとしても、それは自然の法則であって、人はみな順応してそれを楽しむことが出来る。
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