稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

文字の大きさ
上 下
37 / 64
記憶の欠片_かけら_

彼は誰_かはたれ_

しおりを挟む
琴音はひと呼吸おいて話を続けた。

「うん、あのね。
あたし前から考えてたの。

精霊や妖精っていうのかな、八百万やおよろずの神って知ってる?
自然界の中にいらっしゃる神様。

御神木の精霊や古いものに宿る神様のことだよ。
そういう霊以外の霊・・・
つまり人の幽霊っていうのは、当然ながら、死ぬ前は生きていたってことよね。

あたしたちと同じ世界、この世で、人間として暮らしていたってことでしょう?

要するに茜音ちゃんが普通の幽霊だとしたら、普通の人間だった時代も存在していたはずだよね。
この写真に写っているということは、もしかすると、園田君に関係のある女の子だったんじゃないかしら?全く無関係とも思えないの」

琴音の仮説は、蒼音の想像を遥かに超えていた。

考えもしなかった。茜音が自分に由来する幽霊かどうかだなんて。

ただなんとなく、ある日突発的に取り憑いていた、迷子の幽霊とばかり信じていたから。
だからこそ、身寄りのない茜音が可哀想でそばにおいてあげようという、一種のボランティア精神みたいなものだった。

琴音のいうことが本当だとしたら?
茜音はどこの誰だったのだろう?

名前だって“茜音”じゃなくてちゃんとした名前があったはずだし、人間なら親や家族もいただろう。

幼い幽霊になった、ということは、何か不幸があって死んでしまったのだろう。

「・・・・

そう言われてみれば、想像したこともなかったよ、そんなこと。

僕に関係があるとしたら?
例えばどういう関係なんだろう?」

蒼音はすがるように琴音の意見を求めた。

「ごめんね園田君、言い出しておきながら私にもわからないの。

けれどたとえば、昔近所に住んでいて仲の良かった女の子だとか、もしかしたら、もっとずっと昔の子かもしれない。
園田君のご先祖様とか、おばあちゃんの家に棲みついていた、ずっと昔の幽霊だとか。

ただ・・・・
私思うの。

幽霊が成仏せずに、ずっとこの世にいるっていうのは、何か未練があるのかもしれないわ。
もしくは、茜音ちゃんの場合、自分がどこの誰だったかを思い出せなくて、この世にとどまることしかできないんじゃないかしら」

琴音の言っていることは、あながち適当な仮説にも思えなかった。

蒼音にはそれがショックだった。
そんなことは思いもよらなかった。
茜音のためにそこまで、きちんと考えてあげようともしなかったのだから。

「桜井さんの言うとおりかもしれない。
その・・・


茜音には記憶がないんだ。

前に茜音が言っていた。気がついたら僕にとり憑いていたそうだよ。
その理由もわからないんだって」

三人の和やかな雰囲気は、いつのまにやら重く寂しい空気に変わっていた。

何も知らずに、部屋の隅で無邪気に小町とじゃれあう茜音の姿が、一層不憫に思えた。

「琴音、じゃあ茜音はずっとこの世にいるのかな?

俺たちが爺さん婆さんになっても茜音だけは、その写真の姿のままこの世を彷徨い続けるっていうことか?」

涼介はこわごわと問いかけた。

「多分そうかもしれない。

読んだことがあるもの、怖い本とか漫画でね、そういう可哀想な幽霊のことを地縛霊っていうんだって。

自分がどこの誰だったか思いだせない茜音ちゃんは、逝く場所も還る場所もわからないんだね。なんだか切ないね」

「俺、聞いたことあるぞ、うちの祖父ちゃんが言ってた。

生きている者はいつか死んでしまうけど、成仏すればそのうちまた生まれ変わることができるって。
真面目に一生懸命生きていれば、必ずまた生まれることができるって教えてくれた。

そういうのを輪廻転生っていうらしいな。

でも成仏できなかったら、転生することはないんだな。

そんなの可哀想だな・・・・
俺だったらやだよ、さまよい続けるなんて」

二人があまりにも悲観的な考えばかり呟くので、蒼音は聞いているのが辛かった。

「で、でもさ、茜音は一人じゃないよ。

僕がいるよ。今までも僕のそばにいたっていうし、これからも一緒にいればいいんだからさ。
心配ないよ。茜音の面倒くらい任せてよ」

蒼音は気丈に胸を張ってみせた。
しかしそれがかえって切なかった。

「これからもずっと一緒って言ってもさ、園田君はどうするんだよ。
園田君もいつかは死ぬんだぜ。
そしたらどうするんだよ」

つっかかるような涼介の物言いに、蒼音はちょっと腹がたった。

「わかってるよそんなことくらい。
僕が年とって死んだら、茜音と一緒に幽霊になればいいんだよ。
それで解決だろう?」

「は?何言ってるんだよ。
じゃあ園田君は成仏しなくていいんだね?
生まれ変わらないで、永遠に幽霊のままでいいんだね?
そうだろう?」

「いいよ。

別にいいよそれでも。
幽霊になっていろいろ楽しんでやる。

幽霊なら死ぬこともないし、好きなように出来るもんね」

「ふん、そんなの無理に決まってるだろ。
ずっと幽霊なんて飽きるだろう。

じゃあ、知っている人がみんな死んで、世の中が変わっていっても、それでもずっと幽霊のままでいるんだね?

この先何百年も何億年も・・・
地球が滅亡しても幽霊のままなんだね?」

「そ、そうだよ。
地球が無くなれば、宇宙に浮いてればいい。
宇宙空間に、海の藻屑みたいに浮かんで寝てればいいんだよ。
塵みたいにずっと彷徨ってればいいんだよ。

だいたい菅沼君には関係ないだろう。
それとも自分はまた人間に生まれ変わって、今度は王様にでもなるつもり?」

「な、なんだよそれ。


俺は別に、人間じゃなくてもいいぞ!

ミジンコにでもなんでも、またこの世に生まれ変わってやるぞ」


両者どちらも自分の主張をひこうとせず、不毛な押し問答が繰り広げられた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

泣き虫エリー

梅雨の人
恋愛
幼いころに父に教えてもらったおまじないを口ずさみ続ける泣き虫で寂しがり屋のエリー。 初恋相手のロニーと念願かなって気持ちを通じ合わせたのに、ある日ロニーは突然街を去ることになってしまった。 戻ってくるから待ってて、という言葉を残して。 そして年月が過ぎ、エリーが再び恋に落ちたのは…。 強く逞しくならざるを得なかったエリーを大きな愛が包み込みます。 「懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。」に出てきたエリーの物語をどうぞお楽しみください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

処理中です...