殿下、今日こそ帰ります!

黒猫子猫(猫子猫)

文字の大きさ
上 下
13 / 35

第13羽・殿下と飛行機

しおりを挟む
 結局、周囲を探してみてもシギの姿はなく、エミリアは諦めてあてもなく庭を進んだ。王宮の中に入れば誰かしらいるのだろうが、男爵や令嬢たちと鉢合わせても気まずい。

 王宮の中庭だから、そのうち警備の兵にでも会うだろう。そんな事を思っていたが、足が重くなり、とうとう立ち止まった。小さくため息をつき、木漏れ日に誘われて空を見上げる。

 雲一つない蒼い空が、目に飛び込んできた。そこだけは、かつて暮らしていた世界と変わらぬ光景だ。

「空を飛びたいのか?」

 後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返ってみれば、いつの間にかランスが傍の木に寄り掛かって立っていた。だが、寝室を出て行った後で着替えたらしく、上着は金糸で細かい刺繍が施されたものに変わっており、また随分と豪奢だ。

 これから何かのパーティーにでも出るのか、と思うほどである。

「いいえ。そんなの無理じゃない。貴方もそうでしょう?」

 鳥でもあるまいし、人間はどう頑張っても空は飛べない。

 同意を求めると、ランスが一瞬言葉に詰まった。

「……あぁ、今はな」

 エミリアは頷く。異世界人が紛れ込み、様々な技術や知識が入ってくるというから、今は難しくても先々空に行ける時代もくるかもしれない、とも思う。

「でも、いつかきっと空に行ける時が来るわ。私のいた世界は、そうだったもの」
「なに……?」
「飛行機、って言ってね。人を乗せて、どこまでも空を飛んでくれるのよ。私……大好きだったわ」

 上京する際や、子供の頃に両親と旅行に行く時に何度か乗った事があるが、いつも嬉しくて仕方が無かった事を思い出す。離陸した時から、着陸に至るまで、ずっとはしゃいでいたものだ。窓際の席に座って、遥か下に見える街や雲をいつまでも見つめていた。

 その時の光景が目に浮かんできて、エミリアはうっとりと浸る。

 だが、ランスの表情はみるみる内に強張った。

「待て。今、大好きって言ったか?」
「えぇ。用もないのに、わざわざ見に行ったりもしていたわ」

「……っだが、そいつは長く空を飛べるだけだろう?」
「それが良いんじゃない! 素晴らしいわ!」

 キラキラと目を輝かせるエミリアに、ランスの顔はひきつる。堪え切れなくなって、彼はエミリアの元まで速足でやって来ると、鬼気迫る勢いで告げた。

「待ってろ。俺も飛べる」
「え?」

「そいつよりも長く、より高く飛んでやる」
「……絶対に無理よ?」

 この王子様は何を言い出しているのだろう。エミリアは呆気にとられたが、ランスは心なしか顔が紅潮している。そんなにムキにならなくてもいいのに。

 だが、無理だと断言されると、ランスの目が鋭くなった。

「一月、時間をくれ。ヒコウキとやらよりも、俺の方がお前を喜ばせてやれると証明してやる」
「だから、無理だって言っているのに」

「俺よりそいつの方が良いのか⁉」

 詰め寄られたエミリアは目を瞬き、そして彼の誤解に気付くと、つい吹き出した。一方、突然笑われた彼は、「なんだ?」と、怪訝そうな顔をするしかない。

 エミリアは何とか笑うのを止めると、彼へ簡単に『飛行機とは何か』という説明をしてやった。別に人間ではないという事を理解したランスは、今度はばつの悪そうな顔になった。

「……そういうことは、もっと早く言え」

「ごめんなさい。でも私、高い所が好きなのよ。子供の頃は木登りをしたし、ちょっとの高さなら飛び降りたりしたわ。さっきも――――」

 つい口から出かかって、慌てて黙ったが、ランスは軽く眉をひそめた。

「そういえば、お前、どうやって部屋を出た? 扉から出ていれば、傍に侍女か兵がいるはずだぞ」
「どうって……バルコニーから飛び降りたのよ」

 貴族令嬢という身分であるし、はしたないと言われても仕方がないだろうが、黙っていても仕方がないと白状する。ランスは絶句した。

「な……っ?」
「全然、平気だったわ。だから、三階くらいの高さもいけると思うのよね!」

 シギが飛び降りたのも、そのくらいの高さだ。彼は着地した時も、まるでふわりと舞い降りるかのように軽やかだった。

「駄目だ、よせ。怪我でもしたらどうする⁉」
「平気よ。たぶん」

「たぶんじゃない。頼むから……止めてくれ。聞いただけで寿命が縮んだ」
「そ、そんなに……?」

 トリシュナのような繊細な麗人なら分かるが、この身体はよく食べて育ったせいか、頑丈なように思える。だが、ランスは本気でそう思っているようで、心なしか顔が青かった。

「あの……大丈夫? 貴方こそ倒れそうだわ」
「……俺はお前には傷一つ、つけたくないんだ。それは分かってくれ」

 真剣な眼差しで告げられて、エミリアは小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

婚約破棄を仕向けた俺は彼女を絶対逃がさない

青葉めいこ
恋愛
「エリザベス・テューダ! 俺は、お前との婚約破棄を宣言する!」 俺に唆された馬鹿な甥は、卒業パーティーで愛する婚約者である彼女、ベスことエリザベス・テューダに指を突きつけると、そう宣言した。 これでようやく俺は前世から欲しかった彼女を手に入れる事ができる――。 「婚約破棄された私は彼に囚われる」の裏話や後日談みたいな話で「婚約破棄された私~」のネタバレがあります。主人公は「婚約破棄された私~」に登場したイヴァンですが彼以外の視点が多いです。 小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...