11 / 27
陛下のお仕置き・その3
しおりを挟む
掃除をしようとしただけだ。
セリーヌは、そんな言い訳を、よもや『では汚れただろうから、風呂に入るか』などという理由に使われて、浴室でされることになるとは、思ってもいなかった。
湯に浸かり、熱さと羞恥で、セリーヌの頬が赤く染まっている。
同じ時間を過ごしているというのに、ジェイラスは涼しい顔だ。精悍な顔には汗が伝ってはいるが、悠然と浴槽にもたれかかって座っている。
ジェイラスの、セリーヌを見る目は優しい。
異世界で産まれ、二度目の生を受けたという彼女は、発想も行動も、なにもかも独特だった。自国の令嬢達は誰も彼も繊細過ぎると思っていただけに、セリーヌの突飛な言動はジェイラスを惹き付けてやまない。
セリーヌが傍にいるほど強く感じ、彼女が逃げようとすればするほど、追いかけたくなった。
――お前なら⋯⋯偏見を持たずに、いてくれるか⋯⋯?
ジェイラスは、胸の中で何度も彼女に問いかけた言葉を呟いた。
柔らかな頬を撫で、きめ細かな肌の感触に目を細めていると、セリーヌが半泣きになって、潤んだ瞳で見返してきた。
男を煽るだけだというのに、彼女にはその自覚がない所が小憎らしいところでもあり、可愛いところでもある。
こんな彼女の一面を知っているのは、自分だけだ。他の男に渡してやるものか。
皇帝の地位につき、権力を得ても、何一つとして楽しいと思った事はなかったが、彼女を独占できるのならばそれも良いかと思い始めている。
「続きは寝室でするか」
「え!?」
「ここだと、長湯すぎると、そろそろ誰かが様子を見に来るぞ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「見せつけてほしいなら、やってやる」
「出ましょう!」
究極の選択を迫られたセリーヌは、即答した。期待通りの返答に、ジェイラスは笑みを深め、彼女を抱き上げて立ち上がった。
浴室から出た二人はローブだけ纏い、そのまま寝室へと向かった。セリーヌはいつものごとく彼に求められ、ようやく終わった時には、もう深夜だ。
ぐったりと枕に顔を埋め、もう指一本動かす気力もないセリーヌに対し、ジェイラスは余裕綽々である。夜毎彼女が傍にいるようになってから、よく眠れてもいたからだった。
「お前もそろそろ懲りろ」
「いえ、あれは本当にお掃除をですね⋯⋯」
「怪我をしてからだと遅いぞ」
優しく頭を撫でられて、セリーヌは頬を赤く染めた。
――――やってくる事は過激なのに⋯⋯たまに優しいのよね⋯⋯。
彼が他人を寄せ付けない冷徹な皇帝だと、噂で聞いた事もあった。初め会った時は、寝不足もあってか、凄まじく機嫌が悪く、噂に違わぬ男だと思ったが。
折に触れて、彼は人間らしい温かさを垣間見せるのだ。
「でも、まぁ⋯⋯前世から嫌がらせには慣れていますし⋯⋯いざという時は、やられる前にやります!」
「正しい選択だ。殺ろうとする方が悪い」
「そうでしょう」
「殺った後の始末も忘れるな?」
「⋯⋯話、噛み合ってますか?」
「もちろんだ」
くくと喉を鳴らす彼に、セリーヌは嫌な予感しかしない。
そういえば、宰相たちが皇帝の元に他国から暗殺者が放たれ、彼は気が休まることがなかったと言っていた。気苦労も大きかったのだろうが――その暗殺者は一体、どうなったのかまでは、何も言っていなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
これは、聴いちゃいけないやつだ、と頭から毛布を被ろうとしたが、不意にジェイラスがぽつりと呟いた。
「そんなに、俺の傍にいるのが嫌か?」
静かな問いかけに、セリーヌは軽く目を見張る。驚いて彼を見返せば、温かな眼差しのなかに苦悩が垣間見えた。
「私は⋯⋯親の命ではありますが、陛下の夜伽相手を務める事に⋯⋯同意はしました。想像以上に⋯⋯その、長いものですから⋯⋯体力がもたないといいますか、恥ずかしいと言いますか⋯⋯っ!」
「そうだな。俺をそこまで夢中にさせている自覚を持て?」
真っ赤になりながらも、自分を真っすぐに見返してきてくれる彼女に、ジェイラスの目も更に和らぐ。
「⋯⋯ただ、お話した通り、私には前世の記憶があります。この国で新たに産まれて、貴族の娘として育てられた以上、周りのみんなに合わせて生きていかなければならないとは思うんですが⋯⋯自分に嘘をついているようで、嫌なんです」
「王宮暮らしが窮屈になる気がするか?」
「はい。私は⋯⋯生粋の庶民です!」
「見ていれば分かる。行動が突飛すぎる」
一刀両断されたセリーヌは、もう少しオブラートに包んでもいいのではと思ってしまう。だが、ジェイラスは微笑んで、更に言った。
「今、ここにいる俺も、噓みたいな存在だと言ったらどう思う」
「え?」
「四月一日は嘘をついて良い日だと言っていたな?」
「え、えぇ。でも、あまり重大な噓は敬遠されますよ。笑い話になる程度のものです」
「そうか」
「楽しい話ですか?」
「分からん。お前にしか言わないから、聞いて自分で判断しろ」
「はい」
冷めた目ばかりする男の面白い噓とはどういうものだろう、とちょっとセリーヌは期待してしまう。
そんな彼女を見つめ、ジェイラスは真顔で告げた。
「俺は皇帝じゃない」
陛下、それは面白くありません。
セリーヌは、そんな言い訳を、よもや『では汚れただろうから、風呂に入るか』などという理由に使われて、浴室でされることになるとは、思ってもいなかった。
湯に浸かり、熱さと羞恥で、セリーヌの頬が赤く染まっている。
同じ時間を過ごしているというのに、ジェイラスは涼しい顔だ。精悍な顔には汗が伝ってはいるが、悠然と浴槽にもたれかかって座っている。
ジェイラスの、セリーヌを見る目は優しい。
異世界で産まれ、二度目の生を受けたという彼女は、発想も行動も、なにもかも独特だった。自国の令嬢達は誰も彼も繊細過ぎると思っていただけに、セリーヌの突飛な言動はジェイラスを惹き付けてやまない。
セリーヌが傍にいるほど強く感じ、彼女が逃げようとすればするほど、追いかけたくなった。
――お前なら⋯⋯偏見を持たずに、いてくれるか⋯⋯?
