稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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記憶の欠片_かけら_

彼は誰_かはたれ_

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琴音はひと呼吸おいて話を続けた。

「うん、あのね。
あたし前から考えてたの。

精霊や妖精っていうのかな、八百万やおよろずの神って知ってる?
自然界の中にいらっしゃる神様。

御神木の精霊や古いものに宿る神様のことだよ。
そういう霊以外の霊・・・
つまり人の幽霊っていうのは、当然ながら、死ぬ前は生きていたってことよね。

あたしたちと同じ世界、この世で、人間として暮らしていたってことでしょう?

要するに茜音ちゃんが普通の幽霊だとしたら、普通の人間だった時代も存在していたはずだよね。
この写真に写っているということは、もしかすると、園田君に関係のある女の子だったんじゃないかしら?全く無関係とも思えないの」

琴音の仮説は、蒼音の想像を遥かに超えていた。

考えもしなかった。茜音が自分に由来する幽霊かどうかだなんて。

ただなんとなく、ある日突発的に取り憑いていた、迷子の幽霊とばかり信じていたから。
だからこそ、身寄りのない茜音が可哀想でそばにおいてあげようという、一種のボランティア精神みたいなものだった。

琴音のいうことが本当だとしたら?
茜音はどこの誰だったのだろう?

名前だって“茜音”じゃなくてちゃんとした名前があったはずだし、人間なら親や家族もいただろう。

幼い幽霊になった、ということは、何か不幸があって死んでしまったのだろう。

「・・・・

そう言われてみれば、想像したこともなかったよ、そんなこと。

僕に関係があるとしたら?
例えばどういう関係なんだろう?」

蒼音はすがるように琴音の意見を求めた。

「ごめんね園田君、言い出しておきながら私にもわからないの。

けれどたとえば、昔近所に住んでいて仲の良かった女の子だとか、もしかしたら、もっとずっと昔の子かもしれない。
園田君のご先祖様とか、おばあちゃんの家に棲みついていた、ずっと昔の幽霊だとか。

ただ・・・・
私思うの。

幽霊が成仏せずに、ずっとこの世にいるっていうのは、何か未練があるのかもしれないわ。
もしくは、茜音ちゃんの場合、自分がどこの誰だったかを思い出せなくて、この世にとどまることしかできないんじゃないかしら」

琴音の言っていることは、あながち適当な仮説にも思えなかった。

蒼音にはそれがショックだった。
そんなことは思いもよらなかった。
茜音のためにそこまで、きちんと考えてあげようともしなかったのだから。

「桜井さんの言うとおりかもしれない。
その・・・


茜音には記憶がないんだ。

前に茜音が言っていた。気がついたら僕にとり憑いていたそうだよ。
その理由もわからないんだって」

三人の和やかな雰囲気は、いつのまにやら重く寂しい空気に変わっていた。

何も知らずに、部屋の隅で無邪気に小町とじゃれあう茜音の姿が、一層不憫に思えた。

「琴音、じゃあ茜音はずっとこの世にいるのかな?

俺たちが爺さん婆さんになっても茜音だけは、その写真の姿のままこの世を彷徨い続けるっていうことか?」

涼介はこわごわと問いかけた。

「多分そうかもしれない。

読んだことがあるもの、怖い本とか漫画でね、そういう可哀想な幽霊のことを地縛霊っていうんだって。

自分がどこの誰だったか思いだせない茜音ちゃんは、逝く場所も還る場所もわからないんだね。なんだか切ないね」

「俺、聞いたことあるぞ、うちの祖父ちゃんが言ってた。

生きている者はいつか死んでしまうけど、成仏すればそのうちまた生まれ変わることができるって。
真面目に一生懸命生きていれば、必ずまた生まれることができるって教えてくれた。

そういうのを輪廻転生っていうらしいな。

でも成仏できなかったら、転生することはないんだな。

そんなの可哀想だな・・・・
俺だったらやだよ、さまよい続けるなんて」

二人があまりにも悲観的な考えばかり呟くので、蒼音は聞いているのが辛かった。

「で、でもさ、茜音は一人じゃないよ。

僕がいるよ。今までも僕のそばにいたっていうし、これからも一緒にいればいいんだからさ。
心配ないよ。茜音の面倒くらい任せてよ」

蒼音は気丈に胸を張ってみせた。
しかしそれがかえって切なかった。

「これからもずっと一緒って言ってもさ、園田君はどうするんだよ。
園田君もいつかは死ぬんだぜ。
そしたらどうするんだよ」

つっかかるような涼介の物言いに、蒼音はちょっと腹がたった。

「わかってるよそんなことくらい。
僕が年とって死んだら、茜音と一緒に幽霊になればいいんだよ。
それで解決だろう?」

「は?何言ってるんだよ。
じゃあ園田君は成仏しなくていいんだね?
生まれ変わらないで、永遠に幽霊のままでいいんだね?
そうだろう?」

「いいよ。

別にいいよそれでも。
幽霊になっていろいろ楽しんでやる。

幽霊なら死ぬこともないし、好きなように出来るもんね」

「ふん、そんなの無理に決まってるだろ。
ずっと幽霊なんて飽きるだろう。

じゃあ、知っている人がみんな死んで、世の中が変わっていっても、それでもずっと幽霊のままでいるんだね?

この先何百年も何億年も・・・
地球が滅亡しても幽霊のままなんだね?」

「そ、そうだよ。
地球が無くなれば、宇宙に浮いてればいい。
宇宙空間に、海の藻屑みたいに浮かんで寝てればいいんだよ。
塵みたいにずっと彷徨ってればいいんだよ。

だいたい菅沼君には関係ないだろう。
それとも自分はまた人間に生まれ変わって、今度は王様にでもなるつもり?」

「な、なんだよそれ。


俺は別に、人間じゃなくてもいいぞ!

ミジンコにでもなんでも、またこの世に生まれ変わってやるぞ」


両者どちらも自分の主張をひこうとせず、不毛な押し問答が繰り広げられた。
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