殿下、今日こそ帰ります!

黒猫子猫(猫子猫)

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第20羽・殿下は迷惑千万

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 柔らかな眼差しで見つめてくるランスを、エミリアは直視してしまった。冷徹な空気を時々にじませながらも、二人だけで過ごしている時、彼の目は優しい。

 元々端正な顔立ちをしているだけに、微笑みを浮かべられると、魅入るなというのが無理だ。

 頬が勝手に赤らむ。妙だ。自分は異性が苦手で、恋愛ができたためしがないのに。落ち着かなさげに手をいじる彼女に、ランスは穏やかに尋ねた。

「どうした?」
「……おかしいわね」
「俺に見惚みとれることがか?」

 エミリアは正確に言い当てられ、うっと言葉に詰まる。普通、そんな事をさらりと言えるものではないと思うが、自惚れるなと言わせないだけの美貌が彼にはあった。

 そうだと言えば、見惚れていたことを認めてしまう事になるし、違うと言うのも嘘になるから、慌てて誤魔化した。

「ずっと……一緒にいられるからよ。私、どちらかというと男の人が苦手だったの。……学生の時も、働きだしてからも……」
「一度も恋人がいたことはなかった?」
「まぁ……そうね」

 いかにも女性に手が早そうな彼は、今まで数々の女性と浮名を流してきただろう。正妃にしたいトリシュナは別格のようだが、自分と出会った時だって妾を見つくろっている場だ。

 恋愛ごとに長けた彼にしてみたら、恋愛経験が皆無という相手に苦笑を禁じえないだろう。そして、案の定、
「だろうな」
と、ランスは断言してくれる。

 何だか悔しくて彼を軽く睨んでみたが、変わらず優しい眼で見つめられた。馬鹿にした訳ではないようだ。心なしか嬉しそうなのは、気のせいだろうか。

 エミリアはまた頬が赤らみそうになるのを冷ましながら、言った。

「だから、変だと思うのよ。……貴方、私に何かした?」

 もう、そうとしか思えない。

 異世界で別人になっていると気づいて、少なからず混乱した。冷静になる間もなく、男爵に王宮に連れていかれ、心身ともに落ち着かなかったのに。今は、時々ランスに翻弄ほんろうされながらも、心に余裕が生まれている気がする。

 ランスと過ごす事が多く、彼が何かと気を利かせてくれるので、生活を送るのに困った事がない。
 色々な事を聞いてくれるから、話をすることも慣れた。何の知識もない異世界で、見知らぬ人々とどう関われば良いかさえ分からなかったはずなのに、抵抗感を覚えない。

 ずっと違和感があったはずの身体も軽い。ランスと共に過ごし、トリシュナに会ってから更にだ。

 どんどんこの世界に馴染んでいっているような気さえした。から、帰らなくてはと思っていたはずなのに。

 戸惑った顔で問いかけたエミリアに、ランスは笑みを深めた。

「俺はお前が元いた世界に帰る手伝いをすると、言っただろう」
「やっぱり! 貴方前に、自分と一夜を共にすれば、私が帰る力を取り戻すのも格段に早いっていったわよね」

「あぁ。事実だ。その後、違和感も抜けて、身体が楽になっただろう? 心身ともに混乱状態にあったから、目を覚ましてやったんだ。言った通り、それでも不十分だがな」
「どうしてそんな事が言えるの」

「気配で分かる。お前はまだ不安定だ」
「えぇ?」

 目を丸くするエミリアに、ランスは少し迷ったように押し黙る。やがて彼は、右手を軽く持ち上げ、左手で手首を支えて、彼女に見えやすいように軽く引いた。
 その薬指には、トリシュナと全く同じデザインの指輪が輝いていた。

「これは王家の紋章だ」

 彼は左利きであることもあって、普段は目立たない。ただこうも堂々と婚約指輪を見せられると、エミリアの胸はまたちくりと痛んだ。それでもきっと大事な話なのだろうと、その紋章を良く見ようと覗き込む。

 ランスは「見にくいか」と告げると、さっと左手で指輪を外して、エミリアによく見えるように顔の前に持ち上げた。

「……足が三つある鳥ね。八咫烏みたいだわ」
「ヤタガラス?」

「伝説の鳥の名前よ。神の使いだと言われているの。国を守り、導いてくれるから、決して殺めてはいけないと聞いたことがあるわ」
「……そうか。昔、俺達の祖先が還した魂が、この紋章を覚えていたのかもしれないな」

 ランスはそう言って目を細めた。エミリアは彼の穏やかな口調に、この三つ足の鳥に敬意を持っている様子を感じ取る。

「三つの足は、なにか意味があるの?」
「逃げ込んだ魂を助ける、俺のような力の持ち主は、衰弱した魂に力を分け与えて、癒し、導き、護る事で、魂の『渡り』を手伝うと言っただろう」

「えぇ……もしかして、貴方たちの力は、三種あるということかしら?」

「あぁ。俺はその一種で、『守護鳥しゅごちょう』の力を持つ。鳥が名につくのは、王家の紋章が三つ足の鳥であることも起因しているだろうな。他の二種の力に攻撃性がない分、魂と共に他の者も守るのが仕事になる。だから、どちらの気配にも敏感なんだ。衰弱していたり異変があったりすれば、本能的に察知する。共にあって、活力を与えてやるのも、俺の役割だ」

 エミリアは小さく頷いた。迷い込んだ自分の魂は、彼からしてみればまだ本調子ではないということなのだろう。彼女が理解している様子を見て、ランスは更に続ける。

「ただ、他の人間からすると、魂を助ける守護鳥の役割うんぬんより、他の二種には無い攻撃能力の方が注目されやすくてな。俺の力、とだけいうと大概そっちを想像される。ただの攻撃能力の一つなんだが」
「一つって事は、それも色々な種類が……?」

「ある。例えば相手を石化させたり、炎をまとって攻撃する能力を持つ奴もいるな」
「凄い力なのね……。そういえば、貴方、王宮の人たちを倒していたものね」

「お前が逃げるのを見て、周りが邪魔だから排除しようとしたら、やり過ぎた」
「貴方、危ない人ね!」

 恐れおののくエミリアに、ランスはくすくすと笑いながら、指輪を指に戻した。

「普段はちゃんと制御できているから安心しろ。それになかなか使い勝手が良くてな」
「どうして?」

 素直に問いかけたエミリアに、ランスの目が妖し気に光った。

「俺の力は――――だ」
「み……わく?」

「対象を魅了し惑わせて、攻撃をさせないようにする。まあ、身体の自由を奪い取るようなものだ。誘惑するのもお手のものだな。目を見れば大概は一発だ。周囲の者に伝染させて虜にする事もできる。まぁ腰が抜けるか、失神する程度だが」

 エミリアは目を真ん丸にして絶句した後、思わず彼から飛びのいた。

「な……な……っ」
「良いだろう?」

 とんでもない美貌の主が、一番持ってはいけない力を手にしている気がしてならない。エミリアは思いっきり首を横に振った。

「なんて、世の中に迷惑なの! 貴方の力は、もっと別のものであるべきだわ! 石化とか、氷漬けとか……そっちの方がお似合いよ⁉」
「俺に言うな。生まれつきだ」

 平然と言い放つランスに、エミリアは呻いた。

 神様、今からでも遅くはないので、この王子様の力を変えてください。
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