ジェイラスは、胸の中で何度も彼女に問いかけた言葉を呟いた。
柔らかな頬を撫で、きめ細かな肌の感触に目を細めていると、セリーヌが半泣きになって、潤んだ瞳で見返してきた。
男を煽るだけだというのに、彼女にはその自覚がない所が小憎らしいところでもあり、可愛いところでもある。
こんな彼女の一面を知っているのは、自分だけだ。他の男に渡してやるものか。
皇帝の地位につき、権力を得ても、何一つとして楽しいと思った事はなかったが、彼女を独占できるのならばそれも良いかと思い始めている。
「続きは寝室でするか」
「え!?」
「ここだと、長湯すぎると、そろそろ誰かが様子を見に来るぞ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「見せつけてほしいなら、やってやる」
「出ましょう!」
究極の選択を迫られたセリーヌは、即答した。期待通りの返答に、ジェイラスは笑みを深め、彼女を抱き上げて立ち上がった。
浴室から出た二人はローブだけ纏い、そのまま寝室へと向かった。セリーヌはいつものごとく彼に求められ、ようやく終わった時には、もう深夜だ。
ぐったりと枕に顔を埋め、もう指一本動かす気力もないセリーヌに対し、ジェイラスは余裕綽々である。夜毎彼女が傍にいるようになってから、よく眠れてもいたからだった。
「お前もそろそろ懲りろ」
「いえ、あれは本当にお掃除をですね⋯⋯」
「怪我をしてからだと遅いぞ」
優しく頭を撫でられて、セリーヌは頬を赤く染めた。
――――やってくる事は過激なのに⋯⋯たまに優しいのよね⋯⋯。
彼が他人を寄せ付けない冷徹な皇帝だと、噂で聞いた事もあった。初め会った時は、寝不足もあってか、凄まじく機嫌が悪く、噂に違わぬ男だと思ったが。
折に触れて、彼は人間らしい温かさを垣間見せるのだ。
「でも、まぁ⋯⋯前世から嫌がらせには慣れていますし⋯⋯いざという時は、やられる前にやります!」
「正しい選択だ。殺ろうとする方が悪い」
「そうでしょう」
「殺った後の始末も忘れるな?」
「⋯⋯話、噛み合ってますか?」
「もちろんだ」
くくと喉を鳴らす彼に、セリーヌは嫌な予感しかしない。
そういえば、宰相たちが皇帝の元に他国から暗殺者が放たれ、彼は気が休まることがなかったと言っていた。気苦労も大きかったのだろうが――その暗殺者は一体、どうなったのかまでは、何も言っていなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
これは、聴いちゃいけないやつだ、と頭から毛布を被ろうとしたが、不意にジェイラスがぽつりと呟いた。
「そんなに、俺の傍にいるのが嫌か?」
静かな問いかけに、セリーヌは軽く目を見張る。驚いて彼を見返せば、温かな眼差しのなかに苦悩が垣間見えた。
「私は⋯⋯親の命ではありますが、陛下の夜伽相手を務める事に⋯⋯同意はしました。想像以上に⋯⋯その、長いものですから⋯⋯体力がもたないといいますか、恥ずかしいと言いますか⋯⋯っ!」
「そうだな。俺をそこまで夢中にさせている自覚を持て?」
真っ赤になりながらも、自分を真っすぐに見返してきてくれる彼女に、ジェイラスの目も更に和らぐ。
「⋯⋯ただ、お話した通り、私には前世の記憶があります。この国で新たに産まれて、貴族の娘として育てられた以上、周りのみんなに合わせて生きていかなければならないとは思うんですが⋯⋯自分に嘘をついているようで、嫌なんです」
「王宮暮らしが窮屈になる気がするか?」
「はい。私は⋯⋯生粋の庶民です!」
「見ていれば分かる。行動が突飛すぎる」
一刀両断されたセリーヌは、もう少しオブラートに包んでもいいのではと思ってしまう。だが、ジェイラスは微笑んで、更に言った。
「今、ここにいる俺も、噓みたいな存在だと言ったらどう思う」
「え?」
「四月一日は嘘をついて良い日だと言っていたな?」
「え、えぇ。でも、あまり重大な噓は敬遠されますよ。笑い話になる程度のものです」
「そうか」
「楽しい話ですか?」
「分からん。お前にしか言わないから、聞いて自分で判断しろ」
「はい」
冷めた目ばかりする男の面白い噓とはどういうものだろう、とちょっとセリーヌは期待してしまう。
そんな彼女を見つめ、ジェイラスは真顔で告げた。
「俺は皇帝じゃない」
陛下、それは面白くありません。
780
お気に入りに追加
938
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる