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第13羽・殿下と飛行機
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結局、周囲を探してみてもシギの姿はなく、エミリアは諦めてあてもなく庭を進んだ。王宮の中に入れば誰かしらいるのだろうが、男爵や令嬢たちと鉢合わせても気まずい。
王宮の中庭だから、そのうち警備の兵にでも会うだろう。そんな事を思っていたが、足が重くなり、とうとう立ち止まった。小さくため息をつき、木漏れ日に誘われて空を見上げる。
雲一つない蒼い空が、目に飛び込んできた。そこだけは、かつて暮らしていた世界と変わらぬ光景だ。
「空を飛びたいのか?」
後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返ってみれば、いつの間にかランスが傍の木に寄り掛かって立っていた。だが、寝室を出て行った後で着替えたらしく、上着は金糸で細かい刺繍が施されたものに変わっており、また随分と豪奢だ。
これから何かのパーティーにでも出るのか、と思うほどである。
「いいえ。そんなの無理じゃない。貴方もそうでしょう?」
鳥でもあるまいし、人間はどう頑張っても空は飛べない。
同意を求めると、ランスが一瞬言葉に詰まった。
「……あぁ、今はな」
エミリアは頷く。異世界人が紛れ込み、様々な技術や知識が入ってくるというから、今は難しくても先々空に行ける時代もくるかもしれない、とも思う。
「でも、いつかきっと空に行ける時が来るわ。私のいた世界は、そうだったもの」
「なに……?」
「飛行機、って言ってね。人を乗せて、どこまでも空を飛んでくれるのよ。私……大好きだったわ」
上京する際や、子供の頃に両親と旅行に行く時に何度か乗った事があるが、いつも嬉しくて仕方が無かった事を思い出す。離陸した時から、着陸に至るまで、ずっとはしゃいでいたものだ。窓際の席に座って、遥か下に見える街や雲をいつまでも見つめていた。
その時の光景が目に浮かんできて、エミリアはうっとりと浸る。
だが、ランスの表情はみるみる内に強張った。
「待て。今、大好きって言ったか?」
「えぇ。用もないのに、わざわざ見に行ったりもしていたわ」
「……っだが、そいつは長く空を飛べるだけだろう?」
「それが良いんじゃない! 素晴らしいわ!」
キラキラと目を輝かせるエミリアに、ランスの顔はひきつる。堪え切れなくなって、彼はエミリアの元まで速足でやって来ると、鬼気迫る勢いで告げた。
「待ってろ。俺も飛べる」
「え?」
「そいつよりも長く、より高く飛んでやる」
「……絶対に無理よ?」
この王子様は何を言い出しているのだろう。エミリアは呆気にとられたが、ランスは心なしか顔が紅潮している。そんなにムキにならなくてもいいのに。
だが、無理だと断言されると、ランスの目が鋭くなった。
「一月、時間をくれ。ヒコウキとやらよりも、俺の方がお前を喜ばせてやれると証明してやる」
「だから、無理だって言っているのに」
「俺よりそいつの方が良いのか⁉」
詰め寄られたエミリアは目を瞬き、そして彼の誤解に気付くと、つい吹き出した。一方、突然笑われた彼は、「なんだ?」と、怪訝そうな顔をするしかない。
エミリアは何とか笑うのを止めると、彼へ簡単に『飛行機とは何か』という説明をしてやった。別に人間ではないという事を理解したランスは、今度はばつの悪そうな顔になった。
「……そういうことは、もっと早く言え」
「ごめんなさい。でも私、高い所が好きなのよ。子供の頃は木登りをしたし、ちょっとの高さなら飛び降りたりしたわ。さっきも――――」
つい口から出かかって、慌てて黙ったが、ランスは軽く眉をひそめた。
「そういえば、お前、どうやって部屋を出た? 扉から出ていれば、傍に侍女か兵がいるはずだぞ」
「どうって……バルコニーから飛び降りたのよ」
貴族令嬢という身分であるし、はしたないと言われても仕方がないだろうが、黙っていても仕方がないと白状する。ランスは絶句した。
「な……っ?」
「全然、平気だったわ。だから、三階くらいの高さもいけると思うのよね!」
シギが飛び降りたのも、そのくらいの高さだ。彼は着地した時も、まるでふわりと舞い降りるかのように軽やかだった。
「駄目だ、よせ。怪我でもしたらどうする⁉」
「平気よ。たぶん」
「たぶんじゃない。頼むから……止めてくれ。聞いただけで寿命が縮んだ」
「そ、そんなに……?」
トリシュナのような繊細な麗人なら分かるが、この身体はよく食べて育ったせいか、頑丈なように思える。だが、ランスは本気でそう思っているようで、心なしか顔が青かった。
「あの……大丈夫? 貴方こそ倒れそうだわ」
「……俺はお前には傷一つ、つけたくないんだ。それは分かってくれ」
真剣な眼差しで告げられて、エミリアは小さく頷いた。
王宮の中庭だから、そのうち警備の兵にでも会うだろう。そんな事を思っていたが、足が重くなり、とうとう立ち止まった。小さくため息をつき、木漏れ日に誘われて空を見上げる。
雲一つない蒼い空が、目に飛び込んできた。そこだけは、かつて暮らしていた世界と変わらぬ光景だ。
「空を飛びたいのか?」
後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返ってみれば、いつの間にかランスが傍の木に寄り掛かって立っていた。だが、寝室を出て行った後で着替えたらしく、上着は金糸で細かい刺繍が施されたものに変わっており、また随分と豪奢だ。
これから何かのパーティーにでも出るのか、と思うほどである。
「いいえ。そんなの無理じゃない。貴方もそうでしょう?」
鳥でもあるまいし、人間はどう頑張っても空は飛べない。
同意を求めると、ランスが一瞬言葉に詰まった。
「……あぁ、今はな」
エミリアは頷く。異世界人が紛れ込み、様々な技術や知識が入ってくるというから、今は難しくても先々空に行ける時代もくるかもしれない、とも思う。
「でも、いつかきっと空に行ける時が来るわ。私のいた世界は、そうだったもの」
「なに……?」
「飛行機、って言ってね。人を乗せて、どこまでも空を飛んでくれるのよ。私……大好きだったわ」
上京する際や、子供の頃に両親と旅行に行く時に何度か乗った事があるが、いつも嬉しくて仕方が無かった事を思い出す。離陸した時から、着陸に至るまで、ずっとはしゃいでいたものだ。窓際の席に座って、遥か下に見える街や雲をいつまでも見つめていた。
その時の光景が目に浮かんできて、エミリアはうっとりと浸る。
だが、ランスの表情はみるみる内に強張った。
「待て。今、大好きって言ったか?」
「えぇ。用もないのに、わざわざ見に行ったりもしていたわ」
「……っだが、そいつは長く空を飛べるだけだろう?」
「それが良いんじゃない! 素晴らしいわ!」
キラキラと目を輝かせるエミリアに、ランスの顔はひきつる。堪え切れなくなって、彼はエミリアの元まで速足でやって来ると、鬼気迫る勢いで告げた。
「待ってろ。俺も飛べる」
「え?」
「そいつよりも長く、より高く飛んでやる」
「……絶対に無理よ?」
この王子様は何を言い出しているのだろう。エミリアは呆気にとられたが、ランスは心なしか顔が紅潮している。そんなにムキにならなくてもいいのに。
だが、無理だと断言されると、ランスの目が鋭くなった。
「一月、時間をくれ。ヒコウキとやらよりも、俺の方がお前を喜ばせてやれると証明してやる」
「だから、無理だって言っているのに」
「俺よりそいつの方が良いのか⁉」
詰め寄られたエミリアは目を瞬き、そして彼の誤解に気付くと、つい吹き出した。一方、突然笑われた彼は、「なんだ?」と、怪訝そうな顔をするしかない。
エミリアは何とか笑うのを止めると、彼へ簡単に『飛行機とは何か』という説明をしてやった。別に人間ではないという事を理解したランスは、今度はばつの悪そうな顔になった。
「……そういうことは、もっと早く言え」
「ごめんなさい。でも私、高い所が好きなのよ。子供の頃は木登りをしたし、ちょっとの高さなら飛び降りたりしたわ。さっきも――――」
つい口から出かかって、慌てて黙ったが、ランスは軽く眉をひそめた。
「そういえば、お前、どうやって部屋を出た? 扉から出ていれば、傍に侍女か兵がいるはずだぞ」
「どうって……バルコニーから飛び降りたのよ」
貴族令嬢という身分であるし、はしたないと言われても仕方がないだろうが、黙っていても仕方がないと白状する。ランスは絶句した。
「な……っ?」
「全然、平気だったわ。だから、三階くらいの高さもいけると思うのよね!」
シギが飛び降りたのも、そのくらいの高さだ。彼は着地した時も、まるでふわりと舞い降りるかのように軽やかだった。
「駄目だ、よせ。怪我でもしたらどうする⁉」
「平気よ。たぶん」
「たぶんじゃない。頼むから……止めてくれ。聞いただけで寿命が縮んだ」
「そ、そんなに……?」
トリシュナのような繊細な麗人なら分かるが、この身体はよく食べて育ったせいか、頑丈なように思える。だが、ランスは本気でそう思っているようで、心なしか顔が青かった。
「あの……大丈夫? 貴方こそ倒れそうだわ」
「……俺はお前には傷一つ、つけたくないんだ。それは分かってくれ」
真剣な眼差しで告げられて、エミリアは小さく頷いた。
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