失格令嬢は冷徹陛下のお気に入り

黒猫子猫(猫子猫)

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陛下のお仕置き・その3

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 掃除をしようとしただけだ。

 セリーヌは、そんな言い訳を、よもや『では汚れただろうから、風呂に入るか』などという理由に使われて、浴室でされることになるとは、思ってもいなかった。

 湯に浸かり、熱さと羞恥で、セリーヌの頬が赤く染まっている。

 同じ時間を過ごしているというのに、ジェイラスは涼しい顔だ。精悍な顔には汗が伝ってはいるが、悠然と浴槽にもたれかかって座っている。

 ジェイラスの、セリーヌを見る目は優しい。

 異世界で産まれ、二度目の生を受けたという彼女は、発想も行動も、なにもかも独特だった。自国の令嬢達は誰も彼も繊細過ぎると思っていただけに、セリーヌの突飛な言動はジェイラスを惹き付けてやまない。

 セリーヌが傍にいるほど強く感じ、彼女が逃げようとすればするほど、追いかけたくなった。

 ――お前なら⋯⋯、いてくれるか⋯⋯?

 ジェイラスは、胸の中で何度も彼女に問いかけた言葉を呟いた。

 柔らかな頬を撫で、きめ細かな肌の感触に目を細めていると、セリーヌが半泣きになって、潤んだ瞳で見返してきた。
 男を煽るだけだというのに、彼女にはその自覚がない所が小憎らしいところでもあり、可愛いところでもある。

 こんな彼女の一面を知っているのは、自分だけだ。他の男に渡してやるものか。

 皇帝の地位につき、権力を得ても、何一つとして楽しいと思った事はなかったが、彼女を独占できるのならばそれも良いかと思い始めている。

「続きは寝室でするか」
「え!?」

「ここだと、長湯すぎると、そろそろ誰かが様子を見に来るぞ?」
「⋯⋯⋯⋯」

「見せつけてほしいなら、やってやる」
「出ましょう!」

 究極の選択を迫られたセリーヌは、即答した。期待通りの返答に、ジェイラスは笑みを深め、彼女を抱き上げて立ち上がった。


 浴室から出た二人はローブだけ纏い、そのまま寝室へと向かった。セリーヌはいつものごとく彼に求められ、ようやく終わった時には、もう深夜だ。

 ぐったりと枕に顔を埋め、もう指一本動かす気力もないセリーヌに対し、ジェイラスは余裕綽々である。夜毎彼女が傍にいるようになってから、よく眠れてもいたからだった。

「お前もそろそろ懲りろ」
「いえ、あれは本当にお掃除をですね⋯⋯」

「怪我をしてからだと遅いぞ」

 優しく頭を撫でられて、セリーヌは頬を赤く染めた。

 ――――やってくる事は過激なのに⋯⋯たまに優しいのよね⋯⋯。

 彼が他人を寄せ付けない冷徹な皇帝だと、噂で聞いた事もあった。初め会った時は、寝不足もあってか、凄まじく機嫌が悪く、噂に違わぬ男だと思ったが。

 折に触れて、彼は人間らしい温かさを垣間見せるのだ。

「でも、まぁ⋯⋯前世から嫌がらせには慣れていますし⋯⋯いざという時は、やられる前にやります!」
「正しい選択だ。殺ろうとする方が悪い」

「そうでしょう」
「殺った後の始末も忘れるな?」

「⋯⋯話、噛み合ってますか?」
「もちろんだ」

 くくと喉を鳴らす彼に、セリーヌは嫌な予感しかしない。

 そういえば、宰相たちが皇帝の元に他国から暗殺者が放たれ、彼は気が休まることがなかったと言っていた。気苦労も大きかったのだろうが――その暗殺者は一体、どうなったのかまでは、何も言っていなかった。

「⋯⋯⋯⋯」

 これは、聴いちゃいけないやつだ、と頭から毛布を被ろうとしたが、不意にジェイラスがぽつりと呟いた。

「そんなに、俺の傍にいるのが嫌か?」

 静かな問いかけに、セリーヌは軽く目を見張る。驚いて彼を見返せば、温かな眼差しのなかに苦悩が垣間見えた。

「私は⋯⋯親の命ではありますが、陛下の夜伽相手を務める事に⋯⋯同意はしました。想像以上に⋯⋯その、長いものですから⋯⋯体力がもたないといいますか、恥ずかしいと言いますか⋯⋯っ!」
「そうだな。俺をそこまで夢中にさせている自覚を持て?」

 真っ赤になりながらも、自分を真っすぐに見返してきてくれる彼女に、ジェイラスの目も更に和らぐ。

「⋯⋯ただ、お話した通り、私には前世の記憶があります。この国で新たに産まれて、貴族の娘として育てられた以上、周りのみんなに合わせて生きていかなければならないとは思うんですが⋯⋯自分に嘘をついているようで、嫌なんです」

「王宮暮らしが窮屈になる気がするか?」
「はい。私は⋯⋯生粋の庶民です!」

「見ていれば分かる。行動が突飛すぎる」

 一刀両断されたセリーヌは、もう少しオブラートに包んでもいいのではと思ってしまう。だが、ジェイラスは微笑んで、更に言った。

「今、ここにいる俺も、噓みたいな存在だと言ったらどう思う」
「え?」

「四月一日は嘘をついて良い日だと言っていたな?」
「え、えぇ。でも、あまり重大な噓は敬遠されますよ。笑い話になる程度のものです」

「そうか」
「楽しい話ですか?」

「分からん。お前にしか言わないから、聞いて自分で判断しろ」
「はい」

 冷めた目ばかりする男の面白い噓とはどういうものだろう、とちょっとセリーヌは期待してしまう。
 そんな彼女を見つめ、ジェイラスは真顔で告げた。

「俺は皇帝じゃない」

 陛下、それは面白くありません。
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